僕らが最強だったあの頃

「菜奈ちゃん?大丈夫?」

給湯室で突然きためまいに耐えきれずしゃがみ込んでいると、後ろから和泉さんの声がした。

「あ、大丈夫です、少しふらっとしただけなんで」
「えー大丈夫じゃないでしょ〜ちゃんと寝てる?」
「最近ちょっと寝不足で…」
「ほらーちゃんと寝ないとダメよ、一つのことにのめり込む癖、いい所だけど自分が壊れたら意味ないんだからね」
「はい…すみません」

 和泉さんはお水を汲んでくれて、私を椅子に座らせてくれた。

「あの企画は進んでるの?」
「あー、んー、まあまあって感じです。ソラには会えたんですけど、やっぱり簡単には行きませんね」
「そっかー、まあ再集結ってなかなか難しいわよね〜。一度解散して、業界も引退してるわけだからそれなりの理由ありきだろうし」
「あ、和泉さん」
「ん?」
「LUMINOUS が解散と引退した理由ってなんだと思いますか?」
「えー、ネットでは仲が悪かったみたいな書いてあったけど、実際は裏に何かあったでしょうね。じゃないと、あんなに人気なグループを事務所が手放さないでしょ」
「そうなんですよねー、それが知りたいんですけど、いくら調べても出てこなくて。所詮ネットだから書いてあっても事実かもわかんないし…」
「ねえ、菜奈ちゃん、あなたバカなの?」
「へ?」

 ふと和泉さんの方に顔を向けると、きょとんとした顔をしてこちらを見ていた。

「ネットでばっか調べてないで、本人に聞いてきなさいよ」
「いや、そうなんですけど…辛い過去だったら話したくないだろうし…とか考えちゃって」
「バカね、辛い過去だからこそ本人から聞くのよ!それで解決策に繋がることを一緒に考えるの!LUMINOUS のみんながどんな芸能界だったらまた戻りたいって思ってくれるか、どんな事務所だったら、一緒に働きたいって思ってくれるか、本人と話しないと何も始まらないでしょう?」
「そう、ですね……確かに……でもあの感じ絶対話してくれない気がします。俺からは絶対言わない、とか言ってましたし……」

あの日のソラと話したのが幻だったのかと勘違いしてしまうほど、私はしばらくほかの仕事に追われてしまった。ほかのタレントのマネジメント業をしながら、企画を進めるのはなかなかに根性がいる。

「あ、じゃあほかのメンバーから聞いたら?」
「それが出来たらとっくにやってますよ〜。ソラの居場所だって見つけるのに2年かかったんですから!同じ都市にいたのに!」
「えなんでよ、ルミナスのアキ、えっと……最年少の子だっけ?今日うちの事務所来てたわよ」
「いやそんなことあるわけ……」

和泉さんの顔は、とてもじゃないが冗談を言ってそうには思えない。

「え!!!ちょ、本当に?!?!」

私は思わず立ち上がり、持っていた水を落とした。
急いで社長室に向かう。興奮と焦りで短い距離でさえ息が切れた。勢いに身を任せて、ノックもせずに社長室のドアを開けた。

「おいおい、なんだなんだ、まずをノックしろ!」
「……アキ……ほんとにいた……」

私の勢いに驚いているアキが、たっちゃんの向かいの席に座っていた。小柄で、マスクをつけているけれど持ち前の美貌が滲み出ている。
アキはルミナスの最年少で、中性的な顔が人気なメンバーだ。可愛らしい見た目とは裏腹なキレのいいダンスに定評がある。

「彼女が、さっき話してた……?」
「ああ、そう私の姪の菜奈」
「……」
「はは、放心状態?よっぽどルミナスを好きでいてくれたんだね、嬉しいなぁ」
「たっちゃんこれどういう事?!」
「まあ、まず落ち着いてここ座って」

私はたっちゃんに促されるままアキの斜め前の椅子に腰掛けた。もちろんソラに会った時も衝撃を受けたけれど、心の準備をしずにルミナスに会うとこうも思考が停止するとは……。会いたいと恋焦がれていたあの頃の自分に教えてやりたい。

「お前の企画書を読んで、知り合いのツテを使って探して、アキくんに連絡をしたんだ」
「たっちゃん、私のために動いてくれたの」
「お前のためというか、まあ会社の為だな。それくらい、俺も期待してるってことだよ、菜奈の企画に」
「で、その連絡をもらって、僕が今日話を聞きにここに」
「そう……だったんですね。企画の話はもうしたの?」
「ああ、大体はな」
「どう、でした……?」

