「サラ、このやかんのお茶をあっためてくれるか? 弱火でじっくりな」
「キュア♪」
俺の頼みに、火の精霊サラが嬉しそうに応えた。
サラが小っこい手足で、鉄製のやかんをぎゅっと抱きしめる。すると、すぐにシュンシュンと小気味よい音がし始め、注ぎ口から湯気が勢いよく立ち上がった。
「わぁ、もう沸いたみたいですよ~~はい、タケオさん」
さっそくルリアが温まったお茶を俺にいれてくれた。木製のコップから立ち上る、どこか懐かしい茶葉の香り。
ふーふーと息を吹きかけ……まずは一口。
ズズゥ~~
「……うむ。熱い茶、うまいわぁ」
五臓六腑に染み渡るとはこのことか。おにぎりの塩気で少し渇いた喉に、適度な苦味のある温かい緑茶が通り抜けていく。
「わぁ~~なんだかほっこりしますね~」
「キュアキュア~♪」
「…………ん、落ち着く」
ルリアのアホ毛がクタッと緩む。
サラは自分の仕事に満足したのか誇らしげに胸を張り、水の精霊ディーネは静かに温かいコップを両手で包み込んで、その温度を楽しんでいるようだった。
青い空に心地よい風、そして熱い茶。 昨夜の徹夜の疲れが湯気と一緒に溶け出していくような気がする。
そんな至福の時を過ごしていると、俺はふと思いついた。
「なぁルリア。そのおにぎり、焼きおにぎりにしてみないか? 香ばしくなってさらに美味くなるぞ」
「焼きおにぎり……ですか!? なにそれ、やってみたいです!」
ルリアが目を輝かせる。召喚主の許可を得た俺はサラを呼び寄せ、おにぎりをひとつ手渡した。
「サラ、今度は直接だ。おにぎりに軽く火を当てるように、優しくお願いできるか?」
「キュアッ!」
お、なんか乗り気な声だな。
俺も最近、サラ語が少しばかりわかるようになってきたのかもしれん。
「キュア~~♪」
サラが手に持ったおにぎりに火炎の息を吹きかける。
まあ、火炎と言ってもバーナーであぶる程度の火力だが。
ルリアが握った塩おにぎりが熱せられて表面の水分が飛び、少しずつキツネ色に色づき始める。米が焼けるうまそうなにおいが辺りに漂い出した。
「おお、いいぞサラその調子だ。表面がカリッとするぐらいで、うまい!」
「キュ!」
焼き上がったおにぎりをルリアとディーネに手渡すと、2人は笑みを重ねて頬張った。
なんとも美味そうに食うではないか。
いやぁ~~俺も楽しみだなぁと次のおにぎりをサラに託す。
「すごいぞサラ、絶妙の焼き加減だな」
「ほんと、サラちゃんすごいよ!」
「ん……サラてんさい」
褒められまくってキュアキュアはしゃぐサラ。
赤い小さな尻尾を振りまくりだ。かわいいやつめ。
だが、ここで誤算が生じた。
褒められすぎて興奮したサラは、自身でも気づかぬうちに自慢の体温がグングン急上昇していったのだ。
「キュワァアアア!!」
――――――ゴォッ!!
うおっ! デカイ!!
それはもはや弱火などではなかった。火炎放射器のような熱風が、おにぎりを無慈悲に包み込む。
「お、おいサラ。火が強い! 止めろ!」
俺の制止も虚しく一瞬の閃光の後、ルリアの自信作だった白米の塊は見る影もなくただの炭へと変わっている。
「キュゥキュゥ~~」
「ちょっ……サラちゃん、火が漏れちゃってる!」
急激な火力アップでコントロールできなくなったのか、サラの小さな体が豪炎に包まれていく。
あつい! 周囲の俺たちの体感温度もどんどん上がってい勢いだ。
これはいかん! 草原が丸焼きになってしまうぞ。
「「ディーネ!!」」
俺とルリアの声が重なった。
「……ん。まかせろ」
ディーネが相棒の不始末を片付けるべく、その可愛らしい口をこれでもかというほど大きく開ける。
――――――バシャァァアアアアン!!
