心霊物件に住む幼馴染と暮らしたら、幽霊が俺たちの恋愛応援団になった件


 そのまま食事を終えて帰宅する。
 大地の恫喝が効いたのか、家の中は大人しいもので、それどころか玄関にはスリッパがそろえて置かれていた。そのスリッパも大地のお手製なのか、かわいらしい犬の顔がついている。
 クーラーをつけていないのに中はひんやりと涼しかった。これが幽霊の効果なのだろうかと思っていると、大地は俺の方を見てはにかんだ。
「どうやらわかってくれたらしいな。……悪い奴らじゃないんだ」
 まるで同居人を擁護しているみたいだと、俺は乾いた笑いを漏らす。そのまま彼が中に入っていったものだから、俺も後ろをついていった。持ってきたスーツケースを玄関の端に置いてから食事に行ったので、それを横にしてカートの泥を拭ってから中に入れる。
 大地の部屋はダイニングの他にリビングと寝室のついた部屋で、寝室はアトリエとしても使っているようだった。ベッドの隣に大きな机が置かれ、その上にミシンや紙が並べられている。ここで勉強もしているらしく、タブレットやノートも机の端で充電されていた。
 リビングを見ると、部屋の隅の方が突っ張り棒とカーテンにより仕切られ、その下に布団が敷かれている。
「え? 俺ここ借りていいの?」
 思っていた以上の高待遇に俺は目を輝かせて大地を見た。
 床で寝袋に入って眠るものだと思っていたのだ。
「ああ……。狭くて悪いが」
 彼の部屋は東京郊外にある。言葉とは裏腹にリビングと寝室をあわせてそれなりの広さがあった。おかげで、俺のために布団一枚分のスペースくらいなら確保できたようだった。
「全然! すっごくありがたい!」
 俺はホッとして笑みを向ける。
「最初は俺と同じベッドを使ってもらおうかと思ったんだが、さすがに窮屈だろうからな」
 俺は隅にあるパイプベッドに視線を向ける。普通のシングルベッドであるそれに寝ころぶとなると、大地とかなり接近しなければいけない。
 しかし、それは無理だろうと俺は思っていた。もしもそうなったら、俺の心臓がもたない。
 だって俺は、中学時代に大地への恋心を自覚してしまったのだから。
 ふと、記憶が小学生の頃に引き戻される。

 その日は遠足だった。小学校高学年だった俺たちは近くの離島へ行ってピクニックをした。
 昼食の時間、公園の隅に班で固まり、弁当を食べることになった。俺は自分でも渾身の出来だと思っていたクッキーを袋から取り出す。今日のために昨晩焼いておいたものだった。
 クマの型で切り抜かれ、チョコペンで顔も書かれている。
 女の子の一人がそれを見て目を輝かせた。
「かわいい! お母さんに作ってもらったの?」
 他の班の友達の視線も集まる。この中に大地もいた。
 俺は得意な気持ちになって首を横に振る。
「ううん。自分で作ったんだ」
 途端に周囲の視線が集まった。
「え? 颯太君が作ったの? 男の子なのにお菓子作りなんてするんだ……」
 彼女の言葉は、今にして思えばステレオタイプでよくないものだとわかるが、当時他人の目に敏感だった小学生の俺は戸惑った。
 その上、他の男子も女子も集まってきてからかわれた。
「颯太、このクマ作ったの? 女みてぇ」
「乙女なところあるんだな」
 げらげらと笑われて、俺はうっと言葉に詰まる。
 俺が住んでいる地域ではいまだにこういう、『男は台所には入らない』という文化が根付いていた。
 それでも、まさか自作のクッキーを持ってきたくらいでここまで言われるとは思っていなかった。
 そこに割って入ったのが大地だった。
「そうか? 有名なパティシエは男も多いだろう?」
 周囲の視線が大地に向く。
 彼は勉強もできて足も速かったので、小学校では憧れの的だったのだ。
「パティシエ?」
 先ほどの女の子が首をかしげる。
