ガタゴトと揺れる馬車の窓から、ようやく人工的な木製の建物が見えてきた。 風船ガムの膨らませすぎで顎が少し疲れ始めた頃、俺たちは辺境の町「バザル」に到着した。
「着いたぞー」
御者の声と同時に馬車が減速する。
木製の門を抜けると、ほどよく賑わった町並みが広がった。
「やっとついたし~~地面の上は最高じゃん!」
馬車が止まるなりスリーナが鎧を脱いだインナー姿でぴょんと飛び出した。 彼女は大きく伸びをして、その無防備なプロポーションを町ゆく男たちの視線に晒しているが、本人は全く気にしていない。
ま、スリーナの言うとおり長時間移動でかなり尻が痛い。
「俺っちの筋肉が「重いもの」を持ちたがってるぜ!」
ゴンスが自慢の筋肉ムキムキ腕をブンブン振った。うむ、頼もしい限りだがもうちょっと待て。
俺たちはまず、中央広場に広がる市場へと足を向けた。
この町とは騎士団として正式な契約を結んでおり、いわば「大口の法人契約」だ。王国一の巨大組織である騎士団が定期的にお金を落とすことで、この辺境の経済活性の一助を担っている。といっても馬車一台程度な話なので、効果といっても知れているがな。
基本的な買い付け自体は町単位で行い、価格も品質もある程度保証されている。
「……うん。小麦が二十袋、ジャガイモ十袋、それから干し肉とワイン樽に玉ねぎですね」
「ああ、騎士様。今回も良いのが入ってるよ」
俺は町の担当者と書類を照らし合わせ、淡々と検収作業を進めていく。
問題が起こることは滅多にないのだがまれに粗悪品が混ざる場合もあるので、品質チェックは買い付け任務としては欠かせない作業のひとつである。
「よし、特に問題なしだな。では支払いを」
俺は品質チェックと支払いの処理を済ませた。
「タケオっち~~物は全部馬車に積み込んだぜ~~」
そこへゴンスの元気な声が飛んできた。よし、これで契約分の物資確保は完了だ。
帳面を閉じると、肩の力が抜けた。
定期的な買い付けとはいえ、今回初任務だからな。なんでも初は緊張するもんだし、そのぐらいがいいと思っている。
ルリア、スリーナにゴンス。今回のメンツが揃ったところで俺は口を開いた。
「さて、ここからは自由購入の時間だ」
俺の言葉に、ルリアたちの目がキラリと輝いた。
自由購入―――。いわば「現場の裁量」で買っていい予算枠だ。ここで何を仕入れるかが、食堂のメニューに彩りを与え、俺のスローライフをより豊かにする。
さてさて~なにがあるかな。
市場を散策していると、ふと鮮やかな色が目に飛び込んできた。
「わぁ~~これオレンジですねタケオさん」
「ああ、そうだなルリア」
ルリアの目がキラキラと輝いている。
フルーツ好きなんか……っていうかこの世界で甘いモノって言うとフルーツメインになるんだよな。
菓子でいえば、焼き菓子やパウンドケーキみたいなものだがそこまで大量に出回っていない。
「オレンジなら多少日持ちはするか……」
「は~い、いらっしゃ~い。それとっても美味しいですよ」
奥から可愛げな声が聞こえてきた。
店番をしているのは、まだ年端もいかぬ少女だった。
「よし、このオレンジをひと箱もらおう」
「ええぇ~ひと箱も……あ、ありがとうございます! 騎士様!」
騎士様か……本部にいた頃は庁舎から出る暇があまりなかったからな。こういうの新鮮だわ。
「他にもおすすめはあるかい?」
俺の問いかけに、赤い実を俺に手渡す少女。
これはリンゴだな。スリーナが好物なのか、タケ買おうぜと俺の身体を揺すってくる。ま、普通にうまそうだし。
「おっしゃ、こいつもひと箱もらおう」
大喜びの少女に支払いを済ませていると、視界にみずみずしい緑が入ってきた。
「……レタスか。これ、すごくいい色だな」
そこには、瑞々しく葉を広げた立派なレタスが山積みになっていた。
この世界の食文化は正直言って低いが、素材そのもののポテンシャル自体は高いものも結構ある。今目の前にあるレタスがいい例だ。土壌が良いのか栽培方法が優れているのかわからんけど、野菜一つ一つの生命力が現代のものより強く感じる。
だが店番の少女は、どこか悲しげな様子で野菜を眺めていた。
さっきまでの元気はどこいったんだ?