「……ぶふぉっ!?」
「ひゃあぁあ! 冷たいっ!」
ディーネが消火のために口から出した水はバケツ一杯どころの騒ぎではなかった。さながら空から滝が降ってきたかのような、あるいは集中豪雨のような大量の水塊。
火は消えた。サラの熱も一瞬で冷めた。
しかしその代償として、おにぎりは水没して草原に散らばり、サラはもちろんのこと俺とルリアまでもが、頭からつま先までびしょ濡れである。
…………ぽたぽた
静寂が流れる。俺の髪から、ルリアの鼻先から、水滴が滴り落ちる。足元の草原はたっぷりと水を含み、ちょっとした沼のようになっている。目の前にはびしょ濡れでその体をブルブル振っているサラと、仕事は完遂したと言いたげなドヤ顔のディーネ。
「……あ、あはは。タケオさん、すごいことになっちゃいましたね……」
ルリアが申し訳なさそうに、今にも泣き出しそうな顔を俺に見せた。
せっかくのお返しを台無しにし、おまけにをびしょ濡れ。彼女の頭の中は後悔でいっぱいなのだろう。
「やっぱり私だめだめです……」
まじめな子だな……にしても……
「……ぷっ、くくく……くははははは!」
「え? タケオさん?」
「いや、悪い。あまりに展開が無茶苦茶すぎてな。ほら、ルリア! 濡れたついでだ!」
俺は濡れた水をルリアにぴゃっとかけた。
泥が混じっていたのか、彼女の可愛い顔に茶色いデコレーションがほどこされた。
「あーっ! やりましたね、タケオさん!」
「ははは、文句があるなら返してみろ!」
「むむぅう~~こうなったら、私だって!」
ルリアも負けじと泥を手に取って投げ返してくる。
「キュア~~♪」
「……ん。みずあそび」
サラも泥だらけの身体で参戦してきた。さらにディーネはなんか水鉄砲みたいなので応戦してくる。
ははっ……泥遊びなんていつ以来だ。ちょっとテンション上がってきたじゃねぇか。
俺たちは泥だらけになりながら丘の上で追いかけっこをし、精霊たちも一緒になって泥をかけ合う。
いつの間にか、ささいな失敗なんてどうでもよくなっていた。
騎士団での仕事や異世界料理事情の試行錯誤、それに昨夜の剣姫のクマ顔対応……そんなことは全部忘れて、ただの子供のように笑い転げる。 泥が服についても、髪がぐちゃぐちゃになっても、今の俺たちには関係なかった。ルリアの弾けるような笑い声が、高く澄み渡った青空にどこまでも吸い込まれていく。
ふぉ~~楽しいわ、これ。
◇◇◇
陽が傾き空が穏やかなオレンジ色に染まり始めた頃。 俺たちはようやく遊び疲れ丘を後にすることにした。泥をディーネの水で流して、まあびちゃびちゃなのはしょうがない。ルリアは立ったままこっくりしはじめた。
「……むにゃ。タケオさん、帰るまでがピクニックですよぉ……」
「はいはい。本当によく遊んだな、お前は」
俺は小さな彼女を背負い上げる。サラとディーネも遊び疲れたのか俺にピッタリとひっついて寝息を立てていた。
背中に感じる小さな体温と規則正しい寝息。
ゆっくりと騎士団庁舎へ足を進める。
ふぅ~~楽しかった。
おっさん童心に帰ったようだわ。
「……そういえば」
俺は片手でルリアを支えながら、ふと自分の手のひらを見つめた。
「今日は一度も、現代フード召喚を使わなかったな……」
異世界に来てから俺の生活は常にあの魔法と共にあった。 現代の美味いものを出して自分をそして他人を驚かせ、喜ばせる。
それは現代フードというチートに近いものがあるからこそできる芸当なんだが、ルリアが不器用ながらも一生懸命握ってくれたあの少ししょっぱいおにぎりと。精霊たちが失敗してみんなでびしょ濡れになって泥だらけになった、あのアホみたいな時間。
現代フードは大好きだ。だが……
「……こんな休日も、アリだな」
