イケメンなのに甘えたがりの後輩が、制服取り違えただけで俺に膝枕をしたいと言ってきました。

「一体オレをどれだけ待たせれば……って、なんでそんなに息切らしてるんですか?」
「はぁはぁ……。だ、だって俺、はぁはぁ……昼飯ないから購買……寄らなきゃいけなくって……」
 大野に屋上へ呼び出された昼休み。
 夕飯も作れない俺が弁当なんて作れるはずもなく、終業のチャイムと同時に俺は購買へダッシュで向かった。
 そして、なんとかパックに入った焼きそばとメロンパンを手に入れた俺は、屋上までの階段を一気に駆け上がったのだが、さすがにちょっと無理しすぎたようだ。
 屋上の扉を開けた瞬間、長距離走のゴールを迎えたときのように、俺は膝に手をついて呼吸を整えることしかできなかった。
(はぁ、ハァ……。しょうがねーじゃん。大野を待たせてるってわかってたし……)
「だ、大丈夫ですか……?」
 腕を組み、仁王立ちで目の前に立っていた大野も、さすがに疲れ切った俺の姿を見て驚いたのか、心配そうに声をかけてきた。
「ハァ……ハァ……。わりぃな、心配させて……ちょっと無理しすぎたわ」
「し、心配なんて! 別にしてないですから!」
 慌てた様子で俺から顔を背ける大野の姿に、俺はなんとも居たたまれない気持ちにさせられた。
(……。えーっと……なんていうんだっけなー。こういうヤツのこと……)
 しっくりくる言葉があった気もするが、頭が働いていないのかパッと思い出せない。
 とりあえず俺は呼吸がなんとか落ち着いてきたため、膝から手を離して上体を起き上がらせると、大きく深呼吸した。
「スー……ハー……。よし……。悪かったな、待たせて。とりあえず座っていいか? 実は今にも倒れそうなんだ……」
 おぼつかない足取りで俺は屋上のフェンスまで歩いていくと、フェンスに寄り掛かるように背を預けた。
「フー……疲れた。ほら、大野も来いよ」
 俺はそのままフェンスに背中を預けながら床へずり下がると、大野を手招きした。
「ま、まあ……。その様子じゃ全力で走ってきたようですし。オレを待たせたことについては、ゆ、許してあげますよ!」
 最初は俺を睨みつけていた大野も、俺の本気で疲れた様子を気遣ってか、鼻息荒めに俺の横へ来ると、少し距離をとりつつ並んで座った。
「サンキューな。大野って、優しいんだな」
「なっ! や、優しくなんてないですよ! それよりも、さっさと昼飯にしますよ」
「えっ? 話があるんじゃなかったのか?」
「もう終わったことですし、別にいいですよ……。それよりも、このまま先輩を空腹で倒れられたほうが困るんで」
 肩を竦めた大野は、手に持っていた弁当袋から上下二段組の弁当箱を取り出すと、膝の上に広げ始めた。
(あんなに怒ってたのに、一体なんだったんだ……? って、うわ! すご……)
 俺は大野の弁当の中身に、思わず驚いてしまう。
 からあげに卵焼き、そして彩りを添えるミニトマトとポテトサラダ。
 とどめにご飯の上には梅干しが乗せられていて、大野の弁当は王道を極めた、まさに完璧と言えるほどの手作り弁当だった。
「なに、その完成度の高い手作り弁当。羨ましすぎるんだけど……」
「えっ? これですか?」
「そうだよ。あー! なんて羨ましいおかずのラインナップなんだ! てか、やっぱり白米大事だよなー。俺も購買で弁当にしとけばよかった。はぁー……」
 いつもは母さんが作ってくれるボリューム満点の弁当を食べているため、正直、焼きそばとメロンパンでは、俺の腹が満たされないのは分かっている。
 しかし、購買の弁当は五百円で、焼きそばは破格の二百円。
 昨日は結局、コンビニで夕飯と今日の朝飯を買ってしまった俺は、一円でも安く節約したいが故の最善な選択だった。
