「タケオ……眠れない」
昨夜の午前二時。俺の自室のドアを幽霊のように叩いたのは、目の下にどっぷりと深いクマを作ったパジャマ姿の剣姫シュトリアーナだった。
こうなった原因は彼女がコーヒーにハマりすぎたからである。剣姫にスティックコーヒー(ブラック)を渡しておいたのだが、夜も飲みまくってしまいギンギンに冴えわたってどうしようもなくなったのだ。
俺が面白がって色々飲ませた手前ちょっと責任を感じたのもあり、結局彼女が眠りにつくまで(というか朝日が昇るまで)温かいホットミルクを淹れたり、とりとめもない世間話をしたりして付き合う羽目になった。
そんなわけで俺は昼近くまで泥のように眠り、ようやく這い出したベッドの上で重い頭を抱えていた。
「……はぁ。せっかくの休みが半分潰れたな」
とりあえず顔を洗って、何か腹に入れようとしたその時。
バァアアン! と、景気良く部屋のドアが蹴破られんばかりの勢いで開いた。
「タケオさ~~ん、起きてますか! 最高のピクニック日和ですよ!」
突撃してきたのは、元気いっぱいの美少女ルリアだ。彼女のうしろには真っ赤な小トカゲのような火の精霊サラと、青く透き通った美少女の姿をした水の精霊ディーネが、これまたルリアと同じくゾロゾロと俺の部屋に入ってきた。
いやいや、この騎士団の女子たちは男子寮無断入室パスでもってんのか?
しかもおっさんの部屋やぞ。
そんなに頻繁に来るところじゃないだろ。
「寝起きですか? さあ、行きますよ♪」
「……ルリアか。悪い、昨夜ちょっと不眠症の相手をしててな……ってピクニック?」
「はい! いつもタケオさんに美味しいものを召喚してもらってばかりですから、今日は私がお返しをしたいんです! さあ、準備はできてますから行きましょう!」
お返しという言葉に少しだけ目が覚めた。
トレードマークのアホ毛を揺らして満面の笑みでバケットを持つルリア。午前はその準備とやらで頑張ったのだろう。
いつもは食いしん坊な彼女が、自分から何かを振る舞いたいと言うのは珍しい。俺は苦笑いしながら、彼女に手を引かれるままに部屋を出た。
◇◇◇
「おお……庁舎の近くに、こんな場所があったのか」
俺たちが向かったのは、三等騎士団本庁舎の裏手にある緩やかな丘の上だった。そこは普段団員たちが訓練に使う場所とは少し離れており、季節の花々が咲き乱れ遠くには辺境の雄大な山々が一望できる絶景ポイントだ。
「わ~い、広いですよ~~♪ サラちゃん、ディーネちゃん、あんまり遠くに行っちゃダメですよ~」
ルリアが草原を駆けていく。どでかい胸がブルンブルンしてるのは……見ないようにしよう。
サラはキュワ~と鳴きながら空中で宙返りをし、時折草むらに火花を散らしそうになってディーネに冷水を浴びせられていた。
「……ふぅ。風が気持ちいいな」
なんかいいじゃないか。すげぇ落ち着くわ。
俺はルリアが持ってきた大きなバスケットを受け取り、草原の上に腰を下ろした。
精霊たちは俺の周りをぐるぐると回り、まるで早く開けろと催促しているようだ。
「よし、ルリア。お楽しみのお返しを見せてもらおうか」
「はい、タケオさん。驚かないでくださいね。じゃじゃ~~ん!」
ルリアが誇らしげにバケットを開ける。
そこに入っていたのは、この世界のサンドイッチや硬パンではなく白くて丸っこい塊。
「……おにぎりだな」
「せいかいで~~す♪ 前にタケオさんが俺の故郷のソウルフードだって教えてくれたのを思い出して、作ってみたんです。形はちょっと、合ってるかわかんないですけど……」
ああ~たしかに言った記憶があるな。現物は召喚しなかったけど。