俺は小さく独り言を呟き、夕暮れに染まる辺境の景色を眺めながら穏やかな気持ちで帰路についた。
「キュア♪」
俺の頼みに、火の精霊サラが嬉しそうに応えた。
サラが小っこい手足で、鉄製のやかんをぎゅっと抱きしめる。すると、すぐにシュンシュンと小気味よい音がし始め、注ぎ口から湯気が勢いよく立ち上がった。
「わぁ、もう沸いたみたいですよ~~はい、タケオさん」
さっそくルリアが温まったお茶を俺にいれてくれた。木製のコップから立ち上る、どこか懐かしい茶葉の香り。
ふーふーと息を吹きかけ……まずは一口。
ズズゥ~~
「……うむ。熱い茶、うまいわぁ」
五臓六腑に染み渡るとはこのことか。おにぎりの塩気で少し渇いた喉に、適度な苦味のある温かい緑茶が通り抜けていく。
「わぁ~~なんだかほっこりしますね~」
「キュアキュア~♪」
「…………ん、落ち着く」
ルリアのアホ毛がクタッと緩む。
サラは自分の仕事に満足したのか誇らしげに胸を張り、水の精霊ディーネは静かに温かいコップを両手で包み込んで、その温度を楽しんでいるようだった。
青い空に心地よい風、そして熱い茶。 昨夜の徹夜の疲れが湯気と一緒に溶け出していくような気がする。
そんな至福の時を過ごしていると、俺はふと思いついた。
「なぁルリア。そのおにぎり、焼きおにぎりにしてみないか? 香ばしくなってさらに美味くなるぞ」
「焼きおにぎり……ですか!? なにそれ、やってみたいです!」
ルリアが目を輝かせる。召喚主の許可を得た俺はサラを呼び寄せ、おにぎりをひとつ手渡した。
「サラ、今度は直接だ。おにぎりに軽く火を当てるように、優しくお願いできるか?」
「キュアッ!」
お、なんか乗り気な声だな。
俺も最近、サラ語が少しばかりわかるようになってきたのかもしれん。
「キュア~~♪」
サラが手に持ったおにぎりに火炎の息を吹きかける。
まあ、火炎と言ってもバーナーであぶる程度の火力だが。
ルリアが握った塩おにぎりが熱せられて表面の水分が飛び、少しずつキツネ色に色づき始める。米が焼けるうまそうなにおいが辺りに漂い出した。
「おお、いいぞサラその調子だ。表面がカリッとするぐらいで、うまい!」
「キュ!」
焼き上がったおにぎりをルリアとディーネに手渡すと、2人は笑みを重ねて頬張った。
なんとも美味そうに食うではないか。
いやぁ~~俺も楽しみだなぁと次のおにぎりをサラに託す。
「すごいぞサラ、絶妙の焼き加減だな」
「ほんと、サラちゃんすごいよ!」
「ん……サラてんさい」
褒められまくってキュアキュアはしゃぐサラ。
赤い小さな尻尾を振りまくりだ。かわいいやつめ。
だが、ここで誤算が生じた。
褒められすぎて興奮したサラは、自身でも気づかぬうちに自慢の体温がグングン急上昇していったのだ。
「キュワァアアア!!」
――――――ゴォッ!!
うおっ! デカイ!!
それはもはや弱火などではなかった。火炎放射器のような熱風が、おにぎりを無慈悲に包み込む。
「お、おいサラ。火が強い! 止めろ!」
俺の制止も虚しく一瞬の閃光の後、ルリアの自信作だった白米の塊は見る影もなくただの炭へと変わっている。
「キュゥキュゥ~~」
「ちょっ……サラちゃん、火が漏れちゃってる!」
急激な火力アップでコントロールできなくなったのか、サラの小さな体が豪炎に包まれていく。
あつい! 周囲の俺たちの体感温度もどんどん上がってい勢いだ。
これはいかん! 草原が丸焼きになってしまうぞ。
「「ディーネ!!」」
俺とルリアの声が重なった。
「……ん。まかせろ」
ディーネが相棒の不始末を片付けるべく、その可愛らしい口をこれでもかというほど大きく開ける。
――――――バシャァァアアアアン!!
