イケメンなのに甘えたがりの後輩が、制服取り違えただけで俺に膝枕をしたいと言ってきました。

「蓮ですか? アイツ探すのは至難の技ですよ。誰かと昼休みを過ごしたくないからって、毎回寝る場所変えるし、スマホも持ち歩かないんで」
(探すのは至難の技……ね)
 昼休み、俺は昨日の話の続きがしたいと蓮のクラスへと向かった。
 てっきり教室で昼飯を食っているかと思ったが、どうやら昼休みは一人で過ごすのが日課らしい。
 教室に姿はなく、近くにいた蓮のクラスメイトに声をかけたが居場所は分からなかった。
(でも、蓮のことだから……)
 俺は毎回寝る場所を変えているとクラスメイトに聞かされたが、確信を持って昨日と同じ屋上へと向かった。
「いた……」
 屋上の扉を開けると、一番奥でフェンスに寄り掛かりながら座っている蓮の姿を見つけた。
 だが、ここからでは蓮が寝ているか判断が付かず、俺は静かに蓮の元へ近づいていった。
(寝てる……)
 弁当は食べ終わったのか、手元には弁当袋が置かれたまま、蓮は目を瞑って座っていた。
 俺は蓮が目を覚まさないようにそっと、蓮の横に腰掛けた。
「……」
 俺が隣に座っても蓮は目を覚まさなかったため、コンクリートの床に力なく置かれていた蓮の手を俺は見つめた。
(蓮は……)
 正直よくわからない存在だ。
 近づこうとしたり、一歩踏み込もうとすると距離を取ろうとする。
 だけど、甘えたがりで、どこか放っておけない。
(触りたい……な)
 蓮の手を見つめていた俺は、蓮を起こさないようにそっと、蓮の手に自分の手を重ねた。
 手のひらに伝わってくる、蓮の肌の感触と体温。
 胸がキュッと締め付けられるが、奥のほうで温かいものが広がっていく感覚。
 俺はそっと、その感覚を噛みしめながら、雲一つない晴天の青々とした空を見上げた。
「……寝込みを襲うなんてハレンチですよ。悠太先輩」
「なっ! お、起きてたなら最初から言えよ!」
 慌てたせいで声が上擦ってしまった俺は、重ねていた蓮の手から急いで手を退かした。
 だが、退かした手はすぐに蓮によって手首を掴まれてしまい、俺は頭が混乱してしまう。
「は、離……」
「もしかして、オレに触りたいって思ったんですか?」
「ち、違う!」
 俺は掴まれていた手を、慌てて振り払った。
「ぐ、偶然! そう! たまたま俺が手を置いたところに、蓮の手があっただけだ! ったく、なに勘違いしてんだよ」
 こんなことを言っても信じてもらえないと思ったが、触れたいと思ってしまったことを蓮に知られるわけにもいかず、押し通すしかなかった。
「フッ。まあ、そういうことにしておいて差し上げますよ」
 余裕ぶって上から目線で言われ、俺もなにか反撃できないかと頭の中で模索する。
「そういえば、蓮は昼飯食ったのか?」
「いえ、まだ……ですよ」
 蓮はバツが悪そうに答えると、俺は思わず笑みが零れてしまう。
「ふーん。誰かを待ってたのか?」
 答えなんて分かりきっているのに、俺はわざわざ蓮を試すような聞き方をする。
「べつに、誰も待ってないですよ。眠かったんで、先に寝てただけです」
「ふーん……」
 興味なさそうに俺は頷くが、蓮の耳が少し赤くなっていることに思わず口元が緩みそうになる。
(あーあ、ほんと……)
 俺は蓮の頭に手を置くと、髪を思いっきり搔き乱した。
「うわっ! なにするんですか!」
「ったく。ほんと可愛くねーな。ほら見ろよ。俺は蓮とメシを食おうと思って、わざわざこんなの作ってきたのにさー」
 制服のポケットに無理矢理詰め込んできたラップに包まれたおにぎりを、俺は搔き乱された髪を直す蓮に見せた。
「それ……。もしかして、自分で作ったんですか?」
「当たり前だろ。他に誰が作るってんだよ。パックご飯をあっためてラップで巻いただけだけどな。あ、塩はかけたぞ」
「オレと昼飯を食べるためにですか?」
「だからそうだって言ってるだろ。購買寄ったら時間もったいないし」
「それって……」
 一瞬嬉しそうな顔をして蓮は何か言いかけるが、すぐに元の表情に戻った。
 そんな蓮に、俺はそっと笑いかけた。
「お前と過ごせる時間が……少しでも長くなるようにと思って作ってきたんだ」
「……!」
 蓮は目を見開いて驚いた顔をすると、顔をすぐに逸らして胡坐をかくと、弁当を広げ始めた。
