「ふう……」
帰ってきたぞ。 馬車がグルト辺境騎士団の正門をくぐったとき、俺は少しばかり安堵のため息を漏らした。
数日間のバザル出張。 本来はただの買い出し任務だったはずが、蓋を開けてみれば魔物の襲撃やら、激辛カレーやわさびでの制圧やら、ルリア新精霊の暴走やら……。内勤騎士のおっさん課長が体験するようなイベントではない。そりゃ疲れもするだろう。
買い付けた大量の食材や備品を騎士団の食材庫へと運び込む。ゴンス達も手伝ってくれたおかげで、荷下ろしは一時間ほどで完了した。
「お疲れ様でした、タケオさん」
「ああ、ルリアもお疲れ。ゴンスにスリーナもありがとな。今日はゆっくり休んでくれ」
3人を先に帰した俺は、帳簿の最終チェックを終えてから男子寮へと足を向けた。
「団長への報告は、明日でいいよな……。もう陽も落ちてるし」
ていうかもう夜中だし。こんな時間帯に業務報告するとかスローライフ勤務騎士の風上にもおけないからな。明日の朝一でいいだろう。
んじゃ、今日はこれで終りっと。
俺は肩を回しながら、自分の部屋へと向かった。 正直なところ今は一刻も早くベッドにダイブして、泥のように眠りたい。 数日ぶりの自室、自分の住処であるこの狭い空間が、今はどんな高級ホテルのスイートルームよりも愛おしい。
なんていうんだろか、やっぱ落ち着く場所って大事よな。
ガチャリと扉を開け、俺は部屋の中に足を踏み入れた。
「……ただいま」
誰に言うでもなく呟いたその時、奥に座っていた影がヌッと立ち上がる。
「おかえりなさいませ~~セ・ン・パ・イっ!」
うわぁ……マジかぁ。
そこにいたのは、当たり前のような顔をして俺の椅子に鎮座していたメガネっ子の後輩。 そう、今回の出張で留守番を任せていたミーシャだった。
「なんで俺の部屋にいるんだよ……待ち伏せする場所じゃないだろ」
「待ち伏せだなんて人聞きが悪いですよぉ! 私、先輩が帰ってくるのを首をながぁ~~くして待ってたんですから!」
ミーシャはレンズの奥の目をキラキラさせながら、両手をぶんぶんと振って抗議してくる。
「悪いが、今日はもう疲れてるんだ。仕事の話なら明日にしてくれ」
「仕事の話じゃありませんよ! ご褒美のお話です! ご・ほ・う・び!」
ご褒美?
「ああ、そういえば……」
今回の出張に出る前に食堂の管理をミーシャに任せる代わり、帰ってきたら何か美味いもんをご馳走するって約束したんだった。ミーシャはこの数日間、俺の代わりに騎士たちの荒い胃袋を支えてくれていたわけだ。
「約束おぼえてますよね? 私、この数日間ジャガイモの皮を剥きながら~先輩が帰ってきたら何を召喚してもらおうかなぁ~って、そればっかり考えてたんですよ」
「……わかった、わかった。約束は守るよ」
俺は苦笑しながら、上着を脱いだ。
この食い意地の張った後輩ちゃんも、ちゃんと留守番をまっとうしたようだしな。
「で、何が食いたい? ご飯ものか? 麺類か?」
「んー、それもいいんですけど……ちょっと特別な感じがいいです! 女の子が「きゃっ!」てなるような、お洒落で甘くて、おいしいくて背徳感があるの!」
注文が細かいな。
だが、お洒落で甘くて背徳感……そのリクエストなら、あれがいいか。
俺は魔力を集中させた。 疲れを吹き飛ばすような、とびきり甘い香りをイメージする。
「―――現代フード召喚!」
ポンッ、という軽快な音とともに、テーブルの上に一皿の芸術品が現れた。
「……わぁっ! な、なんですかこれ! パンかな……??」
ミーシャが椅子から転げ落ちそうになりながら、皿に顔を近づけた。
そこにあるのは一般的なパンとは違う、厚さ5センチはあろうかという極厚のパンケーキが3枚。粉砂糖を雪化粧のようにのせて、皿が揺れるたびにぷるぷると震えている。
「こいつはスフレパンケーキだ。だが、ただのパンじゃない……まぁ、食べてみろ」
