イケメンなのに甘えたがりの後輩が、制服取り違えただけで俺に膝枕をしたいと言ってきました。

(俺は一体どうしてしまったんだろう……)
 放課後、俺は駄菓子屋のレジカウンターで頬杖をつきながら、膝の上にサクラさんを乗せて、昼休みの出来事を思い出した。
(って……そもそも蓮のやつ、なんで俺に膝枕したいなんて言い出したんだ?)
 あんなコンクリート打ちっぱなしの屋上の床で寝るくらいなら、男の膝枕でもあったほうが寝やすいと思う。
 その理由なら納得できるのに、蓮は俺に膝枕を『したい』と言ってきた。
(ああいうときは、俺にして欲しいっていうのが普通じゃないか?)
 考えてもやっぱり意味がわからず、振り出しに戻された俺は深い溜め息をついた。
「はぁー……」
「お兄さんも大変なんだねー」
「生きるってたいへんよね。だからかわいい私たちにおまけして、ね?」
 レジカウンターにファンシーなお揃いの消しゴムを置いた小学生二人組が、俺を慰めるように声をかけてきた。
「慰めてくれてありがとうな。でも、おまけしないぞ」
「えー! なーんだ。やさしくしてソンしちゃった」
「ソ、損ってお前らなー。ほら、さっさと奥で勉強してこい!」
「はーい。いこー」
 小学生らしく手を上げてお返事をした二人は、奥の部屋へ楽しそうに走っていってしまった。
(ったく、最近の子どもは……。優しくして損しちゃったって、結構えげつないこと言うなー)
「はぁー……」
 これからの未来が心配だと重い溜め息をつきながら、俺はそんなことよりも自分のことだと思い出す。
(膝枕って今日だけだよな? それとも俺って、また膝枕されるの?)
「だーッ、もうっ!」
 考えれば考えるほど、頭の中がグルグルし始めた俺は勢いよく机を叩いた。
(やめだ、やめ! 考えても無駄だ! 品出しでもして頭を冷やそ)
 俺は売り物の缶ジュースの在庫が少なくなっていたのを思い出し、ストック置き場へ取りに行こうとする。
 だが、膝にサクラさんを乗せていたため、丸まっていたサクラさんを持ち上げると、優しく床に置いた。
「ごめんな、サクラさん。また後でなー」
「ニャー」
 不機嫌そうに鳴いたサクラさんは、プイっとそっぽを向くと、店の出窓に向かってスタスタと歩いていった。
「さーてと。品出しでも……」
 俺は椅子から立ち上がるため、レジカウンターに手をついて俯いた瞬間、店のドアの開く音がした。
「いらっしゃ……」
 俯かせていた顔を上げると、俺は店の中に入ってきた人物を目にして思わず固まってしまった。
「……! れ、蓮……!」
「悠太先輩……? えっ、一体どうしてここに?」
 俺と蓮が驚いた顔で互いに顔を見合わせていると、奥から小学生たちが障子を開けて顔を覗かせた。
「やっぱりレンレンだー」
「みんなー! レンレンがきたぞー」
「……。レンレン……? レンレンってまさか……」
 そんな偶然があるなんて信じられず、俺は何度も小学生たちと蓮の顔を見比べてしまった。
 
 

「まさか……蓮がコイツらに勉強教えていた『レンレン』だったなんて……」
「オレも驚きました……。まさかミチコさんのお孫さんが、悠太先輩だったなんて……」
「み、ミチコさん? って、あ、ばーちゃんのことか」
 どうやら、勉強を教えてくれると小学生たちが話していた『レンレン』の正体は、蓮のことだったようだ。
 小学生たちが口を揃えてイケメンと言っていたのを思い出し、俺は椅子に座り直してレジカウンターに頬杖をつくと、深く息を吐き出した。
(まあ、たしかに蓮はイケメンだよな……って、世の中狭すぎるだろ! こんな偶然あってたまるか!)
