心霊物件に住む幼馴染と暮らしたら、幽霊が俺たちの恋愛応援団になった件


 合同説明会ということで、今回は結構な時間を乗り継いで海の近くの展示場まで足を運んだ。製菓業界だけではなく飲食系業界や食品製造業界といった多業種のブースが集まる説明会ということで、多くの就活生が集まっていた。
 大量にチラシを受け取りつつも、俺は肩を落として帰宅の途につく。
 製菓業界は『いい人材がいたら取りたいが、今年は雇い控えをしている』というスタンスが多かった。不景気のあおりを受けて、一番にダメージを受けるのは飲食業界だという。特にお菓子は多くの人にとっては贅沢品という意識があるからか、業界全体が冷え込んでいる傾向にあるのだとか。
「俺……、就職なんて出来ないのかな」
 ジワリと涙がにじむ。
 東京にいて、いつでも有名店のお菓子にアクセス出来て、研究して、舌が肥えている相手と戦わなければいけないのだ。田舎出の俺が太刀打ちできるのだろうかと不安に思えてきた。
 ぶんぶんと頭を振り、行き先を表参道に切り替える。この辺りは有名パティシエの店がたくさんある。せっかく東京にいるのだから、と心もとない所持金ではあるものの、菓子を買って帰ろうと思ったのだ。
 海外のパティシエの店の中に、小さく『クッキーファクトリー』の本店もある。俺が子供の頃から好きだった店で、近くの地方都市に行くたびに買ってもらっていた。
 一番に俺はそこに向かい、高級志向の表参道にあってフレンドリーな値段の詰め合わせセットをいくつか手に取る。
 その帰り、大地の家の最寄り駅についたところで白井に会った。
「あれ? 颯太? 今帰り? リクルートスーツ似合うね」
 昨日会ったばかりだというのに、彼はまるで俺の親友のような顔をして近づいてきてバンバンと肩を叩いてくる。
「あー……、うん、就職説明会の帰り。白井は?」
「俺、この近くに住んでるんだよね。だから昨日も大地を送り届けることになったの」
 俺は彼の背中のデイパックに視線を向けた。今日は土曜日だからどこかへ買い物にでも行ってきたのだろう。
「てか何? そのお菓子、大地と食べるの?」
 彼は目ざとく俺が持っている袋に気が付いたようだった。なんとなく恥ずかしくなって背中に隠す。
「いや……、研究用。俺、製菓業界志望なんだ。せっかく東京にいるんだから、有名パティシエのお菓子を食べてみたいだろ?」
「へぇ! いいじゃん! そういう野心的なところ」
 白井は俺に近づいて、肩を組んできた。
「せっかくだし、どこかにご飯食べに行こ! ちょうど夕食時だし!」
 確かに時計は十八時を指している。けれど俺は体を引いて白井から距離をとった。
「ごめん……、大地に夕食作るって約束だから」
「えー、一晩くらい良くない?」
「泊めてもらってるからさ……」
 俺は苦笑を浮かべる。すると白井はスマホを取り出して数度スワイプしてから耳に当てた。
「あ、大地? 俺俺! 蓮! うん、そう。今颯太と一緒にいて、これからデートしてくる! じゃあね!」
 おい。
 思わずツッコミを入れそうになったものの、白井は気にした様子なくスマホをポケットにしまった。
「よし! これでOK! 行こうか。大地もいいよって言ってたし」
 了承したのか。なんとなく気が抜ける。夕食作りをしなくちゃというのは、俺が勝手に義務のように思っていたというだけなのだろう。
「OKなのかよ、これで……。まぁ、大地は気にしないだろうけどさ……」
 はぁ、と肩を落とす。
 とはいえ、冷蔵庫に作り置きをしてあったし、夕食はそれと冷凍庫に入っている魚を焼いてもらえば終わるだろう。念のため俺はそのことをメッセージアプリに送っておいた。
「そうか? 案外すっ飛んできたりして」
 ニヤ、と笑みを浮かべる白井に俺は眉間に皺を寄せる。
「お前、なんか前に問題でも起こしたのか?」
 途端にけらけらと白井が笑った。
「なんでそうなるの? 面白! 颯太って結構天然入ってるんだ」
 何が楽しいのか白井は笑いながら再び肩を組んできた。
「この近くにおいしいタコス食べられるところがあるんだよね。いこいこ!」
 なんとなく白井の外見からしてメキシコ料理が好きそうだな、と思った俺はせっかくだし、とついていくことにした。
 それから徒歩五分で到着した店は薄暗く、酒も出しているダイニングバーといったところだった。その中のボックス席に座り、ジンジャエールを注文する。土曜日にもかかわらず人が少なかったため、すぐに出してもらえた。
