イケメンなのに甘えたがりの後輩が、制服取り違えただけで俺に膝枕をしたいと言ってきました。

 雨が止んで日が沈みかけたころ、俺は駄菓子屋の店先に立ちながら、蓮の帰りを待った。
 さっきまでトーマも一緒にいたが、このままいつまでも一緒に待っているわけにはいかないと、俺はトーマから連絡先を聞いて家に帰した。
『大丈夫。蓮ならもうすぐ戻ってくるさ。それに知ってるか? 猫にも帰巣本能っていって、自分の家に帰ってくる能力があるんだ。なにかあったらすぐに連絡するから』
 俺はそう言いながらトーマの頭を撫でて、背中を見送った。
 和室にいた小学生たちには、今日は事情があって早仕舞いだと伝えて全員帰したので、今ここに残っているのは俺一人だ。
 ふと、街灯が明かりをポツポツと灯し始めると、俺は途端に不安に襲われた。
(どうしよう。サクラさんが帰ってこなかったら、俺……)
 不安で手が震える俺は、自分を抱き締めるようにしながら、その場にしゃがみこんで俯いた。
(俺も探しに……。いや、でも……サクラさんが自分で戻ってきたら中に入れないし……)
 顔を上げると、道路には大きな水たまりが、いくつもできていることに気が付いた。
(あんな雨の中……。サクラさん、雨に濡れて体温が下がってたら……)
 最悪なケースしか頭に浮かんでこなくて、俺はじっとしていられず立ち上がろうとする。
「こんなところにずっといたら、風邪をひきますよ」
「えっ……」
 だが聞き覚えのある声がして、俺は慌てて顔を上げると、制服の上着を丸めた状態で手に持った蓮が立っていた。
「れ……ん……」
「約束通り、ちゃんと連れて帰ってきましたよ。ほら」
 蓮は持っていた制服の上着を軽く捲ると、そこにはサクラさんが包まれていた。
「ニャァ……」
「ただいま、悠太先輩」
「蓮! サクラさん!」
 俺は涙で視界が霞む中、思いっきり蓮の首に抱きついた。
 

 
 ずぶぬれだった蓮だったが、サクラさんを一秒でも早く動物病院に連れて行こうと言ってくれたので、俺たちはそのまま動物病院へ向かった。
 病院ではすぐに診察してもらえて、サクラさんはケガもなく、体温も問題なかったため、俺と蓮は二人で安堵の溜め息をついた。
 だが、念のため一晩様子を見るということで、俺たちはトーマに一報入れて、手続きの準備が終わるのを待合室で立って待っていた。
 待っている間、いつもお世話になっている動物病院のスタッフさんたちが、蓮が濡れていることに気が付き、髪を拭くためのタオルと防寒用にバスタオルを貸してくれた。
「座って待ってていいのよ。まだ時間かかるだろうし」
「いえ。椅子を濡らしてしまうので立って待ってます。お心遣いありがとうございます」
 制服のズボンも濡れてしまっている蓮は、受け取ったバスタオルを肩からかけると、タオルで髪を拭き始めた。
「悠太先輩は座っていいんですよ?」
 蓮は俺を気遣ってくれるが、俺はそっと首を横に振った。
「蓮のそばにいる……」
 俺はそれ以上何も言わずに、蓮の隣に並んで立った。
「ックシュ」
(寒いよな。さすがにワイシャツ一枚じゃ……)
 サクラさんを見つけたのは、どうやら雨が止んでからだったようだ。
 ズボンと髪の毛はびしょ濡れだったものの、それまで制服の上着をきていたせいか、ワイシャツは濡れていなかった。
 だが、サクラさんを包んでくれていた上着はずぶぬれで、とても着られる状態ではなかった。
 そのため、俺は自分の制服の上着を脱ぐと、背中から蓮の背中にかけた。
「ありがとうございます。まさか、悠太先輩の上着に助けられる日が来るなんて、笑ってしまいますね」
「それ、どんな嫌味だよ。まあ小さいけど、ないよりはマシだろ」
「ええ。すごく助かります」
 制服を取り違えたせいで俺たちは出会って、今こうやって並んで立っている。
 不思議な巡り合わせだと思いながら、俺は少しだけ蓮に身体を近づけさせた。
(少しでも、俺の体温が蓮に伝わってわけてあげられればいいのに)
 そう思いながら肩と腕を密着させると、蓮は俺の手の甲をそっと包み込むように握ってきた。
 重ねられた蓮の手は冷たくて、俺は手をひっくり返すと、蓮の手に指を絡ませながら握った。
「ありがとうな、蓮」
「どういたしまして」
 冷たかった蓮の手が、少しずつ体温を取り戻していく。
 その過程はまるで、俺の体温を蓮が貰ってくれているようで、それが酷く嬉しかった。
 
