そのまま昼食の時間になったので俺と佐久間先生は一緒に玄関前に行って昼食を取ることにした。
そこで炊き出しが行われているのだ。
紙皿に入ったおじやは塩と卵の簡素な味わいだった。隅の方の花壇の近くに座り、俺は黙々と食べる。時折隣に座った佐久間先生が話しかけてきてくれていた。
「空、それに佐久間先生……」
声がしたので顔を上げると、高宮さんが自分の分の食事を持って立っていた。彼は一緒に食べることにしたようで、俺を挟んで佐久間先生と反対側に座る。
「お疲れ様です、高宮くん。辛いことがあったばかりなのに、きびきびと働いていて偉いですね」
高宮さんは照れたように頬を染める。ふいに先ほど肩を震わせ、自分の父親の死に直面していた彼を思い出して同情する気持ちが湧いてきた。
「いえ……。もともと父に仕込んでもらっていたので。何より、皆さんが俺を高宮家当主として立ててくれるので助かっています」
高宮さんはそう言っておかゆをかきこむ。疲れている彼はこれだけでは足りないだろうな、となんとなく思った。
「珍しいですね。二人が一緒なんて」
高宮さんは紙皿から口を離し、持っていたペットボトルの水を飲む。これも初日にもらったもので、なくなるたびに水を継ぎ足しながら使っていた。
佐久間先生は優しく微笑む。
「はい。先程まで佐伯君の診察をしていたので。……そこで少しお聞きしたいのですが……。いいですか?」
高宮さんは不思議そうに首を傾げた。
「……なんですか?」
「佐伯君の包帯の下には蛇が這ったような痕がついていました。これについて心当たりは?」
高宮さんの眉間にシワが寄る。
「蛇が這ったような……? どういう感じのものでしょうか?」
心当たりはないらしい。
ぞくりと心臓が震えた。
それはつまり、この数日の間に自然に現れたということではないか。
「佐伯君のご両親にもついていましたが……。それもわかりませんか?」
高宮さんは不可解そうに顔をしかめたまま首を横に振った。
「いえ……。すみませんが、本当にわかりません。画像とかはありますか?」
佐久間先生は眉尻を下げた。どこかホッとしている様子だった。彼の方も高宮さんを犯人だとは思いたくなかったのだろう。
「ええ。けれど、撮ったデジカメは保健室に置いてきてしまったので、後でまた来てもらえますか?」
「わかりました。……遅い時間になってしまうかもしれませんが」
「構いません。私は今日はこれからずっと保健室にいますから」
俺を挟んだ会話を、落ち着かない心持ちで聞く。俺は高宮さんの方を見てじっと顔を観察していた。
彼に不審なところはなく、本当に心当たりがないようだった。
佐久間先生は水を飲んでから、更に続けた。
「佐伯君の怪我の詳細は、先程聞きました。ただ一つ、何故高宮君が佐伯君の自殺の現場にいたのかがわからないのですが……、教えてもらえますか?」
彼は少し緊張しているようだった。対する高宮さんは、何度か目を瞬かせてからぎこちない笑みを浮かべた。
「偶然ですよ。小学校の方に行こうとしている空が見えたから、どうしたんだろうと思って声をかけようとしたら、蛇浦岬のほうに向かっていったから、心配になって後ろをつけていたんです」
佐久間先生は高宮さんの言葉を信じているのかいないのか、曖昧な笑みを浮かべていた。
「なるほど……。飛び降りるよりももっと早くに声をかけられなかったんですか?」
高宮さんは困ったような顔をした。
「そうですね……。何だか思い詰めていたようだったので。……正直、今はそれを悔いていますが」
「そうですか……」
佐久間先生が視線を伏せる。再びボトルの水を飲むと、笑みを浮かべた。
「わかりました。辛い記憶を話してくれてありがとうございます」
「いえ……」
疑われたことは高宮さんもわかっているのだろう。彼の顔は逆に険しくなっていた。
佐久間先生はまっすぐに高宮さんの顔を見つめる。
「変なことを尋ねてすみません……。けれど、私の仕事はこの島の人全員の健康と無事のために尽くすことなんです」
高宮さんは一度だけ頷いた。
「もちろん、わかっています。それに、俺が佐久間先生でも気になると思います。……逆に空はよくそれを今まで考えなかったな」
苦笑を浮かべた高宮さんに見つめられて、俺は唇を尖らせた。
「だって……、色んなことが起きていて混乱していたんです」
我ながら子供じみた言い方だと思った。佐久間先生が優しく俺の背中を撫でてくれた。
「二年分の記憶がなくなっているのですから、仕方ありませんよ」
高宮さんは目を瞬かせる。
「そのことも言ったんだな……」
「はい。先程聞きました。けれど、もう少ししたらネットも復旧しますし、佐伯君の体の蛇の這ったような痕とあわせて専門家に聞いてみるつもりです。大丈夫。すぐに状況は好転しますよ」
最後の方は俺に向かって言ってくれていた。
俺はホッとして笑みを浮かべる。
「はい! ありがとうございます!」
「それでは、私はこのへんで。二人はゆっくり休んでください」
気がついたら佐久間先生の紙皿は空になっていた。立ち上がると軽く手を振って離れていく。
俺は手を振り返すと箸を持ち直した。気がつけば俺だけ食べるのが遅れている。
「なぁ、空。他に佐久間先生とどんな話をしたんだ?」
高宮さんも食べ終わっているようで、紙皿の端のほうを指先で折ったり戻したりを繰り返していた。
「どんなって……、あとは、俺の父さんと母さんが死んだこととか……。蛇神様の祟りとかです」
「ああ……、昨日から老人連中がしきりに言っていたよな」
どうやら高宮さんの耳にも入っているようだった。口内のおかゆを飲んで俺はコクコクと頷いた。
「そんなものは存在しないって、佐久間先生ずっと俺を励ましてくれていて……」
「……そうか」
聞いたくせに、高宮さんはどこか気のない様子だった。
なんとなく顔に疲労が滲んでいるような気がして、俺は目を瞬かせる。
「あの……、大丈夫ですか? 疲れているように見えるんですけど……」
聞くまでもなく、彼の心労は俺の比ではないはずだ。それでも高宮さんは優しく笑ってくれた。
「そうだな。今日は早く寝ることにする。空の隣を開けてもらっていてもいいか?」
ここのところ、なんだかんだで彼は俺の近くで夜を過ごそうとする。ずっと周囲には大人ばかりだから、年が近い俺のほうが安心するのだろうか。
「わかりました。俺はただ待つしかできなくて申し訳ないのですが、がんばってください!」
笑みを作る。高宮さんは優しく目を細めた。

