心霊物件に住む幼馴染と暮らしたら、幽霊が俺たちの恋愛応援団になった件


 帰りの車の中、父さんも母さんもずっと黙ったままだった。
「……なぁ、颯太。あれは結局、何かのトリックだったのか?」
 家に帰りついて、ようやく父さんが口を開いたと思ったらそんなことだった。
 俺はゆっくりと首を振る。
「いや……。トリックじゃないけど……」
「本当に幽霊がいたというのか?」
 やはり信じられないようだ。リビングに移動し、二人は定位置となっているこたつ机の周囲に座る。いつもならお茶くらいは出してくれるのに、今は脳内の混乱を処理するのにそれどころじゃないらしい。
「いたよ」
 今度は母さんの刺すような視線が突き刺さる。
「アンタも……、グルだったの?」
 彼女の瞳は、まるで敵を見るようなものだった。
「うん……」
 頷くと、二人の顔が険しくなる。
「何であんなことをしたんだ」
 父さんの唸るような声に彼に視線を移す。教祖を排除したところで、こうなるのか。どんどん悲しい気持ちになっていった。
「……父さんと母さんに、目を覚ましてもらいたかったから」
 それだけ告げると、俺は逃げるように二階の自分の部屋へと移動した。二人とも、追ってはこなかった。
 荷物を纏めると、大きめのカバンに入れていく。
 頭の中でずっと大地からの言葉がぐるぐると回っていた。
 父さんたちがするべきだったのは、宗教に縋ることではなく、俺と向き合うことだった。
 両親に向けて言われた言葉はけれど、俺自身にも刺さっていた。
 俺の方も、父さんや母さんに理解してもらおうとせずに、二人が宗教にハマっていくのを嫌悪しつつも、どこか安心して眺めていたからだ。自分に向き合って、と主張することもなく、彼女たちの望む嘘をついてしまい、それを撤回しなかった。
 本当のことを言って、否定されるのが怖かった。どんなに会話を重ねても、理解されないだろうと疑っていなかった。
 だから、就職にかこつけて距離を取ろうとしたのだ。
 彼らが宗教にハマってくれている限りは、少なくとも家の中は和やかでいられた。
 そんな臆病で狡猾な俺を、なおさら意識してしまったのだ。
 俺の気持ちや事情を両親に話して、わかってもらえるだろうか。
 いまだに不安だが、それでも、これは俺の方で解決しなければいけない問題だ。
 心を落ち着けるため、ショルダーバッグの中のぬいぐるみ達を見る。彼らは入口のファスナーが開けられたことで、一斉にこちらに視線を向けた。
「……あとで、お礼にお菓子買ってやろうな」
 告げると、皆は嬉しそうに両手を上げる。
 大きく深呼吸をして、再び手を動かした。

 夕方になり、大地からの連絡を見てスマホをしまう。無事に事情聴取を終えたので、三十分後くらいに駅で落ち合おうというメッセージが届いていた。
 俺が再び一階に行くと彼らは帰った時とほぼ同じ姿勢でその場にいた。部屋の隅では相変わらず教祖の写真が飾られていて、ニヤニヤとした笑みを向けてきている。
 纏めた荷物を玄関に置くと、俺は冷蔵庫の前へ行き、麦茶と三人分のコップを持ってきた。
 母さんは俺に視線を向け、眉間に皺を寄せる。
「颯太……、あんた、その荷物……、どうするの?」
 それには答えず、麦茶とコップを机の上に置いて、それぞれに茶を注ぎ入れた。
 父さんも母さんも手に取ろうとしなかったが、俺は自分用のものを掴んで、一口飲む。
 正座になって父さんと母さんに向き直り、頭を下げた。
「ごめん。俺、やっぱり実家には帰らない。東京で就職する」
 途端に、父さんも母さんも舌に苦いものを乗せられたような顔になった。
「アンタ、何言ってんの。継ぐって言ったじゃない」
 母さんが憎らし気に呟く。
「悪いけど、反故にさせて。……俺は自分が納得いくように生きたい」
「でも、内定なんてないんでしょ?」
 痛いところを突かれ、俺はぐっと口の端を引き締めた。
「バイトでもする。そこからパティシエになれる道もあるみたいだし、俺はそれでもいい」
「家はどうするのよ。東京なんて家賃も生活費も高いんだから、暮らしていけるはずないでしょ」
「大地が一緒に住んでもいいって」
 大地の名前が出た瞬間に、父さんも母さんも大いに顔をしかめた。
「アンタ……、あいつに何言われたの?」
 母さんの声が低くなる。
「何って……。俺と大地は子供の頃から仲良かったからだろ。……あのさ」
 俺はすぅ、と息をのむ。
「悪いけど、俺は父さんや母さんの望むようには生きられない。家は継がないし、……男が好きだ」
 母さんの顔が真っ青になる。父さんは静かに俺を見つめていた。
 彼がゆっくりと口を開く。
「考え直せないのか?」
 俺は彼に顔を向けて、静かに頷いた。
「うん……。ごめん」
 しばらくの間、父さんはじっと俺を見つめた後、大きく息を吐いた。
「何で、颯太は普通に出来ないんだ?」
 ひやりと爪の先まで冷えたような気がした。俺は奥歯を噛み、悲しい気持ちで彼を見る。
「……普通って?」
「普通は……、その、普通だよ。女の人と結婚して、子供産んで……、そういうやつだ」
