心霊物件に住む幼馴染と暮らしたら、幽霊が俺たちの恋愛応援団になった件


 その日の夜、俺は夜中にふと目を覚ます。
 枕元でぽふ、と何かが倒れた音がしたのだ。
 今日は大地と同じベッドではなく、貸してもらった布団で眠っていた。
 酔っている彼はあの後すぐ寝てしまったので、隣に入る勇気がなかったのだ。
 何事かと思いそちらを見る。
「……あ」
 小さくぽつりと呟いた。
 コツメカワウソの子がぺしゃりとうつぶせに倒れている。すぐに立ち上がり、くるりとターンをした。
 俺の寝床には、枕もとに少しスペースがあり、そこにスマホを置いて充電していた。彼は俺のスマホをつけて、ダンス動画を流し、一人で練習しているようだった。
 大地が言っていた通り、ぬいぐるみの中に入っているペレットが邪魔をしてうまく踊れないようである。そもそも覚えるのも苦手なのか、先ほどから何度か振付けを間違えていた。
 けれど、頑張って練習しているのを見ると、勝手にスマホをつけて動画を流していることは気にならず、応援する気持ちが湧いてくる。
「なぁ、お尻のペレット、抜いてもらうか?」
 ひっそりと話しかけた。
 コツメカワウソは俺が見ていると思っていなかったようで、ぴゃっと飛び上がると慌ててスマホの画面を消す。実際に手は触れていないからどうやったのかはわからないが、これだけ心霊現象がばんばん起こる家なので今更気にならなかった。
 コツメカワウソは焦ったように自分のぬいぐるみの体と俺に視線を交互に向ける。
 しかし、しょんぼりとして肩を落とし、首を横に振った。
「え? なんでだ?」
 次の瞬間、コツメカワウソの前にカードが現れた。手を伸ばし、掴む。
 どうやら大地がハンドメイドマーケットで使用した値札のようだった。
「コツメカワウソ……、二千五百円」
 ああ、と俺は頷く。
 当たり前だが、彼らが今憑依しているぬいぐるみは大地にとっては売り物なのだ。
「なるほどなぁ……」
 俺はコツメカワウソの頬のあたりに手を当てる。小さな毛がびっしりと生えた布は優しい触り心地で、ずっと触っていたいような気になった。カワウソの方ももじ、と体を動かすだけで払いのけようとしない。
 とはいえ、とコツメカワウソを見る。
 ダンスを覚えるだけでも大変なのに、その上自分の体に余計な重りが入っているのはきっと大変だろう。
「なら、俺がその体買ってやろうか? で、ペレットを抜いてもらう」
 コツメカワウソはえ? とでも言いたげに俺に視線を向けてきた。俺はニカッと笑みを作る。
「どうだ?」
 彼はもじもじと体を動かした後、ぎゅっと自分で自分の体を抱きしめ、コクリと頷いた。
「お前、本当にその体を気に入っているんだな」
 コクコクとカワウソが首を縦に振る。
 俺はもう一度彼の頭を撫でた。
「スマホ、勝手に使ってもいいよ。でも、見るのは動画アプリだけな? ここで練習もしていい。がんばれよ」
 告げると、カワウソは飛び上がって喜んだ。可愛らしいしぐさに頬が緩む。
「じゃあ、俺、もう寝るから」
 明日は大型企業説明会が行われるのだ。もう寝不足にはなりたくなかった。
 コツメカワウソはその後スマホの画面をつけ、音をミュートにして引き続き練習をしていた。


 朝、俺は早めに起きると、完璧に朝食の支度を整えた。
 和食派の大地のために味噌汁を作り、鮭の切り身を焼く。卵焼き、漬物も用意し、食後にはコーヒーとクッキーも出した。
「……これは、食べられないかもしれない」
 出てきたクッキーを見た大地はうなる。昨日の、ぬいぐるみをかたどったアイシングクッキーだった。
 一晩お供えしたので、きっと幽霊たちは満足してくれただろうと、食後のコーヒータイムのお供として出したのだ。
 事実、俺も、会心の出来だと思っているので食べるのには抵抗がある。
「うん……、俺も……。でも、せっかく作ったんだから、おいしいうちに食べてもらいたいじゃん。添加物が入ってないから、すぐ湿気ちゃうし」
 大地は苦渋の顔をしてぬいぐるみ達を持ってくると並べて写真を撮り、それからクッキーの一枚を手に取った。
