僕らが最強だったあの頃


──5年前

「やばいあと3分だよどうしよう!」
「あー、今日まで生きててほんっと良かった〜」
「彼氏、許してくれて良かったね」
「うん、まあダメって言われても来たけどね!推しと彼氏は違うし」
「まあそうだね!推しは私らの生きる希望だもん」
「あー、やばい絶対今日やばいよ」

会場の電気が消えて、BGMの音が消える。それがいつもの始まりの合図。その合図と共に歓声は大きくなり、あの彼らの登場で絶頂を迎える。ずっと大好きだったルミナスが、大好きなソラが、来る。

「今まで来れなかった分、たっくさん楽しもうね!」

今日という日を一緒に待ってくれた親友の美香が、観客の声援で鼓膜が破れそうな中、耳に顔を近づけてそう言ってきた。それだけで、私は胸が締め付けられる。ありがとうという気持ちを込めて、美香と目を合わせながら頷いた。そして、ペンライトを強く握る。今日まで頑張ってきて、本当によかった。私の努力は無駄ではなかった。

「やばい今、目あった!ハルキと目合った!」
「え!いいな!ソラ……ソラは……あ、反対側だ〜」

心臓を貫くほどの重低音。
耳に気持ちよく届く歌声。
目を釘付けにするダンス。
息を飲むほどのビジュアル。

彼らが彼らである限り、そこは私にとって、かけがえのない瞬間になり、誰にも邪魔されたくない時間になる。

生きることを諦めなくて良かった。
貴方がいたから笑顔になれた。
世の中捨てたもんじゃないって本気で思えた。

全て言葉にして目の前の彼に伝えたいけれど、伝えられないもどかしさを抱えて、全力で声を出す。
本当にこの世界に存在しているんだと感激をして、本当に同じ人間なんだと感心をする。
些細な仕草に胸を躍らせ、自分に向けられない視線に切なくなる。

世界的5人組ボーイズグループ『LUMINOUS 』

デビュー2ヶ月にして数々の賞を受賞し、歴代最短でドームツアーを実施。先月デビュー5周年を迎えた。
歌とダンスの両方を完璧にこなし、5人ともの端正な顔立ちからその姿はまるでAIのようだと言われている。

その中でもメインボーカルを担当しているソラは、私の最も愛する存在。彼がいたから、私はここにいられる。貴方に出会えて良かった。アイドルを選んでくれてありがとう。そんなことを心で思い、彼を見つめる。この時間が幸せで仕方ない。

「いや〜かっこよかったね〜」
「ほんっと、ビジュ良すぎた。特に2着目の衣装みんな似合っててかっこよかった〜」
「分かる!あのストライプのスーツやばかった!」

会場を出て中々進まない駅の道を、ライブの余韻に浸りながら進む。私はまだ、閉まってしまうのが惜しくて、ペンライトを光らせて握っていた。

「え!!なにこれ?!」

少し後ろを歩いていた女性が、大きな声をあげた。その声に周りの人達はざわつき始める。

「なんだろ、なんかあったのかな?」
「んー?どうせ大したことないって〜ってか、この列いつになったら動くのよ!」

美香は、周りのざわつきを特に気にする素振りは無く、列の前方を背伸びをしながら眺めていた。
私は、隣の人がスマホを取り出すのをみて、何となく私もポケットのスマホを取りだし、画面を見た。

「何…これ…」

[大人気ボーイズグループLUMINOUS ]
[突然の活動休止を発表]

携帯に通知されていたその記事は、酷く冷たく苦しいものだった。
私がその記事に気づいた時には、周りのざわつきは酷くなり、色々な声も聞こえていた。

「美香……」

隣を見ると、美香もスマホを見ている。

「デマだ!デマだよきっと」

美香はそう大きな声で言う。すると、私の隣のお姉さんが一緒に来ていた男性に、「フェイクニュースって最近よくあるし!」 と言っているのが聞こえた。

「そだよね、だってさっきまで私らの目の前にいたもん。あんなに笑って……」
「信じよ、みんなを」
「うん……」

次の日の朝、浅い眠りから覚めた私たちは、テレビで衝撃的なものを目にした。

 [LUMINOUS の内部分裂。仲良し仮面を被った5人の素顔]
 
 ルミナスの事をよく知りもしないだろうタレント達が、色んな意見を口にしている。

そんな言葉、私たちには届かない。
……届かないはずだよね?