「はぅ……。食べられるだけ感謝。いただきます」
「……? いただきます」
 首を傾げる大野を横目に、俺はビニール袋から焼きそばと大きなメロンパンを取り出すと、あるものがないことに気が付いた。
「ん? あれ……? えっと、箸は? 箸がない?」
 俺は慌ててビニール袋の中を確認するが、ビニール袋をひっくり返しても、立ち上がってみても、割り箸は出てこなかった。
「嘘だろ……割り箸なくて、どうやって食えって言うんだよ……」
 いただきますの臨戦態勢だった俺は思わず力が抜けて、その場に座り込んでしまう。
「まさか……割り箸貰ってこなかったんですか? 購買はレジ横で必要なものを自分で持っていくスタイルですよ? そんなことも知らなかったんですか?」
「うっ……」
 言われてみれば、たしかにお会計するレジカウンターの横に、箸やプラスチックのスプーンが置かれていたような気がする。
 しかもお釣りを受け取るときに、レジのおばちゃんに何か言われた気もして、俺は深く肩を落とした。
「あー……マジかー……。俺、今までずっと弁当持参だったからさー。購買利用したことって、菓子パンと飲み物買うときくらいしかなかったんだよなー……」
「今から行って、貰ってきたらどうですか?」
「えー……。購買は一階だぞ。下りてまたここまで上がってくんのかよ……。うーん、メロンパンはまだしも、焼きそばを手で食うわけにもいかないしなー。メロンパンに挟んで食う……うーん……」
 俺は唸りながら代替案を考えていると、隣で弁当を食べ始めている大野が、箸を使っていることに気が付いた。
「そうだ。なあなあ、大野。食べ終わってからでいいから、お前の箸貸してよ」
「は、はぁ? 一体、何言ってんですか?」
 俺の提案に対して、明らかに慌てふためく大野に、俺は手を合わせて頼みこむ。
「頼むよー。俺、このままだと飢え死にしちゃう……。頼む、大野! 一生のお願い!」
 俺は必死で大野に頼むと、大野はどうしようか迷っていた様子だったが、仕方なさそうに頷いた。
「う、飢え死にされたら困るので……わかりました。ただ、これは仕方なくですからね! 不可抗力です」
「分かってるよ。別にそんな必死にならなくていいだろ、男同士なんだし。それより、さっさと食ってくんね? 俺はとりあえずメロンパンから食うからさ」
 俺はメロンパンの袋を開けて中身を半分ほど出すと、大きく口を開けてかぶりついた。
 そんな俺の姿を見て、大野は深いため息をついた。
「アナタって人は……。随分と男前に食べるんですね」
「あ? 俺がチビチビとパンをちぎって食べるタイプだと思ったのか?」
「いえ……でもまあ、もう少し大人しい方なのかと思ってました。ニャータって可愛く呼ばれているくらいですし……痛ッ」
 笑みを浮かべながら、俺は大野の片頬を軽く指先でつまんだ。
「大野くーん。あんまり調子に乗るなよー」
「ぶ、暴力反対です」
「うるせっ。そのあだ名で二度と呼ぶなよ」
 太々しい態度の大野の頬から指先を離すと、俺はメロンパンを食いちぎるようにしながら食べ進めた。
「だいたい、大人しいって言うならお前だろ。俺だってお前のこと、そう思ってたわ。なにが『眠りの王子』だ。だいたい、お前知ってんのか? 自分がそうやって呼ばれてんの」
「……。王子と付けられる理由はわかりませんが……そうやって周りから言われているのは知ってます」
「……。あ、そう……知ってたんだ……」
(まあ、学年違う俺が知ってるくらいなんだから、本人が知らないわけないよなー……)
 言い返してやろうという気持ちで安易に口にしてしまったが、大野は少し淋しそうな顔で答えてきたため、俺は反応に困ってしまう。
(コイツもやっぱり、へんなあだ名で呼ばれたくないって思ってんのかな……?)