 

 手続きを終えると、俺と蓮はお互いなにも言わずに、そのまま俺のマンションへ向かった。
 その間、俺と蓮は手を握ったままだった。
 マンションに到着すると、俺はびしょ濡れだった蓮をバスルームに直行させて、自分の持っている服の中でも大きめなものをチョイスし、出て見えるところに置いておいた。
「お風呂ありがとうございました。あと着替えも……」
「あ、うん。サイズはだいじょう……」
 濡れた髪の蓮が俺の服を着る姿を見て、俺はなんだが気恥ずかしくなり、言いかけたままソファーの上で体育座りになると、足の間に顔を埋めた。
「どうしたんですか?」
 隣に蓮が腰掛けたことでソファーが少し傾くと、俺は身体が斜めになって肩が蓮に触れてしまう。
「……!」
 すると、俺はまるで電流が走ったかのように身体をビクっとさせてしまい、慌てて身体を真っ直ぐに戻して蓮から離れた。
(俺はどうしてしまったんだろう……)
 いつのまにか、普通の友だちとなら気にせずできる間接キスも、ただ肩が触れ合うことさえも緊張してしまうようになっていた。
 逆に友だちとはしない、手をつないだり、膝枕をしたり。
 どこかで蓮に触れたい、触れられたいと思ってる自分がいることに、戸惑いを隠せなかった。
「悠太先輩……」
「ど、ドライヤー! そうだ! ドライヤー持ってくるな!」
 なんだが蓮の顔が見られないほど恥ずかしくてしょうがない俺は、慌ててソファーから立ち上がろうとする。
 だが、蓮に手を掴まれて阻まれてしまい、俺はソファーへと座り直すしかなかった。
「ちょっと失礼します」
 蓮は急に身体を寝っ転がらせると、俺の膝の上に頭を乗せてきた。
「……!」
 見上げてくる蓮と思わず目が合うと、蓮は俺の顔に手を伸ばした。
 伸ばされた手の指先は、まるで壊れ物に触れるかのように、優しく俺の頬に触れた。
「サクラさんがいなくて淋しいですよね。俺を代わりにしていいんですよ」
「……はっ?」
(あっ……)
 最初はまた意味の分からないことを、蓮が言い出したと思った。
 けれど、蓮の顔があまりに真剣だったため、蓮が俺のためを思って言ってくれているんだと理解した。
「あーあ……。ほんっと、蓮には敵わないな」
 俺は肩を竦めると、蓮の頭をサクラさんを撫でるときみたいに撫でた。
 すると、蓮は急に恥ずかしくなったのか、慌てて俺から顔を逸らすように、仰向けから横向きに身体の向きを変えた。
 恥ずかしがるくせに、予想もしない大胆な行動をする。
 そんな蓮が、俺は愛おしくてしかたなかった。
「今日はありがとうな、蓮。サクラさんを見つけてくれて……」
「いえ……。でも、見つかってよかったです。悠太先輩の悲しい顔は、もう見たくなかったので……」
「えっ……?」
 蓮の口ぶりでは、俺の悲しむ顔を前に見たことがあると言っているように聞こえた。
 蓮は何かを決意するように大きく息を吸い込んで吐き出すと、また仰向けの状態になって俺を見上げた。
「実は一年前……。悠太先輩がサクラさんを拾ったあのとき……。俺、偶然見てたんです……」
「えっ……」
「泣きそうな顔で、サクラさんが入れられていたダンボールを開ける悠太先輩。そして、開けた瞬間のショックを受けた顔と安堵の表情……。正直、胸が締め付けられました」
 蓮は俺の頬に触れていた指先を滑らせると、俺の横髪をそっと耳にかけた。
(気付かなかった……。蓮があの場所にいたなんて……)
「それから偶然、あの駄菓子屋の窓辺でサクラさんを見かけて……。立ち寄ってミチコさんと話をしているうちに、小学生たちへ勉強を教えるようになったんです」
「そうだったのか……」
(そんな経緯だったのか……。しかも、俺のことをそんな前から知って……じゃあ、あれは……)
「なあ、蓮。聞いてもいいか? 学校の中庭で蓮が寝ているところを起こしたとき、俺を見て流したあの涙は、一体なんだったんだ?」
「あれは……」
 蓮は口籠るが、寝転がっていた身体を起き上がらせると俺の横に座り直した。
 そして、俺の手に自分の手を重ねるように握ってきた。
 だが、蓮はこちらを向くことはなく、少し俯いていた。
「俺はあのときのサクラさんに、夢で何度も自分を重ねていたんです。だから目を開けた瞬間、真上に悠太先輩がいたので……」
「重ねてた? 一体何を……?」
「真っ暗な世界からオレを見つけてくれて、引き上げてくれる……。夢で何度も見た光景だったので……」
「夢……」
(それって……)
 俺は意を決して、蓮にずっとしたかった質問をぶつけることにした。
「蓮は……夜、眠れないのか?」
「……知りたいですか?」
「ああ。そんなの当たり前だろ」
 俺が迷わずはっきり言い切ると、蓮は俺の手を握る手に力を込めた。
「……。全く眠れないってほどではないんですが、無音だとどうにも寝つきが悪くて……。なので日中も眠気に襲われたり、騒がしいところでないと眠れなくて……」
「それって……」
 淋しかったからなのかと聞いてしまいそうになるが、そんなもんは愚門だ。
 蓮が淋しくないはずがなかった。
 家を追い出されるように一人暮らしを始めて、邪魔になるからと、家族や親戚からも距離を取って。
 同情ではないと言えば嘘になる。
 だが、俺は居てもたってもいられず、蓮に向かって手を広げた。
「来い!」
「えっ……?」
 俺の突然の行動に戸惑う蓮だったが、俺は蓮を真っ直ぐ見つめ続けた。
「俺が全部受け止める。だから、来い!」
「……!」
 蓮は一瞬目を大きく見開くと、嬉しそうに笑って俺に抱きついてきた。
「本当に……不思議な人ですね、悠太先輩って……」
「なんとでも言え。バーカ」
 俺は蓮を抱き締める手に力を込めると、蓮もまるで応えるように、同じ力で抱き締め返してくれた。
(なんて……)
 幸せなんだろうと、初めて心から思った瞬間だった。
 