アキの顔を覗き込むようにそっと見つめた。綺麗な目に引き込まれそうになる。

「僕は全面的に賛成かな!ほかのメンバーがどう思うかは別として、僕個人としてはアイドルに戻れるならこの際なんでもやりますよ」
「ッ戻りたいんですか……!」

ソラとは正反対の反応。ソラはルミナスの名前を聞くだけでも嫌がっていたのに、アキはむしろ嬉しがっている。

「もちろんだよ!僕にとってアイドルは天職だったんだ。解散してから、どうにかして戻れないか動いたけどさ、みんなルミナスの名前が強すぎるって受け入れてくれなかった。まあソロでやれば良かったんだろうけど、あくまで僕はグループ活動がしたかったからね、そこ拘ってたら気づいたら5年も経ってたよ」

そう語るアキは、あの頃のままだった。
最年少でありながら1番グループのことを考えて、メンバーのみんなが大好きだと叫んでいたあの頃のアキ。甘え上手で、キュートな印象とは別に、真剣にグループの未来を考えていた。
アキと言えば私の中では、アルバムで大賞をとった時のコメントがとても印象的だった。

「僕らはまだまだ止まりません。ファンの皆さんがいる限り、走り続けます。僕はルミナスが大好きです。ずっと一緒にいたいです。僕にとってルミナスが天職です!これからも末永くよろしくお願いします!」

光り輝く汗が、くしゃっと笑う笑顔が、眩しくて仕方がなかった。

「菜奈さん?」
「ああ!すみません、ちょっと昔を思い出しちゃって」
「……ところで、僕だけですよね今のところ賛成してるの」
「そうですね、そもそもまだソラ以外には会えてない状態で……」
「え!!」

アキは目を見開き、身を乗り出した。

「ソラにあったの?!」
「え?はい……見事に玉砕しましたけど」
「そう……ソラ、元気だった?」
「元気といえば、元気でしたね。でも家の中が冷たくて……私には寂しそうにみえました」

ソラの表情を思い出すと、節々にすごく寂しそうだった。私にありがとうと言ってくれた時だって、すごく寂しそうだった。

「うーん、まずはトウマとカイトからかな」
「え?居場所知ってるんですか」
「一応知ってる。全然会ってないけどね」
「わ、わ、すごい。アキのお陰でこの企画に希望が……」
「はは、大袈裟だな。2人は今、『パトラ』って言うカフェを経営してるよ」
「カフェ!なんで情報が出てこなかったんだろう」

ルミナスのメンバーが働いていて、今どきのSNSに情報が漏れないなんてことあるのだろうか。

「すっごく田舎だからね、若者は来ないんじゃないかな、だからこそその場所選んだんだろうし」
「なるほど……」
「でももしかしたら、2人が1番説得するの難しいかもよ」
「どうしてですか?」
「だって、きっと2人は今の自分に満足してる。アイドルは目まぐるしく毎日を過ごすけど、田舎でカフェを営むってさ、どう見ても正反対にいるじゃん。未練なんてこれっぽっちもないんだろうなって、僕は初めて知った時思ったけどね」
「……たしかに」

次の日、私とアキは2人が営んでいる『パトラ』に出向くことにした。
早速2人に会えるドキドキと、アキと2人だけの車内とで、心臓が破裂しそうだ。私はソラを推しているのに……と浮気でもしているかのような謎の罪悪感すら抱いた。

トウマはルミナスの最年長で、面倒見がいいメンバーだ。大人しくて周りをよく見ているタイプ。ボソッと発した言葉がみんなのツボに入ることが多くて、私も何度も爆笑した。
カイトはトウマとは反対で、とてもお調子者。完全なる太陽属性で、こってこての関西人だ。そんな性格だが、ソラと一緒にメインボーカルを担当している。唯一無二の透き通った声が、ルミナスの歌を支えた。

新幹線とレンタカーを使い、やっとの思いでお店に到着した。入り口のドアには『パトラ』と書いた看板が小さく飾られている。こぢんまりとした可愛らしいお店。大の男2人が営んでいるとは思えない外観だった。

「さあ、いこうか」

車から降りたアキが、私に声をかけた。アキはアキで久しぶりに会うメンバーに緊張しているみたい。到着30分前くらいから、助手席で落ち着かない様子だった。

扉を開けると、老夫婦がカウンターに座っていた。

「あら、こんなところに若いカップルが」
「ほんとね、珍しいわ」

……カップル?!

