心霊物件に住む幼馴染と暮らしたら、幽霊が俺たちの恋愛応援団になった件



 最寄り駅には既に白井と大地が到着していた。
 二人が警察から解放されたのは夜の十八時頃らしく、俺と合流した今は十九時になる。
 ここから電車に乗って夜行バスの出ている駅まで行く手はずだった。
 しかし。
『お客様にご連絡します。先ほど、○○駅のほうで野生のイノシシが線路に飛び出てしまい、調整のために電車が大幅に遅れております。大変ご迷惑をおかけしますが、今しばらくお待ちください』
 俺たち三人はそんな無慈悲なアナウンスであっさりと夜行も終電も逃すこととなってしまった。
「マジかよ……。すぐに帰って総集編を編集したかったのに!」
 白井が肩を落としている。大地は小さく息を吐き出した。
「仕方ない。どこかにホテルを取るか」
 なんとかターミナル駅にたどり着いていたため、周囲にはホテルが乱立している。
「だったら、俺は一人部屋取らせて。ノートパソコン持ってきてるから、動画編集したい」
 あっさりと白井が告げて、俺と大地は目を見交わす。
「……わかった」
 先に答えたのは大地だった。白井は一刻も早くパソコンを触りたくてうずうずしているようだ。事実、ここに来るまでの道中、彼はずっとスマホ片手に動画の原稿を書いていた。
 ホテルに到着し、チェックインをする。既にスマホで予約は済ませていたので、あとは住所を記入するだけだった。
 代表して大地が手続きをしてくれていたので、俺と白井は邪魔にならないようにロビーの隅でそんな彼を待っていた。
「ありがとうな……。来てくれて」
 あくびをする白井にこっそりと告げる。彼はにしし、と笑って返した。
「来ないわけないでしょ? こんな面白そうなことがあるっていうのに」
 彼は大地から話を聞いて、大地と一緒に夜行で来たらしい。
「でも、一歩間違えていたら教団の人たちに殺されていたかも知れない」
「だから余計にリアルタイムで配信しなくちゃ、でしょ? 大地もそう言って頼んできたし」
 白井は受付でやり取りをしている大地の背中を見る。
「今回、大地すっごくかっこよかったよね。惚れちゃうくらい」
「えっ!?」
 俺は目を丸くして白井に顔を向けた。
 彼の目が楽しそうに細められている。
「ほ……、惚れちゃうって……。え? や、大地の事好みじゃないって言ってたじゃん」
「いや~、でも、今回本当にかっこよかったし。いい男だよ、大地は」
 白井はくすくすと笑っていた。それから、俺の顔を覗き込んでくる。
「困る?」
 むぅ、と唇を引き結んだ。俺の気持ちを知っているくせに意地が悪い。
「困るに決まってるだろ……」
 にらみつけると、彼はますます楽しそうな顔になった。
「おい」
 後ろから大地の声がして、白井の肩が掴まれ引き離される。
「ほら、カードキー。俺たちと白井は階が分かれているから、明日はこのロビーで集合だな。素泊まりだから、朝食はどこか外で食べよう」
 白井は大地からカードキーを受け取る。五階の俺たちとは違い、彼は二階だったので階段で行くことにしたらしい。
「ありがとう! もう、早く編集したくてうずうずしてた!」
 それだけ告げると、速足で階段の方へ向かう。
 本当に彼は動画配信が好きなのだな、と呆れと尊敬が入り混じった気持ちで白井の背中を眺めた。
「疲れたから、俺たちはデリバリーにする?」
 駅の裏側にホテルを取ってしまったので繁華街とは少し距離がある。俺の提案に大地も頷いてくれた。白井の方も適当に食事を注文するだろう。
 俺と大地は二人でツインルームに入った。
 典型的なビジネスホテルの部屋で、入口から右にユニットバスがあり、その先に二台のベッドが置かれ、その奥に大きめの窓がついていた。
 移動中の話し合いにより、俺は通路側、大地は窓側のベッドになった。近くに荷物を置く。手を洗ってきて、俺はサイドテーブルの充電器に俺のスマホを挿すと、ベッドに寝転がった。
「颯太、夕食は丼ものとピザ、どっちがいい?」
 尋ねられるが、どちらも魅力的で選べない。
「大地の好きな方で」
「わかった。丼ものにする」
 大地はそう言って電話を取ると注文した。
 それから、彼はベッドの端に腰掛ける。