 照れているのかもしれないが、俺はどうも無視されたような気がして、蓮の顔を手で挟むと、無理矢理俺に顔を向かせた。
「おーまーえーなー!」
「なっ!」
 突然のことに、口をパクパクさせる蓮を俺は思いっきり睨みつけた。
「このバカが! 昨日も勝手に帰りやがって!」
「……!」
 蓮は昨日のことを思い出したのか、ハッとしたようにまた目を見開くと、蓮は目を俯かせてしまう。
「だって……」
「だって、じゃない! ったく! とりあえず、メシ食うぞ」
 俺は蓮の顔から手を離すと、蓮と同じように胡坐をかいて、おにぎりのラップを外し始めた。
「……。よくこの状況で、昼飯を先にしようって思えますね……」
 呆れたように肩を竦めて見つめてくる蓮のことは無視して、俺はおにぎりのラップを半分外した。
「腹が減っては戦はできぬ、だ。ほら、さっさと弁当出せ。先に食っちまうぞ」
「わ、わかりましたよ」
 蓮は慌てて弁当袋から弁当箱を取り出して蓋を開けてると、手を合わせた。
「いただきます」
「はい。いただきます」
 俺も手を合わせると、食べてしまう前に自分で作ってきたおにぎりを蓮へ見せた。
「見ろよ、蓮。俺の渾身の作品。最初は三角にしないとって思ったけど、丸もいいかなーってさ。どうだ、無駄のない丸みだろ?」
「なんですか……無駄のない丸みって。意味がわからないですよ」
 呆れるように蓮は肩を竦めたが、口元は微かに笑っていた。
「でも、おいしそうなんで一口貰っていいですか?」
「お、おう……」
 俺は蓮におにぎりを差し出すと、蓮は上の部分を少しだけかぶりついた。
「うん。おいしくできてますね」
 俺の作ったおにぎりを食べた蓮は、幸せそうに笑った。
「あっ……」
 すると、俺の中で何かが満たされたような気がした。
(この気持ち、蓮も一緒だったのかな……)
 自分の作ったものを、誰かがおいしそうに食べてくれる。
 それは昨日、夕飯を食べる俺の姿を見て、蓮が嬉しそうに笑っていた意味が理解できた気がした。
「いい天気だなー」
 俺はそう言って、おにぎりを口いっぱいに頬張ると空を見上げた。
 雲一つない快晴で、暑すぎず寒すぎない気温で心地良かった。
「そんな食べ方してると、喉に詰まりますよ」
(ばーか、そんなこと……)
 バカにするなと思ったが、噛んだものを飲み込もうとした瞬間、喉にご飯粒が微かに残り、俺は咳込んでしまう。
「ゲホッゲホッ」
「バッ! ほら、言ったそばから! これ飲んでください!」
 蓮は慌てた様子で俺の背中を擦りながら、俺に飲み口が一体型になっている水筒の蓋を開けて寄越した。
 慌てて蓮から水筒を受け取った俺は、飲み口に口をつけて、中に入っていた冷たいお茶を一気に飲み込んだ。
「はぁ……はぁ……。し、死ぬかと思った。サンキューな蓮。助かったよ」
 何とか詰まっていたものを喉の奥へと流し込んだ俺は、息を乱しながら蓮に水筒を返した。
「ほんと、アナタって人は……」
 呆れるように深い溜め息をついた蓮は、俺から水筒を受け取ると、そのまま口をつけた。
「あっ……」
「なんですか?」
「間接キス……」
「かんせ……バッ! 何言って! 発想が小学生なんですけど!」
 俺のことをバカにしつつも、蓮は顔を赤くして俺から顔を逸らすと、床に勢いよく水筒を置いて弁当を食べるのを再開した。
(俺、一体何考えてんだ……)
 クラスメイトとも飲み物の回し飲みなんて、コンビニの新商品を飲んでいるヤツがいたらよくあることだ。
 だが、間接キスだなんて考えたこともなかった俺は、自分の発想に内心驚いてしまう。
(キス……)
「俺、蓮とならキスできる気がする……」
「……はっ?」
 突然俺が言い出したことに驚いたのか、蓮は箸で掴んでいた唐揚げをぽたりとご飯の上に落とした。
「なんでだろうなー。他のヤツだと、想像しただけで吐きそうなのになー」
 俺は自分へ問いかけるようにしながら、おにぎりを食べ進めた。
「本当にアナタって人は……俺をイケメンって言ったり、猫って言ったり、挙句の果てにはキスできるって……」
「それなー。俺もよくわかんない。でも蓮のことはわかってるぞ」
「はっ……?」
 おにぎりを食べ終えた俺は、ラップを手の中で丸めた。