「ミチコさんがご旅行の間、お孫さんが店番をするって聞いてましたけど……まさか悠太先輩だったなんて……。あっ! べ、別に喜んでいるわけじゃないですよ!」
「はいはい……」
 本当は嬉しいのか、必死に平静を装うとする蓮に俺は心を乱されてはいけないと、心の中で首を横に振った。
「レンレン! 早くきてー」
「あ、ああ。今行くー。でも、その前に……」
 小学生たちに呼ばれた蓮は奥の和室へ向かわず、なぜか窓際に向かってゆっくりと歩いていった。
「あ、そっちは……」
 蓮が向かっていく方向には、出窓でサクラさんが寝ていた。
 そのことを思い出した俺は蓮を止めようとするが一歩遅く、蓮はサクラさんに向かって手を伸ばしていた。
「こんにちは、サクラさん。今日もお邪魔します」
「シャーッ!」
(あーあ……)
 手を伸ばした蓮は、半分寝ていたサクラさんに歯をむき出しの状態で、思いっきり威嚇されてしまう。
「残念。今日も嫌われてしまいました……」
 サクラさんに威嚇された蓮は明らかに肩を落とし、重い足取りで戻ってきた。
 そんな蓮の姿に、俺は呆れて肩を竦めた。
「この時間、サクラさんはいつも昼寝だから、邪魔すると怒るだけだぞ」
「えっ、そうなんですか! じゃあ、他の時間だったら撫でさせてもらえるチャンスがあるってことですか?」
 嬉しそうに目を輝かせて前のめりの蓮に、俺は思わず一歩身体を引いてしまう。
「あ、ああ。夜は比較的に機嫌がいいから、そのときなら……」
「そうなんですね! オレ、てっきり嫌われていると……。いつもミチコさんの膝の上で撫でられているサクラさんを見て、いつかオレも撫でてみたいなって思ってたんです」
(撫でてみたかった……。ん? まさか……)
 ふと、俺は昼休みの光景を思い出し、ある可能性に気付く。
「蓮……もしかして、それで俺に膝枕したかったとか?」
「え?」
「レンレーン! はーやーくー」
「はやくー」
 蓮から答えを聞く前に、和室から顔を出して蓮を呼ぶ小学生たちの声で、俺たちの会話を遮られてしまった。
 俺と小学生たちの顔を見比べて困ったような表情をする蓮に、俺は肩を竦めた。
「ほら、呼んでるぞ。さっさと行ってやれ」
「あ、ハイ……。それじゃあ、お邪魔しますね」
「はやくー、レンレン!」
 待ちきれなかった小学生たちは駆け寄って蓮の腕を掴むと、そのまま奥の部屋へと蓮を引っ張っていってしまった。
(そっか……猫を撫でてみたかったのか。だから俺に膝枕を……。って、な、何考えてんだ! 俺!)
 これじゃあまるで、サクラさんの代わりにされてガッカリしているみたいだと気付いた俺は、慌てて首を横に振った。
「さ、さあ! 品出ししよ! そうしよう!」
 俺は自分へ言い聞かせるよう声に出すと、缶ジュースのストックが置いてある店の隅へと向かった。
 


「ふー。終わったー」
 品出しも終わって、誰もいない店内で一人レジカウンターの椅子に座った俺は、腕を天井に向かって上げ、身体を伸ばした。
(そういえば蓮のヤツ、小学生たちに勉強教えてるんだよな……)
 ふと廊下を見つめると、俺は奥の和室の様子が気になってしまう。
(一体どんなふうに勉強教えてるんだろう……。ちょっと、覗いてみるか)
 俺は靴を脱ぐと、廊下で足音を立てないよう慎重に歩きながら、奥の和室へと向かった。
 だか、和室の前に到着するも、部屋は障子で閉められていたため、中が見えなかった。
 そのため、俺は目立たないよう屈んで四つん這いになると、障子を数センチだけ開けて、隙間から中を覗き込んだ。
「レンレンせんせー。ここってなんでこうなるの?」
「ねぇー、これはー?」
「ああ。これはここを……」
 等間隔に置かれた長机の席を、蓮は一つ一つゆっくりと周りながら、問題の解き方を教えてあげていた。
(へぇー……。なんだか本当に先生みたいだな。蓮って、やっぱ頭いいんだなー)
 学年一位と噂で聞いてはいたが、俺は尊敬の眼差しでそのまま蓮のことを見つめ続けてしまう。
(なんか、カッコいいなー。そういえば、昼休みに教職目指してるって言ってたもんな。って、もしかして今やっていることに活かしたいって言ってたの、このことなんじゃ……)
「ありがとうレンレン」
「ああ」
(う、うわぁー……!)
