南門前に張りつめていた空気が、急にざわついた。
「―――動きがあります!」
歩哨に立った自警団員のひとりが、やや上ずった声で叫ぶ。
森の方角を見ると木々の隙間が不自然に揺れている。
「来たか……」
薄暗い森の境界から、次々と不気味な影が這い出してきた。
突き出た牙と濁った瞳、大きな体躯を揺らして低い唸り声を上げているのは人型魔物のオーク。そしてその周囲に狼型魔物のブラックウルフの群れ。
数は……オーク10体にブラックウルフが30~40か。
最前線に比べれば魔物のレベルも数もそこまでたいしたことではないのだろうが、ここは比較的ゆるめの地区だ。
ここまで魔物が出てくることは、ほとんどない。
とはいえ目のまえに魔物が現れたのは事実。
なんとかしなければならん。
こちらの戦力は俺たち騎士団4人に自警団10人ほど。真正面から突撃しても分が悪い。
「よし、ルリア! まずは先制パンチだ。サラを呼んでくれ!」
俺は即座に指示を出した。
ここは正面衝突より、まずは火力で敵戦力を削れるだけ削りたい。
「はい! サラちゃん召喚!」
ルリアが勢いよく魔法陣を展開する。
火の精霊サラマンダーのサラが、前みたいにド派手に火を吹いてくれれば……下手をすれば一撃で終わる。
……はず、だったんだが。
「……あれ?」
ルリアが首をかしげた。
「出てこない……?」
魔法陣は光っている。
魔力もちゃんと流れている。なのに……
「サラちゃ~ん?」
ルリアが光り輝く魔法陣の中に顔を突っ込んで「サラちゃ〜ん?」と連呼し始めた。なんともいえない絵面だな。
「……もしかして……た、タケオさん」
「どうした、ルリア」
「わぁぁ~~ん! サラちゃん、食べすぎで召喚魔法陣から出られなくなった~~!」
……は?
食べすぎで!?
つまり腹がつかえて、物理的に魔法陣をくぐれないと?
「それ、魔法陣を広げたりできないのか?」
「む、無理ですぅ……! 私の腕じゃ、これが限界で……!」
マジかよ。
「……そういや、あいつアホほどカレー食ってたな」
三杯どころじゃなかった。
しかも夜食用に持ち帰ってたし。
異世界の神秘であるはずの精霊が、食い意地を張ったせいでデブって出勤不可能になるとは、誰が想像できただろうか。う~む、これは想定外だ。
「じゃ、じゃあ別の精霊さんを呼びます!」
呼べるんかい。
ルリアは慌てて別の魔法陣を構築し始めたが―――
「……あっ、端っこできた!」
できた、って言うにはあまりにも部分的すぎる。
円ですらねぇ。もしかしてこの速度で魔方陣を構築していくつもりか。
「……ルリア、これ完成までどれくらいかかる?」
「え、えっと……久しぶりなので……けっこう……」
だめだ、こりゃ相当時間がかかるな。
「タケ! やつらがくるわよ!」
スリーナが剣を抜き、鋭く叫ぶ。
スリーナの声で、前を見ると森の影から姿を現した魔物たちが、ぞろぞろと前進をはじめていた。
ルリアはまだ「魔法陣の構築に集中しなきゃ!」と必死に構築している。こりゃあ、精霊を待ってたら門が破られる。
これは―――俺がやるしかないな。
「よし……だったら、これだ」
俺は静かに魔力を込める。
「―――現代フード召喚」
ポン、ポン、ポンと地面に並ぶホカホカの皿。
俺は召喚を継続してその皿を門の真正面に並べていく。中身はもちろんカレーだ。
独特のスパイスの香りをプンプンと放ち、周囲がなんともいえないカレーな空気に包まれる。
「な、なんだこれ……さっきのカレーよりもなんか強いにおいだな」
「ああ……だがこれはこれでなんかそそられる(じゅるり)」
自警団のやつらが前方にばらまかれたカレーを見てゴクリと唾を飲み込んだ。
「グルウウウ」
「ガルルウウ」
目の前に現れたのは足の速いブラックウルフたち。オークたちはまだ後方からのしのしと歩いている。
ブラックウルフ、オオカミ型の魔物。こいつらの機動力は相当にやっかいだ。
「グルゥ?」