「本当は俺のこと、ここでずっと待ってたんだろ?」
 満面な笑みで蓮を見つめると、蓮は思いっきり俺から顔を逸らした。
「な、何言って……」
「だって、お前。いつも昼休みにいる場所変えてるんだろ? 誰かが来ると困るから」
「……!」
「昨日と同じ屋上にしたのは、俺が来るかもしれないって、探しやすいようにしてくれたんだろ?」
「そ、それは……」
 蓮はなんと返事をしていいのかわからないのか、そのまま黙ってしまった。
(可愛い……)
 そう思った瞬間、俺は蓮に顔を近づけていた。
 蓮の横髪を指先で耳にかけさせながら、俺はゆっくりと目を閉じていく。
「俺、お前のこともっと……」
 知りたいと思ったが、蓮が俺には打ち明けてくれていないことがあるのを思い出し、あと数センチのところで顔を近づけるのを止めた。
 (もしかして、人の声がないと眠れないのか? だから夜に一人だと眠れなくて、授業中も寝ているんじゃ……)
「蓮……」
 その答えを聞ければ、俺は蓮の奥深くにあるものを知れるような気がした。
 しかし、蓮は俺の後頭部に手を添えると自ら顔を近づけてきた。
 そして、唇が重なった。
 まるで俺の口を塞ぐかのようなキスだった。
 一瞬だったのか、数分だったのかわからない。
 予鈴のチャイムがすぐ近くで鳴っているはずなのに、まるで時が止まったかのうように、遠くに聞こえるだけだった。 


                                     
 「おーれーはー……なんであんなことしてしまったんだー!」
(蓮に、蓮にキスなんて……)
 俺は駄菓子屋のレジカウンターの椅子に座りながら、顔を手で覆い隠した。
 あれはもう、完全に無意識だった。
 蓮のことが可愛いと思ってしまったら、顔を近づけていた。
 キスをしようとしていたのかは、正直分からない。
 蓮の顔をもっと近くで見たいと思っただけかもしれない。
 だが、蓮から顔を近づけられて、キスをされると分かっていながら拒まなかったのは事実だ。
 後頭部に添えられた手の感触。
 重ねられた唇の温度。
「ギャー!」
 目を瞑れば思い出してしまう俺は、恥ずかしすぎて顔を手で覆い隠したまま天を仰いだ。
 だが、ちょうどタイミング良く駄菓子屋の入口ドアが開けられて、小学生たちに俺の叫ぶ姿を見られてしまった。
「だ、大丈夫? お兄ちゃん……」
「頭おかしくなっちゃったの? それとも疲れてるの……?」
「だ、大丈夫。大丈夫! さ、さーて。今日は掃除でもするかなー」
 俺は何事もなかったように取り繕うため、慌てて立ち上がった。
「みんな。ああいう人には危ないから、近づかないほうがいいよ。学校でも言われてるだろ?」
(げっ……)
 タイミングが良いのか悪いのか、小学生たちの後ろに学ラン姿のトーマもいて、俺は軽蔑の目を向けられてしまう。
「う、うん……」
「いこ……」
 トーマに促された小学生たちは、まるで不審者から距離をとるように、俺からできるだけ離れながら奥の和室へと向かっていった。
「一体なにやってんの? こういう子どもが集まる場所でまた不審者丸出しなんて、自覚が足りなさすぎるんじゃない?」
「うっ……」
 至極真っ当なことをトーマに言われ、俺は何も言い返せなかった。
「はい……」
 俺は落ち込むように、椅子へと深く座り直した。
「な、なに……? 今日は随分、大人しくて気持ち悪いんだけど……」
「別に。お前には関係ないよ」
 中学生相手に大人げないと思いながらも、俺は素っ気なく答えて、レジカウンターの上で頬杖をついた。
「関係ないっていうなら普通にしてたら? それもできないなんて大人げない。なに? 蓮先生のこと?」
「うっ……」
 呆気なく図星を突かれ、俺は思わず肩を跳ねさせてしまう。
「なに? お前、蓮先生の特別なの? 付き合ってんの?」
「つきあ……って、バカ何言って! そんなはずないだろ!」
「ふーん……」
 トーマはなにか察したように、腕を組みながら軽く頷いた。
「まあ、そうだよな。蓮がお前みたいな普通のヤツ、相手にするわけないもんな」
「あ、当たり前だろ。ってお前、蓮って呼び捨て……」
「べつに呼び捨てくらいするさ。だって従兄弟なんだし」
「え……? はぁーッ?」
(蓮とトーマ従兄弟?)