「大地と幼馴染って言っていたよね? 昔の大地ってどんな感じだった? 相変わらずぬいぐるみ作りが好きだったの?」
 いきなりそんなことを聞かれ、俺は唇を尖らせる。大地のぬいぐるみ作りを知っているのが自分だけじゃないということがやはり面白くなかった。
「今とそんなに変わらないよ」
「昔からあんな感じだったんだ。何考えてるかわかりづらくない?」
 確かに、多くの人にはそう見られているだろう。
 俺は何となく得意な気持ちになる。
「そうでもないけど……。結構わかりやすいというか」
 これは俺が昔から大地を見ていたからこそで、誰にでもできることではない。ふぅん、と白井は興味深そうに俺を凝視していた。
「もしかして、颯太って、大地の事好きなの? そういう意味で」
「えっ!?」
 びくりと震えて俺は白井を見つめる。彼はにぃ、と口角を上げた。
「え、な、なんで……、俺、わかりやすかった……?」
 考えてみれば子供の幽霊たちにもバレていたくらいだ。そんなに感情が態度に出るタイプなのだろうかと背中が冷たくなった。
 そんな俺の回答がまさに答えそのものだと気が付いたのは、一拍遅れた後だった。
「……あ」
 俺は思わず口に手を当てる。
「あはは! 颯太かわいいなぁ! 天然なの?」
 楽しそうに白井は両手を叩いた。ひぇ、と俺は後ろに下がる。
「な……、なんだよ、なんで……、っていうか、脅す気か? 告げ口する気か?」
 おびえて眉間に皺を寄せると、彼は手を横に振った。
「まぁ、落ち着けって。別に言うつもりはないよ。言っても俺には一銭の得にもならないし」
「ならなんであえて聞くんだよ……」
「俺もお仲間だから。って言っても、俺の場合はバイだけどね」
 え、と目を丸くする。
「バイって……、男も女も恋愛対象にできるってやつだよな?」
「うん、そう」
 白井は頷いてビールを口にする。
 俺は目を瞬かせ、彼を凝視した。生まれて初めて、自分と同じように男性を好きになれる人に会った。
「すごい……、さすが東京。こんなにたくさん人がいたら、そういう人もいるんだな」
 出てきた言葉が田舎者丸出しで恥ずかしくなるが、やはり俺の感想はそんな感じだった。
「はは! 颯太、本当に天然だな。たぶん、今までも颯太の周りにいたんだろうけど、皆、あえて口にしてこなかっただけだと思うよ。俺も、自分の事受け入れるのに結構かかったし」
 それにしては、現在同い年の彼は堂々としている。きっと彼は、俺がゲイだと確信できたから言ったのだろう。
 ここまで考え、あ、と俺は警戒する。
「もしかして、大地のことを狙ってたり……?」
 この言葉には彼は口の端を引きつらせた。
「あのさ……、別に誰でもいいってわけじゃないから。てか、大地とかタイプじゃないし」
 そうなのか、と俺は信じられない目で白井を見る。俺からしたら大地はかっこよく、それでいて繊細な面もあり、非常に魅力的な男に思えていたからだ。
 白井はいたずらげな瞳を俺に向けてくる。
「そうそう。むしろ颯太のほうが俺からしたら好みっていうか……。天然でかわいいし?」
「おい……」
 背後から低く唸るような声がして、俺はすくみ上る。
 振り返ると、大地が刺すような視線で俺たちを射抜いていた。俺が入り口に背を向けて座っていたため、彼の来店に気が付かなかったようだ。
 ひぇ、と俺は肩を震わせる。
「あ……、だ、大地、どこから聞いていたんだ?」
 彼はむっとしたように唇を引き結ぶと白井を睨みつけた。
「颯太が好みとか……、そのあたりからだが?」
 よかった。本当についさっき来たみたいで、俺がゲイであることについては聞かれていなかったらしい。
 白井は特におびえた様子もなく、ひらひらと大地に手を振った。
「どうしたの? 寂しくなって来たの?」
 大地は盛大なため息をついて俺の隣に座る。
「何、颯太を口説いてるんだ……。颯太も颯太で、いきなりデートなんて、どういうことだ?」
 彼の息が少し上がっている。
「いや……、東京の人のジョークかなって……。てか、大地はよくここがわかったね」
「この店は白井のお気に入りだから。何度か来ているんだ」
 そうなのか、とモヤリとしたものが胸に湧く。そりゃ、大地が上京して二年もあったので、その間に友達とご飯に行くことなんていくらでもあるだろうが。
 大地は真剣な顔をして俺に向き直る。
「いいか、颯太。いくら東京の人でも、会って翌日にいきなりデートには誘わない。簡単に誰にでもついていくな」
 見ると、俺のスマホには彼からの連絡が何件か入っていた。本当に心配してくれたらしい。