 「こんなの、ないない!仲良いに決まってるし、あれが演技だったら相当だよ」
 「でも……仕事だからって割り切ってたのかも……だっておかしいもん……こんな急に活動休止なんて」
 
 彼らはそのまま、無期限の活動休止に入り、それから2ヶ月もしないうちに、グループの解散が発表された。
キラキラ輝いていた彼らは多くの批判を受け、メディアやかつてのファンから、有る事無い事を記事やSNSに書かれ続けた。5人のスターは芸能界から姿を消し、その後は消息不明。

 後に、「新世代」と呼ばれるグループが多く輩出され人気を得たけれど、彼らを超えるほどのスターは現れなかった。よって彼らは『伝説』となり、過去の映像が、音楽が、賞賛され続けた。


──現在

 「よいっしょっと」

 大量の資料でもうデスクがパンクしそう。周りからもよく「そろそろ片付けないと雪崩起きるよ」と言われている。そのうち、そのうちやるよ?でも今は忙しくて……

 「あああああ!!」
 
 コーヒーを取りに席を立つと、後ろから叫び声が聞こえた。恐る恐る振り返ると、みんなが私のデスクを見ている。雪崩だ。高く積み上げられた資料が床に散らばっている。

 「すすすみませんーー!すぐ!すぐ片付けますから!」

 とりあえず無造作にかき集める。道を塞いでしまっていることに羞恥心を覚え、もっと早く片付けをしておけばよかったと後悔をする。

 「ほら、言ったでしょこうなるって」
 「すいません……」

 私の横にしゃがみ込み、手伝ってくれているのは私の指導係であり、頼れる先輩の安藤和泉さんだ。

 「ほんと菜奈ちゃんは一つの事に集中するとそれしか見えてないんだから〜」
 「ですね、治したいんですけど…どうもできなくて」
 「ま、そこがいいとこでもあるんだけど」
 「そんなこと言ってくれるの和泉さんだけですよ〜」
 「あ、社長がこの前の件どうなったか昼に報告しろって言ってたけど、どうだった?」
 「あー!!」

 全身に焦りの汗をかいた。そう言えば、今日の朝礼の時に昼休みに社長室へ来てくれと言われていたんだった。
 
 「んもー、ほら行ってきな!ここは私がやっとくから」
 「あああ、すいません!すぐ!すぐ戻ってきますから!」

 カバンの中の分厚い手帳を取り出し、机の上に置いてあった資料と共に私は社長室へと猛ダッシュ。
すれ違う人に「おーい走るなよ危ないだろ〜」と小言を言われ、「すいませんすいません」と口先だけの謝罪をした。
 社長室の前で息を整え、ノックをして入る。

 「社長!すみませんでした!!お昼、すっかり夢中になって調べ物をしていて……いや、言い訳です。ほんとすみませんでした!!」
 「……頭を上げろ、月本」

 恐る恐る頭をあげる。目の前には意外にも穏やかな表情の社長が座っていた。

 「月本、いや、菜奈。自分で俺の身内だからって甘やかすなって言ったよな?」
 「はい、言いました……」
 「じゃあ遠慮なく怒らせてもらうぞ」
 「……はい」
 「社長との約束を忘れる社員がどこにいる!気が緩んでるんじゃないか、何にうつつを抜かしとるんか知らんがな、仕事は社会人としてちゃんと真っ当するという条件でうちに入社させてあげたんだぞ」
 「はい、分かってます」
 「はあ……まあいい。今回は見逃してやるが、次はないからな!」
 「はい、すみません。ありがとうございます」

