弔想夜夢

 授業が終わり、昼休み。弁当を片付けていると、わざわざ別のクラスから面倒な奴らがやってきた。

「なぁ穂天。放課後漫画買ってきてよ。今日、新刊の発売日なんだよね」

 ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべているのは幼馴染だ。

陽稀(はるき)……悪いけど、今日は用事があるんだ」

 断られるなんて微塵も考えていなかったのだろう幼馴染は、途端に機嫌が悪くなった。

「はぁ? 俺より大事なことなんてあんの? お前に?」

 後ろの取り巻きどもも陽稀のテンションに合わせて、大げさに囃し立ててくる。
 うるさいな。
 俺は確かに陽稀の犬だけど、お前らの犬ではない。
 陽稀に対しては仕方がないと思うが、セットで付いてくるこいつらは心底鬱陶しかった。

「本当に悪い。そっちが先約だから断れないんだ」

 弟くんに俺の事情は関係ない。今日を逃せば明日は土日に入ってしまうし、予定が先延ばしになるのだけは避けたかった。
 先約の彼を蔑ろにはできなくて、どうにか断れないかと格闘していると教卓側のドアから俺の名前が呼ばれる。

「沢村先輩、いらっしゃいますか」

 弟くんがきてしまったようだ。
 彼は俺を見つけると、教室にズカズカと入り込んできた。

「穂天さん。早く行こう、昼休みが終わってしまう」

 急な闖入者にクラス中の視線が集まる。けれど弟くんに気にする様子はない。
 それどころか目の前にいた陽稀の前に割り込んで、当たり前のように話しかけてきた。
 当然、もっと機嫌が悪くなる幼馴染。

「お前、誰? 今俺が穂天と話してんだけど。邪魔しないでくんない?」

「ああ、先客がいたのか、すまない。邪魔して悪いが、先を急ぐんだ。後にしてくれないか」

 陽稀はちょっと、というか結構、人相が悪い。髪は金髪、耳にはピアス。いつも緩くあがった口角は、この世の全てを俯瞰するかの様だ。
 うちの学校は校則が緩く、身だしなみについて何か言われることはない。けれどこの学校に来るような生徒はみんな真面目なので、派手な陽稀は学校で浮いていた。
 俺が下級生ならこの先輩には話しかけない。
 そんな陽稀に、臆さず声をかけられるなんてさすが弟くんだ。我が強い。
 ちなみに弟くんも白だか銀だかみたいな髪色をしているので、俺の目の前は今ものすごくチカチカしていた。
 弟くんの髪は自分で染めたらしい。そっちのほうが俺に似合うから、だそうだ。セルフプロデュースも完璧である。
 俺が変な方向に意識を飛ばしている間に二人の口論はヒートアップしていた。取り巻きも陽稀の援護をはじめ、今にも掴み合いの喧嘩が始まりそうな雰囲気。
 さすがに止めなきゃと思い二人の間を遮る。

「ごめん唯我君、そろそろ行こう。陽稀もごめん。また今度埋め合わせするから」

 弟くんの腕を掴み強引に教室を抜け出そうとすると、陽稀は大きな声をあげた。

「お前、俺よりそいつを優先すんの! そんなことしていいわけ!?」

 責めるような言葉に思わず足が止まる。

「ごめん」

 振り向けずにそれだけ伝えて、足早に教室を出た。
 またどこかでご機嫌を取りに行かないと。陽稀への献上物を何にするか考えると、なんだか胃が痛くなる気がした。
 廊下に連れ出された彼は、納得がいかないと不満を隠そうともしない。

「どうしてあんたが謝った? 明らかにあいつが無茶言ってただろ。しかもすごく性格が悪そうだ」

 彼の素直な言葉につい笑ってしまいそうになる。すごく性格が悪そう、か。俺もそう思う。
 そう思うのだけれど、何も言えないのだ。あいつには。
 わかりやすく態度で示してくる彼をそっと見上げる。君はいいよなぁ、まっすぐ生きられて。

「時間がなくなる。早く行こう」

 俺は前を向いて彼の問いを誤魔化す。

「あんたはずっとそんなんばっかでいいのか?」

 もう一度聞かれたが、結局答えることはできず、聞こえないふりをしてそのまま歩き出した。
 真上から照りつける太陽は、直視するには眩しすぎて目を細める。
 俺は唇を噛んで、拳を強く、ぎゅっと握りしめた。

 聞き込みは意外と順調だった。
 事前情報を弟くんがリストアップしてくれており、効率的に回ることができたからだ。昼休みと放課後だけで得たにしてはかなりの情報量でなかなか達成感がある。
 委員会と部活、どちらも回りきることはできなかったから、部活はまた後日の予定だ。
 ここでも彼はカメラを回しており、引き続き動画を撮るつもりらしかった。
 備忘録というだけあって生徒の証言を逐一記録していく。
 正直何の役に立つのか俺にはわからないが、彼は記録しておきたいのだろう。
 それにカメラを回している彼はとてもキラキラしている。趣味が半分、実益が半分ってとこなのかもしれない。