「お菓子作り専門の職人のことだ。海外では半分以上が男性だって前にテレビで見た」
「へぇ~、そうなんだ」
 大地の言葉で周囲の空気がガラリと変わった。
 それからは俺のことを馬鹿にする奴はいなくなり、クッキーを一口食べさせてという人まで出てきた。
 昼食の時間の終わりごろ、俺はクッキーの一つを大地に渡す。
「さっきはありがとう。かばってくれて」
 大地は目を数度瞬かせてから、クマがニコニコ笑っているクッキーを手に取る。大きな口をぱかっとあけ、一口で食べてしまった。
「おいしい」
 ニカ、と笑う彼の顔をまぶしく感じ、俺は数度瞬きをする。
 当時の大地は少し喉仏が出てきていて、俺は大人の男だ……、と密かにドキドキしたものだった。

 その翌週の事だった。
 授業終わりに俺は大地に校舎裏に呼び出された。
 何事かと思っていたら、彼は自分の手の中にぬいぐるみを持っていて、俺に見せてきたのだ。
「実は俺、ぬいぐるみが好きで……、これ、俺が作ったんだ」
 今にして思えば、当時の大地はかわいいものが好きな友人が欲しかったのだろうとわかる。だからこそ、俺がからかわれていたのをかばったし、俺を仲間だと思ったのだろう。
 そして、その予感は当たっていた。
「かわいい! 自分で作ったのか? すごいな!」
 ぬいぐるみはフェルトで作られており、ネコの形にくりぬいたものを二枚重ね合わせて縫うだけの素朴なものだった。それでも、縫い目は綺麗だし、店で売られていてもおかしくないように思えたのだった。
 大地は誇らしそうに、それでいて少し恥ずかしそうに頬を緩ませる。
「ああ……。図書館でぬいぐるみ作りの本を借りて……」
 それから、お互いにかわいいものに対する思いの丈をうちあけていった。
 この日以来、俺と大地は急激に仲が深まっていったのだった。
 そして中学に入ると、彼の低くなった声や発達してきた筋肉に俺はときめくようになり、恋心を自覚し、今日まで片思いを続けてきたのだった。

 そんな甘酸っぱい思い出に内心で苦笑しつつ、俺はがんばって笑みを作った。
「確かにそうかも。なんだか悪いな。客用布団まで用意してもらって……」
「いや、たまに友達が泊まりに来るから」
 大地はそう言って笑う。俺は大地以外ほぼ友達がいなかったが、大地は東京で新しく友達を作っているのかと思うと少し心が痛くなった。
 当然そんな事は顔に出せない。
「いいな。あ、そうだ、これ……」
 俺はスーツケースから紙袋を取り出し大地に手渡す。
 大地は目を瞬かせて紙袋を受け取った。
「これ、お土産……。手作りで悪いけど」
 中からウサギがニンジンを抱えているアイシングクッキーを取り出す。
 今回ここに来るにあたり、俺が気合を込めて製作したものだった。
 大地は頬をほころばせてそれを掲げ、まじまじと見つめる。
「ありがとう。コーヒーを淹れるから、一緒に食べよう」
 彼は台所へ行くと電気ケトルに湯を入れて電源を入れた。俺は先にリビングにあるソファに腰掛ける。二人が座れるような大きさのソファで、中央にローテーブルが置かれていた。
 周りにクッションがあることから、ここで食事をしているのだろうと予想がつく。その正面にはテレビが設置されており、何となく彼の日常が察せられた。
 大地は俺に背中を向けたまま続ける。
「俺、昔から颯太の作るお菓子が好きだったから、また食べられて嬉しい」
 彼の言葉に頬がほころぶ。いつだって彼はストレートな褒め言葉をくれるから作りがいがある。
「大地、何でもおいしいって言って食べてくれたもんな」
 大地がコーヒーの入ったマグカップを持って戻ってきた。
「颯太の作るクッキーは、本当においしいから」
 彼は俺の座っているソファの隣に腰掛ける。俺は少しだけ体をよけて彼の場所を作った。
 大地の言葉に胸が高鳴り、必死で何でもないような表情を浮かべる。