「……なぁ、颯太。さっきは白井と何を話していたんだ?」
 何か聞きづらそうにしている彼に、俺は唇を引き結んで視線を逸らす。本当のことは言いづらい。
「いや……、助けに来てくれてありがとうって」
「それであんなに顔が近づくものなのか?」
 大地は納得がいっていないようで複雑な顔をしていた。
「いや、俺も何で近付けてるんだろうとは思ったけど……」
 曖昧に笑ってごまかす。これから俺と大地は一緒に暮らすのだ。変なことは言いたくない。
「……そうか。親御さんとは、何か話したか?」
 話題を変えてくれることにしたらしい。
「うん。……また、ぬいぐるみ達が助けてくれたんだ」
 俺はバッグから五体のぬいぐるみを取り出すと、サイドテーブルに並べる。
「父さんと母さんと、険悪な雰囲気になった時に、皆が踊ってくれて……」
 あったことを軽く話す。大地は最初のうちは真面目な顔をして聞いていたが、次第に楽しそうに口の端を緩めた。
「……なるほど。それは……、よかったな」
 話し終えた俺に、大地はそう感想を言ってくれた。隣ではぬいぐるみ達もどこか誇らしそうにしていて、腰に手をあてて胸をそらしている。
「帰ったら、またクッキー作ってやるからな」
 途端に彼らは前のめりになった。
 大地はそんな彼らを優しく掴むと、持ってきた袋に入れる。
「今晩はもうこれでおやすみしろ。疲れただろう?」
 しかし、彼らはどこか不満そうに袋を内側から押していた。もう少し遊びたいのだろうか。大地はそんな彼らをスーツケースの中にしまう。ぱたん、と蓋を閉じた後、再びベッドの端に座った。
 彼は真剣な顔になり、俺に改めて向き直った。
 少しの沈黙の後、大地が口を開く。
「……なぁ、颯太。親御さんが言っていた、除霊したら女の子を好きになってくれたっていうのは……、どういう意味なんだ?」
 俺は言葉に詰まる。
 いつか聞かれると思っていたが、こんなにすぐだとは思わなかった。
 俺は視線を彷徨わせる。
 大地は俺の返答をじっと待つつもりだったようだ。だからこそ、ぬいぐるみに気を取られないように彼らをスーツケースの中にしまったのだろう。
 息を大きく吸ってから、はぁ、と吐き出し、覚悟を決めた。
「俺、男が好きなんだよ。……父さんと母さんは、俺が同性愛者だって知って、宗教にハマった。……二人がああなったのは、俺のせいなんだよ」
 大地が目を瞬かせる。
 言ってしまった、と思ったが、もうどうにでもなれという気持ちのほうが強かった。
「これについては、今後色々話し合うとは思うけどな。……とはいえ、俺は関係はよくなると信じている。父さんは、東京での就活がんばれって言ってくれたし。……まぁ、希望的観測だけど」
 できるだけ明るく聞こえるように告げる。大地は平坦な声で返した。
「……そうか」
 彼は真顔で俺を見ている。いつもなら彼の感情の機微がわかるのに、今ばかりはその顔の裏で何を考えているのかわからなかった。
 再び大地が口を開く。
「颯太は、好きな男がいるのか?」
 今度こそ心臓が震える。
「あの……、お、俺は……」
 急激に喉が渇く。
 好きだ、と言ってしまおうか。
 しかし、これで大地に拒絶されてしまえばと考えるとどうにも勇気が出なかった。
 怖い、と臆病な俺が心の中で叫んでいる。
 視線が宙を舞い、最終的にスーツケースに留まった。今こそぬいぐるみに出てきてもらって、場をかき回してほしかった。
 しかし、そこでふと、以前ぬいぐるみ達の子が怒られた翌日、クッキーをお供えして仲直りした時のことを思い出す。
『次回はさ、俺が頑張るから! 俺が、ちゃんと自分の口で好きだって伝えるから……!』
 そうだ。あの時俺は彼らと約束したじゃないか。
 ぎゅ、と拳を握る。
 なんでぬいぐるみに助けてもらうことを考えているんだ。
 これこそ、ちゃんと自分の口できちんと言わなくちゃいけないことなのに。
 俺は覚悟を決めて口を開いた。
「いる。……いるよ」
 はっきりと返す。大地の顔は相変わらず無表情だった。
 しかし、今の彼は嫌悪感を抱いている様子ではなく、どこか焦っているように見えた。
「誰だ?」
 焦る? 彼が? 何故?
