今日で、夏休み前、最後の昼休みだ。
いつもなら迷わず湊のところへ行くところだけど、今日は少しだけ違う選択をした。
たまには、クラスの友達ともお昼ご飯食べたい。それに湊なら賑やかな方が好きだろうと、どこかで勝手に思っていた。
「お昼、一緒に食べる?」
教室で声をかけると、来人がぱっと顔を上げた。
「お、ええやん!珍しいな、冬馬から誘ってくるとか」
「前、誘ってもらったのに断ったし」
「律儀やなあ〜」
その隣で、紫藤も静かに頷く。
「紫藤、即答やん」
「断る理由がないし」
相変わらず簡潔だ。
ちょっと前までは無表情で感情が分からないやつ、と思っていたが、意外と紫藤は感情表現している。一年半過ごしてみて、やっとわかった。
そのまま三人で教室を出ると、廊下の先に見慣れた姿があった。二年のフロアまで俺を探しに来てくれたらしい。
少し背の高い、柔らかい茶色の髪。
「あ、みなと」
名前を呼ぶと、湊の肩がぴくりと揺れた。すぐにこちらへ振り返る。
「冬馬先輩!」
その一言と同時に、顔がぱっと明るくなる。さっきまでとは別人みたいに、分かりやすく表情が変わった。
その変化があまりにも真っ直ぐで、少しだけ視線を逸らす。
「……お昼、一緒に食べる?」
そう言うと、湊は一瞬だけ固まって、それからゆっくりと頷いた。
「……はい」
ゆっくりと湊が頷く。その声は小さいのに、少しだけ安堵したようにも聞こえた。
けれど次の瞬間、湊の視線がふっとこちらの後ろに流れる。
「あ!例の後輩君やん」
隣から、にやついた声が飛んできた。
「どうも……先輩連れて行っていいですか?」
湊が軽く頭を下げる。
「……後輩君、俺らも冬馬とお昼食べたいんやけど……」
珍しく来人の声が少しだけ引いている。
湊は相変わらず柔らかい顔をしているのに、こういうときだけ、妙に引かない。柔らかいまま距離を詰めてくるから、気づけば逃げ場がなくなる。
やっぱり、湊って来人が引くくらいには距離の詰め方が強引だ。
もう慣れたけど。
「別にいいですけど、先輩が嫌じゃなければ……」
「俺は全然いいけど」
「……なら、いいです」
言葉はあっさりしているのに、どこか納得しきれていないような顔をしていた。
結局、四人で中庭へ向かうことになった。
昼休みの中庭は、なんとなく暗黙の区分けがある。国際科の集まり、普通科の集まり。いつの間にか出来上がった境界線みたいなもの。
その中で、科をまたいで一緒にいるのは、どう見ても俺たちだけだった。
視線が集まる。
理由はいくつか思い当たるけど、たぶん一番大きいのは、俺以外の三人が目立ちすぎるせいだ。
湊と紫藤はすらっと背が高くて、並ぶと妙にバランスがいいし、来人は来人で嫌でも目を引く。どう見ても、俺が混ざっていい集団ではない。
「ここ座ろーや。朝から腹減りすぎて、もう無理やわ」
来人が待ちきれない様子で先に芝生へ腰を下ろす。
その流れに引っ張られるようにして、四人で円になるように座った。
みんなそれぞれ買ってきたパンを広げる中、紫藤だけは弁当箱だった。中身は、きっちりと四角く詰められた白米に、無駄のない配置で並べられたおかず。お弁当まで無駄を省いていてちょっと面白い。
自分も袋を開けて、コンビニのパンを取り出す。ついでに、家から持ってきたリンゴも出した。デザートのつもりだ。
「え、それそのまま食べるん?」
来人が、あからさまに引いた声を出す。
「うん」
当たり前だ。切るとか、めんどくさい。どうせ食べるのに、なんら変わりはないはず。
「いやいやいや、普通切るやろ!皮そのままやし!!」
「切るのめんどい。それに、皮は栄養あるから」
「ズボラすぎひん?」
「効率的って言って?」
そのままかじりつく。真っ赤なリンゴに、小さく歯型がついた。
「なんや、冬馬って真面目ちゃんやと思っとったけど、意外とズボラやな」
来人がパンをかじりながら笑う。
「……ズボラじゃない。俺、家事得意だし」
むすっとして言い返す。
「家事得意なやつがリンゴ丸ごといく?」
「洗い物増やしたくないだけ」
「合理的なんか、雑なんか分からんわ……」
「褒め言葉ってことでいい?」
「ええでええで、ポジティブやなあ!」
来人のおかげで、少しだけ空気が緩む。
「ほんま、冬馬ようしゃべってくれるようになったわ。なんか安心やね」
来人が嬉しそうに笑った。その隣で、紫藤も小さく頷く。
