「…………(スゥー、ハァー)」
……怖い。
さっきからずっと俺の後頭部付近で呼吸音が聞こえる。団長室を出てからというもの、剣姫シュトリアーナは俺の背後にピタリと張り付き時折鼻を鳴らしてスゥーハァーしている。
「……なぁ、シュトリアーナ。俺は別に消えたりしないから。そんなに密着されると歩きにくいんだけど」
俺が振り向いて言うと、彼女は血走った目のまま眉間に深いシワを刻んで俺を睨み返してきた。
「タケオが足りない……また逃げる気がする」
ダメだこりゃ。本格的に病んでいる。
とりあえず落ち着く場所が必要だ。俺はまず、団長室の隣にある彼女の部屋へと向かった。
部屋の扉を開けると、とりあえず訓練用のかかしが何体かいた。むろん原型をとどめないほど切り刻まれて。
そのことには触れずに、彼女を椅子に座らせ俺も腰を下ろす。
「……ふぅ。とりあえず俺も落ち着きたい」
剣姫から発せられる無言の圧に耐えかね、俺はテーブルの前で魔力を練った。
「―――現代フード召喚」
現れたのはカップから湯気が立ち上る漆黒の液体。 香ばしい少し焦げたような香りが部屋に広がる。俺はそれを一口啜った。
「ふはぁ~~これだよ。朝はこの一杯がないと、一日が始まらんな」
やっぱりコーヒーは偉大だ。脳の隅々までカフェインが染み渡り、ようやく日常が戻ってきた実感が湧く。 すると隣でじっと俺を見ていたシュトリアーナが、ちょいちょいと俺の袖を引っ張ってきた。
「……ん? 飲みたいのか、これ」
彼女はこくりと頷く。
俺はブラックコーヒーを召喚して渡してやった。シュトリアーナは、それが普段俺が召喚しいてるハンバーガーセットの甘い飲み物だと思ったのだろう。躊躇なく、グイッと一口煽った。
「……ッ!? に、苦い……毒……?」
「毒じゃない。大人の味だ」
口を尖らせて、涙目で俺を睨む剣姫。
最強の剣姫が苦さに悶えている姿はなんだか幼い少女のようにも見えて、少しだけ「かわいい」と思ってしまった。
「無理そうなら、この砂糖とミルクを入れるといいぞ」
「……くっ。いらない」
意地を張ってブラックコーヒーを飲み干した剣姫。
そんな必死な顔でコーヒを飲む姿を見て、シュトリアーナの感情が少しばかり戻ったような気がした。
いぜんとして眉間にシワは寄りまくりだが……
「よし、少しは気分が変わっただろ。さてと……仕事の時間だ」
◇◇◇
三等騎士団食堂の扉を開けると、そこは既に朝食の仕込みで慌ただしく動いている課員たちの姿が見えた。
「おはようございま〜す、先輩!」
元気よく声をかけてきたのは後輩のミーシャだ。その隣ではベテラン調理員のじいさんが相変わらず無言でフゴフゴと白い髭を動かして頭を下げる。
「おはようミーシャ、じいさん。俺がいない間、よく頑張ってくれた」
「えへへぇ~食堂課騎士として当然のことをしたまでですよぉ~♪」
ミーシャの機嫌がすこぶるいい。
理由は昨夜のご褒美(スフレパンケーキ)が効いているからだろう。まあ、この子も根はまじめだから自分の仕事をしっかりやるってことに関して信用しているけどな。
ニッコリ笑顔のミーシャを見て、食堂に戻ってきたなぁと感じた俺だったが……そうか。
ここが俺の戻るべき職場って思えるようになったんだな。考えてみりゃ、この辺境に異動してひと月が経った。なんか色々あって濃い一か月だったがそれなりに楽しめてる。
「よし、じゃあ仕入れた食材の確認と今後のメニューだな」
「はい、先輩……って――――――ひぃいい!?」
ミーシャが跳ね上がるようにして後退した。
俺の背後から、般若のような顔をしたシュトリアーナが顔を出していたからだ。
「ご、ごごごめんなさい! 私、何か悪いことしちゃいましたか! 芋の皮の剥き方が甘かったとか!? それとも昨日のスフレパンケーキの残り香をまき散らしているからですか!」
焦りまくって、メガネがずり落ちるミーシャ。
うむ、反射的にミーシャが謝るのもなんとなくわかる。
普段は団員の前であまり表情を出さない冷徹剣姫が眉間にシワを寄せているのだ。普通に怖い。
「落ち着けミーシャ。気にするな、これは……ええと、剣姫シュトリアーナ殿の「視察」だ」
「視察!? えと……眼光が鋭すぎて、厨房が血の海になりそうなんですけど!」
「…………(ジロリ)」
シュトリアーナは無言のまま、ミーシャをそしてじいさんをさらに調理器具一式を舐めるように見回している。そして、やはりピタッと俺の背後に張り付く。
いや、なんやねんこれ……
とりあえず気にするのはやめよう。
俺はコックコートを羽織って厨房に足を入れた。
