昨夜のスフレパンケーキの余韻が胃袋に微かに残る中、俺は朝一でグルト辺境騎士団本庁舎へ向かって歩いていた。
数日間の出張明け。有給でも取って一日中寝ていたいところだが、サラリーマンの悲しい性というか中間管理職としての責任感が俺を突き動かす。
な~んてたいそうなこと言ってみたが、ぶっちゃけここの仕事は嫌いじゃないし俺的に何かに追われている感じもしない。ようは好きにやっているから今日も1日定時勤務をまっとうして、余暇時間を楽しめればそれでいい。
「……さて、まずは団長への報告だな」
俺は本庁舎の2階にある、フルノラ団長室の扉を叩いた。
「団長、タケオです。バザル出張の報告に伺いました」
「ンフフ~~入りなさいな、タケオちゃん」
中から聞こえてくる、艶やかでどこか毒気のある声。
扉を開けると、そこには相変わらずムチムチとした肉体を窮屈そうな隊服に押し込めたフルノラ団長が、優雅に足を組んで座っていた。
「おかえり~~タケオちゃん。やっと帰って来た~ん♡ はい、これ~♪」
「えと……団長、これは?」
「あなたがいなかった数日間のワタシの想いをつつづった日誌よぉ~♡」
「はい、これが買い付けの帳簿と残金です」
「あれぇ~~乙女の絵日記に興味ないのかしら~~♡」
絵日記って……そもそも乙女って年齢かと思ったが、全部スルーして俺は事務的に書類と金を差し出した。
ついでに出張先バザルでの魔物襲撃についても、淡々と報告する。
「あらあらぁ~ん、バザルでも暴れてきたのねぇ~~さすがワタシのタケオちゃん♪」
フルノラ団長が、デスク越しに身を乗り出してきた。 香水の甘い香りと隊服のボタンが今にも弾け飛びそうな圧迫感が視界を覆う。
「これだけ優秀ならぁ~~もう食堂課長なんて勿体ないわ~~昇進させちゃおうかしら♪
……そうね、ワタシの専属秘書(夜間勤務あり)なんてどうかしら?」
「丁重にお断りします。俺は今のこの平和な食堂課長の椅子が気に入ってるんで」
俺は団長のセクハラまがいの勧誘を華麗にスルーし、空中で魔力を練った。
ムチムチ団長殿には、これでも食べて落ち着いてもらおうか。
「―――現代フード召喚」
現れたのは黄金色に焼き上げられた細長い生地。その表面を艶やかで濃厚なダークチョコがたっぷりとコーティングしている。
「あら、シュークリームかしら?」
「似ていますが別物ですよ。こいつはエクレア、俺の母国で「稲妻」を意味する菓子です。中のカスタードクリームと上のチョコが口の中で弾ける感覚を楽しんでください」
まあ厳密にはエクレアの発祥はフランスだったけか。前世という意味ではもうまとめて母国でいいや。
「あらん~~細長くて黒いのねぇ~♡」
フルノラ団長は目を輝かせてその細長い菓子をひとくち、上品にしかし大胆にかじった。
「……んんっ、おいしぃいん♪ 上のチョコがパキッとして、中から溢れる冷たいカスタードが……タケオちゃん~~いいわぁあ~~~これすっごくいい~~♡」
棒をパクりと咥えた団長が恍惚とした表情で身悶えしている。
いや……エクレア食ってるだけなんだが、なぜかこの人が食べるとなんでもエロい感じになっちゃう。
俺はとりあえず団長が満足できるであろう量を、追加で召喚しておいた。
よし、これで報告会は円満に終了だな。さっさとこのピンク色の部屋から出ようとした、その時だった。
「……おい、タケオ」
部屋の空気が一瞬で凍りついた。扉がいつの間にか開いている。
うわぁ……ややこしい人来ちゃったよ……
そこに立っていたのは、美しい銀髪を振り乱し全身から黒いオーラを放っている女性。
剣姫シュトリアーナだ。
「……あ、シュトリアーナさん。おはようございます、今ちょうど団長に―――」
「……グルゥウウッ!」
え、なに!?
