弔想夜夢

 唯我と出かけてから、数日たった木曜日。今日は彼と聞き込みを再開する予定だった。
 目的地は朱花さんが所属していたバレー部。
 俺も受験勉強やバイトがあるし、彼もいいとこのお坊ちゃんなので予定がなかなか合わず、少し間が空いてしまった。
 本来なら唯我が迎えに来る約束だった。しかし終業のチャイムが鳴ってしばらくしても彼が来ない。時間も惜しいので俺は迎えに行くことにした。
 受験勉強もおろそかになれば朱花さん探しも継続できない。今更放り出すことだけはしたくないし頑張らなきゃな、なんて考えていると彼の教室に辿り着く。
 教室を覗くがあの派手な銀髪が見当たらない。
 手近にいた生徒たちに彼の行方を聞いた。

「話し中にごめん、皇君ってどこ行ったかわかる?」

「あぁ、独尊くん? あいつなら女の子に呼び出されて行ったよ」

 彼らはクスクスと笑い合う。一人は、おい、やめろよ、なんて半笑いだ。
 なんだか妙な空気。

「独尊くんってなんなの?」

 疑問に思った俺が尋ねると、リーダーらしき子が答える。

「あいつ名前が唯我でしょう? 名前の通り性格も唯我独尊だから、独尊くん」

 センスいいっしょ? なんて言う彼に周りも同調する。
 予想はしていたがやっぱり浮いてるんだな。それもこんな棘がある感じで。
 彼らと話すのが嫌になって、礼を伝えて離れようとする。けれど、彼らは構わず続けた。

「あいつボンボンだかなんだか知らねぇけど、正直顔だけじゃん」

「いつも俺らを見下してて、うぜぇよな」

 もはや俺のことなど関係なく、悪口を言いたいだけのようだった。
 確かに唯我は少し傲慢なところがあるし口調もきつい。彼らの言いたいことも分からなくはないが、良い所も知っている俺は彼らに賛同できなかった。
 それは君たちが唯我のことをよく知らないだけだ。彼は配慮が下手なだけできちんと相手を見ることができる、まっすぐな人だ。
 そう伝えたかったけれど、人に意見するのが怖くてためらっていた時、突然肩に手を置かれた。
 急な接触にびっくりしてまぬけな声を出す。
 振り返るとそこにいたのは渦中の彼だった。
 彼は大きな目をパチパチとさせた後、屈託なく笑う。

「何してんだよ、あんた。情けねぇ声」

 変なツボに入ってしまったようで、彼は腹を抱えて笑いだした。

「俺、君のこと迎えに来たんだけど」

 変な声を聞かれた上に笑われたのがなんだか恥ずかしく、憮然とした態度で文句を言う。
 けれど彼の笑顔を見ると、先程までのモヤモヤはどこかに行っていた。

「俺が行くって言ってたのに、来てもらって悪かったな」

 そう言って歩き出そうとする彼を引っ張って呼びとめる。

「ちょっと待って。君、女の子に呼び出されたんじゃなかったの?」

 俺の言葉を聞いた彼が、クラスメイト達をチラと視界に入れた。そしてそのままうんざりとした顔をしたので、仲があまりよろしくないのは明白だった。

「もう済んだ。さっさと行こう」

 唯我の視線を受け、やり取りを呆然と見ていたクラスメイトたちも血気にはやる。見下されたと思って腹がたったのだろう。去り際の背中に聞き捨てならない台詞を投げつけた。

「流石は皇君だな。少女の一世一代の告白を数分で終わらせてしまうなんて。なんて冷血漢なんだ」

 先程の男が芝居がかった口調で煽る。追従するように他の生徒も彼を攻撃した。

「お姉ちゃんの葬式でも泣かなかったそうじゃないか」

「自分以外人間だと思ってないんじゃないか」

 そんな風に好き勝手喚いて、ギャハハハと大きな笑い声をあげる。
 彼は絶対に怒りだすだろうと思っていたのに、予想に反してそのまま教室を後にした。
 足早に歩く彼の後を追いながら尋ねる。

「なんで言い返さなかったの? 黙ってる質じゃないだろ」

 俺の問いに彼は足を止め、ゆっくりと振り返る。

「事実だからな」

 そう言って俯く彼は珍しく、何か言ってあげたいのに踏み込むことが怖くて俺は何も言えない。
 言葉が途切れて、俺たちの間に重い沈黙だけが残る。
 先程まで快晴だった空は、太陽を雲が吞み込もうとしていた。
 校舎に暗い影が落ちる。もうじき雨が降りそうだった。

「学校で得られる情報はあと、部活だけだ。早く行かないと始まってしまう」

 悲しげに笑った彼は無理にでも切り替えたようで、体育館に向かって歩き出す。
 俺は何か、大事な物を取りこぼしてしまったような気がした。

「なぁ、ここでも何も情報を掴めなかったら前から話してた廃屋に行かないか?」

 急な提案に心臓が跳ねる。

「なんで? あそこは危ないからやめようって言ったじゃん」

 驚きのままに言葉を形成したので、言い方がきつくなってしまった。

「あんたの言い分もわかるがもう情報がない。霊はああいうところに引き寄せられるんじゃないのか?」

「知らないよ。ああいうところには近づかないようにしてるから」

 頑なに否定する俺を、彼はじっと見つめる。

「知らないってことは可能性があるってことだ。頼む。絶対に危ないことはしないし、あんたの指示に全面的に従う」

 切実な彼の様子と、先程何も声をかけてやれなかったことが重なって、俺はついに戸惑いながらも頷いてしまった。

「ありがとう。じゃあ、次の日曜日でどうだ」

 彼の問いかけに、途方に暮れながら返事をする。
 何かあった時、どうやって彼を助けようか。今から既に、不安でいっぱいだった。
 ふと気付くと、いつの間にか体育館に着いていた。