 こういうこの土地の空気がしんどくて、俺はこの町を出たいと思っていたんだな、と今更ながらに実感していた。
 鼻の先がツンとする。
「俺にとっては……、これが普通なんだ」
 父さんも母さんも気まずそうな表情になり、唇を噛む。
「もっと早くにちゃんと、話せればよかったと思う。……でも、ごめん。これが俺なんだ。だから、父さんと母さんは、俺を受け入れてくれれば嬉しい」
「…………」
 二人は探るような視線をお互いに向けあう。
 それが出来ないからこれまで宗教に頼ってきたのだ。
 もしかしたら、これでもう二人と今までみたいに会えなくなるのかもしれないな。
 立ち上がろうと足に力を入れた時だった。
 ふと、父さんがテーブルの上を見て目を丸くした。
 なんだろうとつられて俺と母さんも視線を移し、ぽかんと口を開ける。
 そこにはコツメカワウソを含めた五体のぬいぐるみが、まるで俺を守るかのように半円形に立っていたのだ。
「……なんだ、これは? おい、いつの間に並べたんだ?」
 父さんは俺がやったと疑っていない表情をしている。俺は首を横に振った。
「いや……、俺じゃなくて……。この子達は、さっきの幽霊だよ。普段はこうやってぬいぐるみの中に入っているんだ」
 途端に二人は顔をしかめて彼らを凝視した。
「……こ、これが? さっきの……? 悪霊?」
 悪霊と言われた瞬間、全員が怒ったようにぴょこぴょこ飛びはねる。そうは言っても、顔は大地の作ったゆるふわぬいぐるみフェイスなので怖くない。
 それどころか。
「……かわいい」
 母さんがぽつりと呟く。
 途端にぬいぐるみたちは照れたように頭をかいた。
 その仕草がますます母さんの心に刺さったのか、彼女は両手で口を抑えて荒く呼吸をしていた。
「な、何……、何なの、この子たち……!」
 ぬいぐるみたちは得意そうに三角形にポジションを移動する。彼らが構えたところで、俺のスマホから陽気な音楽が流れた。
 彼らが白井の動画で踊っていたものだった。
「~♪ ~♪」
 音楽に合わせて、彼らが小さな手足を動かす。
 そういえば、彼らは俺が落ち込んでいた時も、こうして踊ろうとしていた。
 踊れば皆が笑顔になると、彼らは信じているのかもしれない。だから今も、この険悪な雰囲気の中で俺たちに笑ってほしくてダンスを始めたのだろう。
 父さんも母さんも黙ってぬいぐるみ達を見つめている。母さんはすでに陥落しているようで、口の端がむずむずとあがっていた。
 サビに入り、ぬいぐるみ達のダンスが佳境に入る。コツメカワウソが練習では何度も失敗したターンを成功させていた。その後もノーミスで踊っていく。
 ただの実家のこたつ机の上なのに、スポットライトがあたっているようにも思えた。
 つん、と鼻の先が痺れる。心が掴まれたような感じがして、胸が震えた。笑おうとしても、上手く笑えない。ずっ……、と鼻をすすった。
「は……、はは……、ははははは……」
 父さんが乾いた笑いを漏らす。
 彼は壁に体を預け、大きく息を吐いた。
「これが……、悪霊か」
 ジャン、と音がなり、音楽が終わる。
 彼らはゆるふわ脱力フェイスのまま、びしっと決めポーズを取っていた。
「……俺は、こんなもののために……、五年も……」
 大きく息を吐く。
 それから立ち上がると、ゴミ袋を持ってきて部屋の隅の祭壇の上に載っているものを捨て始めた。最後に、教祖の顔の飾られていた写真立てを透明なビニール袋の中に叩き入れる。中でガラスが割れ、崩れ落ちた。
 父さんのその行動を、母さんは止めようともせず黙って見つめ続けている。父さんはゴミ袋をその場に置くと、俺に視線を向けた。
 少しの間見つめ合った後、父さんはどこか気まずそうに顔をそらす。
「東京での就活、がんばれよ」
「ちょ……、ちょっと、お父さん」
 これには母さんが抗議するように口を開く。
 父さんは苦しそうに、それでも快活に言い放った。
「ここの売上の七割は信者さんに買ってもらっていたんだ。あんなことがあった以上、颯太に継いでもらうまでもなくどうせこの店は潰れちまうよ」
 そうだろうか。
 俺は深山さんの言葉を思い出す。彼女は信者だから通っていると言うよりは、純粋に父さんや母さんの手作りの味を好きなようだった。とはいえ、あれは彼女のリップサービスかもしれないので、あえてここでは言及しなかった。
「……でも」
 母さんはまだ戸惑っている。俺と父さんを交互に見て、けれど何も思いつかなかったようで肩を落とした。
 俺はぬいぐるみ達を再びバッグの中に入れる。
「……うん。ありがと」
 ぺこりと頭を下げる。それから一言付け足した。
「……昔、除霊されたなんて嘘をついてごめんなさい」
 呟くと、二人とも気まずそうな顔をする。
「俺、そろそろ行くから」
 荷物を手に取る。そんな俺の背中に、父さんの『またな』という声が届いた。
 外に出て、角を曲がって、ショルダーバッグを開く。いきなり仕舞われた彼らがまるで『ダンスはどうだった?』とでも言いたげに見上げていた。
 俺は笑って彼らの頭を撫でる。
「今までで最高の出来のダンスをありがとう」
 告げると同時に、皆嬉しそうに飛び上がった。