心霊物件に住む幼馴染と暮らしたら、幽霊が俺たちの恋愛応援団になった件


『大丈夫そうか?』
 昼頃になり、大地からそんなメッセージが届いていたので、俺はすぐに返信した。
『うん。一週間もしたら退院できそうだって。差し迫った面接もないし、心配だからゆっくりしていくつもり。また何かあったら連絡する』
 数秒後、大地からのメッセージが返ってきた。
『了解。とりあえず、荷物はそのままにしておく』
 文字を数度読み直し、ホッとしてスマホをポケットに仕舞う。少なくともまだ、大地の家に居場所は残してくれているらしい。
 病院から帰り、俺は現状の報告をするために製菓学校へと向かった。
 就職担当の先生に挨拶をし、話をする。その後、授業にも参加した。
「ねぇ、坂田さんも内定出たんだって」
 教室で教授の来訪を待っていると、俺の後ろの席の子がそんなうわさ話をしている。
「らしいよね。てか、雇控えしているとか言うけど、もうクラスの半分近くが内定出てるんでしょ?」
 つい、彼女たちの話に耳を傾けてしまった。もうそんなに他の人は受かったのかと心臓がじりじりと炙られる心地がした。
「私、まだ面接五回しかこぎつけたことないよ」
 ぐさり、とまたも彼女たちの雑談が俺の胸を刺す。俺はそれ以下だ。
 急に自分が皆に置いて行かれているような気がして、ますます焦りを感じてしまったのだった。

 それから二日間、俺は力なく授業と家の往復を繰り返していた。心が重く、次第に大地へのメッセージの返信も少なくなっていく。彼からメッセージは来るのだが、返信しづらくてつい後回しにしてしまうのだ。
 このままじゃよくない。
 わかっているのだが、動き出せずにいた。
 その日も、俺は家の手伝いとして店番をしていた。早朝に起きて父さんの代わりに母さんとともにケーキや焼き菓子を作り、並べていく。
 朝に並べたケーキはいつも夕方にはほとんどなくなっていた。今更ながらにこの店が常連さんに愛されているのだと実感する。
 昼頃、常連さんの一人で、両親の宗教友達の中年女性である深山さんが来た。
「あら、颯太君? お手伝いしてるの?」
 俺は愛想笑いを浮かべる。たまに挨拶をされ、よかったら、と教団のチラシを貰っていた。
「はい……、父が倒れたので」
「あら、そうなの? じゃあ、今出てるケーキは颯太くんとお母さんが作ってるの?」
「そうですね、二日ほど前から……」
 深山さんの声に、母さんもキッチンから顔を出す。彼女は大げさに手を振り、深山さんの来訪を歓迎した。
「助かってるのよ。製菓学校に行かせておいて本当に良かったわ」
 声を高くした彼女に頬を引きつらせる。深山さんは顔を輝かせた。
「あら、それじゃあ、颯太君がこのお店を継ぐの?」
 これには母さんが返した。
「そうなってくれればいいんだけどね。そうしたら、この店も安泰じゃない?」
「いや……、俺は」
 反論しようと口を開きかけた時、深山さんは大げさに手を叩き、顔いっぱいに喜色を浮かべた。
「あらぁ! いいわね! 私、デパートの高級なケーキより、このお店のケーキのほうが好きなのよね。何ていうか……、そう、口に合うっていうのかしら。生クリームとか、甘さがちょうどよくて、スポンジもいい感じにブランデーのほんのりとした風味があって、最高に私好みなのよね!」
 俺は目を瞬かせる。
 子供の頃からありふれていると思っていたこの店の味をそんな風に言ってくれるだなんて。
「嬉しいわ。私の祖父の頃から少しずつ改良を重ねてきたレシピなの。颯太が継いでくれたら文句ないんだけど」
「……はは」
 ここではっきりと継がないと言うと空気が悪くなるとわかっている分、俺は曖昧に笑うしか出来なかった。その上、クラスメイトの半分が内定が出ているという話も忘れられず、やはり強く出られないのだ。
 深山さんはその後母さんと雑談をし、ショートケーキとミルクレープを注文した。
「それじゃあ、また今度。集会でね」
 深山さんはそう言って俺達に手を振り店を後にする。
 集会とは母さんたちが入っている宗教で週に一度行われている集まりのことだろう。地域の人たちの交流会という側面も担っており、この集まりを父さんも母さんも楽しみにしていた。
「ありがとうございました」
 俺は頭を下げ、母さんは手を振る。まだ作業の途中だったからだろうか、彼女はすぐに台所へと戻っていった。
 そんな母さんの髪に白髪が何本も見え、あんなにあっただろうかと考えてしまう。体もやけに小さく感じ、彼女の年齢を実感してしまったのだった。
 じくじくと胸が痛み、手持ち無沙汰に手元のシールを触った。消費期限のスタンプが押されたそのシールにはこの店の名前が表示されている。
 俺が継がないと、この店はなくなるんだよな。
 急に、子供の頃からの思い出が頭の中で嵐のように暴れ狂い、俺は大きく息を吸って吐き出した。
 東京でパティシエになるという叶わない夢を追いかけるより、ここで現実的に家の味を守るのもいいのかもしれないと思ったのだった。