 俺は急に飛び出してきた新事実に驚いてしまうが、顔を並べて想像してみたら、たしかにどこか似ている雰囲気はあった。
 だが、ふと昨日のやりとりを思い出す。
『蓮先生。今日こそ一緒に帰ろ! おばさんも来るって行ってたし、晩御飯一緒に食べようよ。 みんな蓮先生に会いたがってるよ』
(みんなっていうのは、もしかして蓮の家族もって意味だったのか? なのに蓮は……)
『トーマ。悪いんだけど、オレは行くわけにはいかないんだ』
 行くわけにはいかないと自制していた蓮の気持ちを考えると、俺は胸が痛んだ。
 自分の存在は邪魔になると、思っているかも知れない蓮。
 けれど、俺が家に帰っても誰もいないと知ったら、一緒にいてくれると言ってくれた。
(なんて……)
 蓮の優しさと心遣いにやっと気が付いた俺は、蓮を抱き締めたいと思ってしまっている自分の存在に気が付く。
(俺……)
「蓮から聞いてなかったんだ。ふーん、なんだ。やっぱ、その程度の関係なんだ。心配して損した」
(その程度……)
 今までだったら気にもしないトーマの言葉が、胸に深く突き刺さる。
 そう、俺は蓮のことで知らないことが多すぎる。
 一つ学年が下で、一人暮らしをしていて、料理ができる。
 言葉を交わしたのは一昨日が初めてで。
 でも、気になるし、もっと知りたい、全てを知りたいと思ってしまう。
 こんなこと、今まで誰かに思ったことは一度もないのに。
(ということは……蓮がとくべ……)
「わー! 待った、待った!」
 俺は自分の思考がそのまま進んでしまわないように、慌てて止めた。
 そのまま進んで答えが出てしまったら、後戻りなんてできない気がしたからだ。
「……!」
 すると、蓮が駄菓子屋のドアを開けて中に入ってきたのが見えた。
「こんにちは」
「れ……」
「蓮先生!」
 俺が蓮の名前を呼ぶよりも先にトーマは振り返ると、そのまま蓮へ向かって駆け寄っていった。
「今日も会えたね。あれ? もしかして濡れてる? 雨、降ってきちゃったの?」
「ああ。降りそうだと思っていたが、今さっき急に降り出してきた。折り畳みを出すのは面倒だったから走ってきたんだが……」
「蓮先生らしいね。ハハッ。そういえば、随分前にあんなことがあったよね」
 横目で俺のことを確認したトーマは楽しそうに、蓮と昔話を始めた。
(アイツ……)
 俺には蓮との思い出なんてない。
 それを知ってか、わざとなのか、トーマは俺とは違うと、まるで見せつけているようだった。
 楽しそうに話すトーマの姿に、俺は胸の奥がチクリと締め付けられて息が詰まった。
(これは……)
 この感情が嫉妬だと気付いた瞬間、俺はなんて醜いんだろうと思わず顔を俯かせた。
「悠太先輩……?」
 すると、トーマと話し途中だったにも関わらず、蓮は俺の変化に気が付いたのか、慌てた様子で駆け寄ってきた。
「蓮……」
「どうしたんですか悠太先輩。なにかあったんですか?」
 心配そうな顔をして俺を見つめてくる蓮に、俺はさっきとは違う胸の締め付けを感じたのと同時に、目頭が熱くなった。
 だがその瞬間、なにかが俺の顔の横を通り過ぎていき、後ろの壁に当たる音がした。
 おそらく通り過ぎたのは、トーマがスクールバッグとは別に、手に持っていたサブバッグだった思われる。
 俺は溜め息混じりに危ないだろうと注意しようとするが、それよりも先に、壁に物が当たった音と振動に驚いたサクラさんが、入口付近で走り出したのが視界に入った。
「あっ……」
「うわっ!」
 そのとき、ちょうど店の入口が開けられて、傘を持った小学生たちの足の隙間から、サクラさんは外に向かって飛び出してしまった。
(まずい!)
 俺は一目散に走り出そうとするが、俺よりも先に蓮のほうが先に走り出していた。
「悠太先輩はここで待っててください!」
 そう言い残して、蓮はあっという間に店の外へ飛び出していった。
 雨が道路に打ち付けて音がするほどの土砂降りの中を、蓮は傘も差さずにサクラさんを追いかけて行ってしまった。
「ど、ど、どうしよう……。ボク……」
 トーマは足の力が抜けてしまったように、その場で崩れるように座り込んでしまった。
「トーマ……!」
 俺はすぐにトーマの元へ駆け寄ると、トーマが俺の首に抱きついてきた。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ボク……!」
 嗚咽交じりのトーマの声に、俺は自分がショックを受けている場合じゃないと、そっとトーマを抱き締めた。
「大丈夫。蓮がきっと見つけてきてくれる。そういうヤツだろ、蓮ってさ」
「うん……うん……」
 トーマは必死に俺の腕の中で、まるで自分に言い聞かせるように何度も頷いていた。
(そうだよ。蓮なら大丈夫。きっと……サクラさんを連れ戻してくれる)
 俺は自分の手が震えていたが、トーマには悟られないよう力を込めた。