弔想夜夢

「俺の名前は皇唯我(すめらぎゆいが)。数週間前自殺した姉、皇朱花(すめらぎあやか)の霊を探している。このVlogは備忘録だ」

 目の前でカメラを手に取り、大仰な身振りで話す男はこの間亡くなった女子生徒の弟だ。
 茜色の空と、綺麗に整えられた中庭は舞台を悲劇的なものとして彩っている。
 不謹慎だ。
 近親者だからって許されるもんじゃないだろう。そう思い胡乱な視線を向けるが、彼に気付く素振りはない。
 それどころか、そのままカメラに俺を映してきた。

「ちょっと、何だよ!?」

 顔を腕で覆い隠しながら文句を言うが、彼は気にすることなく続ける。

「彼の名前は沢村穂天(さわむらほだか)。霊が見えるらしい。これから彼と姉の霊を探していきたいと思う」

 一方的にそう告げると、彼はピッとカメラの電源を落とした。

「皇くん? でいいのかな。君さ、お姉さんに謝りたいんじゃなかったの? 後、それ何? 聞いてないんだけど」

 流石に黙っていられずやんわりと抗議する。しかし彼は俺の抗議など気にもならなかったようだ。

「あぁ、あんたの認識で相違ない。最初に言っておいただろう。備忘録だと」

 聞いてなかったのか? とでも言いたげな態度にまた腹が立つ。

「それ、備忘録にするだけだよね? ネットにあげたりしないでね?」

「ふむ。とりあえず備忘録のつもりだったが、良い画が撮れたらそれもアリだな。大丈夫だ、あんたの顔は隠しといてやる」

 彼はそう傲慢に言い放った。
 一体何が大丈夫だというのか。俺は撮影の許可なんて出してないし、嫌な気分だからやめてほしいのだが。

 そもそもどうしてこんな状況になったのかというと、突然弟くんが俺の教室にやってきたのだ。そして、姉の霊を探すのを手伝って欲しいと。
 当然慌てる俺。
 霊がどうのなんて大きな声で騒がれてみろ。変なやつ一直線だ。
 せっかくクラスでは極力目立たず、騒がず、害のない人間アピールをしてきたというのに。
 好奇の目で見られながらも急いで外に連れ出したが、結局彼の勢いに負け手伝うことになった。
 曰く、姉が死ぬ前日に喧嘩をしていて仲直りが出来ていない。
 曰く、死んでしまったがもし会えるなら謝りたい。
 頼み込んできた彼の真剣な目に胸を打たれたというのに、いざ始めてみればこの有様だ。
 知らず、俺は厄介な遊びに付き合わされたのだろうか。

「だいたいなんで俺が霊見えるの知ってんの? 人に言ってなかったのに」

「姉さんは知ってたぞ? あんたに聞いたと。姉さんが珍しく高揚した様子で話してたから、よく覚えてる」

 ひとつ、思い当たる節がないでもなく嘆息する。
 やっぱり言わなけりゃ良かったかな。秘密はどこかから漏れてしまうものなのだから。
 自分の選択は、いつもあまり良い方向に進まない。
 とはいえあの泣きそうなおじいさんを見過ごすことは出来なかったから、今でも同じ選択を取っただろう。
 我ながら損な性格だ。けれど彼らが見える俺は何か協力してやらねば、そう思ってしまうのだ。

「君、幽霊とか信じてるの? 正直そんなロマンチストには見えないけど」

「いや? 信じてないが。見たことがないものは信じない質なんだ」

 つい、拳に力がこもる。やっぱりコイツふざけてるんじゃないか? 彼の姉が亡くなってまだ数週間だ。あまり悲しんでる様子がないことも不信感のひとつだった。
 いっそ、断ってしまおうか。
 そう悩み始めた時、彼はカメラを確認していた手を止めこちらをじっと見つめる。先程のさっぱりとした言葉とは打って変わって、その瞳には熱意が宿っていた。

「けどな、姉さんのことは信じてる。姉さんがあんたを信じると決めたんだ。俺もあんたを信じてみたい」

 彼の表情にふざけた様子はない。ただそこには、俺の心を揺さぶる眼差しだけがあった。

「俺は姉さんの死が腑に落ちてない。自殺するような人じゃないんだ。何か理由があるはず」

 彼はゆっくりと息を吐き出す。

「それを知りたい。あんたならわかるかもしれないんだ」

 俺はなんだかこの目に弱い。
 悪意とか、敵意みたいな、そんなものを向けられても折れない芯の強さがある。
 時間が経てばみんな丸くなってしまうというのに、彼の瞳は今なお鋭い。