 教えているときは真剣な顔つきだが、小学生にお礼を言われて浮かべた優しい笑みの蓮。
 見たこともなかったその優しい笑みは、元がイケメンだからか、破壊力は尋常でなかった。
 俺は胸が高鳴って息が詰まったのを感じ、思わず手で胸を押さえてしまう。
「アンタ、一体なにやってんの?」
「わぁッ!」
 背後から急に声をかけられた俺は、驚いてその場で飛び上がってしまった。
「何? もしかして、蓮先生のストーカー?」
「誰がストーカーだ! そんなはずないだろ!」
 失礼なことを言われ、俺は怒りを露わにしながら振り返ると、そこには学ラン姿の随分顔の整った少年が立っていた。
「……ふーん。蓮先生ー。ここに覗きの不審者がいるよー」
「わっ! 待った!」
 この場から逃げ出そうとするも、障子を勢いよく開けられてしまった俺は、四つん這い姿をみんなに晒されてしまう。
「あー! トーマくんだー」
「わーい、トーマくーん」
 部屋にいた小学生たちは、俺なんか視界に入っていないかのように、一斉に俺の背後にいた少年へ嬉しそうに手を振った。
 すると、さっきまでの無表情だったのが嘘のように、トーマと呼ばれる少年は満面の笑みを浮かべていた。
「みんな元気だった? 今日は蓮先生が来るって聞いてたから来ちゃった。で、コレ誰? 不審者な上に、蓮先生のストーカーなの?」
 さっきまでの満面の笑みが嘘のように、まるで本当の不審者を見るような蔑む目をトーマから向けられ、俺は慌てて立ち上がった。
「俺は不審者でも、蓮のストーカーでもない!」
「わー! 怖いー! ヒステリックだー」
 俺が怒鳴ると、トーマは蓮の元に走っていき、後ろに逃げ込んだ。
「蓮先生、あの人怖い……」
「なっ……!」
 さっきまでの生意気な態度が嘘のように、弱々しく声を震わせたトーマは蓮の腰に抱きついた。
「トーマ。彼は悠太先輩っていって、俺の学校の先輩で、ミチコさんのお孫さんだ」
「へぇー、この人がみっちゃんの……。なんだかこんな人に店任せておいたら、潰れないか心配ですね」
「なっ!」
(こ、コイツー!)
 言いたい放題言われて、俺は頭に血が上りそうになるが、慌てて気持ちを落ち着かせた。
(ま、待て待て。相手は中学生だ。同じ土俵で物事を考えては……)
「蓮先生と違って頭悪そうで、チビですし」
「おい、このクソガキ! 表出ろ!」
 チビにチビだと言われて堪忍袋の尾が切れた俺は怒鳴ると、蓮は呆れたように肩を竦めた。
「悠太先輩。中学生相手に、なに本気になってるんですか? 大人げないですよ」
「うっ……」
「トーマも。オレの大事な人を悪く言うのは許さないからな」
「ご、ごめんなさい……」
 急にシュンと、まるで怒られた子犬のようになったトーマの頭を、蓮はそっと撫でた。
「分かればいいよ」
 トーマは唇を噛み締めながら蓮に強く抱きついたが、少しだけ俺に向かって顔を覗かせた。
 その顔は、とてもじゃないがショックを受けているという顔ではなく、しかも俺に向かってアッカンベーまでしてきた。
(こ、コイツ!)
