心霊物件に住む幼馴染と暮らしたら、幽霊が俺たちの恋愛応援団になった件


 駅の西側に住んでいる白井と別れ、俺たちは東側へ帰っていく。
 すっかり日の落ちた住宅街を抜けると大地の借りているアパートがあった。
「……颯太、すっかり白井と仲良くなったんだな」
 大地は何かを言いたげに俺を見る。俺は首を傾げた。
「まぁ、面白い人だよな。今度チャンネル見てみる」
 最初は警戒していたものの、今となっては白井は話していて楽しい相手と思えていた。
「……そうか」
 何かを飲み込んだように大地は呟くと、それきり沈黙してしまった。
 彼は口数が多い方ではない。家で二人でいても、俺の方がたくさん話す。だから、あまり気にせず隣を歩いて帰宅した。
 さすがにおかしいと思い始めたのはコーヒーを淹れようかと提案したのに断られ、部屋で大地が一心不乱にぬいぐるみを作り始めた時だった。
「……なんか、締切が近かったりするのか?」
 いつもなら夕食前に帰ったら、コーヒーを淹れて三十分ほど話をするのに。
 大地の時間をどう使おうが俺に文句は言えないとわかっているが、やはり寂しいと思ってしまい、彼の背中に問いかけた。
「あ……、いや……、悪い。つい……」
「……もしかして、俺が来てから気を使わせてたか? 本当はずっとぬいぐるみ作っていたかったけど、無理してつきあってくれていたとか?」
 勢いよく振り返ると、大地は頭を振る。
「まさか! そんなわけない。颯太と話をするのは楽しいし……、ただ、今日は……、その……」
 何か言い辛そうにしている。
 もしかして、と思った。
「……もしかして、白井と俺が仲良くするのはあんまり嬉しくない……、とか?」
「…………」
 大地は何も答えない代わりに、唇を尖らせた。それから、視線をそらす。
「……颯太は、白井みたいなのが好きなのか?」
「え?」
 俺はぽかんと口を開けた。
「白井? なんで?」
「……あいつは明るいし、話しやすいし」
 ぽつぽつと呟く言葉に、俺は小さく頷いた。
「あぁ……、確かに慣れたら話しやすいよな。最初は驚いたけど」
 しかし何故それで大地が黙りがちになるのだろう。
 大地は俺の返答に再び肩を落としたようだった。
 つ……。
 いきなり大地の背後のガラス窓に血文字で文字が書かれた。
 一瞬息を呑んだが、書かれた文字に目を瞬かせる。
『やまと、そうたをとられるとおもってしっとしてる』
『さみしがり』
 筆跡の違う文字は、以前幽霊が総出で風呂場に来た時に見たことがあるものだった。
 大地が俺を取られると思って嫉妬している? 寂しがっている?
 そんなまさかと思いつつも、居心地悪そうにしている大地を見て、もしかしたら昨日俺が大地に肩を貸している白井を見た時と同じような気持ちになっているのかも知れないと考えた。
 俺の場合は恋愛感情込みの嫉妬だったが、友情でも嫉妬は感じるというし、それなのかも知れない。
「……人としては面白いって思うよ。でも、あのテンポでずっといられるとちょっと疲れるかも」
 あまり本人には言えないことだと、小声になって告げる。大地は少し聞き取りづらそうに俺の方に体を寄せ、苦笑を漏らした。
「……そうだな。確かに、研究室で二人きりになるとあのマシンガントークは少し困る」
「うん……。俺としては大地みたいに落ち着いた人のほうが一緒に居て楽かな」
 少しの下心を込めて続けると、大地は嬉しそうに口角を数ミリあげた。
「……そ、そうか」
 彼は立ち上がると俺の横をすり抜けコンロへ向かう。
 気がつくと先程の血文字はなくなっていた。
 ナイスアシスト、と小さく呟くと俺も大地の後ろへついていく。
 大地でも、俺に対する独占欲があるのかと、俺も緩む頬を抑えられなかった。
 あくまで大地のは友情だとはわかっている。自分がのぼせないようにキス未遂の時に怒っていた大地を思い出し戒めるのだが、やはり胸が跳ねてしまうのはどうしようもなかった。
 コーヒーを淹れ、今日買ってきたお菓子をふるまう。
「いいのか? 颯太の研究目的なんだろ?」
 大地が恐縮したように返すが、今の俺は大地と一緒に食べたかった。
「一人じゃ食べきれないし、半分こしてくれたら嬉しい」
 言うと、俺は果物ナイフでパウンドケーキを二つ、それぞれ味の違うものを切り分けていく。そういうことか、と大地は受け取ってくれた。
 俺は早速フォークで一切れつまむと口に入れる。
「うわー……、さすがフランスからのパティシエがやってるだけあるな……。バターの風味が濃厚で、食べ応えがある」
「そうだな……」
 大地もおいしいと思っているのか、黙々と食べ進めていた。幼馴染の俺だから、彼が無表情ながらもお菓子に夢中になっていることがわかる。
「やっぱ東京は食べられるお菓子の種類が全然違うよな。研究しがいがあるし、楽しい!」
 ニカ、と笑みを向けた。
 大地はほほえましいものを見るように目を細め、頷く。
「そうだな……。とはいえ、俺は一人だったら多分これを食べることはなかっただろうが」
 しみじみと言うものだから、俺は顔を上げた。
「颯太が来てくれなかったら、こんな時間はなかっただろうな」
 大地の言葉に俺の周囲の温度が上がったような気になる。東京で就職出来たら、こうして大地が許してくれる限り会いに来て、一緒にお菓子を食べるのもいいかもしれないと思ったのだった。


 しかし、それから一週間。俺はお祈りメールを受け取り、履歴書を出し、お祈りメールを受け取るといったサイクルを繰り返し続けていたのだった。
 東京に来る際に面接に呼ばれていた会社は全てお断りされ、新しくエントリーした中で面接に進めたのはたったの一社だけ。
 雇い控えのせいなのか、それとも俺自身のスペックが悪いのか、??何故実家を継がないのかと聞かれた時に上手く答えられないのがいけないのか。
 結局そうして俺は己の就活に頭を悩ませる日々を続けていた。
 ちなみにコツメカワウソがこっそりと練習をしているのを見てから二日後には俺の枕もとはすっかり彼らの練習会場となっており、俺は夜な夜なうまくなっていくぬいぐるみ達をまぶしい気持ちで眺めていたのだった。