そんなブラックウルフたちが足を止めた。
はじめは目の前に並んでいるカレーを警戒している様子だったが、一匹がさらに口をつけたことで状況は一変した。
「ガウガツ!」
「ガルゥウウ!」
一斉に皿に顔を突っ込み始めるブラックウルフたち。
元々腹を空かせていたのか、すごい勢いだ。
そう、そのカレーも他のカレーと同じく美味いんだよ。
最初はな。
「ガウ?」
「ガルゥ?」
ブラックウルフたちの口が止まった。そして、次の瞬間。
「ギャウゥゥゥッ!?」
「ハフゥウウウウ!!」
悶絶。悶絶。悶絶。
地面を転げ回り舌を出し、のたうつブラックウルフたち。
このカレー、ひと口目は「うまい?」みたいな顔になるが、次の瞬間に地獄を見る。
「そう、100倍カレーは……あとからくる」
スパイス全開。汗、涙、鼻水。いろいろでまくり。
舌をダラリと垂らし、泡を吹きながら狂ったように地面を掘り始めた。少しでも冷たい土に舌を触れさせたいのだろう。
「……魔物が、苦しんでる……?」
「食べ物で……?」
自警団員たちが呆然とする中、俺は腕を組んだ。
「刺激は、効くんだよ」
もちろんこの辛さが病みつきになる人種もいる。が、ブラックウルフたちはまだカレー初心者だ。そんなカレー玄人みたいな個体はいないだろう。
門の前は魔物たちの阿鼻叫喚地獄で埋め尽くされた。戦うどころじゃない。
よし、これでブラックウルフの厄介な機動力は封じたぞ。
おっさん剣も魔法も使えんが、カレーで制圧だな。
「俺っちの筋肉をくらえぇ~おりゃ~~~!」
「あたしの剣のさびになりな!」
ゴンスの怪力やスリーなの剣技が炸裂する。
さらに自警団の突撃でブラックウルフはほとんど全滅した。
「……タケオさん」
魔方陣を構築中のルリアが口をひらいた。
「これ……サラちゃんの炎より、ずっとヤバくないですか……?」
「気のせいだ。俺はただ、腹を空かせた連中に飯を振る舞っただけだぞ」
おっさんの「おもてなし」は、時として剣よりも鋭い。
ましてや時間外勤務なのだから、容赦はしてられん。
さて……のこるは後方からのそのそとやってくるオークたちだな。
「―――動きがあります!」
歩哨に立った自警団員のひとりが、やや上ずった声で叫ぶ。
森の方角を見ると木々の隙間が不自然に揺れている。
「来たか……」
薄暗い森の境界から、次々と不気味な影が這い出してきた。
突き出た牙と濁った瞳、大きな体躯を揺らして低い唸り声を上げているのは人型魔物のオーク。そしてその周囲に狼型魔物のブラックウルフの群れ。
数は……オーク10体にブラックウルフが30~40か。
最前線に比べれば魔物のレベルも数もそこまでたいしたことではないのだろうが、ここは比較的ゆるめの地区だ。
ここまで魔物が出てくることは、ほとんどない。
とはいえ目のまえに魔物が現れたのは事実。
なんとかしなければならん。
こちらの戦力は俺たち騎士団4人に自警団10人ほど。真正面から突撃しても分が悪い。
「よし、ルリア! まずは先制パンチだ。サラを呼んでくれ!」
俺は即座に指示を出した。
ここは正面衝突より、まずは火力で敵戦力を削れるだけ削りたい。
「はい! サラちゃん召喚!」
ルリアが勢いよく魔法陣を展開する。
火の精霊サラマンダーのサラが、前みたいにド派手に火を吹いてくれれば……下手をすれば一撃で終わる。
……はず、だったんだが。
「……あれ?」
ルリアが首をかしげた。
「出てこない……?」
魔法陣は光っている。
魔力もちゃんと流れている。なのに……
「サラちゃ~ん?」
ルリアが光り輝く魔法陣の中に顔を突っ込んで「サラちゃ〜ん?」と連呼し始めた。なんともいえない絵面だな。
「……もしかして……た、タケオさん」
「どうした、ルリア」
「わぁぁ~~ん! サラちゃん、食べすぎで召喚魔法陣から出られなくなった~~!」
……は?
食べすぎで!?
つまり腹がつかえて、物理的に魔法陣をくぐれないと?