恐れ多すぎてか、思わずむせ返る。そんな私をアキは「大丈夫?」と背中をさすってくれた。
その時だった。

「こんにちは〜お好きなお席―……え」

キッチンから出てきたのはカイトだった。短髪だった髪が伸びて、すごく大人びている。

「アキ……?」
「カイト久しぶり」
「ええええ!なんでここに?!え、ちょ、トウマ!」

キッチンに向かって声をかけると、次はトウマが手を拭きながら出てきた。

「アキ……」
「久しぶり」
「どうした、こんな所まで」
「それは……この人が」

アキはいきなり私の背中を押した。

「誰この人」
「おいカイト、その言い方は失礼だ。すみませんうちのバカが」
「あ、いや……」
「名前聞いてもいいですか」
「あ、はい、えっと」

カバンの中にある名刺を取り出そうとした時、手が滑って床にぶちまけてしまった。しまった、動揺の表れだ。そりゃそうだ。ルミナスのメンバーが3人も目の前にいるんだもん。アキをここまで無事故で連れてきただけでも表彰して欲しいくらい。

「す、すみません!」
「も〜何してるの菜奈さん」

トウマが私の名刺を1枚拾い上げた。

「サクラエンターテインメント……」

そう呟いた時、少しだけトウマとカイトが凍りついたのが分かった。

「サクラエンターテインメントでマネジメントをしてます、月本菜奈です。今日はお2人にお話があって来ました」
「月本菜奈……」

私の名前を復唱し、少し考え込むトウマとは裏腹に、カイトは酷く険悪な表情を見せた。

「何の用だよ、俺たちはもう芸能人じゃない。ただの一般人だ。俺たちがここにいるって情報どっから仕入れたんだ?」
「それは……」

私が横目でアキを見たために、カイトの鋭い目線はアキに移った。

「お前か。誰に聞いた?」
「……川上さん」
「ッチ、誰にも言うなって言ったのに……」

川上という名前は私も知っている。ルミナスのマネジメントをしてた人だ。1度話を聞こうとアポを取ったが、急用でリスケされてまだ調整が出来ていない。1日でも早く彼女にも、しっかりこの企画の説明をしに行かなくてはいけない。

「月本さん」

トウマが私に拾った名刺を渡してくれた。

「ありがとうございます。あ、1枚どうぞ……カイトさんも」
「ああ、どうも。それで、どうして今日はうちにきたんですか」
「えっと、これを見て頂きたくて……」

私はたっちゃんに出した企画書と同じものをトウマとカイトに渡した。
とんでもない内容に、2人は流石に驚いた様子で、顔を見合せる。そんな中、先に口を開いたのはトウマだった。

「貴方は僕らがこれに賛成すると思って来てるんですか。それとも少しの可能性を確認しに?」

試されているような質問に、思わず息を飲む。

「私は、賛成してくださると信じて来ています。私が、あなた達をもう一度スターにしてみせます。だから、もう一度あの場所に戻りませんか」

また2人は互いの顔を見て、次はカイトが先に口を開いた。

「俺らの居場所はこの『パトラ』だ。ここは、もうあの世界には戻らないって決めて始めた店だしな」
「それに、あんたも知ってんだろ。俺たちが受けた誹謗中傷の数。あれが世の中の声。今更、戻ったら世間はなんて言う。俺は、人騒がせなアイドルにはなりたくない」

アキが言っていた、2人を説得するのが1番難しいという言葉の重みを、やっと理解した気がする。彼らが受けた苦しみとは裏腹に、ここは時間がゆっくり流れているような、そんな空間だ。この温もりを1度味わってしまったら、あの忙しない日々に戻りたくないと思うのも無理はないと、説得する側の私も素直にそう思う。
けれど私だって、簡単に引き下がれない。私は覚悟を決めて、今の人生を歩んでいるから。

「私は、デビュー当時からルミナスが好きで、解散して5年が経った今も、好きな気持ちは変わってないんです」
「……!」

2人とも、私がファンだと知って驚いている様子で、また顔を見合せた。

「皆さんが私たちファンの目の前から突然消えたあの日から、毎日欠かさずルミナスの音楽を聴いてきました。歌を聞けば、どんな時でも元気になれた。過去の映像を見て楽しんで、笑顔にもなれた」