「おう! 今回のウサギのクッキーも俺の自信作だ!」
 言って、個包装にしたものを一つ渡す。今回は全部で六個作ってきた。
 大地は受け取り、まじまじと見つめる。
 実は大地の作ったぬいぐるみを参考に製作したので、きっと彼の好みに合う見た目をしているだろうと自負していた。それは実際に狙い通りだったようで、彼は嬉しそうだが、悩まし気に唸る。
「これは……、食べづらいな」
 ふふ、と俺は噴き出した。
「せっかく作ったんだから、食べてくれよ」
 言って、俺も一つ手に取ると早速食べる。クッキーはサクサクに焼けたし、その上のアイシングも口の中で甘く溶けて大成功と言っていい出来だった。
「うまい……」
 大地が嬉しそうにほほ笑む。好きな相手に褒められて、俺はにやける口元をコーヒーを飲むことでごまかした。
「……就活、うまくいくといいな」
 しみじみと大地が呟く。
「そうだな……。一応、目につくホテルやパティスリーに履歴書は送ったんだけど」
 そう言って俺は肩を落とす。
 今回上京したのは、二つのパティスリーの面接にこぎつけたからだった。
 俺はパティシエになりたいと思っており、そういう製菓店に応募して回っているのだ。
 実家が菓子屋ならそこを継げばいいだろう。
 そう思う人は多いかもしれない。
 しかし、俺からするとそれだけは出来ない理由があったのだった。
 大地は気まずそうに視線を泳がせる。
「親御さん……、まだ宗教にハマっているのか?」
 俺は唇を引き結び、頷いた。
 俺が高校に上がったあたりで、両親は新興宗教に入信してしまった。
 おかげで変な儀式に参加させられそうになったり、財産の多くを寄付したりして俺の家はどんどん貧乏になっていったのだ。
 大地は気の毒そうな表情を浮かべる。
「そうか……。せっかく実家がお菓子屋で、機材が一式そろっているのにな」
 俺は乾いた笑いを返した。
「そうなんだよな。……実家の菓子屋自体は、宗教関連の人達が買いに来てくれているから黒字続きなんだけどさ」
 その分、店の一角にその宗教の教祖の写真やパンフレット、果ては宗教で売っている500ミリリットルで五千円の水を委託販売しているものだから、宗教関係者以外には街の悪い意味での名物スポットとして噂になっている。
 おかげでどんどん友達が減っていき、高校を卒業するころには俺と話してくれるのは大地だけとなっていた。
「しかし、なんでご両親は、宗教にハマったんだ?」
 大地が首を傾げる。
 俺はう、と唇を引き結んだ。
 その理由は俺のせいだとわかっているから、彼に言いづらい。
 先ほど言ったように、俺は中学生になり、思春期に入ったあたりで大地に恋心を抱いてしまった。
 彼の無骨な指先に触れられたいと思い、体育の時間には彼のしなやかな筋肉を食い入るように見つめてしまうことが増えた。
 そんな恋心を持て余した当時の俺は、スマホでBL小説や漫画を買い漁り、受けを俺に、攻めを大地に見立てて妄想を繰り広げていた。
 ある日、うっかり漫画の画面を開いたまま、リビングで眠ってしまった。そして、俺のスマホを母さんに見られ、俺が男を好きになる人間だとバレてしまった。
 その時に母さんは何をどう考えたのか、俺がゲイになっているのは悪霊がとり憑いているからだと言って、俺をその新興宗教の教祖に会わせて、お祓いとやらをしてもらうことになったのだった。
 当時はかなりショックだったし、二度とお祓いをされたくなかった俺は、両親の前で言ってしまったのだ。
『もう大丈夫! 悪霊なんていなくなったよ!』
 そうして俺が嘘をついたせいで、父さんも母さんも教祖に心酔してしまい、ずぶずぶと宗教にハマっていってしまったのだった。
「……なんでなんだろうな」