ミーシャはおそるおそる、銀のフォークをパンケーキの山に突き立てた。
「……っ! 手応えがない!?」
クフフ、そりゃそうだ。スフレのフワフワ感を舐めてもらちゃ困る。
フォークが沈む感覚に驚くだろう。
うわぁ~と驚く彼女がスフレを一口サイズに切り分け、口へと運ぶ。
「ふにゃぁぁ……」
ミーシャの顔から、完全に緊張感が消え失せた。
メガネが少しずれているのも気にせず、彼女は夢うつつの表情でスフレを咀嚼する。
「……溶けました。噛んでないのに……口の中でシュワって……消えちゃいました。あとに残るのは、卵と砂糖の優しい甘さだけ……」
「喜んでもらえて何よりだ。そいつはフワフワがうりだからな」
「フハぁ~夜中にこんなの~~いけないけどたまんないぃ~」と満足げな声を漏らして、スフレパンケーキをバクバク口に入れるミーシャ。ま、ここまで喜んでもらえたならなによりだわ。
俺もた~べよっと、ともう一皿召喚しようとした時だった。
「……ちょっと、待ってください」
不意に部屋の扉がゆっくり開いた。
そこにはパジャマ姿のルリアが立っていた。鼻をヒクヒクとさせている。
「……このにおい。ずるいです、タケオさん」
「ルリア!? なんで起きてるんだよ、寝ろって言っただろ」
「寝ようと思ったんですけど、なんか虫の知らせっていうか第六感っていうのか、ビビッと嫌な予感がして。ミーシャさん、それ、なんですか? 私もさっきまで一緒にいたのに、別れたとたんに仲間外れですか?」
ルリアの目が、じわじわと涙目になっていく。トレードマークのアホ毛もしょぼんと項垂れている。
虫の知らせかなんかしらんが、ここにも食い意地を張った子がいることだけは確かだ。
ま、いいか。
「わかった、わかった。ルリアの分も出すから、そんな顔するな」
「やったぁ! タケオさん大好きです!」
スフレパンケーキにフォークを入れて、「きゃっ!」とかわいい声を上げるルリア。
なんか見ているのが、面白くなってきたぞこれ。
「ふはぁ~~これ、魔法の雲を食べてるみたいです……」
一瞬で笑顔に戻るルリア。この子達は食べ物が絡むと本当に切り替えが早い。
どれ……ここまできたらもっといくか。
「よし、ではさらなる深淵にむかうとするか」
「え? なんですかタケオさん……まさか!?」
「なになに? 先輩どうしたんです?」
「―――現代フード召喚、追加トッピング!」
「な、なあぁああ~~こ、これってタケオさん!」
「ふはぁ~~せ、せんぱいぃ~やっちゃた……これはやりすぎているぅ~(じゅるり)」
さあさあ~~どうだ!
スフレパンケーキの上には雪のような純白のホイップクリームが山のように盛られ、そこから鮮やかなイチゴとブルーベリーのソースがまるで溶岩のようにとろりと流れ落ちていた。
さらにイチゴ、バナナ、ベリーといった果物がぽぽんっと、その雪山のうえに落ちていく。
「ま、夜中だし無理はしなくていいぞ。いらないなら俺が食べるだけだけだけどな」
「「食べるに決まってます!!」」
ミーシャとルリアが見事にハモった。
2人とも、たっぷりのクリームやらベリーやらを口につけて満面の笑み。
そして1時間後に……
甘い夜は終わった。
「「……はふぅ~~幸せ。明日から仕事がんばれるぅ~~」」
ミーシャもルリアも満足そうに頬を緩めている。
「よし、食ったら解散だ。俺は今度こそ、寝る」
「はーい、ご馳走さまでした~先輩!」
「おやすみなさい、タケオさん。いい夢見れそうです!」
嵐のような女子たちが去っていき、部屋に再び静寂が戻る。
俺は最後に自分の分のスフレパンケーキを一口食べた。
「……うむ。これは確かにうまいな」
真夜中の背徳感とかどうでも良くなるうまさだ。
疲れた体にはこの甘さが一番の薬なのかもしれん。
俺は心地よい満腹感に包まれながら、今度こそ、深い眠りの中へと落ちていった。