 社長は、私のお母さんのお兄さんで、私の叔父だ。小さい頃はものすごく可愛がってくれて、会社での叔父さんに、最初こそ少し戸惑ったけれどもう慣れた。怒られることも、もう慣れている。 

 「んで、この前言ってたどうしても見てほしいって言う企画、あれちゃんとまとめたのか」
 「はい!それはもうもちろん!これです!」

 社長の机に、持ってきた企画書を置く。これは昨日徹夜で完成させた自慢の企画書だ。

「密着動画……?」
「そう!キラキラして見えるエンタメ業界の裏側というか、あの頃見えていなかったところを映す密着動画で、ファンをもう一度取り戻し、そして、二度目のデビューを果たすために必要なんです」
「待て待て、全然話が見えんぞ。演者は誰だ」
「それは……」

心臓が鼓動を奏でている。
この鼓動の速さは、明るい未来への高揚感。期待感。

私は今、最高に楽しい。

「『LUMINOUS 』です」

自信がある。理由はない。
私はやれるという、根拠のない自信だけが、私の全身を疼く。

 「LUMINOUS ?!あの子達はもう……」
 「終わってません。まだ、まだ終わっていない。まだ希望はある」
 「そうは言っても、今もうどこにいるかも分かんない奴らだ。お前も痛いほど知っているだろ、世間が彼らに浴びせた言葉や行動。下手したら、国内にいないかもしれない。二度目のデビューとなると、かなりの注目度だとは思うけど、それだけの代償も払う事になる。彼らも、この事務所もだ。それを分かって言っているのか」
 「分かってる。でも、だから私はたっちゃんのこの会社に入った。自分勝手ってことも分かってる。でも、やれるだけやらせてほしいの。私はまだ、彼らを諦めたくない」
 「菜奈……お前の気持ちは理解してるつもりだよ。あの時、俺なりにも動いた。せっかく社長をしているし、お前の救いになりたかったからだ。でもダメだった。彼らは、芸能の道に執着していない。どうやってまたこの道に来させる?そもそも、今どこに居るのかすら……。そこまで言うってことは何か案があってだよな?」
 「……ある。あるよ。見つけたの、ソラを。本名冴島空。LUMINOUS のメインボーカル。楽曲も作る音楽バカ。彼はまだ、音楽の道を諦めてなかった」
 「どう言うことだ」
 「『S』っていう名前で、色んな人に楽曲提供してるのを見つけたの。あれは、絶対ソラの曲だと思う。事務所には入ってなくてフリーでやってるみたい。自分でSNSにも投稿してた。ボーカルの声がソラじゃないから、今は誰にも気が付かれていないみたい。でも私は見つけた!これって奇跡だと思わない?!奇跡だし、神様がやれって言ってんだよきっと」
 「おいおい、ちょっと待て。その『S』って人がLUMINOUS のソラだって、確認は取ったのか?」
 「……」
 「取ってないのか?!」
 「……うん」
 「はー、話にならんなぁ」
 「で、でも!あれは絶対ソラなんだよ」
 「もういい、分かった。一旦事実確認をしろ。この企画進めるのはそれからだ。アポを取れ。その『S』って人に。それで確認をして、それからまた俺のとこに来い。俺も俺なりに動いてみるから」
 「うん、そうするよ」

 しまった。感情が盛り上がりすぎて、勝手に『S』がソラだって決めつけてしまっていた。きっと間違ってはいない。あれはソラの曲だ。でももし違っていたら……?似てるだけで、全くの別人だったら……?また振り出しに戻るの……?