「でも、君のお姉さんは自殺だったんだろ。事件性はなかったって。成仏してるかもしれないぞ?」

「あぁ、みんなそれで納得している。俺以外はな。確証なんてないが、姉さんが俺に何も残していない筈がないんだ」

 なんなんだ、その姉への信頼は。
 正直言ってこじつけに近いが、彼は姉の霊がいると信じて疑っていない。霊を見たことも、話したこともないのに、だ。
 彼の印象はすごくちぐはぐだ。
 傲慢で不謹慎。なのに、姉のこととなるとまっすぐ。
 そんな彼からどうにも目が離せなかった。

「姉さんの自殺を信じてない訳じゃないんだ。警察もきちんと捜査してくれていたし、疑ってる訳ではない」

 俺は、彼の言いたいことがなんとなくだがわかる。
 もっと出来ることがあった、そう悔いているのだろう。

「姉さんが死んだ原因、あまり詳しく教えてもらえなかったんだ。大方母さんに口止めされてたんだろうがな。あの人は少し過保護なきらいがあるから」

 彼は苦々しく告げる。
 だから自分で姉を見つけ、自殺の理由を聞き、謝りたいのだと。
 姉の死についてよくわかっていないことも、納得がいっていない原因なのかもしれない。
 切実な彼の願いに、ぶつけかけた苛立ちが行き場を失い、強張っていた体からゆっくりと力を抜いた。

「それで? なんか思い当たる場所とかある? 俺、どこにいるかとかわかんないよ」

「それが実はなくてな。あんたから霊に聞いて貰えないかと。猫のネットワークみたいにないのか? そういうの」

 いきなり声をかけられた時も思ったが、彼は結構直情的な人間のようだ。俺とは真反対。
 憧れはするけど、こうなれなかったから今の自分があるわけで。
 胸の奥がチリチリと焦げ付くような感じがした。
 けれど俺も弟くんに感謝しているのだ。彼のおかげでひとつ、罪悪感を消化しようとしているのだから。
 そう、彼への優しさだけで動いている訳ではない。
 俺にも目的があった。
 自分の問題なので、彼にそれを話すつもりはないけれど。

「悪いけど俺、大したことできないよ。霊がその時一番強く考えてることを三文字だけ聞ける、みたいなしょぼい力だから」

 彼は不思議そうな顔をして尋ねてくる。

「霊が見えるというのは、自由に話せるもんじゃないのか? そんな制約があるなんて」

 まぁ、ドラマとかアニメとか、普通はそうだよな。なんだか居心地が悪くなって、頭をぽりぽりと掻く。

「他の人は知らないよ。会ったことないし。でも俺はそうなの」

 若干、ふてくされた感じが出てしまった気がしないでもない。けれど大事なことなので伝えておかないと。
 俺の返答に彼は少し考え込んだ後、すぐに新しい提案をしてきた。

「じゃあ虱潰しに探していくしかないな。とりあえず友人らにも聞いて、姉さんの行きそうなところにいくか」

 若いって柔軟だなぁ、なんて二個下の子に思う。
 まぁ、皇さん家の弟さんだから彼自身が優秀なんだろう。
 医者の息子で、顔も良くて、運動も出来る。噂を聞いた時、不公平な世の中だと思ったものだ。

「聞き込みはいいけど、今からは厳しくない?」

 部活をしている生徒はまだいるかもしれないが、それ以外は帰ってしまっているだろう。
 残っている生徒もなにがしか用がある人だと思うので、突然行って相手にしてもらえるとは思えない。

「あぁ、だからまずはうちで目ぼしいものがないか探してみよう」

 予想外の展開に瞬きを繰り返す。

「うちって、君んち?」

「そうだが? 母さんは家にいなかったはず。絶好のタイミングだ。今日を逃せばいつになるかわからない」

 俺は言葉を失った。出会って一日の人間を、家に招こうとする豪胆さに戦々恐々とする。
 これがジェネレーションギャップ!? いやいや、彼が特別変なのかも。それにお邪魔するなら土産を買わなくてはいけないのでは!? あまりの驚きに、些末な思考が溢れて止まらない。
 急な予定に悶々とする俺を他所に、彼は話を進めていく。