「……いただきます」
 目を瞑って食べ進めていく彼に頬が緩む。俺も手に取り、彼同様に目を閉じて噛りついた。
「ありがとう……。おいしかった」
 そう言って彼はさらにあと二つ平らげる。五月末ということで、湿気が増えてくる季節ではあるが、思ったよりクッキーはサクサクのままだった。
「よかった。あのさ……、それで、お願いがあるんだけど」
 両手を合わせ、上目遣いに見上げる。
「なんだ?」
「コツメカワウソのぬいぐるみを、買い取らせてほしいんだ」
 大地は目を瞬かせ、すぐに不機嫌そうな顔になった。
「何故? あの子は颯太に……、その……、キスしようとした子だぞ?」
「えっ」
 まさか大地がそう捉えているとは思っていなかった。
「いや……、それはそうなんだけど……」
 あたふたと視線をさまよわせる。
「……あの子が気に入ったのか?」
 さらに尋ねられる。もしかしたら彼は俺がコツメカワウソの子を恋愛的な意味で好きになったと思ったのかもしれない。そして、その道ならぬ恋を心配しているのだろう。
 しかし、それは杞憂なので俺はすぐにお願いを告げた。
「そりゃ……、かわいいけど、そういう意味じゃなくて……。あの子のお尻のペレットを抜いてあげてほしいんだ。今のままだと、やっぱりダンスが難しいみたいだから。それで……」
 ああ、と大地は小さくつぶやく。
 納得してくれたのか、彼は顔に片手をやり、口元を覆った。
「そういうことか……。確かに、白井の動画に出るんだったら、ちゃんとしたいもんな」
 視線をそらした大地の頬が赤くなっているように見える。きっと、自分の思い過ごしに照れているのだろう。
「うん……。でも、あのぬいぐるみは売り物だろ? だから、俺が買うから、改造してほしいんだ」
 大地はしばらく黙って俺を凝視していたが、やがて視線をそらした。
「いや、颯太なんだから、無料でいいよ。それに、俺の宣伝にもなるんだし……」
 彼は立ち上がると食器を持って台所へ向かう。慌ててその背中を追いかけた。
「駄目だよ! 大地が型紙から自分で考えて作った、大地の努力の結晶なんだろ? それに価値を感じて買ってくださるお客様もいるんだから、その中の一つをただで改造してもらうなんて出来ないよ。お金を払わせて!」
 振り返った大地は目を数度瞬かせる。
「いや……、でも」
 まだ彼は納得していないようだった。俺は彼から食器を取り上げると、自分のものと一緒に流しに置き、スポンジを手に取った。
「それに、俺、コツメカワウソ自体も好きだし。実はずっとこのぬいぐるみを欲しいって思っていたんだ」
 口角を上げると、大地の頬が緩む。
「わかった。……ありがとう」
 俺が食器を洗っている間に、大地はコツメカワウソのぬいぐるみを手に取り、作業机に向かった。
 彼にとっては何てことない作業だったようで、俺が食器についた水滴をぬぐい終わった時にはもう完成していた。
「すごい! やっぱ大地ってプロなんだな」
 以前は少し前方につけられていた足も体の中央に移動し、より踊りやすいように改造されている。
 二千五百円を渡す。彼は受け取ると、自分の財布にしまった。
「ありがとう。プロというほどでもないが……。なんだか悪いな。俺の方も、颯太にお菓子とか作ってもらっているのに」
「あれは俺の課題とか、そういうやつだし、俺の場合は大地に泊めてもらっているってだけで十分帳消しになってるし!」
 幽霊たちも大地の改造作業が気になったのか、テーブルの隅の方にいた。
 コツメカワウソのぬいぐるみを机に置くと、少しして動き始める。
 彼は確かめるように手足を動かした後、くるっと問題のターンを決めていた。
 転がらずにあっさりと踊れるようになっていたようで、そんな彼にほかの幽霊たちがぱちぱちと拍手を送っている。
「よかったな!」
 俺もつい頬がほころんでしまった。
「よし! これで今日は特訓だな! 俺は就職説明会に行ってくるけど、がんばれよ!」
 そう言って拳を振り上げると、彼らは嬉しそうに飛び上がり、まかせておけとでも言わんばかりにぶんぶんと手を振ってきたのだ。