 「たっちゃん、や、社長、すみません、いつもポンコツで……じゃあ失礼します」

 盛り上がって話しすぎたせいか、どっと疲れがでた。ため息が出る。私はいつもこうだ。どうして事実確認をしてから話そうとならなかったのだろう。

 「菜奈」
 「はい」

 ドアに手をかけた時、社長から呼び止められた。

 「悪くない」
 「え?」
 
 聞き間違い?悪くないって聞こえた気がする。

 「ワクワクするよこの企画。5年の空白期間を経て、伝説が復活。誰だって心躍るだろうし、誰だって一度は考えた。でも実現する人はこの5年誰もいなかった。多くの人が挫折して、涙を流した事だろうと思う。その多くの人の涙を無かった事にしたくないんだろう、お前は」
 
胸がぎゅっと締め付けられる。頬がカッと熱くなるのを感じた。

 「お前の気持ちは知ってるから。好きなようにやれ。一度くらいこの業界で暴れてみろ。後になって後悔する事になっても、気分は悪くないだろう」
 「ありがとう……たっちゃん」

ドアノブに手をかけた時、たっちゃんはまた私を呼び止めた。

「あ、ちょっとまて、この空欄になってる企画書のタイトル……ちゃんと決めとけよ」
「あーそれ決まった!さっき!」
「それを記入してから出してくれよ……んで、何にしたんだ」

「『僕らが最強だったあの頃』」

「ずいぶん挑戦的だな」
「うん、でもこれがしっくり来たの、最強だったあの頃を取り戻してみせるよ」

社長室を出た私は「よし、やるぞ」と、太ももを軽く叩き、気合を入れ直した。


────────────────────────
 [僕らが最強だったあの頃]
5人組のボーイズグループ。当時、4人が18歳、1人が16歳でデビュー。活動期間五年。
全員が端正な顔立ちをしていて、スタイル抜群。
歌もダンスも完璧にこなす彼らは、世間からはまるでAI人間のようだと言われていた。
人気絶頂時に起こった突然の活動休止。そのまま帰ってくる事なく解散が発表され、所属事務所への批判は後を絶たなかった。
メンバーはその後、誰一人として芸能の仕事をする事なく、そのまま所属事務所を退社。
世間の声は彼らに厳しく、私生活に乗り込もうとする人もいた。
時が経ち、彼らが『伝説』となった今、二度目のデビューへ向けて奮闘する。
一人一人のインタビュー。デビュー当時に語っていた言葉との対比。ファンが知らなかった姿を赤裸々に。
そして何より、

[もう一度、ステージの上にいる彼らが見たい]

世界中の願いを実現する。そしてこれは私の最大の願い。独りよがりかもしれない。でもそれでもいい。世界中が私と思いが反対でも、私は実現する。

[必ず、私がもう一度彼らをスターにする]
────────────────────────

後日、「あんなの企画書じゃない、ただの意思表示だ」とお母さんに叔父さんが笑って話していたことを知った。
でもそれはまだだいぶ先の話。







 「事実確認…事実確認…」

 やらないといけないことは分かっている。『S』と言う人物が本当にソラなのかの確認だ。とは言っても、どうしたらいいのか全く思いつかない。
いきなりメッセージを送ったとしても、もし本当にソラだったらきっと警戒されるし、芸能の道が嫌いになっているかもしれないと考えると、芸能事務所の人間だと会う前にバレるのはまずい気がする。

 「どうしたらいいのかな〜」
 「何どうした」

 今日は毎週金曜日の美香とのご飯の日だ。パスタを食べていた手を止めて、私は大きなため息をついた。

 「いや、仕事でちょっとね……」
 「ふーん」
  
  LUMINOUS を一緒に応援していた手前、美香には今回の企画のことを言えずにいる。
でも……唯一の親友に隠し事をすると言うのもなんだか気が引けるのだ。仕事の事だし、美香はこれ以上深掘りはしてこない。それが分かっているから尚更だ。

