心霊物件に住む幼馴染と暮らしたら、幽霊が俺たちの恋愛応援団になった件


 安めのカラオケルームに入り、一時間ほどぼうっとした後、やってしまったと俺は頭を抱えた。
 何やってんだよ、俺。
 マジで感じ悪い奴になっちまった。
 てか、いらないって……、いらないって……!
 幽霊たち、しゅんとしていたな。
 それは大地も同じで、捨てられた大型犬のような顔をしていた。
 彼が本当に悲しい時に見せる顔だ。あんな顔を見てしまった以上、気軽に帰れない。
 思い出せば思い出すほど自己嫌悪に陥っていく。
 頭を抱え、スマホを取り出しメッセージを送ろうとアプリを開く。しかし、何と言っていいかわからず、結局指を動かせないまま、時間だけが過ぎていった。
 どう謝れば許してくれるだろうか。
 頭の中に、俺の荷物をまとめて出ていくように言う大地や、俺にぷいと顔をそむけるぬいぐるみ達を思い描き、背筋が凍る。帰っても、今度は自分がいらないと言われてしまうのではないだろうか。
 そんな妄想がどんどん膨らんでいき、スマホの画面を見つめるしかできなかった。
 こうやって悩んでいてもどうしようもない。
 俺はせめて二度とこんなことにならないようにと、自分のメンタル回復のために動き始めたのだった。
 表参道へ行き、閉店寸前のクッキーファクトリーへ駆け込む。俺の分と大地、ぬいぐるみ達の分と選んでいった。
「……ん?」
 新しいフェアか、店舗の一角にあるコーナーで足を止める。
『疲れている人へ』
『元気いっぱいの人へ』
『落ち込んでいる人へ』
 そうした、それぞれのテーマにそってクッキーが袋に詰められていた。
 こういうことをやるのか、と俺は一つ手に取る。中は見えないようになっており、ガチャを楽しむもののようだった。
 小さいころから好きだった店への信頼のもと、俺は自分用に『落ち込んでいる人へ』と書かれたセットを購入する。
 帰りがけ、コンビニでアイスコーヒーを買って、駅へ向かう道の途中にある公園のベンチに座った。
 帰る前に、もうすこし時間が欲しかったのだ。
 太陽は沈んだばかりでまだ少し明るい。白い街灯が周囲を優しく照らしていた。たまに犬の散歩で人が通る以外は静かなもので、俺はすぅと夏の空気を吸い込んだ。
 クッキーファクトリーで購入した袋を開ける。『落ち込んでいる人へ』というシールを外すと、中からはチョコレートをメインにした手のひら大のクッキーが五枚出てきた。
「チョコチップに、チョコレート、チョコ掛け……、プレーン、オランジェット……」
 見ただけで種類が分かるあたり、自分でも笑ってしまうほどのヘビーユーザーである。
 辛い時は甘いものを食べて忘れろ、といったところだろうか。
 俺はチョコチップクッキーを一つ手に取るとさっそく食べる。サク、と軽やかな食感なのに口に入ればさらりと蕩ける。この店のクッキーが他店と比べて抜きんでているように感じられるのはこういうところなのだ。
 プレーン生地の中にあるチョコチップに当たれば、チョコレートの優しい甘さが口の中に広がる。
「……おいしい」
 ぽつりと呟くが、聞く人はいない。食べながら包装袋を見たら成分表示が記載されており、ある程度はここで中身の予測がつくのか、とぼんやり思った。
 特別な材料は使われていない。なのに、そこらへんのクッキーには出せない食感と美味しさは唯一無二のものだった。
 一つ、また一つと咀嚼していく。時折コーヒーで口の中をすすぎ、全て食べ終えた。
「おいしいけど、チョコレートが続くと少し辛いかも……。俺だったら何を入れるかな」
 ひっそりと呟き、頭の中でレシピをこねくり回す。この組み合わせなら、アーモンドもいいかもしれない。いや、とはいえこのコンセプトならチョコレートで縛って、その分甘さを控えめにするとか……?
 そこまで考え、そう考える余裕が戻っていることに気が付いて苦笑する。名前の通り、落ち込んでいる自分に効果があった。
 ふぅ、と思い切り息を吸い込む。
 やっぱり、なんだかんだで俺はお菓子が好きなのだと実感し、心にすっと爽やかな風が入り込んできた心地がした。
 誠心誠意謝ろう。
 そう思えた頃、スマホが着信を伝えた。
 俺はポケットから取り出す。大地かと思ったが、そこには母親の名前が表示されていた。
 何の用だろう。何故か嫌な予感がして俺は一度スマホを握りしめてから通話に出た。
「もしもし……」
『あ、颯太? 大丈夫? 元気でやってる?』
 母さんの声はどこか焦っているようだった。
「うん……、なんとか」
 予感は当たったようで、彼女は緊張した声で告げた。
『ちょっと前にね、父さんが倒れちゃって、さっき病院に到着したの。万が一のこともあるから、一旦家に帰ってきなさい』
「え……」
 言われた言葉を脳内で処理するのに少し時間がかかった。
 唇を舐め、息を吸う。視線が定まらない。その沈黙の間にさらに母さんが続けた。
『何の病気かはわかってないけど、心配でしょ? 新幹線ならまだぎりぎり終電に間に合うから』
 言われて時刻を確認する。確かに間に合うが、今すぐ移動しないといけない時間だった。
「……わかった」
 返すと、俺は通話を切る。
 今から大地の家に戻っていたら間に合わない。俺はひとまず電車に乗ると、東京駅へと向かった。
 電車に乗り込み、大地にメッセージを送る。
『さっき家から電話があって、父さんが倒れたっていうから、帰宅します。まだどうなるかわからないから、また連絡する』
 それだけ送ると、アプリを切り替えて新幹線の自由席の切符を購入する。その最中、大地から返信があった。
『了解。一人で大丈夫か?』
 絵文字もスタンプもない、彼らしい質実な文章だった。
『うん。ありがとう』
 すぐに返信をして、さらに一文追加する。
『さっきはごめん。帰ってきたら、改めてまた謝る』
 それだけ入れると、ちょうど東京駅に到着した。
 スマホをしまい、ホームに降り立つ。クッキーの賞味期限は問題なさそうだったので、それを実家へのお土産にしてしまうことにしてホームのコンビニでおにぎりを買うと新幹線に乗り込んだ。