俺は「何」と心中しようとしたんだろう




 地震があってから六日が経過した。
 ようやくネットが復旧し、本土と連絡が取れるようになった。
 スマホを持っている人たちはさっそく情報を仕入れ、肩を落としていた。
 本土の方も今回の大地震で混乱しており、道路を復旧している最中だという。
 それでも、それぞれの場所で人々は自分のできる事をこなしているようで、両親が亡くなり、土砂崩れで家が無くなった俺に役場の職員が来てくれて今後どうするかを話し合った。
「……ということで、船が出せるようになったら佐伯君は本土で施設に入ることになると思うんだ」
 俺は唇を噛んで俯く。
 この島にはなんだかんだで思い出も多い。父と母の墓だってある。出て行きたくなかった。
 それでも、まだ十六歳の俺では他に選択肢はない。
「……わかりました」
 視界が涙で滲み、頭を振って振り払う。そんな俺を、職員は同情を込めた瞳で見つめていた。
 その日はもう何もやる気になれなくて、俺は一日中寝て過ごした。


 翌日、震災から七日目。
 土砂や瓦礫の撤去がひと段落着いたというので、多くの島民は帰宅した。俺も例にもれず家を見に行く。そうは言っても両親はいないし、高宮家の近くに引っ越していたのであれば家が無事であるはずがないとわかっていたので、どんな様子か伺いに行くだけのつもりだった。
 高宮さんが時間を取って一緒に来てくれる。
 小学校から町へと下る道を黙って歩いた。
 丸い石で作られた民家の塀がことごとく壊れてしまっており、被害の大きさを知る。
 自分の家があったという場所に案内され、俺は呆然とした。
 一階は半壊しており、危なくて住める状態ではなかった。窓ガラスも壊れており、今なら空き巣はいくらでも入れるだろう。とはいえ、こんな状態の家からは取れるものなんてないだろうが。
「危ないから中に入らない方がいい。これから更に瓦礫の撤去が入って、取り壊されると聞いた。……ご両親から、地震保険とか、生命保険の話は聞いているか?」
 俺は首を横に振る。
 そうだろうな、と高宮さんは肩を竦めた。
「本来であれば空が受け取れるんだけれど、空はまだ未成年だから、家庭裁判所に後見人の選任を申し立てることになる。とにかく、色々な手続きが必要になると思う」
 俺は唇を噛む。本来は十六歳でも、今の俺は二年分の記憶をなくした十四歳の精神なのだ。煩雑な手続きだと途中で音を上げてしまいそうだった。
「だから、空……、よければ俺の家の養子にならないか?」
 彼の提案に目を丸くして高宮さんを見つめる。
「……え?」
「母さんにも聞いてみたんだ。そうしたら、彼女の方も結構乗り気で……」
 口をパクパクと動かす。何を言っていいかわからなかった。
 心臓がぎゅうと掴まれたような心地になる。
 この島に残れて嬉しいはずなのに、頭の奥で警告音が鳴っているような不思議な感じだった。
 きっと、いきなり高宮さんと兄弟になるかもしれないと聞いて頭が混乱してしまっているのだろうと俺は自分で自分を納得させる。
「あの……、でも……、ご迷惑じゃ……」
「迷惑なんかじゃない。……それに、俺も空と離れたくない。この島唯一の幼馴染で……、お試しとはいえ、恋人なんだから」
 そこまで言って彼は照れたように整った顔をほころばせた。
 高宮さんの優しい笑みを見て、何故か頭に朔弥の顔がよみがえる。
 彼は続けた。
「それに、もしも空が俺の家に養子に来るんなら、俺の方で家庭裁判所への手続きを進められる。空からしたら、色々と楽だろう?」
 俺は目を瞬かせて高宮さんを見た。それから、冗談めかしてふっと口角を上げる。
「なんだか、そういうセールスみたい」
 俺の言葉に、彼は気まずそうに頬をかいた。
「……悪い。でも、俺たちが付き合っていったら、いつかは養子縁組の形をとるんだと思う。それが早いか遅いかの違いだ。……こんな時になんだけど、俺は嬉しいって思ったのに……」