 「何に悩んでるのか分かんないけどさ、私は力になるよ、菜奈が困ってるのなら。分かってると思うけど、昔もこれからもずっとね」

  美香は、昔も今も私の一番の理解者だ。隠し事が上手くいった試しは一度もない。

 「……じゃあ話してもいい?」
 
 美香の言葉を皮切りに、私はとにかく話した。一人で抱えきれないことの全てを。

「え?!LUMINOUS ってあのLUMINOUS ?!?!」
 「ちょっと美香!声でかいって」
 「ああごめん……んで、LUMINOUS を復活させるの?」
 「うん、最終目標はそこ。二度目のデビューをうちの事務所からさせる」
 「それはだいぶ、世界揺れるね」
 「だよね、影響力すごいよね」
 「そりゃそうよ、私も今は違うグループ推してるけどさ、ハルキにまた会えるって思ったら、やばい、なんか泣きそう…」
 「ちょっとも〜ほらハンカチ」
「ありがと……」
「でも、分かるな……すごく分かる。私も手がかりを見つけた時は泣いたもん。確証なんてないのに、一丁前に泣いたよね」
 「菜奈はソラに一途で、LUMINOUS の音楽に一途だもんね」
 「うん、私みたいな人が世界中にいるのも知ってるから、その人たちにも笑ってほしいって思うし、嬉し涙を流してほしい。あの時私たちは沢山傷ついたけど、それが無駄じゃなかったって思ってほしい」
 「うんうん、そうだね」
 「あと、たっちゃんにも恩返しがしたい」
 「社長?」
 「そう、あの頃、支えてもらったから。私も、お母さんも」
 「そっか、そうだね。最近は?調子いい?」

 手に力を入れて握ってみる。大丈夫いつも通りだ。

 「うん、絶好調だよ」
 「よかった!この企画が当たれば、会社にも貢献だもんね」
 「そう!もっと会社を大きくしたいっていうたっちゃんの夢にも近づくと思う」
 「だね!菜奈、私にできることがあったらなんでも言ってね!自宅のネイルサロンなんて、融通きくんだから!まあ、事前に言ってもらえると助かるけど!」
 「ありがとう〜で、早速なんだけど、『S』にアポ取るにはどうしたらいいと思う?」
 「うーん……」

 それから私たちは食事をとるのも、飲み物を飲むことも忘れ、意見を出し合った。そしてたどり着いたのが、『S』がSNSに投稿している楽曲のボーカルを担当している「seiya」という人にDMを送る事になった。あくまで、彼の声に感銘を受けたという建前で。どんな手を使ってでも、『S』にたどり着く。まずはそこからだと気合を入れて、返信を待った。

―芸能会社の者です。あなたの声に感銘を受けました。よかったらお会いしたいです。

怪しい誘い文句を送ってしまったと後悔したけれど、意外にもあっさり返信が来た。

―それでは、2人きりで会えませんか。

 奇妙な返事が来たものの、これが『S』にたどり着く最短だと信じたい。そんな思いで、私は「seiya」と会う約束をした。

 「月本菜奈さんですか?」
 
 そう声をかけられて顔を上げる。近頃の寝不足で、待っている少しの間、店内のジャズにうとうとしてしまっていた。

 「あ、すみません!そうです月本です。Seiyaさん、ですか?」
 「はい、seiyaです。すみません、2人で会いたいなんて変なこと言って…」
 「いえ、とんでもないです。お会いできて光栄です。座ってください」
 「はい」
 
 意外だ。2人で会いたいと、いきなり送ってきた相手だから少し警戒をしていたけれど、とても警戒するにふさわしい相手ではなさそう。気弱そうで、今私が大声を上げて彼を怒鳴ったら、きっと子供のように泣いてしまいそうなくらい幼くも見える。

 「あの、僕顔出しをしていなくて、そのそれであまり人とは会いたくなかったからなんです」
 「そうだったんですね、私こそすみません、突然DMを送ってしまって」
 「いえ」
 「早速なんですけど、あのSNSに上がっている楽曲はどなたが制作されているものなんですか?」
 「……あれは、兄が」
 
 ソラって弟いたっけ……一人っ子だった気がするけど……

 「そうですか、とてもいい楽曲だったので気になりまして」
 「……この前も同じようなことがありました。数少ない再生回数でも声をかけてくれる人がいて、会ってみたら兄の楽曲にしか興味が無かった。僕の歌声は、兄に近づくための駒でしか無かったんです」
 「そ、そんなこと……」
 「あなたもそうでしょう」
 「……」
 「大丈夫です、分かってたので。傷つきません」
 「いや、その……」
 「では失礼します」
 「いや……ちょっと、待って!」