朝飯は待ってはくれないのだ、早々に準備にかからねばならない。
そこへミーシャが遠慮がちに口をひらいた。
「……あの、先輩。厨房についてくるのはいいんですけど……その、剣姫様のその鎧が……」
確かに……剣姫シュトリアーナは白銀のゴツイ鎧を装着していた。
この狭い厨房に、戦場仕様の銀の鎧はあまりにもミスマッチだ。
「……シュトリアーナ殿、ここは食堂の厨房だ。悪いが鎧は脱いでくれ。作業の邪魔になるし衛生的にも良くない」
「ひぃいっ! 先輩っ! 剣姫様に脱げだなんて、そんな破廉恥な……!?」
ミーシャが顔を赤くして叫ぶが、俺が言っているのはそういう意味じゃない。
ていうかわかってるだろ、たぶん。
「……わかった。タケオが言うなら」
意外にもシュトリアーナは素直に鎧をガチャガチャと外し始めた。下に着ていたのは動きやすそうな薄いインナーだ。
「ふはぁ~~なんかいろいろ負けました……」
ミーシャが勝手にガックリと項垂れた。
シュトリアーナの鍛え抜かれた肢体と、不釣り合いなほどデカい胸部をマジマジと凝視するミーシャ。
彼女がスタイル抜群の美人剣士なのは誰も異論がないところだろう。
にしても名高い剣姫がインナー姿で厨房うろうろされるのも微妙だな……
男連中なんか色んな意味で興奮しそうだし。
「シュトリアーナ殿、これをつけてください」
俺は剣姫に白いエプロンを渡した。
うむ。これつけときゃ厨房の仕事している風に見えるし、インナーが汚れることもないだろう。
「……わかった、タケオが言うなら」
剣姫は素直にエプロンを受け取る。
「先輩……まさか隷属の魔法とか、精神あやつる禁呪とか使ってないですよね?」
「ば、バカを言うな、この視察は団長の指示でシュトリアーナ殿も了承しての業務だからな」
「ふ~~~ん……そうですか」
本当は違うけど。
「タケオ……これでいいか?」
「え? あ、ああ……」
銀髪を三角巾でまとめて、白いフリルのついたエプロンをつけた最強剣姫。
いや、これもっとアカン感じになっているんだが。なんか新たな性癖に目覚める団員が出てきそうだわ。
いや、もう四の五の言ってられん。朝飯の準備に入るぞ。
こうして、おっさん、メガネっ子、髭じいさん、そしてエプロン剣姫、4人の長い一日が始まった。
……怖い。
さっきからずっと俺の後頭部付近で呼吸音が聞こえる。団長室を出てからというもの、剣姫シュトリアーナは俺の背後にピタリと張り付き時折鼻を鳴らしてスゥーハァーしている。
「……なぁ、シュトリアーナ。俺は別に消えたりしないから。そんなに密着されると歩きにくいんだけど」
俺が振り向いて言うと、彼女は血走った目のまま眉間に深いシワを刻んで俺を睨み返してきた。
「タケオが足りない……また逃げる気がする」
ダメだこりゃ。本格的に病んでいる。
とりあえず落ち着く場所が必要だ。俺はまず、団長室の隣にある彼女の部屋へと向かった。
部屋の扉を開けると、とりあえず訓練用のかかしが何体かいた。むろん原型をとどめないほど切り刻まれて。
そのことには触れずに、彼女を椅子に座らせ俺も腰を下ろす。
「……ふぅ。とりあえず俺も落ち着きたい」
剣姫から発せられる無言の圧に耐えかね、俺はテーブルの前で魔力を練った。
「―――現代フード召喚」
現れたのはカップから湯気が立ち上る漆黒の液体。 香ばしい少し焦げたような香りが部屋に広がる。俺はそれを一口啜った。
「ふはぁ~~これだよ。朝はこの一杯がないと、一日が始まらんな」
やっぱりコーヒーは偉大だ。脳の隅々までカフェインが染み渡り、ようやく日常が戻ってきた実感が湧く。 すると隣でじっと俺を見ていたシュトリアーナが、ちょいちょいと俺の袖を引っ張ってきた。
「……ん? 飲みたいのか、これ」
彼女はこくりと頷く。
俺はブラックコーヒーを召喚して渡してやった。シュトリアーナは、それが普段俺が召喚しいてるハンバーガーセットの甘い飲み物だと思ったのだろう。躊躇なく、グイッと一口煽った。
「……ッ!? に、苦い……毒……?」
「毒じゃない。大人の味だ」
口を尖らせて、涙目で俺を睨む剣姫。
最強の剣姫が苦さに悶えている姿はなんだか幼い少女のようにも見えて、少しだけ「かわいい」と思ってしまった。
「無理そうなら、この砂糖とミルクを入れるといいぞ」
「……くっ。いらない」
意地を張ってブラックコーヒーを飲み干した剣姫。
そんな必死な顔でコーヒを飲む姿を見て、シュトリアーナの感情が少しばかり戻ったような気がした。
いぜんとして眉間にシワは寄りまくりだが……