 俺だって『ニャータ』と呼ばれるのが嫌だ。
 なのに、『眠りの王子』と口に出してしまったことに対して、俺は途端に恥かしさを覚えた。
「……」
 俺はかぶりついていたメロンパンの反対側を手でちぎると、大野に差し出した。
「……やるよ」
 少しばかり感じる罪悪感からか、俺は大野から顔を逸らして小声になってしまう。
「えっ……もらっていいんですか?」
 だが大野の声は、どこか嬉しそうに弾んでいるように聞こえた。
 俺は思わず、逸らしていた顔を大野に向けると、大野は嬉しさを隠しきれないのか、少しだけ口角を上がっていた。
(うわ……)
 すると、俺の心臓はなぜか突然高鳴り始めた。
(なんだろう……俺は今、目の前のコイツを少しばかり可愛いと思ってしまっている気がする……)
 俺よりデカくて、イケメンで、年下。
 可愛いと思える要素なんて一つもないはずなのに。
 名前も知らない感情に戸惑い、俺はまた顔を逸らしてしまう。
「……。箸、貸してくれるお礼の先払いだ。さっさと受け取れ」
「あ、ありがとう……ございます」
 大野はちぎったメロンパンを受け取ると、嬉しそうにそっと、小さく一口だけ食べた。
「おいしいです……」
 小さく一口ずつ食べ進めるその姿は、まるで味わって大事に食べているように俺には見えた。
「くっ……」
(な、なんだよ! おかしい、おかしい! きっと腹が減っていて、脳みそに栄養が行ってないんだ! きっとそうだ!)
 俺は慌てて、残りのメロンパンを口の中に一気に詰め込んだ。
 そして、口に残ったままその場で立ち上がった。
「うぉうの!」
「な、なんですか。口に物が入ったまましゃべるなんて、下品ですよ」
「うるせぇっ。お前、下の名前はたしか蓮だったよな?」
「えっ……?」
「下の名前だよ! 俺は悠太! お前は?」
「れ、蓮であってます……」
 俺の勢いに押されるように答えてきた蓮に向かって、俺は気合いを入れるように大きく息を吸い込んだ。
「蓮! 俺のことは悠太先輩と呼べ! そして今日から、俺はお前を蓮と呼ぶ! いいな?」
 人差し指を蓮に向かって指すと、蓮は目を丸くしていた。
 だがすぐに、少し困ったように眉を下げながら、でもどこか嬉しそうに蓮は笑った。
(あっ……)
 その笑った顔に、俺は胸の奥が甘くざわついたのを感じた。
 


「ごちそうさまでした。蓮ー、箸サンキューな。お前の箸入れに戻しとくぞ。って寝てる?」
 先に食べ終わった蓮は俺に背を向けて寝転んでいたため、そーっと蓮の顔を上からを覗き込んで起きているか確認した。
「……寝てないですよ」
 仕方なさそうに閉じていた目を開けた蓮は、上半身だけ起き上がらせると、首の後ろを手で掻いた。
「そういえば、昨日……ありがとうございます」
「えっ……?」
 俺は急に蓮からお礼を言われ、借りた箸を箸入れに戻し終えたところで固まってしまった。
「えっ、てなんですか? 俺に上着かけてくれましたよね?」
「いや、そうなんだけど……」
「俺が風邪を引かないようにって、思ってくれたんですよね?」
「うっ……」
 改めて確認するように言われると、まるでオカンみたいなことをしてしまったと、俺は恥ずかしくなってしまう。
『先輩のせいでオレの計画がめちゃくちゃになったんです』
(あっ……)
 ふと、今朝蓮に言われたことを思い出した俺は、慌てて蓮の顔を見つめた。
「蓮。そういえば今朝の……」
 すると蓮は、ハッとした様子でさっきと同じように、俺に背を向けて横になってしまった。
「あ、あれはいいです。オレがそもそもいけなかったので、忘れてください。それにもう、終わったことなんで……」
「忘れてくださいってお前……」
「オレがいいって言ってるんですから、もういいでしょ。昼休み終わってしまうんで、寝かせてください」
 少し背中を丸めた蓮の姿に、俺は急に突き放されたような淋しさを感じた。
 そして同時に、話を終わらせる蓮の態度に怒りを覚えた。
「お前なっ!」
「うわっ!」
 俺は横になっていた蓮の上に跨って覆いかぶさると、蓮の顔の横に手をついた。
「蓮! 実は心の中で、俺のことまだ許してないだろ! 俺、蓮とはそういうのスッキリさせときたいんだけど!」
「な! なんですか、いきなり! ち、近いですって!」
 突然のことに驚いたのか、蓮は目を丸くして何度も瞬きをしながら、俺の顔を見上げてきた。