 少しの間口をぽかんと開けて、俺は俯いた。急に気恥ずかしさと罪悪感が襲ってくる。
 こんなに俺の事を思ってくれる高宮さんに対して、何故俺はすぐに頷けないのだろう。
 何故、今も頭に警告音が鳴り響いているのだろう。
「すみません……、でも、なんだか、何も実感がわかなくて」
 そう言って、俺は曖昧に返す。
 自分の中の違和感の正体が未だにわからなかった。
「俺もだよ。父さんが死んだなんて……、まだ、信じられない。……だから、空までいなくなるんだって思うと寂しいよ」
 彼のまっすぐな言葉に、ごくりと唾液を飲んだ。
 またも朔弥の姿が頭にちらつく。
「……俺も、嬉しいです……、が……」
 俺は片手で額に手を当てた。
「自分でもよく分からないんですけど……、何故か朔弥の事が頭から離れなくて、自分の将来が上手く考えられないんです」
 俺の言葉に高宮さんが真顔になる。
「……それは、ただの逃避じゃないのか?」
 ぐ、と言葉に詰まる。高宮さんはさらに続けた。
「いろんな事があって混乱している。だから、そう言って怪異の存在を出してまで現実逃避をしているように、俺には思える」
 俺は口をパクパクと動かす。しかし、実際に現場に立って復興のために動き回っている彼からすると確かに俺は苦しみから目をそむけているように思えるだろう。
「……そうかも、知れませんね」
 俺は俯くしかできなかった。高宮さんは大きなため息をつく。呆れられただろうかと上目遣いに彼を見ると、彼は取り繕ったような笑みを浮かべていた。
「早めに返事をくれると嬉しい。色々な手続きもあるから」
 俺はコクリと頷きを返した。
「ありがとうございます。……そろそろ、俺の用事は終わったので、今度は高宮さんの家を見に行きますか?」
 この話題を切り上げたかったので、俺は彼へと話題を移す。けれど高宮さんはゆっくりと首を横に振った。
「いや……。いい。俺の方はもう散々見たから」
「……え?」
 彼は自分の家の方角へ視線を向ける。俺もつられてそちらを見た。
「実は、瓦礫の撤去作業の時に確認に来たんだ。一応、家の東側はまだ使えそうだったから、早めに復旧させるように今進めている」
 なるほど、と俺は高宮さんに視線を移した。
 彼は忙しそうに動き回っていたし、その際に自分の家を目にしていたとしてもおかしくないと今更気が付いた。
「そうですね……。じゃあ、戻りますか」
 俺は小学校へ向けて歩を進める。そんな俺の後ろを高宮さんが付いてきた。
「今は本土の方もいっぱいいっぱいだし、島の雇用促進のためにも出来る限り島民で復旧作業を進めたいと思っているんだ」
 背後から彼が語り掛けてくる。俺は速度を緩めて高宮さんの隣に並んだ。
「そうなんですね……。早速、当主として動かれているの、すごいと思います」
「いや……、今はまだほとんど母の言葉通りに動いているだけだ……」
 彼はどこか気恥ずかしそうに頬をかく。
 それでも、彼の号令に皆が従っているのだ。自分には出来そうにないと俺は思っていた。
「高宮さんなら、すぐに立派な当主になれますよ」
 高宮家はこの島の土地をほぼ所有し、行政にも口出し出来る立場だった。今は亡き彼の父親はまるでこの島の王のようにふるまっていたし、高宮さんも彼の後を継いでからは三倍以上年上の老人達から恭しい態度を取られている。
「なら、やっぱり空は俺の近くで支えていてくれないか?」
 再び言われ、俺は眉尻を下げる。逃げていると思われて、彼に失望されるのは嫌だった。それでも、何故かその選択をしようと考えるたびに頭の中にキィンとした不快な音が鳴り響くのだ。
「……すみません、もう少し、考える時間が欲しいです」
 返すと、彼は不満そうに唇を尖らせた後、大きく息を吐いて肩を竦めた。
「わかった。前向きな返答を引き続き期待している」
 そうして、しばらくの間の沈黙の後、無事に小学校に帰り着いた。