荊棘―おどろ―

「かなみ先輩……」
「顔、顔見て話そう。その方がいいよ! 二人とも熱くなりすぎだよ、やっぱ暑いからかなあ。なんか下の自販機でジュースでも買ってさ、もっかい一から、ゆっくり話そうよ、ねえ!」

 一生懸命になると彼女は赤面してしまう癖を持っていた。今も顔を真っ赤にして、僕らを交互に見ては壊れそうなこの空気をなんとか(なご)ませようとしている。

「ほら、百合子も泣いちゃダメだよ。百合子が頑張ってんの、ほんとはみんな知ってるから」

 半べその百合子をよしよしと抱きしめて、ガッツの方を向いてニコッとする。みんなが大好きな彼女の笑顔だ。ガッツは気まずそうに視線を逸らすが、彼女は決して一方の味方をし、もう一方を責めたりはしない。

「西川君も、左門君達のことを考えて言ってくれてたんだよね」
「いや、俺は」
「西川君の言ったこと、間違ってないよ。百合子の考えもね」

 そう言って彼女は独り言のように、「さーぁてどうしよっかー」と天井を見上げた。

 誰もなにも喋らない。先ほどより(ほぐ)れたとしても、気まずい空気にきっと誰もが、発言してもいいのだろうかと怯えていたんだと思う。
 いくら待っても誰も答えないから。かなみは、どうしたいんだ。と、そこで僕は久々に声を出した。

「私? 私は……んー。もちろん、最後まではやりたいかなあと、思うよ」

 急に指名されしどろもどろになる彼女、けれど考えは固まっているようで、そのまま続ける。

「ちゃんとしたものを作らないとっていうのはわかるよ。でも、私たちは中学生だし、どうしても中途半端にはなると思う。それでも最後までやれば、きっと達成感はある。賞が取れなくても、合宿して、みんなで騒いで、話して、一本作ったっていう思い出は残るよ。途中でやめちゃったら、いつか思い返した時に、少しがっかりしそうだから。私は最後まで、みんなと映画を作りたい」

 なんていうか、つまり。終わりよければすべてよし……ってことかな?と、恥ずかしそうに笑った彼女に、僕はなぜかほっと安心した。
 恐らくこの場の全員もそう感じたことだろう。いつの間にかみんなの表情も穏やかになっていた。

「どう、かな……なんか自分勝手っぽいこと言ったけど、みんなは、どう?」



 恐る恐る尋ねるかなみに、百合子は目に浮かんだ涙を拭いて、鼻水を啜り小さく頷く。

「うん、あたしも……ッ、それがいい。完璧なんて求めない、それでも……完璧に近くなるように、部長として努力するから、最後までっ」

 それを見て、バツが悪そうな顔で頭を掻くガッツ。

「わーったよ……そんなに言うなら、やろうぜ最後まで。確かに途中で放り投げんのも後味悪いもんな。なんつーか……言い過ぎたよ」
「あたしも熱くなった、ごめん」

 二人が和解し。ようやく息が吸えると安堵の溜息を吐く後輩三名。思わず立ち上がってしまったかなみも、ふうと息を吐き、布団に座り込む。
 そんな彼女に、僕は声に出さずに口の動きだけで礼を言った。彼女はそれを受け取りにっこりする。
 ガッツや百合子といった引っ張る者も確かに必要だが、こうして衝突した際に場を和ませ解決に導いてくれるかなみは、誰よりもここにはなくてはならない存在だ。
 彼女がいるからこそ、この部はここまで絶えることなく循環してきた。優等生というほど目立ってもいないが、温和で清楚で、陽だまりのような笑顔で接してくれる彼女を、みんな一目置いている。

「よし……! じゃあもっかい、一から整理しよ! そんで中学生のレベルじゃないっていう超怖い映画作ろう!」

 半べその顔を乱暴にこすった百合子が眼鏡をかけ直し、みんなが枕や布団を抱えて中心に集まり、再び同じ方向を目指すべく会議が始まろうとした。

 次の瞬間。それは起こった。