「うるさい! ごちゃごちゃ言う前に、さっさと本当のこと言え! スマホがなくて困ったとか? いや、ポケットには特になにも入ってなかったよな? じゃあ、一体なんでなんだ?」
「アっ、アナ……」
「俺の名前はアナタじゃない! 悠太先輩って呼べって言ったよな! ほら呼べ!」
「……!」
 蓮は顔を真っ赤にして口をパクパクさせていたが、俺は退かずにそのまま蓮を見下ろし続けた。
 すると、蓮は観念したのか、唇を一度噛みしめると、覚悟を決めたように俺を見つめてきた。
「ゆ、悠太先輩!」
「よし。良く言えました。で? 上着がなくて困った理由はなんなんだ?」
「そ、それは……」
 俺の執拗な追及に、蓮は困ったように口籠ると俺から目を逸らした。
「言っとくけど、ほんとのこと言わないと、ここから退かないからな」
「わ、わかりました! ちゃんと話します! だからとりあえず、そこを退いてください!」
「しょうがねーなー」
(ちょっと、揶揄いすぎたかな)
 蓮の反応が新鮮で、俺はつい揶揄いたくなってしまった自分を少しばかり反省した。
 だが、内心は蓮が今度はどんな反応をするのか、気になって仕方がなかった。
(なんていうか……苛めたくなるっていうか、揶揄いたくなるっていうか……って、俺小学生かよ)
 自分に突っ込みをいれながら、俺は蓮の上から後退るようにして退いた。
 すると、蓮は慌てて上半身を起き上がらせ、まるで警戒するように俺から距離をとって正座した。
「話しますが絶対に……悠太先輩のせいじゃないですからね」
「な、なんだよその前置き……そんな前置きされるほうが怖いから、さっさと言えよ」
 俺は思わず、息をのみ込んだ。
 すると、蓮はバツが悪そうに軽く顔を俯かせた。
「……実は昨日、塾講師のアルバイトの面接だったんです」
「バイト? へぇー、塾講師のバイトって高校生でもできるんだ。知らなかったわ」
「ええ。普通は大学生からなんで、ちょっと特例だったんです。オレ、将来教職に就きたくて。それに、今やっていることに活かせると思ってずっとやってみたくて……。けど昨日は結局、面接もさせてもらえなかったんです」
「えっ? なんで? 面接しに行ったのに、面接してもらえないって意味が……」
(ま、まさか……)
 俺はある可能性と自分のしてしまったことの重大さに気付き、大きく息をのみこんだ。
「ま、まさか……制服の上着がなかった……着てなかったから面接してもらえなかったのか?」
「……ええ。身だしなみもきちんとできない人に来られても困ると。そう言われてしまって……」
 蓮の話を聞いて、俺はサーっと血の気が引いたように感じた。
(俺の上着じゃ蓮には小さすぎたんだ。だから着られなくて……俺、コイツの夢を……)
「ご、ごめん! 俺、本当にどう謝っていいか!」
 慌ててその場で立ち上がった俺は、謝りながら蓮に頭を下げた。
「や! やめてください! 昨日はオレのほうがあの場所を先に立ち去ったんで、確認すべきはオレだったはずです。だから頭を上げてください!」
 立ち上がった蓮に肩を手で掴まれて頭を上げるよう促されるが、俺は首を横に振った。
「いや! 俺が紛らわしいことしなければ!」
「いえ、責任はオレにあります」
「いや! 俺だ!」
「いえ、オレです! それにもう終わったことなんで。朝は言いがかりみたいなことして、すみませんでした。お願いですから、この話はこれでお終いにしてください。オレもこんな失敗……思い出したくないんです」
「……!」
 話を打ち切るような口調で言われた俺は、それ以上何も言えなくなり、下げていた頭をゆっくりと上げた。
 だが、罪悪感と後ろめたさでいっぱいの俺は、蓮の顔を見ることができずに顔を俯かせてしまう。
(蓮のヤツ……。ずっとやりたくてって、さっき言ってたよな。それを俺は……あークソッ!)
 後悔しても遅いと理解した俺は唇を噛みしめると、俯かせていた顔を上げて蓮の顔を真っ直ぐ見つめた。
「本当に悪かった! 取り返しのつかないことをしたってことは分かってる。だから……俺になにかできることはないか?」
「悠太先輩……」
「頼む……! 俺、蓮との関係をここで終わりにしたくないんだ。だから……」
「……! それって、なんでもいいんですか?」
「え……? あ、ああ。もちろんなんでもいいぞ」
「……。それなら……」
 

 
「こ、これが……蓮のしたかったことなのか?」
「そ、そうですよ……」
「ふ、ふーん。そっかー……」
(だーもうっ! なんで俺が、こんなに恥ずかしがらないといけないんだ!)
