心霊物件に住む幼馴染と暮らしたら、幽霊が俺たちの恋愛応援団になった件


 シャ、とカーテンが開く音とともに朝の白い光が顔を直撃し、俺は目を覚ました。
「……ん」
 大地はすでに起きて活動しており、俺の方を向くと目を細める。
「おはよう。ゆっくり眠れたようだな」
 すでに彼は着替え終えており、あとは顔を洗ったり、髪を整えたりすれば終わりという状態だった。
「……うん。ありがと」
 本当に快眠できたので俺は伸びをする。そんな俺をどこか安心したように大地は眺めていた。
「よかった……。この家でうまく眠れずに就職できなかったということになったら、申し訳ないから」
「え、いや……! そんなの大地が気にすることじゃないよ」
 俺は両手を振る。彼は頬を緩めたまま続けた。
「またいつでも一緒に寝ていいから。颯太は寝相もいいし」
 これには笑って『ありがとう』とだけ返しておいた。
 確かに安眠できたが、同時にあっさりと俺と一緒のベッドで寝てしまえるぶんには大地は俺のことを意識していないとわかり寂しく思えてしまうのだ。
 彼は踵を返し、台所へ向かう。
「今日は何の予定も入っていなかっただろ? 朝食は俺が仕度するから、颯太はのんびりするといい」
 え、と俺は起き出した。
「いや、いいよ……! 悪いよ」
 小走りに彼の後ろについていく。
「俺の方こそ、泊めてもらっているんだし、一日中家にいるんだし、俺が作るよ。フレンチトーストでいい?」
 振り返った彼は嬉しそうに目を細めた。
「懐かしいな、颯太のフレンチトースト」
 彼が俺の家に遊びに来た時はたまに作っていた。
 できれば昨日から仕込んでおいたほうがトロトロでサクフワのフレンチトーストとなるが、焼く前に電子レンジで数秒チンするだけでも十分おいしいものはできる。
 バターを溶かして弱火でじっくり焼いて、俺特製のフレンチトーストにたっぷりと昨日買ったはちみつをかけた。
 コーヒーも淹れて、少し豪華な朝食となる。
 身支度を整えた大地はそれを見て目を輝かせた。
「美味しい! ……また腕をあげたんだな」
 美味しそうに告げる彼にこそばゆい気持ちになる。
 マドレーヌのようにこれも幽霊にあげようかとローテーブルの上を見たが、ぬいぐるみはどれも昨日のままで、憑依した様子はなかった。
 いまだに気まずくて出られないのだろう。
 ちらりと大地を見ると、彼も何かを言いたげにしてそちらを見つめていた。
 お互いに幽霊については触れないまま食べ終える。
 そうして大地は大学へ向かった。
 彼の見送りを終えると俺はジャージに着替えてランニングへ向かう。
 これは製菓学校に入ってから始めた習慣で、お菓子をたくさん食べるためにカロリーを消費するものだった。
 ついでにこの近所を回り、大地が過ごしている街の観光をする。のどかな街は俺の実家の近所と似た雰囲気があり、少し和んだ。
 帰りがけに大型スーパーに寄り、小麦粉や粉砂糖を購入する。
「ただいま」
 答えてくれないとわかっていても、つい声をかけてしまう。手を洗い、エプロンをつけると今日も泡だて器やボウルを手に取り、クッキーを作り始めた。
 自分でクッキーの形も整え、焼成に入ると粉砂糖と乾燥卵白、アイシング用の色素を混ぜて色を作っていく。焼きあがったクッキーが冷めたところで、ローテーブルに移動した。
 そこには昨日と変わらない状態のぬいぐるみたちが置かれている。
 俺はその子たちを参考にクッキーに色を塗り、それぞれの子のアイシングクッキーを作っていった。
「できた……!」
 数十分後、自分で言うのもなんだが、かわいらしい見た目のクッキーが出来上がっていた。
「たしか、コツメカワウソの子と羊の子がチョコレート好きだったんだよな」
 以前、チョコレートかけマドレーヌを取り囲んでいた子たちを思い出し、星形のチョコレートを持たせる。ひいきにならないように、他の子たちにはアイシングで星をつけていた。
 さらにそれを乾かし、表面が固まったところで朝に作ったフレンチトーストとともに神棚に置いておく。
 ぱん、ぱんと二回頭を下げ、二度ほど柏手を打つ。神社の作法がここで通用するかはわからなかったが、精いっぱいの詫びを伝えたかったのだ。
 目を瞑り、最後に一礼をしてから声に出す。
「悪かった……! お前たちだけ悪者にしてしまって……」
 昨日から心につかえていたことを口にする。
 本当は俺のためを思ってやってくれたことなのに、それを大地には言えず、結局幽霊たちだけが責められることになったのを申し訳ないと思っていたのだ。
「……俺がゲイだって両親に知られてから、家族がおかしくなっていったんだ。それまではケンカはするけど……、どこにでもある普通の家庭だった。なのに、両親が宗教にはまって、どんどん寄付していって、お金もなくなっていった」
 目をつむったまま、心の内を吐き出す。
「友達も徐々に距離をとるようになって……、どんどん離れていった。だから、俺は自分のセクシャリティを他人に言うのが怖くなったんだ」
 俺を奇異な目で見るようになり、疎遠になっていった友人たちが瞼の裏に浮かぶ。怖くて、寂しくて、悲しくて。そんな罰を受けなければいけないほど悪いことなのかと、何度も自分に問いかけた。
 そんな時、変わらずそばにいてくれた大地はどんなに俺にとって救いになっていたことだろう。
「……だから、嬉しかった。本当は、お前たちの反応がすごく嬉しかったんだ。俺が大地を好きでも、おかしいとか、変だとか言わずに受け入れてくれて……、応援をしてくれるとまで言ってくれて。なのに、俺は大地に嫌われるのが怖くて、また今回も自分の気持ちについては何も言えなかった。……本当に、ごめん」
 目を開けると、ぬいぐるみたちが神棚の上でクッキーを囲むように集まり、俺に視線を向けていた。
 相変わらずのゆるふわ脱力系フェイスで、彼らが何を考えているかはわからない。それでも、俺の謝罪に対して姿を現してくれたのが嬉しかった。
「これ……、お詫びの品。よかったら許してくれたらうれしい」
 告げると、コツメカワウソのぬいぐるみが両手を伸ばしてきた。どうしたらいいのかわからなくて、俺はそっと彼の両手に指先をつける。ほかの子たちも集まり、触れてきた。
「許してくれるのか?」
 みんながコクコクと頷く。俺は嬉しくて頬が緩んでしまった。
「よかった……。あ、でも、昨日みたいに体を乗っ取るのはもうだめだからな? 大地も言っていたけど、あれは体の主の心を無視した行為なんだから」
 ぬいぐるみたちは一様にしょんぼりと肩を落とした。
 慌てて続ける。
「次回はさ、俺が頑張るから! 俺が、ちゃんと自分の口で好きだって伝えるから……!」
 再び彼らが俺の方を見る。彼らの目はただのプラスチック製のさし目でしかないはずなのに、きらりと輝いたように思えた。
「だから、これで仲直りにしてくれるか?」
 みんなの手が、まるで握手のように俺の指に触れる。よかった、と俺は胸を撫でおろした。