イケメンなのに甘えたがりの後輩が、制服取り違えただけで俺に膝枕をしたいと言ってきました。

「ごちそうさまでした」
 パスタにスープ、サラダまで全て綺麗に食べきった俺は、空になったお皿を前に手を合わせた。
「ごちそうさまでした。綺麗に完食してもらえて、オレも嬉しいです」
 蓮が嬉しそうに笑うと俺は胸の奥が疼くように締め付けられて、思わず戸惑ってしまう。
(俺、一体どうしたんだ?)
 顔が良いから、蓮の顔にドキドキするのはまだわかる。
 だが、少し息が詰まって心臓がキュッとなって、なんだか目頭が熱くなるこの感覚。
 俺はどう向き合っていいかわからず、無意識に蓮には悟られたくないと、誤魔化すように慌てて立ち上がった。
「う、美味かったぞ! よし、皿の片づけは俺に任せとけ!」
 目の前にあった自分の空いたお皿を重ね、蓮のお皿にも手を伸ばす。
(えっ……)
 すると、伸ばしたその手は蓮に掴まれて止められてしまった。
「オレ、なにか悠太先輩の気に障るようなことしましたか?」
 俺の態度の異変に気が付いたのか、蓮は心配そうな表情で俺を見上げてきた。
「な、何言ってんだよ。そんなはずないだろ。こんな美味いメシ、作ってくれたのに。ほ、ほら! 蓮はソファーに座って、とっとと休んでろ。疲れただろ」
 掴まれていた手を軽く振りほどき、俺はソファーを指差した。
「……。わかりました。では、お言葉に甘えて……」
 わかったと言いつつも、どこか納得していない様子の蓮だったが、特に深追いすることなく、ソファーへ向かっていった。
(な! なんだんだよ! ここはもっと……って『もっと』ってなんだよ!)
 追及して欲しくないのに、もっと聞いて欲しかったと思う矛盾な気持ち。
 俺はどうしたらいいか分からず、重ね終わった皿を持って一人キッチンへと向かった。
(はぁ……)
 心の中で小さく溜め息をついてから、俺はシンクの中に使い終わった皿を置き、水に漬け終えると顔を上げた。
「ん……?」
 顔を上げると、ソファーに座る蓮と、ソファーから少し離れた場所で訝しげに蓮を見上げるサクラさんの姿が目に入った。
(サクラさんも蓮のこと気になってはいるみたいだな)
「あっ!」
 俺は以前、試供品を貰って仕舞っておいた『あるもの』の存在を思い出し、キッチン後ろの棚を開けた。
(これなら……)
 棚から取り出したのは、スティック状の袋に入った猫用のおやつだった。
「蓮ー! これー!」
 俺の呼びかけに振り向いた蓮へ向かって、俺は手に持ったサクラさんのおやつを投げて渡した。
「おっと。こ、これは……」
 蓮は受け取ったものがなんだか理解すると、目を輝かせていた。
「俺、片づけで忙しいからさー。そーれ、サクラさんにやってくんね?」
「あっ。け、けど……オレがあげてもサクラさんは喜ばな……うわっ」
 サクラさんは蓮が俺から受け取ったものがなにか気付いたのか、蓮の足元に駆け寄ると、膝に飛び乗った。
「ほら、サクラさんも蓮から欲しいってさ」
 蓮は困ったといった表情を浮かべながら、俺とサクラさんを交互に見比べていると、サクラさんは催促するかのように蓮の手に擦り寄った。
「うっ……。そ、それじゃあ……」
 サクラさんの仕草が可愛かったのか、蓮は小さく唸ると、スティック状のおやつの封を開けて、中身を少しだけ押し出した。
「にゃーあ」
 すると、サクラさんが舌を出して、ペロペロ舐めとるようにおやつを食べ始めた。
「今ならきっと、撫でても嫌がらないぞ」
「えっ……」
 俺に言われ、蓮は恐る恐る、おやつを持つ反対の手でサクラさんの背中に手をゆっくりと置いた。
 いつもなら触れさせもしないサクラさんだったが、特に嫌がる様子もなく、おやつを夢中で舐めとっていた。
「うわぁ……」
 サクラさんに威嚇されなかったのがよほど嬉しかったのか、蓮は歓喜の声を漏らすと、そのままサクラさんの背中を、ゆっくりと撫で始めた。
(うんうん。よかった、よかった。って、ん……?)