「よし、少しは気分が変わっただろ。さてと……仕事の時間だ」
◇◇◇
三等騎士団食堂の扉を開けると、そこは既に朝食の仕込みで慌ただしく動いている課員たちの姿が見えた。
「おはようございま〜す、先輩!」
元気よく声をかけてきたのは後輩のミーシャだ。その隣ではベテラン調理員のじいさんが相変わらず無言でフゴフゴと白い髭を動かして頭を下げる。
「おはようミーシャ、じいさん。俺がいない間、よく頑張ってくれた」
「えへへぇ~食堂課騎士として当然のことをしたまでですよぉ~♪」
ミーシャの機嫌がすこぶるいい。
理由は昨夜のご褒美(スフレパンケーキ)が効いているからだろう。まあ、この子も根はまじめだから自分の仕事をしっかりやるってことに関して信用しているけどな。
ニッコリ笑顔のミーシャを見て、食堂に戻ってきたなぁと感じた俺だったが……そうか。
ここが俺の戻るべき職場って思えるようになったんだな。考えてみりゃ、この辺境に異動してひと月が経った。なんか色々あって濃い一か月だったがそれなりに楽しめてる。
「よし、じゃあ仕入れた食材の確認と今後のメニューだな」
「はい、先輩……って――――――ひぃいい!?」
ミーシャが跳ね上がるようにして後退した。
俺の背後から、般若のような顔をしたシュトリアーナが顔を出していたからだ。
「ご、ごごごめんなさい! 私、何か悪いことしちゃいましたか! 芋の皮の剥き方が甘かったとか!? それとも昨日のスフレパンケーキの残り香をまき散らしているからですか!」
焦りまくって、メガネがずり落ちるミーシャ。
うむ、反射的にミーシャが謝るのもなんとなくわかる。
普段は団員の前であまり表情を出さない冷徹剣姫が眉間にシワを寄せているのだ。普通に怖い。
「落ち着けミーシャ。気にするな、これは……ええと、剣姫シュトリアーナ殿の「視察」だ」
「視察!? えと……眼光が鋭すぎて、厨房が血の海になりそうなんですけど!」
「…………(ジロリ)」
シュトリアーナは無言のまま、ミーシャをそしてじいさんをさらに調理器具一式を舐めるように見回している。そして、やはりピタッと俺の背後に張り付く。
いや、なんやねんこれ……
とりあえず気にするのはやめよう。
俺はコックコートを羽織って厨房に足を入れた。
朝飯は待ってはくれないのだ、早々に準備にかからねばならない。
そこへミーシャが遠慮がちに口をひらいた。
「……あの、先輩。厨房についてくるのはいいんですけど……その、剣姫様のその鎧が……」
確かに……剣姫シュトリアーナは白銀のゴツイ鎧を装着していた。
この狭い厨房に、戦場仕様の銀の鎧はあまりにもミスマッチだ。
「……シュトリアーナ殿、ここは食堂の厨房だ。悪いが鎧は脱いでくれ。作業の邪魔になるし衛生的にも良くない」
「ひぃいっ! 先輩っ! 剣姫様に脱げだなんて、そんな破廉恥な……!?」
ミーシャが顔を赤くして叫ぶが、俺が言っているのはそういう意味じゃない。
ていうかわかってるだろ、たぶん。
「……わかった。タケオが言うなら」
意外にもシュトリアーナは素直に鎧をガチャガチャと外し始めた。下に着ていたのは動きやすそうな薄いインナーだ。
「ふはぁ~~なんかいろいろ負けました……」
ミーシャが勝手にガックリと項垂れた。
シュトリアーナの鍛え抜かれた肢体と、不釣り合いなほどデカい胸部をマジマジと凝視するミーシャ。
彼女がスタイル抜群の美人剣士なのは誰も異論がないところだろう。
にしても名高い剣姫がインナー姿で厨房うろうろされるのも微妙だな……
男連中なんか色んな意味で興奮しそうだし。
「シュトリアーナ殿、これをつけてください」
俺は剣姫に白いエプロンを渡した。
うむ。これつけときゃ厨房の仕事している風に見えるし、インナーが汚れることもないだろう。
「……わかった、タケオが言うなら」
剣姫は素直にエプロンを受け取る。
「先輩……まさか隷属の魔法とか、精神あやつる禁呪とか使ってないですよね?」
「ば、バカを言うな、この視察は団長の指示でシュトリアーナ殿も了承しての業務だからな」
「ふ~~~ん……そうですか」
本当は違うけど。
「タケオ……これでいいか?」
「え? あ、ああ……」
銀髪を三角巾でまとめて、白いフリルのついたエプロンをつけた最強剣姫。
いや、これもっとアカン感じになっているんだが。なんか新たな性癖に目覚める団員が出てきそうだわ。
いや、もう四の五の言ってられん。朝飯の準備に入るぞ。
こうして、おっさん、メガネっ子、髭じいさん、そしてエプロン剣姫、4人の長い一日が始まった。