 一度も私の方を振り返ることなく、進んでいく彼の背中が、あの時に目に焼き付けた、ソラの背中によく似ていた。

 「ソラ……!」
 「……!」
 
 彼は驚いた顔をして、私の元へと小走りで駆け寄ってきた。

 「ちょっとこちらへ」

 周りの目を気にしてキョロキョロと辺りを見渡しながら控えめな力で私の腕を引っ張った。
 お店を出て、人気の少ないところへ連れて行かれ、掴んでいた腕を離したと思えば、とても困った表情で話し始めた。

 「なんで兄のこと……」
 「やっぱりソラなの?あの曲を作ったの」
 「だから、なんでそれを知って……」 
 「彼の音楽は、私の全てです。私の人生を救ってくれた。seiyaくん、理由は何も聞かずに、黙って私をソラに会わせてほしいの」
 「はい?そんなの、無理に決まってますよ……兄はもう芸能の世界にはいかない。もう二度と、あんな兄を見たくありません」
 「……うん、理解してる。あなたの気持ちも、ソラの気持ちも。それでもお願いしてるの」
 「……そもそも、いくら何でも曲聴いただけでなんて……怪しすぎます……そう言えば芸能会社で働いてるんですよね、記者とかですか?もう兄のことは忘れて……」
 「聞いただけで分かったよ。それだけ私がソラの曲聴いてきたってこと。ただの記者がそんなことするわけないでしょう?それに、私はソラを救いたいの」
 「救う?」
 「ソラはまだ音楽がやりたいはず。だからこんなコソコソやってるんでしょ? ほんとはもっとみんなに、世界中の人に聞いてもらいたいのに、わざと聞かれない道に進んでる。ソラの気持ちは、seiyaくんが一番よく分かってるんじゃない?音楽に滲み出てるんだもん。一番近いあなたが気が付かないはずないわ」
 「それは……」

 Seiyaくんが私をソラに近づけたくないことも理解できる。彼らが受けた言葉や行動は、残酷なものだったと知っているから。メンバーの家族までもが、被害にあったこと、沢山ニュースで見た。あの頃は、テレビの前で時が過ぎるの待つことしかできなかった。動けなかった。
でも今は違う。すぐそこにいるソラを諦めるわけにはいかない。

 「お願い。私は違う。ソラを傷つけない。約束するから、ソラに会わせてほしいの」
 
 Seiyaくんはしばらく俯いたまま微動だにしなかった。彼の中でも葛藤しているのが分かった。
光と陰は紙一重だ。その一歩、この一歩で、光になるか影になるか決まる。お願いと、私は願うことしかできない。思いが伝われと、願うことしかできない。

 「わかりました……」
 「え!ほんと!」
 「ただ、芸能会社の人と言うのは伏せてもいいですか、きっと警戒するので」
 「もちろん!私もそれ言おうとしてたし!」
 「ほんと……熱意が痛いですね」 
 「へ?」
 「いや、別になんでもないです。……ひとつ聞いてもいいですか」
「はい!なんでも聞いてください!」

Seiyaくんは少し考え込んで、話を続けた。

「貴方は、あの月島菜奈さんですか」
「……!」

唐突に、懐かしい眼差しを向けられ、息を飲んだ。「あの」に含まれているものは、やはり切っても切り離せない存在らしい。

「すごい、よく気づきましたね。もうあれから7年は経ってるのに」
「昔、兄が家で話してくれたことがありました。あなたのニュースがやっていた時に、『彼女は俺を応援してくれているから、俺も彼女を応援してるんだ。彼女に起こった現実から少しでも救えたらいいな』って」
「はは……そっかぁ。一度ね、ラジオでメッセージ貰ったことがあって。救われたよ本当に。ソラはすごい人だよ……」

私の言葉を聞いて、seiyaくんは微笑んだ。その笑顔がどこかソラに似ていて、私も思わず笑ってしまった。