トウマとカイト、そしてアキも私を真っ直ぐ見つめている。私がファンとして、今の彼らに伝えたいこと。

「……みんなが残してくれたもので、毎日変わらず元気を貰ってるはずなのに、それと同時にみんながすごく恋しくて苦しいんです。今、ルミナスが私の目の前にいないことが、ただ苦しい」
「あの頃のファンの全員が、再結成を待ってるなんて綺麗事は言いません。みんなが受けた言葉も、行動も、全部知ってるから。だけど、待ちわびている人は絶対にいます」
「私がそうであるように、もう一度だけでいいから、ステージで輝いてるルミナスが見たいんです。そんな叶わない夢が、みんなに届いて欲しいと本気で願って生きてるんです」

コーヒーの香りが漂う中、少しでも届けと願って伝える想い。ふとトウマを見ると、綺麗な涙を浮かべていた。

「トウマ……」

アキが小さく声をもらし、その声に答えるようにトウマは鼻をすすった。

「昔、ラジオでソラが貴方にメッセージを送ったことがありましたよね」
「え、はい!覚えているんですか」
「はい。きっと僕らはみんな覚えてます」

カイトとアキの顔を見ると、私のことを見て頷いていた。

「僕らの音楽は、貴方の人生を救えましたか」
「……はい、もちろんです。この手は、もうあの頃みたいにピアノは弾けないけど、ルミナスを救うためにあるって今は本気で思ってます」

私は手をギュッと握った。未だに続けているトレーニングや、年に数回通う検査。ピアニストの夢は敗れたけれど、ルミナスに人生を救ってもらったお陰で、私にはもう1つ大切な、ルミナスを復活させるという夢が出来た。
あの頃、あのラジオを聴いていなかったら。きっと今も、過去の自分と今の自分の差に劣等感を覚えて、泥沼にハマって抜け出せずにいただろう。

「アキは、この話に賛成なのか?」

トウマが私の企画書を指さした。アキはひょうきんな顔で答える。

「もちろんだよ。迷う余地すらなかったね」
「お前……俺らが再集結するってことの意味分かってんのかよ……」

カイトがアキの様子を見てため息を着いた。何も考えていないアキに、やれやれと言った反応。再集結する意味って……何の話?

「そうだ、失礼なことを聞くかもしれないんですけど、いいですか?」
「なんだよ、俺らまだ賛成してないからな」
「はい、今すぐ答えを出してほしくて会いに来たわけじゃないですから、今日はこれで帰りますよ」
「じゃあなんだよ」
「その……皆さんが解散することになった理由とかって……」

私がそう言うと、アキは店内を見渡していた首を、トウマは企画書をめくっていた手を、カイトは私を見ながらする瞬きを、止めた。

「あ、ソラに!ソラに言われたんです。俺らが解散した理由知ってんの?って」
「私は正直、解散理由を調べたりするよりも先に、気持ちが届けば再集結できるって思ってました。でも、解散理由も知らない人の言葉なんか軽いだけってソラに言われてしまって……」
「確かに、再集結出来たとしても根本的な解決になってないですし、それは私が目指すルミナスではないなと」
「だから、私も一緒に解散理由に向き合おうと思いまして……ってどうしました?」

さっきまで私に突っかかってきていたカイトが、何かを思い出したかのように顔色を曇らせていた。 そんなカイトにトウマは寄り添う。

「菜奈さんって、ルミナスの誰のファンだっけ」

アキが突然、私に質問を投げかけた。

「え?ええっと……ルミナスみんな好きですけど、特にソラ……ですねごめんなさい」
「はは、謝らないでよ。で、ソラのどこが好きなの?」
「見た目ももちろん好きですし歌声も大好きですけど、1番はソラが作る音楽ですかね!ソラに辿り着いたのも、弟さんが配信してた曲を聴いて、ソラだって分かったからなんです!」
「そう……そりゃ凄いっ」