 
「なあ、蓮ー。ついでに教えて欲しんだけどさー。なんで、膝枕させて欲しいっていたんだー? 俺、未だに意味がわかんなくてさー。して欲しいなら、まだわかるんだけどさー」
 俺はソファーに腰掛けて、蓮を床に敷かれたラグの上に座らせると、後ろからドライヤーで蓮の髪を乾かし始めた。
「それは……。またあの目線で悠太先輩を見つめたかったので、本当はして欲しかったんですが……。その、恥ずかしくて……」
「は?」
 蓮の髪を乾かしている途中だったが、俺は蓮の言っていることが理解できず、思わずドライヤーを止めてしまう。
「恥ずかしいって一体何がだ?」
「……。なんというか、自分でするのとされるのは、全然違うじゃないですか。だから……」
 耳を赤くして恥ずかしがる蓮の姿に、俺は自分まで恥ずかしくなってきてしまい、ドライヤーを持ったまま両手で顔を覆い隠した。
「悠太先輩……?」
 名前を呼ばれ、そっと顔から手を離すようにと手首を掴まれるが、俺は何度も首を横に振った。
「お前、本当に意味がわかんない! なんだよ、その謎理論……! 頭いいのに、なんだよそれ!」
「まあ、自分でもそう思います。どうしてかわからないんですが、悠太先輩のことになると処理能力が落ちると言いますか……。どうやらオレは、悠太先輩が好きみたいです」
「……。えっ……。ええっ!」
 蓮に誘導されて顔を覆っていた手を離しそうになるが、俺は蓮の突然の告白に驚き、慌てて覆い隠し直した。
(好きって……。えっ、あっ! ええっ! 蓮が俺のことを?)
 俺はどうしていいかわからず、顔を隠したまま動けなくなってしまう。
 すると、蓮が俺の手首を掴む手に力を込めたのを感じた。
「悠太先輩。お願いですから、悠太先輩の顔を見せてください。オレに……オレだけに……」
 蓮にそう言われながら俺の手を優しく引っ張られると、俺は顔を覆い隠していた手をそっと離した。
「ゆ、悠太先輩っ!」
 すると、蓮が慌てふためく声で俺の名前を呼んだことで、自分の頬に何かが落ちていったことに気が付いた。
「俺……」
 自分の頬に手をやって、それが涙だと気付いた瞬間、俺は蓮に抱き締められた。
「悠太先輩……!」
 立ち上がった蓮に引き寄せて、俺は蓮の胸に顔を埋めると、なんだか余計に涙が止まらなくなった。
 一筋だったはずの涙は、大きな雫に変わっていき、頬をつたってどんどん落ちていく。
「なんで俺泣いてるんだろう……自分でもわけわかんねーよ……」
 なぜこんなにも、涙が止まらないのかわからなかった。
 だが、これは悲しい涙じゃない。
 切なくて、愛おしくて、でも温かくて。
「悠太先輩……」
 俺を慰めるように、蓮は俺を強く抱き締めてくれた。
 ここにいると、まるで俺に教えてくれているかのように。