 恥ずかしさから俺は目を深く瞑りながら寝っ転がると、正座をする蓮の太腿に頭を乗せた。
『オレに……膝枕をさせて欲しいんです』
『はっ……? 膝枕?』
『ダメ……ですか?』
『い、いや別にっ。それくらいなら全然かまわないけど……』
 膝枕をなんで蓮が俺にしたがるのかわからなかった。
 だが、自分からなにかできることはないかと言い出した手前、断ることもできなかった俺は、薄目を開けて蓮の顔を見上げた。
「うっ……」
 すると、俺の視線に気が付いたのか、蓮は小さく唸ると、赤く染めた顔を片手で覆い隠して顔を逸らした。
(ば、バカ! そこは俺の役目だろ! なんで言い出しっぺの蓮のほうが照れるんだよ!)
 蓮が恥ずかしそうにしていると、不思議とこっちまで恥ずかしくなってきてしまう。
 俺は自分の頬が熱くなるのを感じ、慌てて蓮の顔を見ないように、仰向けから横向きに態勢を変えた。
(だいたい、なんで俺に膝枕なんかしたいんだ? 俺が慌てふためく様子を見て楽しみたいとか? いや、蓮はそんなヤツじゃないし……。って、おいおい。膝枕ってもっとこう、リラックスできるもんじゃないのか? 全く落ち着かないぞ!)
 考えてみれば、誰かに膝枕をされた記憶なんてなかった俺は、おそらく初めての体験のせいか、緊張して身体に力が入ったままになってしまう。
 だが俺以上に緊張しているのか、正座をする蓮の足には思いっきり力が入っていて、まるで石の上に頭を乗せているようだった。
(う、うーん……。ここは、年上の余裕を見せてやらなきゃいけないんじゃないか? よし!)
 なにが『よし!』なのか自分でもよくわからなかったが、俺は飛び跳ねる心臓の鼓動を隠しながら蓮に話しかけた。
「蓮。お前が膝枕したいって言ったんだよな? いいかげん力抜けよ。全然リラックスできないんだけど」
「そ、そんなことわかってます。わかってますけど……自分でもどうしたらいいか……ッ」
 俺が頭の位置を少し変えようと微かに頭を動かすと、蓮が声を上擦らせた。
 その上擦った声に、不覚にも蓮のことを可愛いと思ってしまった俺は、不思議と肩の力が抜けた。
(あーあ。なんというか……)
 俺は蓮を揶揄ってみたくなり、近くにあった蓮の右手首を軽く掴んだ。
「なっ……!」
 手首を急に掴まれた蓮は驚いた声をあげたため、俺は口元が緩みそうになるが、蓮に悟られないよう慌てて冷静さを装った。
「ほら、せっかく膝枕してんだから頭くらい撫でろよ。ちなみに自分で言うのもなんだけど、俺の髪は結構触り心地いいんだぞ?」
 そう言いながら、俺は蓮の手を俺の頭の形に沿って撫でるよう誘導した。
「……!」
 すると、蓮が背筋をピンっと伸ばし、さらに身体を強張らせた。
(あー、楽しい)
 蓮の反応が新鮮で、俺は心の中では顔をニコニコさせながら、蓮が俺の頭を撫で続けるように何度も誘導した。
 すると、次第に頭を撫でられる感触が、心地良くなっていくのに気が付いた。
(もしかして、サクラさんもこんな気持ちなのかなー……)
 微かに伝わってくる蓮の体温と、手のひらの感触。
 そして、一定のリズムで繰り返される呼吸音。
 サクラさんがなぜ膝の上に乗っかって寝ようとするのか、俺もなんとなくわかった気がした。
(気持ち、いいな……)
 ふと、力が抜けてしまった俺は、蓮の手首を掴んでいた手を離してしまうが、蓮は俺の頭を撫で続けてくれた。
「なんか、自分でやらせておいてなんだけどさ。頭を撫でられるのって、結構気持ちいいもんだな。知らなかったわ」
「……。その……気持ち悪くないんですか?」
 不安そうに訊ねてくる蓮を、俺は子どもを安心させるときのように、蓮の膝を手で軽く叩いた。
「バーカ。俺の言ったこと聞いてなかったのか? 逆だよ、逆。なんかすげーよく眠れそうだよ」
「そう! ……ですか」
 一瞬、嬉しさのあまり声を跳ね上げさせてしまったのか、でも恥ずかしくなって慌てて冷静になったのか。
 蓮の一喜一憂する声に、俺は思わず笑みがこぼれる。
(フッ……)
 口元が緩んだのと同時に、俺は胸になにか温かいものが広がっていくのを感じた。
 俺は目を瞑って、温かいものが広がっていく感覚と、頭を撫でられる心地良さに身を任せた。
「幸せってこういうことをいうのかもなー……」
「えっ……?」
(うわ! まずった!)