あれ、なんで好きなメンバーなんて聞かれてるんだろう。私は解散理由を聞いたのに……。

「……解散理由は」

トウマがそう言いかけたとき、私は唾を飲み込み、何が来てもいいと覚悟を決めた。

「言えません」
「え?どうしてですか?」
「それは……僕らがアイドルだったからです。それと、君がソラのファンだから」

トウマがそう言い終えたすぐ後。お店のドアが開き、常連であろう方々が大勢で来店し、私は「この件、考えておいてください。ご連絡お待ちしています」とだけ伝え、泣く泣くお店をあとにした。
私は、トウマが言っていたことが全く分からない。帰り道、寝ているアキの横で考えてみたけれど、いまいち理解できず、消化不良のままその日は終わってしまった。





井川冬馬(トウマ)27歳

今日はやけに長い1日だった。
カイトと共に締め作業をして、それぞれ車に乗って帰宅した。夕食を食べ、風呂に入る。常連客から誕生日プレゼントで貰ったウィスキー開けて、お気に入りのグラスに注いで一口飲んだ。
昼間、アキと一緒にやって来た、月本菜奈の言葉が頭から離れない。

『もう一度だけでいいから、ステージで輝いてるルミナスが見たいんです。そんな叶わない夢が、みんなに届いて欲しいと本気で願って生きてるんです』

解散を発表してから、SNSで僕らを惜しむ声を幾つも見てきたはずなのに、直接あの熱量で言われると、こうも心に響くのか。
あの頃を思い出すことが、今の生活に満足いき始めた2年前ぐらいから、圧倒的に減っていた。だが、久しぶりにあの日々を思い出すと、今でも心が震える。
解散当時の世間からの声や、視線に恐怖を抱いて震えているのももちろんあるが、自分はとんでもない世界にいたんだと、誇らしく思う気持ちにも似ている気がする。
努力して、努力して、やっと掴んだ世界。ファンに求められ、その想いに応えようと必死になった世界。

俺はそんな世界を、本当に手放してしまったんだな。

月本菜奈がファンとして伝えてくれた想いを聞いた時、素直にそう思ってしまった。

──10年前

「君、いいね可能性を感じるよ」

何度も何度も、そう言われた。
昔からアイドルになるのが夢だった俺は、色々なオーディションを受けてきたけれど尽く落ちていて、これで最後にしようと決めて受けた今日のオーディションでも、また、「可能性がある」と判子を押されてしまった。
初めて言われた時はもちろん嬉しかった。今回はダメでも、俺は他の子とは違うんだと思わせてくれたから。
けれどどうだ。最後の最後まで同じことを言われ続けた今では、自分の過去を否定する言葉にしか聞こえない。何も成長していないと言われているのと同じだからだ。

今回を最後にすると決めたのに、既に習慣になっている行動は中々やめられない。最後のオーディションに落ちたその日の夜、俺は変わらずダンスを練習していた。
ビルのすりガラスの前で練習をしていると、ある女性に声をかけられた。それが後に、俺たちプロデューサーになる川上さんだった。

「おーー、きみ、努力家なんだね」
「??」
「あ、ごめんごめん、急に話しかけて!」
「い、いえ…」
 「早速だけど、君どこか事務所入ってたりする?」
「いいえ、実はアイドルになるの夢で。でももう諦めました」
「なんで、諦めたの?」
「今日、最後にしようって思っていたオーディションに落ちて。だからもうアイドルは……」
 
初対面なはずなのに、なぜかスラスラと言葉が出てきた。堅苦しいスーツを身に纏い、真っ直ぐ俺を見つめてくる眼差しが、ヤジを飛ばしてきたり、馬鹿にしたりする同級生たちとは違うと思ったからだと思う。

「うん、いいね君。さっき君のダンス見てて可能性を感じたわ」
「!……おれ、その言葉嫌いです。何度も何度も言われてきた。可能性じゃだめだ、今が完璧じゃないと選ばれない」
「あら、そうかしら?私の可能性って言葉は、私の作るグループに、貴方がいることが想像出来たって意味なんだけど?」
「???どういうことです?」
「私ね、日本一、いや、世界一のグループを作る予定なの」
「ははは、いい夢ですね。お姉さんなら叶えられそうな気がしますよ」
「貴方、私のところでアイドルしない?」
「……はい?」