「……ぶふぉっ!?」
「ひゃあぁあ! 冷たいっ!」
ディーネが消火のために口から出した水はバケツ一杯どころの騒ぎではなかった。さながら空から滝が降ってきたかのような、あるいは集中豪雨のような大量の水塊。
火は消えた。サラの熱も一瞬で冷めた。
しかしその代償として、おにぎりは水没して草原に散らばり、サラはもちろんのこと俺とルリアまでもが、頭からつま先までびしょ濡れである。
…………ぽたぽた
静寂が流れる。俺の髪から、ルリアの鼻先から、水滴が滴り落ちる。足元の草原はたっぷりと水を含み、ちょっとした沼のようになっている。目の前にはびしょ濡れでその体をブルブル振っているサラと、仕事は完遂したと言いたげなドヤ顔のディーネ。
「……あ、あはは。タケオさん、すごいことになっちゃいましたね……」
ルリアが申し訳なさそうに、今にも泣き出しそうな顔を俺に見せた。
せっかくのお返しを台無しにし、おまけにをびしょ濡れ。彼女の頭の中は後悔でいっぱいなのだろう。
「やっぱり私だめだめです……」
まじめな子だな……にしても……
「……ぷっ、くくく……くははははは!」
「え? タケオさん?」
「いや、悪い。あまりに展開が無茶苦茶すぎてな。ほら、ルリア! 濡れたついでだ!」
俺は濡れた水をルリアにぴゃっとかけた。
泥が混じっていたのか、彼女の可愛い顔に茶色いデコレーションがほどこされた。
「あーっ! やりましたね、タケオさん!」
「ははは、文句があるなら返してみろ!」
「むむぅう~~こうなったら、私だって!」
ルリアも負けじと泥を手に取って投げ返してくる。
「キュア~~♪」
「……ん。みずあそび」
サラも泥だらけの身体で参戦してきた。さらにディーネはなんか水鉄砲みたいなので応戦してくる。
ははっ……泥遊びなんていつ以来だ。ちょっとテンション上がってきたじゃねぇか。
俺たちは泥だらけになりながら丘の上で追いかけっこをし、精霊たちも一緒になって泥をかけ合う。
いつの間にか、ささいな失敗なんてどうでもよくなっていた。
騎士団での仕事や異世界料理事情の試行錯誤、それに昨夜の剣姫のクマ顔対応……そんなことは全部忘れて、ただの子供のように笑い転げる。 泥が服についても、髪がぐちゃぐちゃになっても、今の俺たちには関係なかった。ルリアの弾けるような笑い声が、高く澄み渡った青空にどこまでも吸い込まれていく。
ふぉ~~楽しいわ、これ。
◇◇◇
陽が傾き空が穏やかなオレンジ色に染まり始めた頃。 俺たちはようやく遊び疲れ丘を後にすることにした。泥をディーネの水で流して、まあびちゃびちゃなのはしょうがない。ルリアは立ったままこっくりしはじめた。
「……むにゃ。タケオさん、帰るまでがピクニックですよぉ……」
「はいはい。本当によく遊んだな、お前は」
俺は小さな彼女を背負い上げる。サラとディーネも遊び疲れたのか俺にピッタリとひっついて寝息を立てていた。
背中に感じる小さな体温と規則正しい寝息。
ゆっくりと騎士団庁舎へ足を進める。
ふぅ~~楽しかった。
おっさん童心に帰ったようだわ。
「……そういえば」
俺は片手でルリアを支えながら、ふと自分の手のひらを見つめた。
「今日は一度も、現代フード召喚を使わなかったな……」
異世界に来てから俺の生活は常にあの魔法と共にあった。 現代の美味いものを出して自分をそして他人を驚かせ、喜ばせる。
それは現代フードというチートに近いものがあるからこそできる芸当なんだが、ルリアが不器用ながらも一生懸命握ってくれたあの少ししょっぱいおにぎりと。精霊たちが失敗してみんなでびしょ濡れになって泥だらけになった、あのアホみたいな時間。
現代フードは大好きだ。だが……
「……こんな休日も、アリだな」
俺は小さく独り言を呟き、夕暮れに染まる辺境の景色を眺めながら穏やかな気持ちで帰路についた。