今なんか唸らなかったか??
彼女の様子が明らかにおかしい。いつもはクールで冷徹な剣の化身のような美人が、今は獲物を狙う飢えた狼のような目をしている。血走った眼に少しやつれた頬。眉間にシワが寄りまくって、美人さんが台無しである。
「……タケオ……いつまで……ここにいる」
「シュトリアーナさん、とりあえず落ち着きましょうか」
「……タケオ足りない……グルウウウ!」
また唸った……これはなんかヤバいぞ。
「ほら、お腹空いてるんでしょ?」
俺は反射的に、彼女の好物であるハンバーガーを召喚した。
差し出されたバーガーをシュトリアーナは奪い取るようにして食らいつくす。「モグモグ、ハフッ、ハフッ……!」と、いまだかつてないほど猛烈な勢いだ。
「ふぅ……グルウウ!」
まだ唸るのか……それに眉間に寄ったシワが全く消えない。いつもならハンバーガー1つで「……悪くないわ」とデレるはずなのに。
「ならばこいつだ―――現代フード召喚:ビッグバーガー!」
パティ3枚、ベーコン、目玉焼きにレタス。物理的な重量すら感じる巨大バーガーを俺は剣姫に渡す。
彼女はそれも完食した。
……完食したが、やはり目が虚ろなままだ。 そして、じりじりと俺との距離を詰めてくる。
「タケオ……タケオ……グルウウゥウ……」
「……怖い、怖いから! 何なんですか、今日の剣姫は!?」
するとエクレアを堪能していたフルノラ団長が、クスクスと楽しそうに笑い声を上げた。
「ンフフ……あらあら~~これは重症ね。タケオちゃん、これは単なる空腹じゃないわよ。シュトちゃんたら、貴方がいないことへのストレスが溜まりすぎたわねぇ~~」
「は? どういうことです?」
「シュトちゃん、貴方がいない数日間、訓練場のカカシを千体くらい細切れにしてたわ。食事は普通に出してたんだけどねぇ。たぶん……タケオちゃんがいるっていう「安心感」が、今の彼女の心の支えになっちゃってるのよ」
「いやいや、団長。この人は一人で魔物の大群を殲滅するような鉄のメンタルの持ち主ですよ?」
「鉄だからこそ、一度歪むと脆いのよ。特に……タケオちゃんという「潤滑油」がないと、剣姫シュトリアーナという剣は熱を持って焼き付いちゃうのねぇ」
なんだそりゃ……俺にどんだけ依存してんだよ。
これはもはや病気なのでは?
どうしたもんかと、俺が頭を抱えてると。
フルノラ団長は、楽しそうに自分の唇を指でなぞった。
「ンフ♡ てことで〜、よろしくね♪」
「え? なにがです?」
「決まってるじゃない~~今日のシュトちゃんのお守りよ。彼女このまま放っておいたら騎士団の備品をすべて切り刻んじゃうかもしれないもの。タケオちゃ~~ん、今日は一日、彼女を連れて歩きなさいね~~特別にデート許可をだしたげる♡」
「ええぇえ……マジですか。 俺、出張あけで食堂の在庫整理とか、次回のメニュー構成とかやることけっこうあるんですけど」
「これは団長命令よ~~ん。あとワタシの絵日記を~~読まなかった罰ね♡……いいわね?」
フルノラ団長の目が一瞬だけ鋭い「上司」のそれに変わった。こうなると、一課長である俺に拒否権はない。
くそぉ~~絵日記よんどきゃ良かったよ。
「……ふぅ~~わかりましたよ。行きますよ、シュトリアーナさん」
俺が溜め息をついて部屋を出ると、シュトリアーナが言葉もなく俺の背後にピタリとついた。あからさまな殺気はない。だが、逃げようとすれば瞬時に斬られそうな、異様なまでの執着を感じる。
俺の平穏な出張明け勤務は、朝一で崩れ去ったのだった。