ルリアから差し出されたおにぎりは、確かに俺が説明した三角形とは程遠い。丸かったり少し歪んでいたり、握り込みすぎて米粒が潰れかけているものもある。だが一生懸命に握ったことが伝わってくる、温かみのあるおにぎりだった。
「お、こいつは……」
こりゃ、ただの塩にぎりじゃないぞ……
「具はミーシャさんに教わって、塩漬けの魚を焼いたやつを入れてみたんです……ど、どうですか?」
少し塩気が強いが、噛みしめるほどに米の甘みと中の焼き魚の香ばしさが広がる。
いい……こりゃ俺好みだわ。
「……美味いな。ルリア、これすごくいいぞ」
「本当ですか!? よかったぁ……」
ルリアが心底ホッとしたように花が咲くような笑顔を見せた。
俺はその笑顔を見て、なんだか昨夜の疲れがスッと消えていくような気がした。
「キュアキュア~~♪」
「ん……これよい」
精霊のサラとディーネも気に入ったようで、夢中でおにぎりを頬張っている。
そこで俺はある物に気付いた。
「ん? ルリアこれはなんだ?」
バケットの隅に鉄のやかんが入っていた。
「はい、厨房からお借りしたんです。喉が渇くと思って」
そう言いながら、持参した木製コップにやかんの中身を注いでくれるルリア。
手渡されたコップをグビっといくと……
「おい……これって」
舌の上で転がるかすかな苦味と、その後に追いかけてくる芳醇な旨味。そして、最後のしめにくるさっぱり感。
「緑茶じゃないか……」
「はい、以前タケオさんがたくさん召喚してくれたカフェオレとかの中にあったのを思い出して」
ああ、色々ストック出してた時に、たしかにサンプルで緑茶パックも出した気がする。
マジか……塩気の強いおにぎりにお茶だと……
ええやん、ええやん!
俺はルリアが準備してくれたと聞いて、サンドイッチと水とみたいな勝手な予想を立てていたが。
まさかここにきておにぎりと緑茶がくるとは。
予想をはるかに上回るお返しに、思わず嬉しい声が漏れる。
「いや~~こりゃ最高だなルリア」
「本当ですか~~良かった~~」
「キュア~~♪」
「ん……ルリアがんばった」
いやぁ、前半グダグダだった休日だが、こりゃ一転してすっげぇいい一日になりそうだわ。
もうこれだけで十分なんだが……
こうなってくると、欲が出てくるのが人というもの。
温かいお茶だったら、もっと最高なんだが……
おお! いるじゃないか!
俺は目の前でおにぎりを頬張る赤いチビトカゲを見て、胸を躍らせた。
「よし、サラ。一肌脱いでもらおうじゃないか」
「キュア?」
昨夜の午前二時。俺の自室のドアを幽霊のように叩いたのは、目の下にどっぷりと深いクマを作ったパジャマ姿の剣姫シュトリアーナだった。
こうなった原因は彼女がコーヒーにハマりすぎたからである。剣姫にスティックコーヒー(ブラック)を渡しておいたのだが、夜も飲みまくってしまいギンギンに冴えわたってどうしようもなくなったのだ。
俺が面白がって色々飲ませた手前ちょっと責任を感じたのもあり、結局彼女が眠りにつくまで(というか朝日が昇るまで)温かいホットミルクを淹れたり、とりとめもない世間話をしたりして付き合う羽目になった。
そんなわけで俺は昼近くまで泥のように眠り、ようやく這い出したベッドの上で重い頭を抱えていた。
「……はぁ。せっかくの休みが半分潰れたな」
とりあえず顔を洗って、何か腹に入れようとしたその時。
バァアアン! と、景気良く部屋のドアが蹴破られんばかりの勢いで開いた。
「タケオさ~~ん、起きてますか! 最高のピクニック日和ですよ!」
突撃してきたのは、元気いっぱいの美少女ルリアだ。彼女のうしろには真っ赤な小トカゲのような火の精霊サラと、青く透き通った美少女の姿をした水の精霊ディーネが、これまたルリアと同じくゾロゾロと俺の部屋に入ってきた。
いやいや、この騎士団の女子たちは男子寮無断入室パスでもってんのか?