 
 
 
「レンレン、バイバーイ」
「おもしろお兄ちゃんもまたねー」
「誰がおもしろお兄ちゃんだ! ったく、帰り道、気をつけろよー」
 五時を知らせるチャイムが外で鳴り響くと、騒がしかった小学生たちは一斉に片づけを始めて、あっという間に帰っていった。
 ただ一人を除いては。
「蓮先生。今日こそ一緒に帰ろ! おばさんも来るって行ってたし、晩御飯一緒に食べようよ。 みんな蓮先生に会いたがってるよ」
 トーマは蓮の手を握り締めると、必死に外へ引っ張っていこうとしていた。
 すると、蓮はその場で膝に手をついてトーマと同じ目線の高さに合わせると、トーマの頭に手を置いた。
「トーマ。悪いんだけど、オレは行くわけにはいかないんだ」
(えっ……)
「お、おい。蓮……」
(今日は用事があるとか、断り方にも色々言いようがあるだろ。中学生相手になにをはっきり……)
 間に割って入ろうかと思ったが、蓮は真っ直ぐトーマを見つめていた。
 俺は蓮のその姿に、中学生としてではなく、トーマを一人の人間として接しているんだと感じ取った。
「だめ……なの?」
「ああ、ごめんな。ここならいつでも会えるから。またここに来ればいい」
「……うん」
 トーマは静かに頷くと、そのまま何も言わずに店の入口まで走っていくが、ドアを開ける前に慌てた様子で振り向いた。
「蓮……先生! 明日も絶対にだからね!」
「ああ」
 しゃがんでいた蓮は立ち上がると、トーマに向かって優しく手を振った。
「じゃあねー。悠太もまたな!」
「お、おう。って、悠太『さん』な! 年上にはさんをつけろ!」
 俺は言い返すが、俺の返事などもう届いていないかのように、トーマは入口のドアを開けて店を出ていった。
「……」
「……」
 さっきまであんなに騒がしかったのに、静まり返った店の中には、夕焼けのオレンジの光が差し込んでいる。
 そんな中で蓮と並んでいると、不思議とこの世界には二人しかいないような気分になってきた。
「じゃあ、オレもこれで……」
「あっ……」
 俺はなぜか、帰ろうとする蓮の腕を思わず掴んでしまった。
(お、俺何して……)
 それは無意識の行動だった。
 世界に二人だけしかいないなんて、ノスタルジックなことを考えてしまったからに違いない。
「ゆ、悠太先輩……?」
「あっ……えっと、その……」
 蓮が離れていってしまうのが、淋しいと思ってしまったなんて。
 俺はどうしていいか分からず、蓮の腕を掴んだまま俯いてしまう。
 すると、蓮は俺の頭の上に手を置くと、さっきのトーマのようにそっと頭を撫で始めた。
 その感触は、昼休みに膝枕をされて撫でられていた感覚と同じだった。
「もしかして、オレが帰ったら淋しいんですか?」
「……!」
 蓮の言葉に、俺の心臓は途端に跳ね上がってしまう。
「ば、バーカ。そんなはずないだろ!」
(そうだよ。そんなわけ……)
 俺は慌てて掴んでいた蓮の腕から手を離した。
「そういえばお昼に弁当がないって話してましたよね……。もしかして、家に帰っても誰もいないんですか?」
「そうだけど……だ、だからって、別に淋しいってわけじゃ!」
 必死に俺は言い訳をするが、蓮は優しく笑っていた。
「よかったら……オレが一緒にいてあげますよ」
(えっ……?)