 自分の直観に内心で首を傾げる。
 俺が口を開こうとした時、さらに大地が続けた。
「……本来、こんな時にこんなことを言うのはよくないとわかっている。しばらくの間は俺は颯太にとっては家主だから……。でも、今なら颯太は何かあった時、頼れる実家がある……んだよな?」
「え?」
 何を言っているのだ、と首を傾げる。
「まぁ……、まだ少し気まずいけど、多分、ヤバい時は助けてくれると思う」
 返すと、大地はホッとしたように頬を緩め、大きく息を吸って告げてきた。
「俺は、颯太のことが好きだ。……恋愛的な意味で」
 大地の低音で発せられた言葉の内容が信じられなくて、何度も目を瞬かせる。
「え? え……? えぇ……? な、なんで?」
 声が上擦ってしまう。大地は耳まで赤くなっていた。
「意識したのは、幽霊に憑依されて、颯太とキスしようとした時だった。……あの時の颯太、赤くなってて、でも、目を瞑って受け入れようとしていて……、なんでかその顔が忘れられなかった」
 彼は恥ずかしそうに視線を逸らす。よく見ると頬が薄く染まっていた。
「でも……、もしかしたら中学とか、高校の頃から気になっていたのかもしれない。颯太といたら胸が温かくなって、もっと一緒にいたいと思うようになっていた。ずっとそれを、尊敬だと思っていたけど……」
 どくどくと心臓が高鳴っていく。
「……本当?」
 声が震えている。大地はどこか気まずそうに視線を伏せた。
 ふいに、俺とコツメカワウソの子との仲を複雑そうな顔で見ていたり、白井とタコスを食べていた時に店に来たりとしていた大地を思い出す。過去の色んな点が線になって繋がった。
 嬉しくなって俺はすぐに言葉を続ける。
「俺も、大地の事が好きなんだ! 俺は、中学の頃から、ずっと好きだった!」
 彼は目を瞬かせ、小さく息を吸った。
「……本当か?」
 問い返され、俺は眉尻を下げる。
「こういうところで俺が嘘をつくような人間じゃないって、大地は知っていてくれていると思っていたんだけど」
 告げると、今度こそ大地はほほ笑んだ。
「ああ……。そうだな」
 俺は立ち上がり、大地に抱き着く。
 先ほど、実家との仲を聞いたのはこういうことだったのかと思うと、ますます愛しい気持ちが湧いてきた。
 彼は、ちゃんと俺の逃げ道があることを確認したかったのだ。本当は他に好きな人がいて、けれど帰る場所なんてないから大地の告白を無理やり受け入れる。そんなことがないように。
 もしかしたら俺の思い過ごしかもしれないが、昔から誠実だった大地ならきっとそう考えてくれていることだろう。
 本当に、いい男だと実感した。
「やべぇ……、嬉しい」
 こらえきれなくて呟いてしまう。
 自分の言葉に苦笑を漏らしていると、大地の腕が腰に回された。
 じっとお互いに見つめあっていると、どちらからともなく顔が近づいていく。あと少しでキスするという、その時だった。
 大地が急に離れる。
 え? と目を開けると、彼は眉間に皺を寄せてサイドテーブルを見つめていた。
 そこにはコツメカワウソ、クマ、羊、ネコ、ウサギのぬいぐるみが勢ぞろいしていて、俺たちを見つめている。
「……お前ら」
 大地がバツが悪そうに呻く。
 彼らはまるで祝福するかのようにぱちぱちと手を動かし、飛び上がっていた。
 見られていたのか。
 頬が熱くなる。
 俺と目が合うと、彼らはまるで『気にするな』とでも言いたげに手を振る。さらには、『続きをどうぞ』とばかりに押すような動きをした。
 つい頬がほころんでしまう。
 彼らを手に取ろうとしたところで、大地が五体のぬいぐるみを掴んだ。
「寝ていろと言っただろ?」
 彼の声が低くなっており、皆がぴたりと固まる。
 大地は彼らを再び袋に入れ、入り口を腕に巻いていた数珠で縛り、カバンの中にしまった。