「姉さんの部屋を探して何か行動のヒントになるもの、聞き込みする相手なんかを絞ろう」

「姉さんの! 部屋!?」

「なんだあんた、うるさいな」

 俺の大きな声に彼は冷ややかな視線を送ってきた。
 ちょっと待ってくれ。
 君にとってはお姉ちゃんだから、何食わぬ顔で提案できるのだろうが俺は違う。
 俺も健全な男子高校生であって、同い年の女子の部屋というものに何も思わずにはいられない。ましてや人付き合いに慣れていない俺にはなおさらだった。
 そしてそれが亡くなった子の部屋。
 いったいどんな感情でお邪魔すればいいのか。
 気持ちとしては真摯に向き合いたいのだが、男子高校生の俺がドキマギしてしまう。
 正直言って皇さんはかわいい。そして誰にでも優しくて人気者。皇さんに挨拶してもらえた日は、俺もテンションがあがったりしたものだ。
 そんな彼女の部屋に、仲良くもない俺が行ってしまっていいのか。
 汗ばむ手をギュッと握りしめ唾を飲み込む。
 俺にも、心の準備時間が欲しい。時間を稼ぐため、彼に提案する。

「道すがら、幽霊に聞き込みでもしない!?」

 ちょっと声が裏返ってしまった。


 家に向かう道中、少し寄り道しながら朱花さんの写真を見せて幽霊に聞き込みをする。ちなみに皇さんではややこしいので、朱花さんと呼ぶことにした。
 そうは言っても俺は三文字しか聞き取れない。

「……美人、女、若い……生脚、パンツ……」

 幽霊から得られる情報は大したものがなく、弟くんに逐一伝えていくが、彼の眉間のシワは深くなっていく一方だった。

「あんた、さっきからオッサンばっかに声掛けてないか?」

 彼は虚空に話しかけている俺の映像を見ながら怪訝な顔をする。

「いや、別にわざとじゃないし……」

 正直おじさんたちから見た姉の印象を、弟という近親者に伝えていくのはかなり心苦しい。けれど出会う幽霊が何故か、くたびれたおじさんばかりなのだ。

「それに、生脚、こいつ四文字話してないか? 三文字の制約は?」

「想いが強すぎると四文字聞こえたりするんだよ」

 不審げに尋ねる彼に、気まずさから目を逸らしつつ答える。

「生脚が好きすぎる幽霊か……キモいな」

 俺は生脚好きの幽霊さんに同情する。
 彼は皇さんの弟だけあって、顔が整っている。ナルシストっぽいので魅力は半減している気もするがモテるだろう。
 そんな彼からしたら、生脚に執着してる霊をキモいと思うのは仕方ない。まぁ、実際ちょっとキモいし。
 けど他人を害してないのにイケメンに扱き下ろされているのは哀れと言わざるを得ない。
 俺は貴方の気持ちがちょっぴりわかりますよ、幽霊さん。でも、俺はタイツ派です。
 なんて、もういない霊に想いを馳せていると弟くんが不意に止まる。

「なぁ、幽霊ってのはああいう所にいたりするんじゃないのか?」

 彼が指さしたのは、住宅地を挟んだ先に見える少し大きめの廃屋だった。
 そこは確か、公民館だかなんだかが潰れたらしいと聞く場所だ。確かに霊は人の多い場所や寂れた場所にもいる。
 ――けど、

「あそこはダメだ」

 思っていたより強い口調で言ってしまった。
 弟くんは目をぱちくりとした後、居住まいを正して真摯な態度で問いかけてくる。

「どうしてだ?」

 大事な話を茶化さない彼は、本来人の話に耳を傾けられる子なんだと思う。ただ、傲慢なところが目立つからお話にならないだけで。
 どんな事情が今の彼を作りあげたのだろうか。俺は彼の人となりが気になった。