「それ、魔法陣を広げたりできないのか?」
「む、無理ですぅ……! 私の腕じゃ、これが限界で……!」
マジかよ。
「……そういや、あいつアホほどカレー食ってたな」
三杯どころじゃなかった。
しかも夜食用に持ち帰ってたし。
異世界の神秘であるはずの精霊が、食い意地を張ったせいでデブって出勤不可能になるとは、誰が想像できただろうか。う~む、これは想定外だ。
「じゃ、じゃあ別の精霊さんを呼びます!」
呼べるんかい。
ルリアは慌てて別の魔法陣を構築し始めたが―――
「……あっ、端っこできた!」
できた、って言うにはあまりにも部分的すぎる。
円ですらねぇ。もしかしてこの速度で魔方陣を構築していくつもりか。
「……ルリア、これ完成までどれくらいかかる?」
「え、えっと……久しぶりなので……けっこう……」
だめだ、こりゃ相当時間がかかるな。
「タケ! やつらがくるわよ!」
スリーナが剣を抜き、鋭く叫ぶ。
スリーナの声で、前を見ると森の影から姿を現した魔物たちが、ぞろぞろと前進をはじめていた。
ルリアはまだ「魔法陣の構築に集中しなきゃ!」と必死に構築している。こりゃあ、精霊を待ってたら門が破られる。
これは―――俺がやるしかないな。
「よし……だったら、これだ」
俺は静かに魔力を込める。
「―――現代フード召喚」
ポン、ポン、ポンと地面に並ぶホカホカの皿。
俺は召喚を継続してその皿を門の真正面に並べていく。中身はもちろんカレーだ。
独特のスパイスの香りをプンプンと放ち、周囲がなんともいえないカレーな空気に包まれる。
「な、なんだこれ……さっきのカレーよりもなんか強いにおいだな」
「ああ……だがこれはこれでなんかそそられる(じゅるり)」
自警団のやつらが前方にばらまかれたカレーを見てゴクリと唾を飲み込んだ。
「グルウウウ」
「ガルルウウ」
目の前に現れたのは足の速いブラックウルフたち。オークたちはまだ後方からのしのしと歩いている。
ブラックウルフ、オオカミ型の魔物。こいつらの機動力は相当にやっかいだ。
「グルゥ?」
そんなブラックウルフたちが足を止めた。
はじめは目の前に並んでいるカレーを警戒している様子だったが、一匹がさらに口をつけたことで状況は一変した。
「ガウガツ!」
「ガルゥウウ!」
一斉に皿に顔を突っ込み始めるブラックウルフたち。
元々腹を空かせていたのか、すごい勢いだ。
そう、そのカレーも他のカレーと同じく美味いんだよ。
最初はな。
「ガウ?」
「ガルゥ?」
ブラックウルフたちの口が止まった。そして、次の瞬間。
「ギャウゥゥゥッ!?」
「ハフゥウウウウ!!」
悶絶。悶絶。悶絶。
地面を転げ回り舌を出し、のたうつブラックウルフたち。
このカレー、ひと口目は「うまい?」みたいな顔になるが、次の瞬間に地獄を見る。
「そう、100倍カレーは……あとからくる」
スパイス全開。汗、涙、鼻水。いろいろでまくり。
舌をダラリと垂らし、泡を吹きながら狂ったように地面を掘り始めた。少しでも冷たい土に舌を触れさせたいのだろう。
「……魔物が、苦しんでる……?」
「食べ物で……?」
自警団員たちが呆然とする中、俺は腕を組んだ。
「刺激は、効くんだよ」
もちろんこの辛さが病みつきになる人種もいる。が、ブラックウルフたちはまだカレー初心者だ。そんなカレー玄人みたいな個体はいないだろう。
門の前は魔物たちの阿鼻叫喚地獄で埋め尽くされた。戦うどころじゃない。
よし、これでブラックウルフの厄介な機動力は封じたぞ。
おっさん剣も魔法も使えんが、カレーで制圧だな。
「俺っちの筋肉をくらえぇ~おりゃ~~~!」
「あたしの剣のさびになりな!」
ゴンスの怪力やスリーなの剣技が炸裂する。
さらに自警団の突撃でブラックウルフはほとんど全滅した。
「……タケオさん」
魔方陣を構築中のルリアが口をひらいた。
「これ……サラちゃんの炎より、ずっとヤバくないですか……?」
「気のせいだ。俺はただ、腹を空かせた連中に飯を振る舞っただけだぞ」
おっさんの「おもてなし」は、時として剣よりも鋭い。
ましてや時間外勤務なのだから、容赦はしてられん。
さて……のこるは後方からのそのそとやってくるオークたちだな。