数日間の出張明け。有給でも取って一日中寝ていたいところだが、サラリーマンの悲しい性というか中間管理職としての責任感が俺を突き動かす。
な~んてたいそうなこと言ってみたが、ぶっちゃけここの仕事は嫌いじゃないし俺的に何かに追われている感じもしない。ようは好きにやっているから今日も1日定時勤務をまっとうして、余暇時間を楽しめればそれでいい。
「……さて、まずは団長への報告だな」
俺は本庁舎の2階にある、フルノラ団長室の扉を叩いた。
「団長、タケオです。バザル出張の報告に伺いました」
「ンフフ~~入りなさいな、タケオちゃん」
中から聞こえてくる、艶やかでどこか毒気のある声。
扉を開けると、そこには相変わらずムチムチとした肉体を窮屈そうな隊服に押し込めたフルノラ団長が、優雅に足を組んで座っていた。
「おかえり~~タケオちゃん。やっと帰って来た~ん♡ はい、これ~♪」
「えと……団長、これは?」
「あなたがいなかった数日間のワタシの想いをつつづった日誌よぉ~♡」
「はい、これが買い付けの帳簿と残金です」
「あれぇ~~乙女の絵日記に興味ないのかしら~~♡」
絵日記って……そもそも乙女って年齢かと思ったが、全部スルーして俺は事務的に書類と金を差し出した。
ついでに出張先バザルでの魔物襲撃についても、淡々と報告する。
「あらあらぁ~ん、バザルでも暴れてきたのねぇ~~さすがワタシのタケオちゃん♪」
フルノラ団長が、デスク越しに身を乗り出してきた。 香水の甘い香りと隊服のボタンが今にも弾け飛びそうな圧迫感が視界を覆う。
「これだけ優秀ならぁ~~もう食堂課長なんて勿体ないわ~~昇進させちゃおうかしら♪
……そうね、ワタシの専属秘書(夜間勤務あり)なんてどうかしら?」
「丁重にお断りします。俺は今のこの平和な食堂課長の椅子が気に入ってるんで」
俺は団長のセクハラまがいの勧誘を華麗にスルーし、空中で魔力を練った。
ムチムチ団長殿には、これでも食べて落ち着いてもらおうか。
「―――現代フード召喚」
現れたのは黄金色に焼き上げられた細長い生地。その表面を艶やかで濃厚なダークチョコがたっぷりとコーティングしている。
「あら、シュークリームかしら?」
「似ていますが別物ですよ。こいつはエクレア、俺の母国で「稲妻」を意味する菓子です。中のカスタードクリームと上のチョコが口の中で弾ける感覚を楽しんでください」
まあ厳密にはエクレアの発祥はフランスだったけか。前世という意味ではもうまとめて母国でいいや。
「あらん~~細長くて黒いのねぇ~♡」
フルノラ団長は目を輝かせてその細長い菓子をひとくち、上品にしかし大胆にかじった。
「……んんっ、おいしぃいん♪ 上のチョコがパキッとして、中から溢れる冷たいカスタードが……タケオちゃん~~いいわぁあ~~~これすっごくいい~~♡」
棒をパクりと咥えた団長が恍惚とした表情で身悶えしている。
いや……エクレア食ってるだけなんだが、なぜかこの人が食べるとなんでもエロい感じになっちゃう。
俺はとりあえず団長が満足できるであろう量を、追加で召喚しておいた。
よし、これで報告会は円満に終了だな。さっさとこのピンク色の部屋から出ようとした、その時だった。
「……おい、タケオ」
部屋の空気が一瞬で凍りついた。扉がいつの間にか開いている。
うわぁ……ややこしい人来ちゃったよ……
そこに立っていたのは、美しい銀髪を振り乱し全身から黒いオーラを放っている女性。
剣姫シュトリアーナだ。
「……あ、シュトリアーナさん。おはようございます、今ちょうど団長に―――」
「……グルゥウウッ!」
え、なに!?