俺が声をかけると、少女は力なく笑った。
「……今年は育ちが良くて、いっぱい作れたんです。でも、生野菜はすぐにダメになっちゃうから。町の人もスープの具にする分しか買わないし……半分以上は捨てちゃうことになると思います」
なるほどな。この世界、特に一般層では「生野菜を食べる」という習慣がほとんどない。 生ものという抵抗感もあるのだが、何より「味がしない葉っぱをそのまま食べる」という概念がないのだ。基本はクタクタになるまで煮込んだスープの具になることがほとんだ。
俺たち騎士団も、この野菜を買い付けたところで日持ちがしなければ無駄にしてしまうしな。
俺は少女に向かって少し意地悪く、でも確信を持って彼女と目線を合わせた。
「なあ、お嬢ちゃん。いまその野菜を食わせてくれたら、いいものをやる。どうだ?」
「え……食べる……? 生でですか?」
ポカンとする少女を横目に、俺は周囲に気づかれないよう静かに魔力を練る。
「―――現代フード召喚」
ポンッと俺の手元に、プラスチックボトルが現れた。
「えと……これは……?」
「ドレッシングってやつだ」
俺はレタスをちぎり、器に盛る。
そこに、まずはシンプルなフレンチドレッシングをかけた。
「ほら、食ってみ」
少女が恐る恐る口に運び―――シャキッという瑞々しい音の直後、目を見開いた。
「……おいしい!」
その声を合図に、俺は次々と召喚を開始する。
ごまドレッシング。
和風玉ねぎ。
シーザードレッシング。
「おいしいぃいい! タケオさん、なんですかこれ!? スープに入ってないお野菜なのに味がします!」
「まじ? あたしも一口……なにこれ、いけるじゃん!」
ルリアとスリーナがキャッキャ言いながらレタスを頬張り出した。
「うわ、これヤバ! クリーミーで、いくらでもいけるんだけど!」
「な、なんですか、この白いソース……チーズの香りがします!」
俺も遠慮なくバリバリいく。
ドレッシングが、野菜の瑞々しさを引き立ててくれる。
うめぇ~~。やっぱ予想通りこの子の野菜うまいわぁ~~。
「うわぁ、俺っちこれ苦手だ……」
俺たちが野菜バリバリいく中で、ゴンスが顔をしかめた。
ゴンスの手にした野菜はセロリか。
「ゴンス、こいつをつけてかじってみ」
俺はマヨネーズを追加で出してやった。
「……うまっ! タケオっち、これうまいっ!」
マヨネーズの暴力的な旨味の前に、ゴンスの好き嫌いなど一瞬で粉砕される。
少女は自分が「捨てるしかない」と思っていた野菜が、目の前で魔法のように消えていく光景を、ただ呆然と見つめていた。
「ああ~、美味かった」
俺は満足して立ち上がり、少女に業務用ドレッシングボトルを何本か手渡した。
「ご馳走さん、これは約束の品だ」
「えっ、こんなに!?」
「生野菜が美味しく食えるなら、廃棄も減るだろ」
「あ、ありがとうございます!」
少女は俺たちが見えなくなるまで、何度も頭を下げた。ボトルを大事そうに抱えて。
露店を離れたあと、ルリアがぽつりと言う。
「タケオさん。あの子、すっごく喜んでましたね」
「ああ、そうだな」
生野菜が美味しく食べられるならそれにこしたことはない、微力ながもこの町の自助能力にプラスになるだろう。などと言うのが騎士団員としての模範回答なのかもしれん。
だが、俺の本心はもっと単純だ。
「……まぁ、ぶっちゃけただの気まぐれだよ。もったいないってな」
こんなに美味いのに廃棄とはな……と思っただけだから。
うまいものがあるのに食わないって、もったいないじゃないか。
「……ふふ、タケオさんらしいです」
ルリアが優しく笑う。
こうして俺たちの買い付け任務は無事に終了し、今日の宿に向かうのだった。
「着いたぞー」
御者の声と同時に馬車が減速する。
木製の門を抜けると、ほどよく賑わった町並みが広がった。
「やっとついたし~~地面の上は最高じゃん!」
馬車が止まるなりスリーナが鎧を脱いだインナー姿でぴょんと飛び出した。 彼女は大きく伸びをして、その無防備なプロポーションを町ゆく男たちの視線に晒しているが、本人は全く気にしていない。
ま、スリーナの言うとおり長時間移動でかなり尻が痛い。
「俺っちの筋肉が「重いもの」を持ちたがってるぜ!」
ゴンスが自慢の筋肉ムキムキ腕をブンブン振った。うむ、頼もしい限りだがもうちょっと待て。
俺たちはまず、中央広場に広がる市場へと足を向けた。
この町とは騎士団として正式な契約を結んでおり、いわば「大口の法人契約」だ。王国一の巨大組織である騎士団が定期的にお金を落とすことで、この辺境の経済活性の一助を担っている。といっても馬車一台程度な話なので、効果といっても知れているがな。
基本的な買い付け自体は町単位で行い、価格も品質もある程度保証されている。
「……うん。小麦が二十袋、ジャガイモ十袋、それから干し肉とワイン樽に玉ねぎですね」
「ああ、騎士様。今回も良いのが入ってるよ」