帰ってきたぞ。 馬車がグルト辺境騎士団の正門をくぐったとき、俺は少しばかり安堵のため息を漏らした。
数日間のバザル出張。 本来はただの買い出し任務だったはずが、蓋を開けてみれば魔物の襲撃やら、激辛カレーやわさびでの制圧やら、ルリア新精霊の暴走やら……。内勤騎士のおっさん課長が体験するようなイベントではない。そりゃ疲れもするだろう。
買い付けた大量の食材や備品を騎士団の食材庫へと運び込む。ゴンス達も手伝ってくれたおかげで、荷下ろしは一時間ほどで完了した。
「お疲れ様でした、タケオさん」
「ああ、ルリアもお疲れ。ゴンスにスリーナもありがとな。今日はゆっくり休んでくれ」
3人を先に帰した俺は、帳簿の最終チェックを終えてから男子寮へと足を向けた。
「団長への報告は、明日でいいよな……。もう陽も落ちてるし」
ていうかもう夜中だし。こんな時間帯に業務報告するとかスローライフ勤務騎士の風上にもおけないからな。明日の朝一でいいだろう。
んじゃ、今日はこれで終りっと。
俺は肩を回しながら、自分の部屋へと向かった。 正直なところ今は一刻も早くベッドにダイブして、泥のように眠りたい。 数日ぶりの自室、自分の住処であるこの狭い空間が、今はどんな高級ホテルのスイートルームよりも愛おしい。
なんていうんだろか、やっぱ落ち着く場所って大事よな。
ガチャリと扉を開け、俺は部屋の中に足を踏み入れた。
「……ただいま」
誰に言うでもなく呟いたその時、奥に座っていた影がヌッと立ち上がる。
「おかえりなさいませ~~セ・ン・パ・イっ!」
うわぁ……マジかぁ。
そこにいたのは、当たり前のような顔をして俺の椅子に鎮座していたメガネっ子の後輩。 そう、今回の出張で留守番を任せていたミーシャだった。
「なんで俺の部屋にいるんだよ……待ち伏せする場所じゃないだろ」
「待ち伏せだなんて人聞きが悪いですよぉ! 私、先輩が帰ってくるのを首をながぁ~~くして待ってたんですから!」
ミーシャはレンズの奥の目をキラキラさせながら、両手をぶんぶんと振って抗議してくる。
「悪いが、今日はもう疲れてるんだ。仕事の話なら明日にしてくれ」
「仕事の話じゃありませんよ! ご褒美のお話です! ご・ほ・う・び!」
ご褒美?
「ああ、そういえば……」
今回の出張に出る前に食堂の管理をミーシャに任せる代わり、帰ってきたら何か美味いもんをご馳走するって約束したんだった。ミーシャはこの数日間、俺の代わりに騎士たちの荒い胃袋を支えてくれていたわけだ。
「約束おぼえてますよね? 私、この数日間ジャガイモの皮を剥きながら~先輩が帰ってきたら何を召喚してもらおうかなぁ~って、そればっかり考えてたんですよ」
「……わかった、わかった。約束は守るよ」
俺は苦笑しながら、上着を脱いだ。
この食い意地の張った後輩ちゃんも、ちゃんと留守番をまっとうしたようだしな。
「で、何が食いたい? ご飯ものか? 麺類か?」
「んー、それもいいんですけど……ちょっと特別な感じがいいです! 女の子が「きゃっ!」てなるような、お洒落で甘くて、おいしいくて背徳感があるの!」
注文が細かいな。
だが、お洒落で甘くて背徳感……そのリクエストなら、あれがいいか。
俺は魔力を集中させた。 疲れを吹き飛ばすような、とびきり甘い香りをイメージする。
「―――現代フード召喚!」
ポンッ、という軽快な音とともに、テーブルの上に一皿の芸術品が現れた。
「……わぁっ! な、なんですかこれ! パンかな……??」
ミーシャが椅子から転げ落ちそうになりながら、皿に顔を近づけた。
そこにあるのは一般的なパンとは違う、厚さ5センチはあろうかという極厚のパンケーキが3枚。粉砂糖を雪化粧のようにのせて、皿が揺れるたびにぷるぷると震えている。
「こいつはスフレパンケーキだ。だが、ただのパンじゃない……まぁ、食べてみろ」