そうやって、どん底にいた俺は川上さんに救ってもらって、ルミナスを結成した。
初めてメディアの前に立った時の事は今でも鮮明に覚えている。カメラや人の数、フラッシュの光、次の日のニュースや新聞。俺たちは瞬く間に世界へと存在が知れ渡り、多くのファンを獲得した。
デビューして生活が一変した。街中を素顔で歩けなくなって、ボディーガードが着いていないと空港にも行けない。
でもきっと、俺はグループにさほど影響を与えられていなかった。俺以外のメンバーが最強だったから、ルミナスは最強のボーイズグループになったんだと、本気でそう思う。
10年20年の周年を迎えた先輩達みたいに、ずっとこのままルミナスとして生きていく。その間に、俺という存在がルミナスに少しでもいい影響を与えられるようにしたい。今の生活ができている恩返しを、川上さんに出来たらと思っていた時だった──。

幼い頃に離婚し、一人で俺を育ててくれた母親が病死した。突然電話で知らされ、海外公演の為にタイに居た俺はすぐに駆けつけることさえ出来なかった。
俺に心配をかけないようにと、闘病生活を送っていた事を黙っていたらしい。母親が入院していたなんて、全然知らなかった。電話はこまめにしていたし、その時も、「今日はお隣さんとランチに行った」とか「仕事が忙しいの」とボヤいていたのに。自分の母親なのに、何も知らずに俺は、仕事をただ当たり前にこなす日々を送っていたらしい。
その時初めて、アイドルに憎しみを抱いた。アイドルなんて仕事をしていなかったら、母親は頼ってくれただろうか。一緒に病院に行って、最期の時を共に過ごせたかもしれない。アイドルなんてしていなかったら、母親の死を知ったあとで笑ってステージに立たなくても済んだし、涙を汗に混ぜることもなかった。
事務所が母親の死を公表し、メディアが報道した。通夜や葬式は静かに行われたが、活動復帰後の空港で、俺へのフラッシュがやたら多かった。SNSでは、母親を亡くしたのにアイドルを頑張っている偉い子として、世間が俺を褒め讃えた。
こんな事で、ルミナスの名前を売りたかったんじゃない。こんなことで、影響を与えたかったんじゃない。

お願いだから、そっとしておいてくれ───。

暫く上手く笑えない日々が続いていた俺を救ってくれたのは、ソラが作った新曲だった。
曲名は「年齢」と言うシンプルなものだったけれど、俺に宛てた曲だということはすぐに分かった。ソラはいつだって誰かに宛てた曲を創る。宛先のその人を救ってくれる。楽曲の温もりが、どうしようもなく嬉しかった。言葉では何も言わないところも心地よかった。ソラもメンバーもいつも通り過ごしてくれる。ルミナスはそんな優しいグループだ。
このグループに居られて、デビュー出来て本当に良かったと思った。アイドルなんてと思う時は沢山ある、けれどルミナスがルミナスでいる限り、俺もその1人として全力で生きようと、そう思えた。

だからあの時も、ルミナスが終わるなら俺のアイドル人生も終わりだとケジメをつけた。何度も俺達やファンの子を歌で救ってくれたソラの言った言葉に、俺は賛同した。世間の目に飽き飽きしていたのもある。だからこそ、俺はソラを守ろうと思った。例えルミナスが無くなろうとも、俺たちが一緒に居られなくなろうとも、世間に好き勝手言われようとも。ソラの意志と才能を、守りたいと思ったんだ。




篠田海斗(カイト)26歳

家に帰り湯船に浸かっていると、今日のあいつの言葉が頭をよぎった。

『もう一度だけでいいから、ステージで輝いてるルミナスが見たいんです。そんな叶わない夢が、みんなに届いて欲しいと本気で願って生きてるんです』

「ああもう!なんなんだよあの純粋な目は……」

面と向かって伝えられて、気にせずにいろという方が無理だろ。実際、トウマも涙を浮かべていたし、揺らいでいるのは間違いない。アキだって、何故か前向きだし……。あんなに世間に叩かれたってのに、忘れちまったのかよ。
再集結って言っても、俺にはそんな資格なんてない。何故なら、俺は当時、4人が全力でアイドルとしてファンと向き合っていた中、ずっと、アイドルを辞めたくて仕方なかったから────。

──6年前

歌うことがとにかく好きだった。地元ののど自慢大会に自分で応募して出演するくらい、歌に自信があった。みんなが俺の歌声を聴いて、拍手で褒めてくれる。なんとも気持ちいい瞬間だった。
俺は友達にも恵まれて、田舎だからか「この町からスターが出るかも」なんて噂もされた。友達がSNSに俺の歌っている姿を投稿し、それが一気にバズり、芸能事務所を名乗る3社から声がかかった。その時の俺はすっかり天狗になっていて、「このままスターになれるんじゃ」と甘い考えでオーディションを受けるために田舎を出た。