「そう?まあ、一年の時は……なんか、馴染めなくて。もうグループできてたし、入り込めなかったっていうか」
言い訳だとは分かっている。一年の時も話しかけてくれていたのに、勝手に壁を作って拒否していたのは自分だ。
「でもまあ、ちょっとわかるわ」
来人が肩をすくめる。
「俺も中学の時にこっち来たからさ、最初ほんま馴染めんくてな〜」
「え、そうなの?」
意外すぎて、思わず聞き返す。
「せや。ってか、関西弁の時点で分かるやろ!」
「いや、それは……た、たしかに……」
当たり前のように関西弁を話す来人が、クラスに馴染みすぎていて全く気付かなかった。
「先輩は天然ですから」
横から湊がさらっと付け足した。
「天然じゃないし」
「まあ、俺はすぐ順応したけど!」
「自分で言うな」
紫藤が即座に突っ込む。間髪入れない二人のやり取りに、思わず少し笑ってしまう。
「でもほんまに。最初はちょっと、てこずった。今でこそ、みんな仲ようしてくれるけど、中学ん時は紫藤しか友達おらんかったし」
「え、想像できない……」
今の来人からは、とてもじゃないけど結びつかない。友達がいない来人とか、逆に違和感しかなかった。
「やろー?ボッチのやつ、紫藤しかおらんかってん」
「大勢で固まる必要性ないし」
紫藤は相変わらず、淡々とした口調でそう言った。
「かわいそうやから話しかけたんやけど、ほんま無表情な奴で苦労したわ~」
「別に頼んでない」
「ほらな?こういうとこやねん!」
来人が大げさに肩をすくめる。
紫藤は相変わらず表情を変えないまま、静かに一品ずつお弁当を食べ進めている。
湊も、さっきまでのやり取りを、同じように面白がっていたらしい。少しだけ口元が緩んでいた。
国際科と普通科で距離があるはずなのに、こうして同じ空気で笑っているのが、少し不思議で、でも嫌じゃなかった。こんなふうに、当たり前みたいに一緒に笑えるんだし、わざわざ線を引く必要なんてないのに。
「よっしゃ、わかった!」
唐突に、来人が勢いよく立ち上がった。
さっきまで座っていた場所から一歩前に出て、妙に堂々とした顔でこちらを見下ろしてくる。
「今日、ここで協定組もう!国際科と普通科の協定や!」
両手を広げて、勝手に話を進めていく。
「……は?」
「今までの戦争に終止符打つんや!!」
「戦争してたのお前だけだぞ、来人」
紫藤が、いつも通りの温度で冷静に返す。
「え?いやいや、水面下ではバチバチやったやろ?!」
食い下がる来人に、
「ない」
「ないな」
ほぼ同時に否定が重なった。一拍遅れて、湊が小さく吹き出す。
「ふっ、いいです。俺別に普通科に興味はないんで」
「こいつほんまに生意気やな……どないする?」
来人がこちらを振り向く。どうするも何も、という気持ちを飲み込みながら、ひとまずその視線を受け止めた。
「冬馬、こちとら先輩やで?威厳見せていかな」
「別に、俺も戦争してないし」
「えー?!冬馬は味方やろ?!」
心外、と言いたげな顔で来人が叫ぶ。
「先輩は国際科に引きずり込みます」
「あかんあかん!!それはあかん!」
大げさに止めに入る来人と、それを無視する湊。そのやりとりを見ながら、ふと気づく。
湊の表情はいつも通り柔らかいのに、距離が近い。妙に、俺の方に寄って座っている。
「なに……近いんだけど、」
「そうですか?」
「近い」
「気のせいです」
ニコッと、はぐらかすように笑われる。そのくせ、離れようとはしない。
「……なんなんだ、」
「先輩が気づかないならいいです、なんでもないです」
少しだけ拗ねたような声。
湊は、さっきと同じくらいに距離を取ると、パンをちぎりながら、ふてくされたように俺を見る。視線が合うと、すぐ逸らされた。
ちょっとかわいい、なんて思ってしまう。
だから、少しだけ。離れたぶん、距離を詰めた。肩が、軽く触れる。湊のパンをちぎる手が、ほんの一瞬固まった。
「……先輩」
「なに」
「今日、いい日です」
「……そ」
適当に返したのに、湊は満足そうに笑った。
「なんや、青春しとるやん?」
「うるさい」
「図星やな!」
紫藤がため息をつく。
「騒がしい」
「お前が静かすぎんねん!」
くだらないやりとりが続く。
こうやって、誰かと一緒に笑う時間。前の俺なら、きっと避けていた。
ふと、隣を見る。湊が、同じように笑っていた。
その横顔を見て、思う。
ああ、たぶん。今日、四人で食べてよかった。