 

 
(トーマの誘いは断ったのに、どうして……)
 店の後片付けを終えて、俺と蓮は並んで歩きながら俺の家へと向かっていた。
 俺は横目で蓮の顔を伺うと、俺の視線に気が付いた蓮とばっちり目が合ってしまう。
「どうかしましたか?」
「……!」
 優しく笑いかけてくる蓮に、俺は思わず心臓がキュッと締め付けられて、何も言えないまま慌てて目を逸らした。
「……」
「……」
 日が落ちて街灯の明かりが照らす住宅街の道を、俺たちは無言で歩いていく。
「……。サクラさんって……」
「えっ! わっ! ええっ!」
 蓮が突然話しかけてきたため、俺は慌てて声が裏返ってしまった。
「そ、そんなに驚くことですか?」
「いや、大丈夫。大丈夫。んで、サクラさんがなんだって?」
「あ、ええ。悠太先輩にはすごく、心を許している感じなんですね」
「えー、どうかなー」
 俺は歩みを止めて、手に持っていたキャリーケージを目の高さまで持ち上げる。
 サクラさんはキャリーケージの中で、目を瞑って大人しく丸まっていた。
「もしかしたら、捨て猫だったから警戒心が強いのかもしれないなー……。ダンボールに封がされた状態だったし……」
「えっ……?」
(あ、やべ……)
 話さなくていいことまで話してしまったと気が付いたが、俺はふと蓮になら、いや、聞いて欲しいと思いそっと息をのみこんだ。
「酷い……よな。捨てた人間がやったのか、それとも通りかかった人間が面白半分でやったのか、わからないけどさ……」
「……。そう……だったんですね」
「最低だよな……。封をすることで、自分は見えなくなって罪悪感がなくなるかもしれないけど、必死に助けを求めるように鳴いてたんだぜ。か細い声で、さ……」
 ゴミと一緒に置かれていた、ガムテープで封がされたダンボールから聞こえた鳴き声。
 まさかと思いながら開けたときのショックと怒りは、今でも忘れない。
 俺は自分の唇が震えているのに気が付いた。
「もしかしたら、そのせいで俺とばーちゃん以外には懐かないのかもしれないな……って、わりー。重たい話しちまって……」
 人間の醜さを知ってしまったようで、誰にも話したことのなかった出来事。
 こんな話、蓮にするべきじゃなかった。
 そう思いつつも、蓮には聞いてもらいたいと思った自分がいることに俺は戸惑ってしまう。
 俺は頭の後ろを掻くと、蓮は首をゆっくりと横に振った。
「ありがとうございます。辛い話をしてくださって。でも、サクラさんの気持ちが少し分かる気がします」
「えっ……?」
「もしかしたらオレも……サクラさんと同じ景色を見たのかもしれないって」
「……? サクラさんと同じ? それって、どういう……」
 俺が言いかけたところで、蓮は俺の持つキャリーケージの中を覗き込んだ。
「サクラさんは悠太先輩に拾ってもらえて幸せだな。よかったなー、見つけてくれたのが悠太先輩で」
「シャーッ」
 優しく笑いかける蓮に、サクラさんは容赦なく威嚇をした。
 すると、蓮は寂しげに眉を下げた。
(同じ景色って一体……)
 俺は続きを聞きたかったが、蓮は俺の顔を見つめてきて手を差し出した。
「ねえ、悠太先輩。手を……つないでくれませんか?」
「はっ……? 手?」
「右手はサクラさんに譲ります。でも、あそこの角まで……オレに悠太先輩の左手をくれませんか?」
(くれませんかって……)
 俺は辺りを見渡して、誰もいないことを確認する。
 そんなお願い、断ることは簡単なはずだった。
 だが、俺はなぜか断ることができなかった。
(なんだよ、その顔……)
 それは蓮が、寂しげに笑っていたからだ。
 捨てられて、まるで拾って欲しいと言っているかのに俺には思えた。
「仕方ないな……」
 差し出された蓮の手を、俺は溜め息交じりにそっと握り締めた。
「やっ……」
 握り締めた手を見つめて、嬉しそうな声をあげそうになった蓮は、誤魔化すように先に歩き始めた。
 耳を真っ赤に染めながら。
(突拍子もないことを自分から言い出すのに、なんでそんな反応するんだよ)
 そう思いながら俺は口元に笑みを浮かべると、しっかりと握り締められながら引かれる手を見つめた。
「……。なあなあ。そんなに速く歩いたら、すぐ角になっちまうぞ」
「……!」
 俺の指摘に蓮は慌てると、歩みを遅くした。
 まるで一歩一歩、大事に前へ進むように。
(ったく……)
 俺は肩を竦めると、握り締められた手に少しだけ力を込めた。
 さらに強い力で握り返してくる蓮を可愛いと思ってしまう俺は、どこかおかしいのかもしれない。