「さっきの話はここで何も情報が取れなかったら、だからな」

 そう言ったが、あまりこの場所に期待はしていなかった。三年生は時期的に、もうほとんどが引退しているだろうから。唯我もそれをわかっているからこその提案だったのだと思う。
 何人かの生徒の邪魔をして聞き込みをしたが、やっぱり何もわかることはなかった。
 諦めきれなくてもうあと数人に話を聞いてから帰ろうとしたところ、後ろから声をかけられる。

「穂天さぁ。何してんの?」

 軽薄で酷薄な声に体が固まる。予想通り、歪に口角をあげた幼馴染だった。

「陽稀……」

 面倒くさいやつと出会ってしまった。こいつに遭遇した瞬間、俺はもうすべて放り出して帰りたくなる。
 けれどそういうわけにもいかず、適当に答える。

「まあ、何ていうかちょっと野暮用で」

「野暮用? 体育館に? 帰宅部のお前が?」

 こいつの話し方はいつも回りくどい。どうしたら俺に嫌な思いをさせられるか、そういう話し方だった。
 幽霊探しの話はしたくなくて、話題を逸らした。

「そういうお前こそなんでここに居るんだよ。もう引退してるだろ」

 陽稀はバスケ部だったので以前なら不思議ではなかったが、今ここにいるのは不自然だった。そもそもそのバスケだってしょっちゅうさぼっていたので、好きでやっていた訳ではないだろう。
 俺の言葉を聞くと、陽稀は嬉しそうにあはっと笑った。

「そうだよ。よく知ってるじゃん。最近構ってくれないから、俺のこと忘れちゃったのかと思った」

 楽しそうなお前らを見かけてつい追いかけてきたんだ、と口を歪める。陽稀はそのままじわじわと距離を詰めてきた。
 空気が湿度を持って、俺にまとわりついてくるような気がする。

「忘れるわけないだろ、お前のこと。ただ最近はちょっと忙しくて、ごめん」

「ふーん、それってこいつのせい?」

 陽稀は隣にいた唯我を睨め付ける。
 隣で事の成り行きを見守っていた彼は、話題に出されて口を開こうとした。
 けれど二人を話させたくない俺が割って入る。

「彼が理由ではあるけど、俺の意思だから」

 俺が唯我を庇ったのが面白くなかったのだろう、陽稀は顔をしかめた。

「お前さぁ、そんな態度でいい訳なくない? お前のせいだよな? おれの自由な生活全部奪ったの」

 よっぽど腹に据えかねたのか、陽稀は早口でまくし立ててくる。

「自由に遊びに行くことだってできないし、スタメンだって落ちた。全部この足のせいだよなぁ?」

 陽稀を落ち着けるためにとりあえず謝ろうとした時、突然唯我が陽稀に掴みかかった。

「いい加減にしろよあんた。どういう関係か知らないが、穂天はあんたの奴隷じゃない」

 唯我がそんな行動をすると思っていなかった俺は目を見開く。
 けれどすぐに、陽稀を掴む唯我の手を振り払った。陽稀を背にして唯我の前に立つ。

「何してんだよお前!」

 俺が陽稀の味方をしたことに、唯我は信じられないといった顔をしていた。
 手を振り払われたことが予想外で、ショックを受けたらしい彼は、意地になって突っかかってくる。

「だいたいあんたもなんで言い返さないんだ! 明らかにそいつの発言は常軌を逸してるだろう! 人の顔色ばっか窺って、あんたに自我は無いのか!」

 何度も同じようなことを言われ、そのたび我慢してきたがついに限界だった。

「うるさいな! 俺のこと何も知らない癖に、勝手なこと言うなよ!」

 あぁ、ついに言ってしまった。ずっと言わないでおこうと思っていたのに。

「あんたが教えてくれなかったんだろう! 俺はあんたに向きあってたのに!」

 俺の初めての反撃に驚きつつも、彼はヒートアップして言い返してくる。
 けれどそれ以上に、俺の方がもう止められなかった。一度口を開いてしまうと、堰を切ったように感情が溢れてくる。

「それがうざいんだよ! 他人のお前がズケズケ踏み込んでくるな! だからお前は空気が読めなくてクラスでも浮くんだろうが!」

 言い過ぎだ。けれど形にしてしまった言葉はもう訂正することができない。
 唯我は俺の強い言葉に、う、うざ……!? と一瞬うろたえていたが、拗ねた様子でまた返してきた。

「空気が読めなくて悪かったな! あんたは姉さんに似てると言ったが訂正する! これっぽっちも似てなんかない!」

「俺はお前の姉ちゃんじゃねぇ! 勝手に重ねて甘えて! なんでも受け止めてもらえると思ってんじゃねぇよ!」

 そう、つい、言ってしまった。
 売り言葉に買い言葉とは言え今のはかなりきつい言葉だった。
 ガキだ。図星を突かれてひどいことを言っている。
 その自覚はあったが、すぐに謝れるほど俺も大人じゃない。
 彼はひどく傷ついた表情をしていた。

「そうだな、甘えてたのかも。あんたと姉さんは別人だった」

 ひとり、静かに地面を見つめる。

「付き合わせて悪かったな、もう話しかけないから安心してくれ」

 そう言って去っていく彼の背中を俺は追いかけられなかった。

 ――雨が、降り始める。
 それはひどく激しい、強い雨だった。
 この場でただ一人だけ、陽稀だけが楽しそうに笑っていた。