 幸せそうにサクラさんの背中を撫でる蓮の姿。
 その姿は微笑ましいはずなのに、俺は胸に、なにか引っかかるものを感じた。
(なんだろう、この気持ち……)
 ふと、頭に浮かんだのは、昼休みの出来事だった。
 屋上で、蓮に膝枕をされながら頭を撫でられたあのとき。
 思い出すと恥ずかしくて顔に熱を感じてしまうが、蓮がサクラさんを撫でる姿が、俺の頭を撫でた姿に重なった。
(まさか、俺。サクラさんに嫉妬してる……? って、バカバカバカ!)
 俺は頭の中を空っぽにするため、首を必死に何度も横に振って、洗い物に取り掛かろうとシンクの水を出した。
 水がお湯に変わるまでの僅かな間、俺は何度も頭に浮かんでくる膝枕の光景を消し去るのに必死だった。
 
 

「もうすっかり、サクラさんも蓮に慣れたみたいだな」
 俺が洗い物を終えてリビングに戻ってくると、サクラさんは蓮の膝の上で小さく丸くなっていた。
「よっと。あーあ、幸せそうだなーサクラさんも」
 俺は蓮の横に腰掛けてサクラさんの頭を撫でると、サクラさんは急に起き出して、ピョンっと蓮の膝から床に下りた。
 そして、そのままダイニングテーブルの下へ歩いて行ってしまった。
「あらら。一体どうしたんだろう」
 俺はサクラさんを追いかけようと腰を上げたとき、蓮に手首を掴まれた。
「サクラさんも……ってどういう意味ですか?」
「えっ? も、って……ッ!」
 蓮に指摘されて、俺は無意識に自分も幸せだと言ってしまっていたことに気付く。
「あ! あっと、えっと! それは……」
(俺、何言ってんだよ。ああ、一体どうしたら……そ、そうだ!)
「れ、蓮もってことだよ! ほら、蓮も幸せだろ? サクラさんをやっと膝に置けて撫でられたんだし」
「……。なんだ、そういうことですか……」
 蓮は明らかに肩を落としながら、俺を掴んでいた手をそっと離した。
(え? なんでそんなガッカリするんだ?)
 俺が腰を上げた中腰のままで戸惑っていると、蓮はソファーを叩いて俺が座るよう促してきた。
「とりあえず、座ったらどうですか?」
「あ、ああ……」
 俺は蓮に促されるまま、もう一度蓮の隣に座り直した。
「……」
「……」
(気まずい……)
 並んで座っていると、蓮の表情もわからないまま無言が続いてしまう。
 俺はとりあえずテレビでも点けようと、ソファー前の机の上に置かれていたテレビのリモコンへと手を伸ばした。
「悠太先輩……。また膝枕……してもいいですか?」
「えっ……?」
 俺は思わず、リモコンへと伸ばす手を止めて蓮の顔を振り返るように見つめてしまう。
 目があった蓮の目は真剣だった。
 俺はまるでその目に吸い込まれるように、そっと静かに頷いた。
 前屈みだった姿勢を戻してそっと息を吐き出すと、俺は身体をゆっくりと横に倒した。
 そして、頭を蓮の膝の上に乗せると、膝を曲げてソファーの上に身体を全部乗せた。
(あれ? 俺なんで今、蓮に膝枕されるんだっけ?)
