保健室に入ると、そこには誰もいなかった。ベッドも使われておらず、全員が体育館に行っているのだと察する。
「ではまず、包帯を取らせてもらいますね。服を脱いでください」
佐久間先生に促されて丸椅子に座り、シャツを脱いだ。そうすると、佐久間先生の手が伸びてきて、包帯を取っていく。
血でくっついているからか、ぺりぺりと硬くなった包帯の下にあるものを見て、俺も佐久間先生も息を呑んだ。
「……これ」
そこには、両親と同じように蛇のように見える痣が存在していた。
次第に体が震えてくる。
「……ねぇ、先生。何、これ……」
視界が滲み、目の前の彼に視線を向ける。佐久間先生は顔面を蒼白にして痣のある俺の腹のあたりを見つめていた。
「……俺、死んじゃうのかな」
体育館に横たわる父と母を思い出す。自分もああして蛇神様の祟りで取り殺されてしまうのだろうか。
ぎゅ、と佐久間先生が俺の両肩を掴む。
「そんなこと、ありえるはずがありません! いいですか? 何度も言いますが、祟りなんてものは存在しないのです」
「……でも」
「これは祟りとはまた別の症状だと思います。……とはいえ、まだ何の症状かはわからないのですが」
それからも佐久間先生は俺の胴体部分に巻かれている包帯を取り外していった。高宮さんが言っていたように、体をどこかに打ち付けたような痕が出てくる。
「……これは、高宮君が処置したと言っていましたよね?」
「はい……」
「その時には、この痕はありましたか?」
俺は眉尻を下げ、言葉を詰まらせた。少し視線を泳がせる。以前は気恥ずかしさから誤魔化したが、佐久間先生と二人きりの今なら大丈夫だろうと思い告げた。
「俺、実はこの二年分の記憶をなくしていて……。地震の少し前以降から記憶がなくて……。目を覚ましたら包帯が巻かれていたから、わからないんです」
ますます佐久間先生の顔が険しくなる。
「……高宮君は、何と?」
「えっと……、俺が蛇浦岬の崖の上から飛び降りようとして、助けてくれたらしいんです。で……、その時に怪我をしてしまって」
「……なるほど。確かに、何かに打ち付けたような打撲痕も残っていますね」
彼は青くはれ上がっている俺の胸あたりに手を這わせた。
「本当に、俺、何が起こったか全く覚えていないんです。高宮さんは、俺は正気じゃなかったから覚えていないのも仕方がないって言ってて……」
佐久間先生は手を引っ込めると、自分の額に当てた。そのまま少し沈黙した後、かすれた声で尋ねてくる。
「なぜ飛び降りようとした際に高宮さんがいたのか、ご存じですか?」
「それは……、聞いていません」
彼の考えていることが次第にわかってきたような気がする。彼は高宮さんが俺に暴力をふるったのではないかと疑っているのだ。
慌てて俺は高宮さんを擁護した。
「あの、俺、心……、自殺しようとしていたみたいで……、それで、高宮さんに助けられたって」
朔弥が怪異として存在を認識されていないのなら、傍から見たら自殺でしかないと思って言いなおしておいた。
佐久間先生は困ったように眉尻を下げる。
「本来、自殺しようとしているところであれば、やはりそこに高宮君がいるのはおかしいでしょう? それも、蛇浦岬は普段滅多に人が行かないところです」
「……えっと、でも」
俺は必死に首を振った。
「俺は高宮さんは疑っていません……。犯人とか、そういうのじゃないと思いたいです……」
佐久間先生は悩まし気に手を離すと、ぎこちない笑みを浮かべた。
「なるほど。その通りですね。今はその問題は保留にしておきましょう。高宮君がいないところで、こういった話を続けるのは問題です」
「……はい」
「とりあえず、佐伯君の体を写真に収めておいても大丈夫ですか? 今はネットが断線していますが、もう少しで復旧します。それに、そろそろ本土から支援が来るはずなので、より詳細に調べられるでしょう」
俺は頷いた。
佐久間先生は少なくとも一人の大人として、お互いの話を聞く気らしいとわかり安心する。
俺は親の教育方針のせいでスマホを持たせてもらえていなかったので、特に不便は感じていなかったが、ネットが復旧したらより詳しく俺の症状について調べてもらえるだろう。
俺は気持ち背筋を伸ばし、佐久間先生の構えたデジカメのレンズを見る。先生の指が数度動き、写真が撮られていった。
「ありがとうございます。では、また包帯を巻きなおしましょうね」
佐久間先生は備蓄されていた包帯と消毒液、湿布を取り出すと処置をして行ってくれる。
今、俺が一番頼りになると思っているのは高宮さんなのだ。変に疑いたくない。だからといって、自分の体にある蛇のような痕が蛇神様の祟りだとも信じたくなかった。
なのに、じわじわと不安が足から胴体へ這い上ってくる。
恐怖で鼻の先がツンと痛み、視界が滲んだ。
何度も鼻をすする俺を勇気づけるためか、佐久間先生は優しく『大丈夫ですよ』とか『心配しなくてもいい』と繰り返し言ってくれていた。