ミーシャはおそるおそる、銀のフォークをパンケーキの山に突き立てた。
「……っ! 手応えがない!?」
クフフ、そりゃそうだ。スフレのフワフワ感を舐めてもらちゃ困る。
フォークが沈む感覚に驚くだろう。
うわぁ~と驚く彼女がスフレを一口サイズに切り分け、口へと運ぶ。
「ふにゃぁぁ……」
ミーシャの顔から、完全に緊張感が消え失せた。
メガネが少しずれているのも気にせず、彼女は夢うつつの表情でスフレを咀嚼する。
「……溶けました。噛んでないのに……口の中でシュワって……消えちゃいました。あとに残るのは、卵と砂糖の優しい甘さだけ……」
「喜んでもらえて何よりだ。そいつはフワフワがうりだからな」
「フハぁ~夜中にこんなの~~いけないけどたまんないぃ~」と満足げな声を漏らして、スフレパンケーキをバクバク口に入れるミーシャ。ま、ここまで喜んでもらえたならなによりだわ。
俺もた~べよっと、ともう一皿召喚しようとした時だった。
「……ちょっと、待ってください」
不意に部屋の扉がゆっくり開いた。
そこにはパジャマ姿のルリアが立っていた。鼻をヒクヒクとさせている。
「……このにおい。ずるいです、タケオさん」
「ルリア!? なんで起きてるんだよ、寝ろって言っただろ」
「寝ようと思ったんですけど、なんか虫の知らせっていうか第六感っていうのか、ビビッと嫌な予感がして。ミーシャさん、それ、なんですか? 私もさっきまで一緒にいたのに、別れたとたんに仲間外れですか?」
ルリアの目が、じわじわと涙目になっていく。トレードマークのアホ毛もしょぼんと項垂れている。
虫の知らせかなんかしらんが、ここにも食い意地を張った子がいることだけは確かだ。
ま、いいか。
「わかった、わかった。ルリアの分も出すから、そんな顔するな」
「やったぁ! タケオさん大好きです!」
スフレパンケーキにフォークを入れて、「きゃっ!」とかわいい声を上げるルリア。
なんか見ているのが、面白くなってきたぞこれ。
「ふはぁ~~これ、魔法の雲を食べてるみたいです……」
一瞬で笑顔に戻るルリア。この子達は食べ物が絡むと本当に切り替えが早い。
どれ……ここまできたらもっといくか。
「よし、ではさらなる深淵にむかうとするか」
「え? なんですかタケオさん……まさか!?」
「なになに? 先輩どうしたんです?」
「―――現代フード召喚、追加トッピング!」
「な、なあぁああ~~こ、これってタケオさん!」
「ふはぁ~~せ、せんぱいぃ~やっちゃた……これはやりすぎているぅ~(じゅるり)」
さあさあ~~どうだ!
スフレパンケーキの上には雪のような純白のホイップクリームが山のように盛られ、そこから鮮やかなイチゴとブルーベリーのソースがまるで溶岩のようにとろりと流れ落ちていた。
さらにイチゴ、バナナ、ベリーといった果物がぽぽんっと、その雪山のうえに落ちていく。
「ま、夜中だし無理はしなくていいぞ。いらないなら俺が食べるだけだけだけどな」
「「食べるに決まってます!!」」
ミーシャとルリアが見事にハモった。
2人とも、たっぷりのクリームやらベリーやらを口につけて満面の笑み。
そして1時間後に……
甘い夜は終わった。
「「……はふぅ~~幸せ。明日から仕事がんばれるぅ~~」」
ミーシャもルリアも満足そうに頬を緩めている。
「よし、食ったら解散だ。俺は今度こそ、寝る」
「はーい、ご馳走さまでした~先輩!」
「おやすみなさい、タケオさん。いい夢見れそうです!」
嵐のような女子たちが去っていき、部屋に再び静寂が戻る。
俺は最後に自分の分のスフレパンケーキを一口食べた。
「……うむ。これは確かにうまいな」
真夜中の背徳感とかどうでも良くなるうまさだ。
疲れた体にはこの甘さが一番の薬なのかもしれん。
俺は心地よい満腹感に包まれながら、今度こそ、深い眠りの中へと落ちていった。