 昼休みとは違い、今この瞬間、自分の意思で蓮に膝枕されていることに気が付く。
 正直、頭に当たる太ももの感触は固いし、お世辞にも寝心地はいいと言えない。
(でも……)
 それなのに、肩の力が抜けてリラックスした状態になるのは、なぜだろう。
 俺は横向きから仰向けの状態になると、下から蓮の顔を見上げた。
「お前ってさー。ほんと整った顔してるよなー」
「また同じこと言ってますよ。まあ、悠太先輩が気に入ってくれるなら、オレはなんでもいいですけど」
 軽口のように素っ気なく言いつつ、顔を少し赤らめさせて照れる蓮。
 そんな蓮の様子に、俺はなにか胸に湧き立つものを感じて、そっと蓮の頬へと指先を伸ばした。
「俺って面食いだったのかな……お前の顔ってずっと見ていられる」
「……!」
 指先の感触に驚いたのか、蓮の頬に俺の指先が触れた瞬間、蓮は肩をビクっとさせた。
「ごめん、驚かせた」
「い、いえ。別に……」
 気にしてないと言いつつも、背筋を伸ばして緊張する蓮の姿に、俺は笑みが零れる。
「前から思っていたんだけど、お前って、ひと昔前に流行った『ツンデレ』みたいだな」
「は? 何言ってるんですか? 別にツンもしてないですし、デレてもないですよ」
「そうかー?」
「そんなことより、さっきから顔、顔って……酷いですね。まるで、オレには顔以外の取り柄がないように聞こえますけど」
 不貞腐れたような口ぶりの蓮は、頬に触れさせていた俺の手をそっと重ねるように握ってきた。
 重ねられた手のぬくもりと、手のひらに感じる蓮の頬の感触。
 俺は胸に、なんだか温かいものが広がっていく感覚を覚えた。
「……!」
 こんな感覚は初めてで、俺は慌てて蓮に重ねられていた手を振り払うと、上体を起き上がらせた。
「ずるい……」
「えっ……?」
「なんかお前ばっかりずるい! 俺もお前に膝枕する!」
 俺はソファーに深く腰掛けると、膝を手で叩いた。
「えっ……。だ、大丈夫です」
「大丈夫ってなんだよ。さあ、さっさと来い! どーんとこい!」
 もう一度俺は蓮を促すように、自分の膝を手で叩いた。
「どーんと来いって……。ったく、わかりましたよ……」
 蓮はめんどくさそうに首の後ろを掻きながら、俺の膝の上で横になった。
「……」
「……」
「……な、なにか言えよ」
 何も言わない蓮に俺は何か話すよう促すも、蓮は黙ったままだった。
 まるで何かを思い出しているかのようにそっと目を閉じていた。
「悠太先輩……。こんな恥ずかしいこと、よく耐えられましたね」
「なっ!」
(お前がやれって言ったんだろ!)
 てっきり喜ぶかと想像していたら反応が違った俺は、一瞬苛立ちを覚えるが、すぐに気持ちを落ち着かせた。
(ほんと可愛くないな……)
 そう思いつつ、俺は蓮の頭をそっと撫で始めた。
「なっ……!」
 すると蓮は背筋を伸ばして、明らかに緊張したのを感じ取った。
「緊張すんなよ。頭撫でてるだけなんだから」
「わ、分かってますよ……」
 口では分かっていると言いつつ、蓮は身体を強張らせて緊張しているのは明白だった。
 だが、どこか嬉しそうに俺には見えた。
(やっぱ可愛いな……)
「蓮ってさー。本当は膝枕されたかったんじゃないのか?」
「えっ……」
 反応を見る限り、したいよりもして欲しいが上回っているように俺には思えた。
 すると、途端に蓮は状態を起き上がらせた。
「帰ります」
「……えっ?」
 蓮は突然、逃げるように荷物を抱えてリビングから出ていくと、そのまま勢いよく玄関を開けて飛び出していった。
(なっ……一体なんだったんだ……?)
 俺が状況を読み込めずにいると、開けっ放しになっていたリビングのドアが勝手に閉まった。
 蓮がいなくなると、サクラさんはソファーが空くのを待っていたかのように、誰もいなくなったソファーの上に飛び乗ると丸くなった。