大地は俺の目の下のクマを見て、寝不足であることを察したようだった。ぎょっとしたように口を開け、自分用に淹れていたのであろうコーヒーを差し出してくる。
「大丈夫か?」
俺はマグカップを受け取ると、ゆっくりと首を横に振った。
「ちょっとあまり眠れなかったかも」
大地は眉尻を下げて俺をじっと見つめている。
「あ、大地が悪いってことじゃなくて、純粋に面接に緊張してるってだけだから」
視線をそらし、椅子に座ってコーヒーを飲み干す。ついでに冷蔵庫から昨日作ったマドレーヌを取り出して渡した。朝食前なので食べてもらえないかと思ったが、大地は自分用のコーヒーを淹れると俺の正面のダイニングチェアに座った。
「確か今日はそれなりに大手の面接だって言っていたな」
俺はコクリと頷き、続きのマドレーヌを口に含む。幽霊たちにお供えしていたぶんだ。
大地が納得したような顔をしたので、俺は安心して続ける。
「自分では美味しく出来たと思っているんだけど……」
大地も一つ手に取る。
「うん……、俺も美味しいと思う」
もぐもぐと食べる彼の表情はお世辞を言っていないと伺える。俺は頬を緩ませた。
「ありがとう……。でもさ、やっぱ有名なパティスリーだし、ライバルたちはもっと美味しいものを作ってきてるんだろうなって思うと……」
うぅ、とうなだれる。大地はすぐに返してくれた。
「俺は颯太の作る菓子が一番だと思う。だから、自信を持っていけ」
彼の言葉に心臓を射抜かれたような気がして、どくりと高鳴る胸を抑えられなかった。
嬉しい。けれど同時に、ここまで言ってくれているのに彼からすると友情の延長でしかないんだよな、と昨日のことを思い出し、寂しい気持ちになった。
しかし、ノンケであろう彼が自分と同じ気持ちを返してくれないことを不満に思う権利なんて俺にはない。
俺は無理やり笑みを作った。
「……そうだよな。まずは提出して、面接を受けなくちゃ……、どうなるかわからないもんな」
できるだけ元気に見えるように口角を上げ、マドレーヌを食べきってしまう。コーヒーも無理やり流し込んで俺は洗面所へ行くと身支度を始めた。
そうして挑んだ面接だったが、散々な結果に終わってしまった。
寝不足で頭が働いていなかったのですら、ただの言い訳にしかならない。
「何故実家を継がないのですか?」
一番困った質問はこれだった。素直に両親が新興宗教に入ってしまって肩身が狭いからだなんて答えたら、落とされかねない。
だからといって、
「より広い視野を持ち見識を広めたいからです」
と返したところで、見識を広めた結果として実家に戻る――つまり、長い間勤めないということかと質問されてしまった。
他にも色々尋ねられたが、練習の時ほどには上手く返答できず、最後の方の面接官の白けた顔が辛かった。
考えていたことの三割も話せなかったように思う。
それは寝不足だけではなく、自分の緊張しやすい性格が災いしているのだとわかっているので、余計に落ち込んでしまった。
よろよろと家に帰る。
すでに大地は帰ってきていて、俺の惨状を見てぎょっとしたように目を丸くしたものの、あえて何も言わなかった。
代わりに、
「今日は俺が夕食を作るから、颯太はゆっくり休んでろ」
と言われてしまった。
彼のせっかくの好意をむげにしてまで台所に立ちたい気分ではなかったので、俺はリクルートスーツを脱いでしまうとTシャツとスウェットに着替え、ソファに座ってぼんやりと虚空を見つめていた。
膝を抱え、額を膝につける。
頭の中では何度も今日の面接のことが浮かんでは消え、どんどん気持ちが落ち込んでいった。
大地が作ってくれた夕食はオムライスだった。
「……颯太、これ好きだったよな?」
それは中学生くらいの話である。
しかし、彼の優しさが嬉しくてついつい頬をほころばせた。
「うん……。嬉しい」
ダイニングチェアに移動してスプーンを手に取る。もぐもぐと黙って食べ進めていると、大地は真面目な顔で提案した。
「よかったら、今日は一緒に寝ないか?」
「え?」
言われた言葉が意外で目を瞬かせる。
「いや……、やっぱり、幽霊が怖かったのかなって思って……。だったら、隣に誰かいたほうが気にならないだろう?」
どうやら、大地は俺の寝不足の原因を、実際に憑依されてしまった大地自身を見せてしまい、怖くなったからだと思ったようだった。
「もちろん、俺が憑依されることはもうないと思う。今日の昼、近所の神社で祈祷をお願いして、その際に数珠を買ってきたんだ。家にいる間はお互いに着けておけば安心だ」
言って彼はごそごそと足元に置いていたデイパックから数珠を取り出した。まるでパワーストーンのように丸い石が連なっており、手にかけられるようになっていた。
きっともうそんなものがなくても憑依することはないだろう。
今、幽霊たちは昨日叱られたのが効いているのか、ぬいぐるみに入っている様子はなかった。
「……ありがとう」
一応受け取り身に着けておく。大地も己の腕に装着した。
「それで……、どうだ? もし、数珠だけじゃ不安だったら……」
ぐ、と唇を引き結ぶ。そんな簡単に言ってしまっていいのだろうか。俺はお前のことを好きなんだぞ? そんな無防備に同じベッドで寝ようと提案するんじゃない。
そんなことを言える自分だったらどんなによかったことか。
「……じゃあ、頼む」
こんな時に、??こんな時だからこそ己の欲望に負けてしまった俺は弱い。
自己嫌悪に陥りながらも、あくまでこれは俺を安心させるための大地の好意なのだと己に言い聞かせた。
第一、大地の方が圧倒的に俺よりも体格がいい。もしも俺が彼を押し倒しても即刻返り討ちにされるだろう。
そうして夕食を食べ終え、シャワーも浴び、寝る時間になった。
俺は高鳴る心臓を押さえつつ、大地と同じシングルベッドへ入る。
思っていた通り狭かった。向かい合うのも気恥ずかしく、お互いに背中を向ける。大地の背中と触れ合い、彼の熱が伝わってきた。
「……なんだか、修学旅行みたいだな」
彼の声が笑っている。中学高校と修学旅行では同じ班になれたものの、こんなに近寄ってはいなかった。
「……そ、そうだな」
俺の声が上ずっているような気がする。
大地は再び続けた。
「俺は、颯太の菓子が世界で一番おいしいと思う。企業との相性もあるというし、あまり気にしない方がいい」
元気づけてくれようとしている心が嬉しい。
寝不足の原因は大地が俺に対して脈がなかったのが悲しかったからだなんて、到底言えなかった。
「……ありがと」
くすりと笑い、目を瞑る。
初夏だというのにあまり暑さは感じず、それどころか背中越しの体温が温かくて、心地よくて、俺はあっさりと眠りについたのだった。