今なんか唸らなかったか??
彼女の様子が明らかにおかしい。いつもはクールで冷徹な剣の化身のような美人が、今は獲物を狙う飢えた狼のような目をしている。血走った眼に少しやつれた頬。眉間にシワが寄りまくって、美人さんが台無しである。
「……タケオ……いつまで……ここにいる」
「シュトリアーナさん、とりあえず落ち着きましょうか」
「……タケオ足りない……グルウウウ!」
また唸った……これはなんかヤバいぞ。
「ほら、お腹空いてるんでしょ?」
俺は反射的に、彼女の好物であるハンバーガーを召喚した。
差し出されたバーガーをシュトリアーナは奪い取るようにして食らいつくす。「モグモグ、ハフッ、ハフッ……!」と、いまだかつてないほど猛烈な勢いだ。
「ふぅ……グルウウ!」
まだ唸るのか……それに眉間に寄ったシワが全く消えない。いつもならハンバーガー1つで「……悪くないわ」とデレるはずなのに。
「ならばこいつだ―――現代フード召喚:ビッグバーガー!」
パティ3枚、ベーコン、目玉焼きにレタス。物理的な重量すら感じる巨大バーガーを俺は剣姫に渡す。
彼女はそれも完食した。
……完食したが、やはり目が虚ろなままだ。 そして、じりじりと俺との距離を詰めてくる。
「タケオ……タケオ……グルウウゥウ……」
「……怖い、怖いから! 何なんですか、今日の剣姫は!?」
するとエクレアを堪能していたフルノラ団長が、クスクスと楽しそうに笑い声を上げた。
「ンフフ……あらあら~~これは重症ね。タケオちゃん、これは単なる空腹じゃないわよ。シュトちゃんたら、貴方がいないことへのストレスが溜まりすぎたわねぇ~~」
「は? どういうことです?」
「シュトちゃん、貴方がいない数日間、訓練場のカカシを千体くらい細切れにしてたわ。食事は普通に出してたんだけどねぇ。たぶん……タケオちゃんがいるっていう「安心感」が、今の彼女の心の支えになっちゃってるのよ」
「いやいや、団長。この人は一人で魔物の大群を殲滅するような鉄のメンタルの持ち主ですよ?」
「鉄だからこそ、一度歪むと脆いのよ。特に……タケオちゃんという「潤滑油」がないと、剣姫シュトリアーナという剣は熱を持って焼き付いちゃうのねぇ」
なんだそりゃ……俺にどんだけ依存してんだよ。
これはもはや病気なのでは?
どうしたもんかと、俺が頭を抱えてると。
フルノラ団長は、楽しそうに自分の唇を指でなぞった。
「ンフ♡ てことで〜、よろしくね♪」
「え? なにがです?」
「決まってるじゃない~~今日のシュトちゃんのお守りよ。彼女このまま放っておいたら騎士団の備品をすべて切り刻んじゃうかもしれないもの。タケオちゃ~~ん、今日は一日、彼女を連れて歩きなさいね~~特別にデート許可をだしたげる♡」
「ええぇえ……マジですか。 俺、出張あけで食堂の在庫整理とか、次回のメニュー構成とかやることけっこうあるんですけど」
「これは団長命令よ~~ん。あとワタシの絵日記を~~読まなかった罰ね♡……いいわね?」
フルノラ団長の目が一瞬だけ鋭い「上司」のそれに変わった。こうなると、一課長である俺に拒否権はない。
くそぉ~~絵日記よんどきゃ良かったよ。
「……ふぅ~~わかりましたよ。行きますよ、シュトリアーナさん」
俺が溜め息をついて部屋を出ると、シュトリアーナが言葉もなく俺の背後にピタリとついた。あからさまな殺気はない。だが、逃げようとすれば瞬時に斬られそうな、異様なまでの執着を感じる。
俺の平穏な出張明け勤務は、朝一で崩れ去ったのだった。