女生徒Aの証言

「たまにボドゲカフェに行ったよ。どんなゲームも強かった! でもおうちが厳しいみたいで、たまにしか遊べなかったかな」

男子生徒Bの証言

「生徒会が一緒でね。参考書の品揃えがいい書店なんかを教えてもらった」

先生C・Dの証言

「生徒会長について知ってること? 委員会と部活と先生方からの評価ぐらいだな。そういえば、行きつけの喫茶店があるとかも言ってたか?」

「おいおい、警察の真似事か? あまり変なことに首突っ込むなよ。そうだ、お父様に体育祭の件、お礼伝えておいてもらえるか?」

女生徒Eの証言

「今度パンケーキ屋さんに一緒に行こうねって約束してたの。それがこんなことになって……」

 適当な空き教室に入り、弟くんのパソコンとカメラなんかを机に広げて情報を整理していく。
 外では部活が始まっていて、生徒の掛け声が聞こえてきた。教室ですらこんなに暑いのによくやるな、と下敷きで扇ぎながら窓の外に目をやる。
 弟くんは撮っていた動画を確認し、パソコンで店の情報を調べ、マップにメモを書き足していた。
 ボドゲカフェ……喫茶店……書店に、パンケーキ屋。
 彼女の行動範囲は結構広い。喫茶店については場所がわからなかったので保留だ。

「なぁ、さっき先生が言ってた体育祭の話って何だ?」

 ふと気になったことを彼に聞いてみる。

「あぁ、姉さんの自殺で体育祭がなくなりそうでな。どうも父さんが開催するように働きかけているらしい」

 俺は少しだけびっくりして固まる。今凄いことをなんでもないことかのように言わなかったか?
 学校に影響できるってどんな父親だよ、と内心でツッコミを入れる。

「へぇ、良いお父さんじゃん。自分だって辛いのにかけ合ってくれて」

「別に。体裁を整えただけだろ。不満が自分に向かないようにな」

 彼の言葉はなんだか冷たい。あまり父親に良いイメージがないようだ。他所様の事情にあまり首を突っ込むものでもないか、とそれ以上の踏み込みをやめる。

「しかしあれだな、お姉さん。亡くなった日体調が悪かったみたいだ。気が塞いでいたから?」

 聞き込みの最中、彼女の体調不良について言及している生徒が多かった。
 話しかけてもぼーっとしている。フラフラと歩いていた。顔色が悪かった、等だ。
 俺の言葉に彼はどこか腑に落ちないという顔をする。

「それ、ちょっと変なんだよな。姉さんは昔から体調不良を人に見せない。周りに心配をかけるのが嫌だったらしい」

 そんなところまで他人を気遣えるなんて、さすがだ。人気者になるにはやはり理由があるらしい。

「それがここまで周囲に悟られるなんて、よっぽど体調が悪かったとしか。それに頭をぶつけたという話も気になる」

 そう、友人たちの聞き込みでわかったのだが、彼女は階段から滑って頭をぶつけたと話していたらしい。心配する友人らに、そんなに高い所からじゃないから大丈夫、と答えていたそうだが。

「自殺するほどなんだ。体裁を保てなかったんじゃないか。気鬱から足元もおぼつかなかったとか?」

「それじゃ変だ。順番が前後してる。頭をぶつけてから、体調が悪くなったんだ。頭部の打撲が原因で何か……」

 フォローを入れてみたが彼は納得できていないようで、ぶつぶつと何か呟いている。

「君って結構シスコンだよな」

 姉に対する理想が異様に高い。
 姉さんなら体調不良をうまく隠すだとか、姉さんなら何か俺に残してくれている筈だとか。

「俺がシスコン!?」

 彼は青天の霹靂という顔をしていた。
 話してまだ数日も経っていないが、おそらく彼は友人が少ない。悪い人間ではないが少し傲岸不遜というか、マイペースで自分を曲げないところがある。そんな彼と対等に話して、指摘してくれる人はいなかったのだろう。
 シスコン……この俺が? と彼は茫然としている。
 そんな彼を放って俺は話を進めた。

「明日の予定だけど、朝に図書館に行ってそれからボドゲカフェ、その後本屋と楽器屋とかでいいんじゃないかな」

「パンケーキ屋は? 本屋に近いからまとめていけると思うぞ」

 我に返った彼からの提案に、俺は渋い顔をする。

「君さぁ、ここがどんな場所か知ってる? 男二人で行くような場所じゃないだろ」

 俺は苦言を呈したが、彼は当たり前だという顔ではねのけた。

「ここまでしておいて手を抜くことはできないだろう。当然行くに決まっている」

 俺はばれないように溜息を吐く。
 そうだよな、君には恥じらいという概念がなさそうだもんな。そんな風に心の中で悪態をついた。
 とにかく、と話をまとめる。

「土曜日で大丈夫? 朝十時に図書館で待ち合わせしよう」

 俺がそう言うと彼はわかった、と返事をしてパソコンやカメラを持って教室を出ていく。

「男二人でパンケーキ屋……どうにか回避できないかなぁ」

 残された教室で、俺はひとりこぼした。