「あそこは近付いちゃいけない。危険な霊がいるんだ」

 霊が見えるといっても俺はただの高校生。
 霊から守れる結界を張るとか、ましてや祓うなんて特別なことは何も出来ない。
 君子危うきに近寄らず。最初から避けられる障害は避けた方がいいのだ。
 それにあそこにはあまり良い思い出がない。
 崩れた瓦礫、その中に沈む少年の体。
 俺が生まれて初めて、自分の無力さを知った場所なのだ。
 だから出来れば行きたくない。
 そう伝えると、彼はあっさりと身を引いた。

「わかった。あんたがそう言うならあそこには近付かない。けど、姉さんがどうしても見付からなかった時は考えてくれ」

 彼の言うことはわからないでもなかったが、それでも賛成はしかねる。俺はうまく答えられず、曖昧に頷いた。

 皇家は大きなおうちだった。
 重厚な革張りのソファ、ピカピカに磨き上げられた埃ひとつない照明。常駐する執事やメイドさんがいるほどではないが、通いの家政婦さんはいるらしい。聞いたこともない話だ。
 結局、土産は良いと断られたので持ってきていない。
 弟くんに連れられて、朱花さんの部屋にたどり着く。ピンク調で整えられた部屋は、年頃の女子の部屋でやはりドキドキした。
 遠慮なく部屋を漁っていく弟くんに少し羨ましさを感じてしまう。姉弟の距離感ってこんなものなんだろうか。一人っ子の俺にはわからない。
 部屋の隅でそわつく俺を、何をしているんだ? とでも言いたげな瞳で彼が見る。焦って俺は適当に目についたものを取りあげた。
 それはサッカーボールを模した、温かみのあるフェルトキーホルダーだった。

「このキーホルダーは? ラッピングされてるから君にあげようとしてたのかな?」

 言ってからミスったなと思う。聞き込みに使えそうなものを探してるのに、弟くんへのプレゼントでは何の情報にもならない。
 気まずくなってそっと戻そうとすると、彼が横からそれを拾いあげた。

「いや、俺はサッカーをしていない。特に応援してるチームがある訳でもないから俺宛ではないと思う」

 そう言って彼は首をひねる。しかし、弟である彼にわからないものが俺にわかる筈もない。
 想いの詰まった誰かへのプレゼントは、少しだけしわくちゃにされて机の上に戻された。
 そこから捜索はどんどん彼のペースで進んでいく。

「俺が知っていることは姉さんの部活と委員会、その程度だ。後は本が好きだったかな」

 積まれていた本を数冊取り上げる。

「これは近くの図書館で借りているもののようだ。返却ついでに今度寄ろう」

 彼はそう言って背表紙をなぞり、丁寧に揃えて置いた。
 後は淡々と校外学習の写真、楽器屋の袋など、手掛かりになりそうなものを拾いあげていく。
 俺はただ証拠品を写真に収めるだけのアシスタントにしかなれなかった。
 あらかた探し終えて部屋を見渡した時、隅の方に少しだけ汚れたカワウソのぬいぐるみを見つける。なんだか無性に気になって眺めていると彼が口を開く。

「それは母さんに貰った大事なぬいぐるみらしい。何かあったか?」

「いや、……なんだか見覚えがある気がして」

 はて、どこで見かけたのだったろうか。記憶を辿るがさっぱり思い出せない。
 うんうん唸っていると階下から、上品で物腰柔らかだが控えめな声が聞こえてきた。

「唯我? 帰ってるの? 見慣れない靴があるけれどお友達?」

 想定していなかった事態に、二人で目を合わせ驚く。

「まずい、母さんが帰ってきた。はやく戻すぞ」

「今日は誰もいないって言ってなかったか!?」

 彼も予想していなかったのだろう。焦った様子で乱雑に出したものをしまっていく。

「俺だって想定外だ! 父さんに何か頼まれでもしたんじゃないか。喋ってないではやく片付けろ!」

 そう言われるが、部屋は荒らしつくした後で数秒で戻せるようなものではない。
 その間にも階段を上がる音が近付いてくる。
 なんとか部屋を整え、ドアを開けて出ようとしたところでお母様に鉢合わせてしまった。

 皇母は、朱花さんの部屋から出てきた俺たちを訝しげに見ていた。けれど気を取り直したようにひとつ手を叩くと、リビングに案内しおもてなしをしてくれる。

「それで、貴方お名前は何て言うの? 唯我が友人を連れてくるのなんて初めてで……」

 高そうなグラスによく冷えた銘柄もわからないような紅茶。それから、食べたことのないようなふわふわ食感のお茶請け。全てが高級そうな空間に俺は萎縮して、カクカクとしたぎこちない動きで返答する。

