白井が再び大地の家を訪れたのは、大地も白井も十五時には授業が終わるという木曜日のことだった。
あらかじめ、ぬいぐるみ達には今日撮影すると告げていたため、彼らはローテーブルの上に乗って白井の来訪を待っている。俺の方はと言うと、クッキーを焼いている俺を見るぬいぐるみの画がほしいという白井の要望で、アイシング材料を揃え、前日にクッキーの生地を作っておいた。
「それじゃ、さっそく始めようか!」
白井は三脚に手持ちカメラをセッティングしながら告げる。
「まずは、この場所の謂れについて簡単にインタビューしてきたから、それを見て颯太にコメントを貰うね」
「……う、うん」
「ぬいぐるみちゃん達の撮影は一番最後ね。ちゃんとライティングもするから夜のほうが都合がいいんだ。それまではくつろいでていいよ。PV風に撮影するから、ちょっとくらい失敗しても大丈夫だからね」
子供に対するような言い方に、ぬいぐるみたちはコクリと頷きを返した。隅の方でコツメカワウソがホッとしたように肩をなでおろしているのが目に入る。体は踊りやすくなったとはいえ、彼はまだ少し振り付けを間違えることがあるので安心したのだろう。
白井が用意した動画は、まず大家さんへのインタビューから始まっていた。
『ここで死んだ人がいないのにも関わらず、幽霊が出るという報告は確かに聞きますね。それで一時期は人が居着かなかったものですけど、今の人はもう二年近く住んでくれていますし、もう出ないんじゃないですか?』
モザイクで顔を隠し、声も変えられていた。
「これ、よく答えてもらえたな」
一緒に見ていた大地が呟く。白井はニィ、と口角を上げてサムズアップをした。
「大地がずっと住んでいるおかげで、もう大家さんも過去のものだって思ってるっぽい。ただ、その代わりアパートの外観を映すのと、住所を公開するのはやめてくれって」
「なるほど……」
次に、彼の知り合いだという霊媒師がそれっぽいことを語り始める。
『そういうわけで、ここには地脈により大量の幽霊が囚われてしまっているのです』
派手なメイクをした修験者風の二十代くらいの男が告げる。
『え? じゃあ、五体だけじゃないんですか?』
動画の中で、白井が声だけで返答していた。
『そうですね……。姿を現しているのが五体で他にもいると考えた方がいいでしょうね』
もっともらしく語る霊媒師を見て、俺は頬を引きつらせた。大地は、ここは事故物件ではないと言っていたし、そんな記録も残っていない。しかし、その分土地の力で幽霊が集まってくるようだ。
「マジかよ……」
霊媒師はさらにVTRの中で続ける。
『とはいえ、普通の家でも、常時三人から五人は幽霊が住み着いていますからね。見えない以上あまり気にしないほうがいいでしょう』
これは慰めのつもりなのだろうか。
その後、白井が俺にマイクを向ける。撮影前に白井が軽くメイクを施してくれたので画面越しの俺はやたら爽やかに見えた。
白井自身もファンデーションとこっそり入れたアイラインによって男前度が増している。
彼は俺を手で示すと、カメラ目線になった。
「そんなわけで、今回の心霊物件に居候している颯太君に話を聞きます。就職活動のためにここに泊まり込んでいるらしいです。ちなみに家主の方には出演を断られました」
あはは、と白井は陽気に笑った。俺はびしっと背筋を正す。
「いや……、怖いVTRでしたね」
緊張のせいか、そんなありふれたコメントになってしまった。
白井はやたら大きく頷いた。
「霊媒師が言っていたように、見えないなら気にする必要はないと思いますけどね。都心の駅なんかは常時数百人いるって聞きますし」
今度から都心に出るたびに思い出してしまいそうだ、と俺は頬を引きつらせた。
白井は周囲を見渡しながら尋ねてくる。
「では、颯太君はこの家に住んでいて幽霊を見かけたことは?」
「え、えっと……、初日から見ていました!」
声が上ずっている。撮影風景が面白いのか、ぬいぐるみ達はカメラの外で俺を見つめていた。大地も今はカメラの後ろに立ち、インタビューを眺めている。
「へぇ……、どんな感じでした?」
「洋服が空を舞っていて、赤い手形がついていて……」
「それは怖かったですね」
俺は一度頷き、それから苦笑した。
「はい……、でも、家主が『いいかげんにしろ!』って怒鳴ったらすぐに収まって……。正直家主の方が怖かったです」
返すと、大地が苦々しそうな顔になり、後ろでぬいぐるみ達が頷いていた。
「それで……、ここの家主がぬいぐるみ作家なんですけど、そのぬいぐるみに憑依していて、すぐに愛着がわきました。俺がお菓子を作っているとぬいぐるみ達も集まってきて、料理の様子を眺めているんですよ」
「へぇ、ぬいぐるみって、幽霊が入っているんですよね! 懐かれているんですね。その様子は見させてもらっても?」
「はい!」
台本通りに話が進み、俺はキッチンの前に立つ。昨日念入りに掃除しておいたのでピカピカの状態だった。
「えっと、今回はクッキーを作ります」
材料を紹介する。カメラがそちらを映し、次に再び俺の方を見た瞬間、白井は演技がかった仕草で『うお!』と一歩下がった。
「本当にぬいぐるみ達が炊飯器の上に移動しているんですけど! これ、誰も動かしてないんですよ!」
彼が画面に映り、ぬいぐるみを指さす。ぬいぐるみはまだ緊張しているのか、あまり動かなかった。
「驚きますよね。……え、えっと、じゃあ、調理を始めます。とは言っても、今回は時間の都合もあるので、こちらの一晩寝かせた生地を使います」
硬くなっているのはぬいぐるみだけではない。俺もぎこちなく手元のラップに包まれているクッキー生地を見せた。それを伸ばしていき、型で抜いて形を整える。
正直、画としてはあまり面白くないのでは、と心配しているとそれは白井も思ったのだろう、撮影を止め、ぬいぐるみの方に呼び掛けた。
「クッキー作っている間にダンスの方撮っちゃう? いい感じに暗くなって来たし」
ぴゃ! とぬいぐるみ達が飛び上がる。少しの沈黙ののち、クマの子がコクリと頷いた。
「うん……、それがいいね。俺もずっと撮られているのは気になるし。無事に終わったらご褒美のクッキーがあるから、頑張れよ」
拳を握って掲げると、ぬいぐるみ達は何度も頷きを返した。