 俺は視線をそらしてごまかす。結局、あの日ついた嘘を訂正できないまま今日に至っていた。
 こんな事、大地にだけは絶対に言えない。
 俺の反応をどうとったのか、大地は眉尻を下げてクッキーを食べ終わると、次のものに手を伸ばした。
「まぁ、きっと颯太は大丈夫だと思う。東京でいいところに就職できるだろうし、いろんなことがうまく行くよ」
 根拠のない慰めだとわかっているが、彼の優しさが嬉しかった。
「ありがとう! とりあえず、面接に呼んでくれたところに受かるようにがんばるよ!」
 ぐ、と俺は両こぶしを握りしめる。
 そういえば、と大地は思い出したように尋ねてきた。
「ずっと好きだって言っていた、『クッキーファクトリー』には応募しないのか?」
 クッキーファクトリーとは俺と大地が育った街の近くの地方都市にあったクッキー専門のパティスリーで、他には東京、京都、名古屋に店舗があった。
 俺はそこのクッキーが大好きで、買うだけじゃ飽き足らず、真似して同じような味になるように作ってみたりしていた。
 俺はゆっくりと首を振る。
「あそこは募集していないみたいだったんだよな」
 俺だって出来るものなら大好きな店で働きたい。
 けれど、無理やり押しかけても迷惑なだけだ、と募集がなかった時点で早々に諦めていた。
「まぁ……、その企業ごとの事情があるもんな。とはいえ、颯太はこんなに美味しいクッキーを作れるんだから、きっとうまくいくと思う」
 彼の微笑みは相変わらず俺の好きなもので、俺はその眩しさに目がくらみそうになったのだった。
 その後風呂に入り、布団に横になる。
 カーテンを閉めると俺だけの空間になっているような気がして、大地の気遣いに感謝した。


 朝の白い光と物音で目が覚める。
 視界いっぱいに飛び込んできたのは、ぬいぐるみの集団だった。
 まるで俺を覗き込むかのように、大地が作ったぬいぐるみが五体、俺を取り囲んでいる。
「は……? え……?」
 起き上がり、カーテンを開く。すでに大地は起きていたようで、インスタントみそ汁を作り、米をよそってくれていた。
「おはよう、颯太」
 大地が笑みを浮かべて俺を見る。それから、俺の周囲にぬいぐるみが集まっていたのを見て目を瞬かせた。
「いないな、と思っていたらそこにいたのか……」
「は? これ、お前のせいじゃない……、んだよな?」
 ぞ、と背筋に冷たいものが走る。この家が心霊物件だという事実を今更ながらに思い出した。
 大地は布団に近寄り、ぬいぐるみを回収していく。
「きっと颯太の事が気になるんだろうな。とはいえ、危害を加えるつもりはないようだ。安心していい」
 まるで何でもないことのように大地はぬいぐるみを元あった位置に戻していく。
 大地がゆるふわ脱力系ぬいぐるみ作家でよかった。もしもこれで、彼が日本人形を作っていたりしたら、目を開けた瞬間に叫んでいただろう。
 俺はのろのろと起き上がり、顔を洗うために洗面所へと行く。そこで鏡を見て自分の頭の上にコツメカワウソをモチーフにしたぬいぐるみが乗っかっていることに気が付いた。
「うわっ」
 思わず一歩下がり、恐る恐る手を伸ばす。普通に取り除けた。
 ふわふわの布と綿の感触に首を傾げる。小さな体に小さな手だった。よくこの手で俺の頭にひっつけたものだ。
 そっと隅によけて身支度を始める。
「……普通、心霊現象って最初のうちは警戒して現れないものじゃなかったのかよ」
 昔、本で心霊物件に人間が取材に行ったとしても、警戒して中々出てこないので大変だと読んだことがある。しかし、この物件の幽霊はなかなか好奇心が旺盛なようだ、と俺は顔を洗いタオルで拭ったのちに再びコツメカワウソを見る。
 相変わらずの脱力系フェイスでその場にとどまっていた。
 朝食をもらい、スーツを着て外へ出る。
 この日は第一志望のホテルの就職説明会があるのだった。