いつもなら迷わず湊のところへ行くところだけど、今日は少しだけ違う選択をした。
たまには、クラスの友達ともお昼ご飯食べたい。それに湊なら賑やかな方が好きだろうと、どこかで勝手に思っていた。
「お昼、一緒に食べる?」
教室で声をかけると、来人がぱっと顔を上げた。
「お、ええやん!珍しいな、冬馬から誘ってくるとか」
「前、誘ってもらったのに断ったし」
「律儀やなあ〜」
その隣で、紫藤も静かに頷く。
「紫藤、即答やん」
「断る理由がないし」
相変わらず簡潔だ。
ちょっと前までは無表情で感情が分からないやつ、と思っていたが、意外と紫藤は感情表現している。一年半過ごしてみて、やっとわかった。
そのまま三人で教室を出ると、廊下の先に見慣れた姿があった。二年のフロアまで俺を探しに来てくれたらしい。
少し背の高い、柔らかい茶色の髪。
「あ、みなと」
名前を呼ぶと、湊の肩がぴくりと揺れた。すぐにこちらへ振り返る。
「冬馬先輩!」
その一言と同時に、顔がぱっと明るくなる。さっきまでとは別人みたいに、分かりやすく表情が変わった。
その変化があまりにも真っ直ぐで、少しだけ視線を逸らす。
「……お昼、一緒に食べる?」
そう言うと、湊は一瞬だけ固まって、それからゆっくりと頷いた。
「……はい」
ゆっくりと湊が頷く。その声は小さいのに、少しだけ安堵したようにも聞こえた。
けれど次の瞬間、湊の視線がふっとこちらの後ろに流れる。
「あ!例の後輩君やん」
隣から、にやついた声が飛んできた。
「どうも……先輩連れて行っていいですか?」
湊が軽く頭を下げる。
「……後輩君、俺らも冬馬とお昼食べたいんやけど……」
珍しく来人の声が少しだけ引いている。
湊は相変わらず柔らかい顔をしているのに、こういうときだけ、妙に引かない。柔らかいまま距離を詰めてくるから、気づけば逃げ場がなくなる。
やっぱり、湊って来人が引くくらいには距離の詰め方が強引だ。
もう慣れたけど。
「別にいいですけど、先輩が嫌じゃなければ……」
「俺は全然いいけど」
「……なら、いいです」
言葉はあっさりしているのに、どこか納得しきれていないような顔をしていた。
結局、四人で中庭へ向かうことになった。
昼休みの中庭は、なんとなく暗黙の区分けがある。国際科の集まり、普通科の集まり。いつの間にか出来上がった境界線みたいなもの。
その中で、科をまたいで一緒にいるのは、どう見ても俺たちだけだった。
視線が集まる。
理由はいくつか思い当たるけど、たぶん一番大きいのは、俺以外の三人が目立ちすぎるせいだ。
湊と紫藤はすらっと背が高くて、並ぶと妙にバランスがいいし、来人は来人で嫌でも目を引く。どう見ても、俺が混ざっていい集団ではない。
「ここ座ろーや。朝から腹減りすぎて、もう無理やわ」
来人が待ちきれない様子で先に芝生へ腰を下ろす。
その流れに引っ張られるようにして、四人で円になるように座った。
みんなそれぞれ買ってきたパンを広げる中、紫藤だけは弁当箱だった。中身は、きっちりと四角く詰められた白米に、無駄のない配置で並べられたおかず。お弁当まで無駄を省いていてちょっと面白い。
自分も袋を開けて、コンビニのパンを取り出す。ついでに、家から持ってきたリンゴも出した。デザートのつもりだ。
「え、それそのまま食べるん?」
来人が、あからさまに引いた声を出す。
「うん」
当たり前だ。切るとか、めんどくさい。どうせ食べるのに、なんら変わりはないはず。
「いやいやいや、普通切るやろ!皮そのままやし!!」
「切るのめんどい。それに、皮は栄養あるから」
「ズボラすぎひん?」
「効率的って言って?」
そのままかじりつく。真っ赤なリンゴに、小さく歯型がついた。
「なんや、冬馬って真面目ちゃんやと思っとったけど、意外とズボラやな」
来人がパンをかじりながら笑う。
「……ズボラじゃない。俺、家事得意だし」
むすっとして言い返す。
「家事得意なやつがリンゴ丸ごといく?」
「洗い物増やしたくないだけ」
「合理的なんか、雑なんか分からんわ……」
「褒め言葉ってことでいい?」
「ええでええで、ポジティブやなあ!」
来人のおかげで、少しだけ空気が緩む。
「ほんま、冬馬ようしゃべってくれるようになったわ。なんか安心やね」
来人が嬉しそうに笑った。その隣で、紫藤も小さく頷く。