 大地は手を上げて慣れた様子で注文する。どうやらここで一緒に食事をとっていくようだった。
「過保護だねぇ」
 ニヤニヤと白井が笑っている。大地はむっとしたように唇を尖らせた。
「幼馴染が変な奴に連れていかれないか心配して何が悪いんだ」
「だから俺は変な奴じゃないって!」
「変わった奴ではあるだろう?」
 確かに、と思ったがあえて俺は口に出さなかった。それについては白井も苦笑を漏らすのみにしたようだった。
 ちょうどその時、タコスが俺の分と白井の分で四つ運ばれてきた。一つは小さいので、一人当たり二つから三つくらい食べるとちょうどいいようだ。
 白井は口が大きいのか、三口でタコスを食べ終えると、持っていたデイパックから大きめのタブレットを取り出す。
「そうそう。それでさ、動画の構成案考えてみたんだよ」
 そう言って彼が見せてきた画面はプレゼン用資料だった。
「まず、この家の由来について軽く説明。でも、これはあんまりおもしろい話じゃなかったから、早めに切り上げたいんだよね」
 資料には大地の部屋の土地の歴史などについて詳しく記載されていた。こうした情報については到底一日で調べられるものではなさそうだったので、きっと前々から狙っていたのだろう。
「今回の動画の一番のキモは、これまで人間の気のせいとか、そういうので片付けられていた心霊現象である幽霊がぬいぐるみの中に入って踊ったり、意思疎通できたりするってところだと思ってるんだよね。だから、まずはお互いの話が通じているところを撮って、それから『今日のために特別に踊ってもらいました!』って調子でつなげたいんだ」
「……待て、俺も出るのか?」
 これに対して、大地は困惑した表情を浮かべた。
「そうだよ? だって、大地が部屋の主じゃん」
「それは……、ちょっと……」
 彼は嫌そうに顔をしかめる。大地の部屋にはぬいぐるみ作りの道具がそろっており、過去作もずらりと並べられていた。声を変え、顔を隠したとしても気まずいだろう。
「え~、嫌なの? 俺相手に話してくれるかなぁ……」
 むぅ、と白井は唇を尖らせる。それから、あ、と顔を輝かせて俺を見た。
「そうだ! 颯太どう? ほら、颯太、クッキー作ってあげてたじゃん? 幽霊にクッキーあげるのとか、絶対人気出ると思うんだよね。ありえなさすぎて」
 けらけらと笑う彼にそんなものだろうかと首をかしげる。仏壇に対するお供え物の感覚でいたが、言われてみたらおかしな感じなのかもしれない。
「そういえば、あの子たち俺がご飯作っていたら炊飯器の上に乗って見てくるんだよね」
 ふいに思い出したことを口にすると、白井はキラキラと目を輝かせて身を乗り出した。
「いいじゃん、それ! やろやろ! ってか、颯太って顔出し大丈夫? せっかくビジュいいんだから見せていこうよ!」
「は?」
 俺は目を瞬かせる。そんな白井の肩を掴み、大地が押し戻した。
「おい……、何を言ってるんだ。颯太も颯太で、そんなことしなくてもいいからな」
「えー、なんで? 俺顔出ししてるけど、今まで誰からも話しかけられたことないよ? てか、案外バレないものだって!」
「そうは言うけど、内容が幽霊関連だろう?」
「やってることは荒唐無稽すぎてただのモキュメンタリーだって思われて終わるよ」
 モキュメンタリーとは、フィクションをドキュメンタリー風に撮影する動画のジャンルの一つである。
 白井はさらに続けた。
「それに、颯太のビジュなら、それこそ役者とかそれくらいに思われるんじゃね?」
 そうなのだろうか。
 自分を客観的に見たことがないからわからないが、少なくとも白井的には俺の外見は動画に出せるものらしい。
「俺はいいけど」
 あっさりと告げると、白井は目を輝かせ、大地は盛大に顔をしかめた。
「俺、動画を撮るとか、写真に写るとか、あんまりしてこなかったし、少し楽しそうって思っていたんだよな」
 白井があっさりとバイだとカミングアウトしてくれたことで、東京という土地が持つ懐の広さに心が躍り、気が大きくなっていた。
 俺の言葉に、大地は何とも言えない珍妙な顔をして眉間に皺を寄せる。それから頭に手を当て、難しい表情で唸った。
「……颯太が、そう言うなら」
「ははっ!」
 白井が手を叩く。
「大地、颯太の親みたいじゃん。過保護すぎだって! 颯太だって同い年の成人男性なんだからさ。にしても、助かるよ! 颯太、いい動画にしような!」
 彼は俺の両手を掴むとぶんぶんと振る。
 それから大地の分が運ばれてきて、俺たちも追加で頼んで、議論は白熱したのだった。