「歌声は……すごくいいんだけどねぇ」
「容姿も申し分ないんだけどねぇ」
「せめて、ダンスをもう少し踊れるようになってくれないかな」

3社のオーディションで言われた言葉はどれも同じだった。
なんだよ、そっちから声かけといて。俺は別に、アイドルになりたいんじゃなくて、歌手になりたいんだよ。ダンスなんて、必要ないんだ。
そう自分に言い聞かせて、拳をぎゅっと強く握った。

「ねえ!ちょっとまって!」

最後に訪れた事務所から帰ろうとエレベーターを待っていると、1人の女性に声をかけられた。この人は確か、さっきのオーディションで審査員の後ろにいた人だ。

「なんすか……」
「私、君の歌声気に入っちゃった!」
「……いやでもさっき」
「さっきの人達は貴方を必要とはしなかったけど、私は違うわ」
「どういうことっすか?」
「実はね、私なんだ、君のSNS見つけたの。今やってるオーディションではさ、こう、目指してるグループがあるからたまたまそれに君が合わなかったってだけなの」
「……それで、俺を呼び止めたってことは、つまり?」
「つまり、私がつくるボーイズグループでアイドルにならない?」
「……!俺は、アイドルになりたいんじゃ……」
「ダンスができなくて不安?」
「そりゃそうっすよ。だって、やったことないし……」
「大丈夫よ!まだデビューまで1年あるから!練習したら大丈夫!私は貴方の歌声を失いたくないの。どうかな、私を信じてついてきてほしい」

アイドルになりたかったわけじゃないけれど、「貴方の歌声を失いたくない」という言葉に感化され、俺は後にルミナスとしてデビューすることになった。
でも、どうだ。アイドルになってからというものの、ひたすらに怒涛の日々。寝るのは移動の数時間。プライベートの行動は制限された。
大丈夫。大好きな歌をやっていく為だ。何をやるにしても、夢には代償は付き物だ。
悪口を言われても我慢。事実と異なることを騒がれても我慢。握手した時に手を無理やり引っ張られても我慢。サイン会で直接嫌味を言われても我慢。

我慢、笑顔、我慢、笑顔

本当にすごい人ってのは、継続できる人だ。
俺は出来なかった。たったの5年でガタが来た。
20周年を迎えた先輩を横目に、俯いて歩いた時のことは今でも鮮明に覚えている。

「アイドル、辞めたい」

絶対口には出せなかったけれど、あの頃は毎日思っていたことだった。メンバーのことは大好きで離れて暮らすなんて考えられない。大好きな歌だって辞めたい訳じゃないのに。どうしてもそう考えてしまう。

丁度その時、ソラが自主練してる所を見かけた。同じメインボーカルとして実力は申し分なくて、ソラの歌はいつも安定している。どんなに寝れていなくても、あいつはブレない。
……なんでそんな顔で歌えるんだよ。こっちはもう限界で、辞めたいって思ってるのに。
尊敬と同時に、こんな気持ちを抱えながら隣で歌う自分が、どうしようもなく情けなかった。同じ場所に立っているのに、全然違う人間みたいに思える。ソラはいつも音楽のことだけを考えて、真っ直ぐで、誠実だ。その姿を目の当たりにする度に、この仕事を長く続けられる自信がなくなっていった。

だからあんなことがあって、俺はどこかホッとしたんだ。
もう、アイドルやらなくていいんだって。
そんなことを思った俺が、今更ルミナスに戻れるはずがない。ルミナスは最強で最高のアイドルだった。その名前を名乗れる資格が、この俺にあるとは到底思えない。
夢の中の俺はいつもアイドルで。戻りたいと思ったことも正直ある。でももしまた、「辞めたい」なんて思ってしまったら。我慢ばかりで限界が来てしまったら。今度こそ自信を、完全になくしてしまう。そんな自分を、想像するだけで怖いんだ。
今のこの生活で十分。我慢もいらない、好きなことが好きなだけできる。とても幸せだ。

PCの録音フォルダを開く。
この5年、誰にも聴かせていない、録音してきた自分の歌声。

歌は……仕事としては出来ていないけれど。
今の生活で、十分幸せなはずだ。

なのに、なんで俺はまた、マイクを握ってしまうんだろう……。