「そう?まあ、一年の時は……なんか、馴染めなくて。もうグループできてたし、入り込めなかったっていうか」
言い訳だとは分かっている。一年の時も話しかけてくれていたのに、勝手に壁を作って拒否していたのは自分だ。
「でもまあ、ちょっとわかるわ」
来人が肩をすくめる。
「俺も中学の時にこっち来たからさ、最初ほんま馴染めんくてな〜」
「え、そうなの?」
意外すぎて、思わず聞き返す。
「せや。ってか、関西弁の時点で分かるやろ!」
「いや、それは……た、たしかに……」
当たり前のように関西弁を話す来人が、クラスに馴染みすぎていて全く気付かなかった。
「先輩は天然ですから」
横から湊がさらっと付け足した。
「天然じゃないし」
「まあ、俺はすぐ順応したけど!」
「自分で言うな」
紫藤が即座に突っ込む。間髪入れない二人のやり取りに、思わず少し笑ってしまう。
「でもほんまに。最初はちょっと、てこずった。今でこそ、みんな仲ようしてくれるけど、中学ん時は紫藤しか友達おらんかったし」
「え、想像できない……」
今の来人からは、とてもじゃないけど結びつかない。友達がいない来人とか、逆に違和感しかなかった。
「やろー?ボッチのやつ、紫藤しかおらんかってん」
「大勢で固まる必要性ないし」
紫藤は相変わらず、淡々とした口調でそう言った。
「かわいそうやから話しかけたんやけど、ほんま無表情な奴で苦労したわ~」
「別に頼んでない」
「ほらな?こういうとこやねん!」
来人が大げさに肩をすくめる。
紫藤は相変わらず表情を変えないまま、静かに一品ずつお弁当を食べ進めている。
湊も、さっきまでのやり取りを、同じように面白がっていたらしい。少しだけ口元が緩んでいた。
国際科と普通科で距離があるはずなのに、こうして同じ空気で笑っているのが、少し不思議で、でも嫌じゃなかった。こんなふうに、当たり前みたいに一緒に笑えるんだし、わざわざ線を引く必要なんてないのに。
「よっしゃ、わかった!」
唐突に、来人が勢いよく立ち上がった。
さっきまで座っていた場所から一歩前に出て、妙に堂々とした顔でこちらを見下ろしてくる。
「今日、ここで協定組もう!国際科と普通科の協定や!」
両手を広げて、勝手に話を進めていく。
「……は?」
「今までの戦争に終止符打つんや!!」
「戦争してたのお前だけだぞ、来人」
紫藤が、いつも通りの温度で冷静に返す。
「え?いやいや、水面下ではバチバチやったやろ?!」
食い下がる来人に、
「ない」
「ないな」
ほぼ同時に否定が重なった。一拍遅れて、湊が小さく吹き出す。
「ふっ、いいです。俺別に普通科に興味はないんで」
「こいつほんまに生意気やな……どないする?」
来人がこちらを振り向く。どうするも何も、という気持ちを飲み込みながら、ひとまずその視線を受け止めた。
「冬馬、こちとら先輩やで?威厳見せていかな」
「別に、俺も戦争してないし」
「えー?!冬馬は味方やろ?!」
心外、と言いたげな顔で来人が叫ぶ。
「先輩は国際科に引きずり込みます」
「あかんあかん!!それはあかん!」
大げさに止めに入る来人と、それを無視する湊。そのやりとりを見ながら、ふと気づく。
湊の表情はいつも通り柔らかいのに、距離が近い。妙に、俺の方に寄って座っている。
「なに……近いんだけど、」
「そうですか?」
「近い」
「気のせいです」
ニコッと、はぐらかすように笑われる。そのくせ、離れようとはしない。
「……なんなんだ、」
「先輩が気づかないならいいです、なんでもないです」
少しだけ拗ねたような声。
湊は、さっきと同じくらいに距離を取ると、パンをちぎりながら、ふてくされたように俺を見る。視線が合うと、すぐ逸らされた。
ちょっとかわいい、なんて思ってしまう。
だから、少しだけ。離れたぶん、距離を詰めた。肩が、軽く触れる。湊のパンをちぎる手が、ほんの一瞬固まった。
「……先輩」
「なに」
「今日、いい日です」
「……そ」
適当に返したのに、湊は満足そうに笑った。
「なんや、青春しとるやん?」
「うるさい」
「図星やな!」
紫藤がため息をつく。
「騒がしい」
「お前が静かすぎんねん!」
くだらないやりとりが続く。
こうやって、誰かと一緒に笑う時間。前の俺なら、きっと避けていた。
ふと、隣を見る。湊が、同じように笑っていた。
その横顔を見て、思う。
ああ、たぶん。今日、四人で食べてよかった。