「沢村穂天と申します。唯我くんとはえっと、唯我くんの方から声をかけていただいて……」

「この人は友達じゃない」

 必死にない記憶を作り上げて皇母の信用を得ようとする俺に対して、彼はばっさりと切り捨ててしまう。
 彼女は少し悲しそうな顔をしたものの、そんな予感がしていたのかすぐに納得した。

「やっぱり、お姉ちゃんのこと? 沢村君は三年生だものね」

 彼女は俺のカッターシャツのラインを見て言う。
 赤色は三年生の証だからだ。

「あなたがお姉ちゃんに懐いていたのは知っているわ。私がお姉ちゃんの悩みを上手に聞いてあげられてたら……」

 唯我を見つめながら皇母はさめざめと泣き出してしまった。

「私が悪いの。支えてあげられなかったから。けれど、こんな当てつけのようなことしなくたって」

 ただでさえ脆くか細いイメージのある彼女が泣いていると、すぐに頽れてしまいそうで不安になる。
 俺がどうしていいか悩んでるうちに本格的に彼女が泣き出してしまったので、これ以上傷付けてしまわないように急いでお暇することにした。
 出されたグラスとお茶請けを、せめてものお詫びにキッチンまで下げに来た時、ほのかな異臭が鼻につく。
 気になって匂いの元を辿ると、奥に続く部屋に女性の霊が立っていた。
 小綺麗な女性でどことなく皇母に似ている。
 けれど焦点が合わない目はどこかをぼんやりと見ており、意識を感じられなかった。
 彼女は微かに「チケット」と呟いている。異様な香りは彼女から発せられているようだ。
 どこかで嗅いだことがあるような、そう感じる。けれどお母様の手前立ち止まっていることも出来ず、ちゃんと確認することは出来なかった。
 皇母への挨拶もそこそこに家を後にする。弟くんは、俺を見送るために外に出てきてくれた。
 泣いてる母親を放置してきていいのか、と聞いたが、ここらは道がわかりづらいから、と言われてしまうと何も言えない。
 二人でオレンジ色に染まり始めた道を歩く。
 先程の雰囲気が気にかかり、和気あいあいと話し合う気分にはなれなかった。
 泣き出した母親の気持ちを考えると、このまま朱花さんを探すことが正しいのか不安になる。
 彼女が亡くなってまだそんなに経っていない。この行為は遺族の傷口に塩を塗る行為なのではないか。
 遺族を傷つけてまで、いるかもわからない朱花さんを探すことに意味はあるのか。
 そう考えてしまうと、気になって放っておけなかった。
 まだ短い時間しか過ごしていないけど、彼は悩みを一笑に付すような人ではない、と思う。
 そう考えて、勇気を出して彼に相談してみる。

「なぁ、ほんとうにこのまま進めていいのか。お母さん泣いてたぞ」

 俺の言葉を聞いた彼は眉間に皺を寄せた。

「じゃああんたはこのまま終われって言うのか? 俺はまだ謝れてないのに。ここで諦められるようなら最初からあんたに頼んだりしてない」

 彼は一笑に付すようなことはしなかったが、好意的な反応も返ってはこなかった。そして畳みかけるように詰めてくる。

「自分の望みを通すなら反感だって買う。それでも俺は成し遂げるぞ。あんたはそんなにすぐ諦められるって言うのか?」

 彼の言い分に俺は何も言えない。
 俺は彼のようにまっすぐは生きられないからだ。まっすぐ生きられなかった結果が、今の俺なんだから。
 彼は呆れたように溜息をついた。

「あんたもだんまりか。自分の意志はないんだな」

 俺は唇をぎゅっと噛みしめる。
 何も知らないくせに。
 勝手なことを言う彼に腹が立ったけれど、わざわざ言い返すことも憚られる。
 相手は俺より子どもで、協調性の大切さがわからないんだ。そんな風に無理やり大人ぶって、逆立つ気持ちを胸の奥にしまい込んだ。
 言い出した彼が継続を望むなら、俺にもう言えることはない。
 彼は反論してこない俺に少し不満そうだったが、明日の予定を取り付けて家路を辿っていった。