「今晩出てきたら、般若心経唱えるぞ」
 応援してくれた彼らには悪いが、さすがにキスするところを見られるのは気まずい。俺は苦笑を浮かべつつも、今回ばかりは反対しなかった。
 大地が戻ってきて、続きをするのかと身を固めると、今度は大地のスマホが鳴る。出前の通知だった。
「……行ってくる」
 少し不満そうにしつつも、大地は立ち上がる。俺もその後ろをついていくことにした。
「ついでに、お茶買いたいし」
 離れがたかったとはまだ恥ずかしくて言えない。
 ドアを開ける直前、ふいに大地が振り返り、俺の唇に触れるだけのキスをした。
「戻ってから、またしような」
「…………っ」
 体中が沸騰したようになり、俺は何度か目を瞬かせる。身を放し、ドアを開けた大地の耳も赤くなっているのを見て、俺は顔が緩んでしまったのだった。
 

 デリバリーを受け取り、再び部屋に戻った時には二人の間にはいつもの空気が戻っていた。
 何となく、キスとかそういう感じにはなれなくてテレビをつける。たまたま放送されていたローカル番組は俺が子供の頃から慣れ親しんだものだった。
 大地もそうだったらしく、思い出話が始まる。
 結局そうして、食べながらずっとローカル番組を見てしまっていた。
 デリバリーの容器をゴミ箱に入れ、俺は歯を磨いてくる。大地も洗面所から帰ってくると、俺はそっと彼のベッドに近づいた。大地の手を引いて、隣同士に座る。
「……続き、するよな?」
 上目遣いに見つめると、大地がごくりと喉仏を鳴らす。彼も緊張しているのだろう。つい、俺の口角が上がってしまった。
 今度は、どちらともなく唇と唇が触れ合う。
 何度か軽く触れるだけのキスをした後、大地の舌が入ってきた。
「……んっ」
 ぬるぬるとしたやわらかい感触に頭がとろけそうになる。ずっと好きだった大地とキスしているのだ。それだけで胸がどきどきと高鳴ってしまった。
 顔を離すと、至近距離に大地の顔がある。彼の頬が紅潮していて、目は潤んでいる。
 俺に興奮している顔だ。
 そう思うと、背筋のあたりにぞくぞくと嬉しい快楽が立ち上ってきた。期待を込めて彼の服に手をかける。
「なぁ、俺、大地に抱かれたい。……だめか?」
 俺としては、持てる限りの勇気を振り絞って告げた言葉だった。だって、もうお互い成人した男子学生なのだ。ホテルで二人きり、先ほど付き合い始めた恋人同士。だとしたらやることは一つである。
 今回が初めてだが、これまでに読んできたBL作品だと、初めての相手でもその場の勢いでやっちゃうこともあるしきっと大丈夫だろう。
 期待を込めて大地を見る。
 しかし、彼は俺の肩を掴み、はっきりと返した。
「駄目だ」
「……は?」
 俺はぽかんと口を開け、大地を凝視する。彼は真顔で続けた。
「いいか? 男女の性交と違って男同士は一筋縄ではいかないんだ。俺は今ローションもゴムも持っていない。颯太もだよな?」
 尋ねられ、呆然としながらも頷く。
「その上、男の場合は入るようになるまでに時間を要すると言うし、一歩間違えれば血が出て痔になるらしい。こんな準備も何もできないところで、颯太を危険に晒すことは出来ない」
 まるで年頃の娘を諭す父親のような顔で言われ、俺は首を縦に振ることしかできなかった。気持ちは嬉しいが、もう少し言い方とかあるだろう。
 自分では危なくはないと思うものの、確かにゴムもローションもないのでこれ以上は押せなかった。
 俺は口をへの字に曲げる。
「……わかったよ」
 俺の回答に、大地はほっとしたような顔をした。
 そんな彼にさらに畳みかける。
「じゃあ、せめて体に触るのは? それならいいか?」
 俺の言葉に、再び大地の顔が朱に染まる。頷かれたので、俺は大地の手を取ると、俺の胸に這わせた。
 そうして、触って、触られて、初々しい雰囲気のまま一晩を終えたのだった。