しかもおっさんの部屋やぞ。
そんなに頻繁に来るところじゃないだろ。
「寝起きですか? さあ、行きますよ♪」
「……ルリアか。悪い、昨夜ちょっと不眠症の相手をしててな……ってピクニック?」
「はい! いつもタケオさんに美味しいものを召喚してもらってばかりですから、今日は私がお返しをしたいんです! さあ、準備はできてますから行きましょう!」
お返しという言葉に少しだけ目が覚めた。
トレードマークのアホ毛を揺らして満面の笑みでバケットを持つルリア。午前はその準備とやらで頑張ったのだろう。
いつもは食いしん坊な彼女が、自分から何かを振る舞いたいと言うのは珍しい。俺は苦笑いしながら、彼女に手を引かれるままに部屋を出た。
◇◇◇
「おお……庁舎の近くに、こんな場所があったのか」
俺たちが向かったのは、三等騎士団本庁舎の裏手にある緩やかな丘の上だった。そこは普段団員たちが訓練に使う場所とは少し離れており、季節の花々が咲き乱れ遠くには辺境の雄大な山々が一望できる絶景ポイントだ。
「わ~い、広いですよ~~♪ サラちゃん、ディーネちゃん、あんまり遠くに行っちゃダメですよ~」
ルリアが草原を駆けていく。どでかい胸がブルンブルンしてるのは……見ないようにしよう。
サラはキュワ~と鳴きながら空中で宙返りをし、時折草むらに火花を散らしそうになってディーネに冷水を浴びせられていた。
「……ふぅ。風が気持ちいいな」
なんかいいじゃないか。すげぇ落ち着くわ。
俺はルリアが持ってきた大きなバスケットを受け取り、草原の上に腰を下ろした。
精霊たちは俺の周りをぐるぐると回り、まるで早く開けろと催促しているようだ。
「よし、ルリア。お楽しみのお返しを見せてもらおうか」
「はい、タケオさん。驚かないでくださいね。じゃじゃ~~ん!」
ルリアが誇らしげにバケットを開ける。
そこに入っていたのは、この世界のサンドイッチや硬パンではなく白くて丸っこい塊。
「……おにぎりだな」
「せいかいで~~す♪ 前にタケオさんが俺の故郷のソウルフードだって教えてくれたのを思い出して、作ってみたんです。形はちょっと、合ってるかわかんないですけど……」
ああ~たしかに言った記憶があるな。現物は召喚しなかったけど。
ルリアから差し出されたおにぎりは、確かに俺が説明した三角形とは程遠い。丸かったり少し歪んでいたり、握り込みすぎて米粒が潰れかけているものもある。だが一生懸命に握ったことが伝わってくる、温かみのあるおにぎりだった。
「お、こいつは……」
こりゃ、ただの塩にぎりじゃないぞ……
「具はミーシャさんに教わって、塩漬けの魚を焼いたやつを入れてみたんです……ど、どうですか?」
少し塩気が強いが、噛みしめるほどに米の甘みと中の焼き魚の香ばしさが広がる。
いい……こりゃ俺好みだわ。
「……美味いな。ルリア、これすごくいいぞ」
「本当ですか!? よかったぁ……」
ルリアが心底ホッとしたように花が咲くような笑顔を見せた。
俺はその笑顔を見て、なんだか昨夜の疲れがスッと消えていくような気がした。
「キュアキュア~~♪」
「ん……これよい」
精霊のサラとディーネも気に入ったようで、夢中でおにぎりを頬張っている。
そこで俺はある物に気付いた。
「ん? ルリアこれはなんだ?」
バケットの隅に鉄のやかんが入っていた。
「はい、厨房からお借りしたんです。喉が渇くと思って」
そう言いながら、持参した木製コップにやかんの中身を注いでくれるルリア。
手渡されたコップをグビっといくと……
「おい……これって」
舌の上で転がるかすかな苦味と、その後に追いかけてくる芳醇な旨味。そして、最後のしめにくるさっぱり感。
「緑茶じゃないか……」
「はい、以前タケオさんがたくさん召喚してくれたカフェオレとかの中にあったのを思い出して」
ああ、色々ストック出してた時に、たしかにサンプルで緑茶パックも出した気がする。
マジか……塩気の強いおにぎりにお茶だと……
ええやん、ええやん!
俺はルリアが準備してくれたと聞いて、サンドイッチと水とみたいな勝手な予想を立てていたが。
まさかここにきておにぎりと緑茶がくるとは。
予想をはるかに上回るお返しに、思わず嬉しい声が漏れる。
「いや~~こりゃ最高だなルリア」
「本当ですか~~良かった~~」
「キュア~~♪」
「ん……ルリアがんばった」
いやぁ、前半グダグダだった休日だが、こりゃ一転してすっげぇいい一日になりそうだわ。
もうこれだけで十分なんだが……
こうなってくると、欲が出てくるのが人というもの。
温かいお茶だったら、もっと最高なんだが……
おお! いるじゃないか!
俺は目の前でおにぎりを頬張る赤いチビトカゲを見て、胸を躍らせた。
「よし、サラ。一肌脱いでもらおうじゃないか」
「キュア?」