 蓮が俺の頭を撫でる手が止まったことで、俺は心の声が漏れ出してしまったことに気が付き、慌てて話題を変えた。
「な! なぁ、蓮! 俺の髪の色って地毛だと思うか?」
 俺は自分の前髪の毛先を指先でつまんで、蓮に見せた。
「え? 染めてるんじゃないんですか?」
「ブブー。残念。ちゃんと地毛なんだぞ。ほら、根元から同じ色だろ?」
「あ、ほんとですね」
(よかった。話が変わった)
 蓮から突っ込まれなかったことに安堵すると、俺はそのまま話を続けた。
「まあ、見えないってよく言われっけどなー。そういえば、ここへ入学したときもさー。染めたって白状しろって、散々教師に問い詰められてさー」
「えっ? それは大変でしたね……」
「そうなんだよ。だから生まれたときの写真見せて、納得させてやったんだ。そんときの教師たちの顔といったら、今思い出しても笑えるよ」
 俺の髪は生まれたときから明るい茶色で、昔からよく、染めているんじゃないかと疑われていた。
 そのため、入試のときはわざわざ髪を黒に染めて受験したのだが、色が落ちてきてそのまま入学式に参加しようとしたところ、教師たちに止められてしまったのだ。
 だが、さすがに生まれたときの写真を見せればそれ以上何も言われないため、俺のスマホには、地毛の証拠として赤ん坊のころの写真が何枚か入れてあった。
「どんな写真を見せたんですか? オレもぜひ見てみたいです」
「えっ? 別にかまわないけど……」
 俺は写真を見せるため、上着のポケットからスマホを取り出すと、画面を操作して蓮へ渡した。
「ほら、これなんか可愛いだろー? 子どものころは超絶可愛かったんだぜ」
 スマホを受け取った蓮は写真を見て俺と見比べると、表情を綻ばせた。
「本当だ。髪色がまったく今と一緒ですね。それに、たしかに可愛い」
「そうだろ、そうだろ」
 満足そうに俺は寝転がったまま腕を組むと、目を閉じて深く頷いた。
 すると、カメラのシャッター音がしたため慌てて目を開けると、蓮のものと思われるスマホのカメラレンズが俺に向けられていた。
「蓮。お前、なにしてんの?」
「えっ? オレも悠太先輩の写真が欲しいなーって。あ、せっかくなんで、この写真と見比べられるように撮ったらおもしろいですね」
 蓮は楽しそうに、俺の顔の横に俺のスマホをもってくると、カメラのレンズを向けてきた。
「バッカ! やめろって。可愛かったのは昔だけだ!」
「えー、そんなことはないですよ。今のほうがもっと可愛いと、オレは思いますよ」
「バッ……!」
 顔が赤くなるのを感じて、俺は慌てて顔の横にあった俺のスマホを蓮から奪った。
「ああ! まだ撮れてないのに!」
「撮らんでいい!」
(なんでこんなに……)
 胸がドキドキする感覚を俺はどうしたらいいかわからず、慌てて上体を起き上がらせた。
「お、終わりだ、終わり。禊もこれで十分だろ! じゃあ、俺は教室に戻るからな」
 俺は食べ終わったゴミを入れていたビニール袋を握り締めると、屋上のドアに向かって走った。
「悠太先輩!」
 俺の名前を叫ぶ蓮の声を無視して、俺はそのまま走り出した。
 聞こえなかったフリなんて、もうできるはずもないのに。