俺は町の担当者と書類を照らし合わせ、淡々と検収作業を進めていく。
問題が起こることは滅多にないのだがまれに粗悪品が混ざる場合もあるので、品質チェックは買い付け任務としては欠かせない作業のひとつである。
「よし、特に問題なしだな。では支払いを」
俺は品質チェックと支払いの処理を済ませた。
「タケオっち~~物は全部馬車に積み込んだぜ~~」
そこへゴンスの元気な声が飛んできた。よし、これで契約分の物資確保は完了だ。
帳面を閉じると、肩の力が抜けた。
定期的な買い付けとはいえ、今回初任務だからな。なんでも初は緊張するもんだし、そのぐらいがいいと思っている。
ルリア、スリーナにゴンス。今回のメンツが揃ったところで俺は口を開いた。
「さて、ここからは自由購入の時間だ」
俺の言葉に、ルリアたちの目がキラリと輝いた。
自由購入―――。いわば「現場の裁量」で買っていい予算枠だ。ここで何を仕入れるかが、食堂のメニューに彩りを与え、俺のスローライフをより豊かにする。
さてさて~なにがあるかな。
市場を散策していると、ふと鮮やかな色が目に飛び込んできた。
「わぁ~~これオレンジですねタケオさん」
「ああ、そうだなルリア」
ルリアの目がキラキラと輝いている。
フルーツ好きなんか……っていうかこの世界で甘いモノって言うとフルーツメインになるんだよな。
菓子でいえば、焼き菓子やパウンドケーキみたいなものだがそこまで大量に出回っていない。
「オレンジなら多少日持ちはするか……」
「は~い、いらっしゃ~い。それとっても美味しいですよ」
奥から可愛げな声が聞こえてきた。
店番をしているのは、まだ年端もいかぬ少女だった。
「よし、このオレンジをひと箱もらおう」
「ええぇ~ひと箱も……あ、ありがとうございます! 騎士様!」
騎士様か……本部にいた頃は庁舎から出る暇があまりなかったからな。こういうの新鮮だわ。
「他にもおすすめはあるかい?」
俺の問いかけに、赤い実を俺に手渡す少女。
これはリンゴだな。スリーナが好物なのか、タケ買おうぜと俺の身体を揺すってくる。ま、普通にうまそうだし。
「おっしゃ、こいつもひと箱もらおう」
大喜びの少女に支払いを済ませていると、視界にみずみずしい緑が入ってきた。
「……レタスか。これ、すごくいい色だな」
そこには、瑞々しく葉を広げた立派なレタスが山積みになっていた。
この世界の食文化は正直言って低いが、素材そのもののポテンシャル自体は高いものも結構ある。今目の前にあるレタスがいい例だ。土壌が良いのか栽培方法が優れているのかわからんけど、野菜一つ一つの生命力が現代のものより強く感じる。
だが店番の少女は、どこか悲しげな様子で野菜を眺めていた。
さっきまでの元気はどこいったんだ?
俺が声をかけると、少女は力なく笑った。
「……今年は育ちが良くて、いっぱい作れたんです。でも、生野菜はすぐにダメになっちゃうから。町の人もスープの具にする分しか買わないし……半分以上は捨てちゃうことになると思います」
なるほどな。この世界、特に一般層では「生野菜を食べる」という習慣がほとんどない。 生ものという抵抗感もあるのだが、何より「味がしない葉っぱをそのまま食べる」という概念がないのだ。基本はクタクタになるまで煮込んだスープの具になることがほとんだ。
俺たち騎士団も、この野菜を買い付けたところで日持ちがしなければ無駄にしてしまうしな。
俺は少女に向かって少し意地悪く、でも確信を持って彼女と目線を合わせた。
「なあ、お嬢ちゃん。いまその野菜を食わせてくれたら、いいものをやる。どうだ?」
「え……食べる……? 生でですか?」
ポカンとする少女を横目に、俺は周囲に気づかれないよう静かに魔力を練る。
「―――現代フード召喚」
ポンッと俺の手元に、プラスチックボトルが現れた。
「えと……これは……?」
「ドレッシングってやつだ」
俺はレタスをちぎり、器に盛る。
そこに、まずはシンプルなフレンチドレッシングをかけた。
「ほら、食ってみ」
少女が恐る恐る口に運び―――シャキッという瑞々しい音の直後、目を見開いた。
「……おいしい!」
その声を合図に、俺は次々と召喚を開始する。
ごまドレッシング。
和風玉ねぎ。
シーザードレッシング。
「おいしいぃいい! タケオさん、なんですかこれ!? スープに入ってないお野菜なのに味がします!」
「まじ? あたしも一口……なにこれ、いけるじゃん!」
ルリアとスリーナがキャッキャ言いながらレタスを頬張り出した。
「うわ、これヤバ! クリーミーで、いくらでもいけるんだけど!」
「な、なんですか、この白いソース……チーズの香りがします!」
俺も遠慮なくバリバリいく。
ドレッシングが、野菜の瑞々しさを引き立ててくれる。
うめぇ~~。やっぱ予想通りこの子の野菜うまいわぁ~~。
「うわぁ、俺っちこれ苦手だ……」
俺たちが野菜バリバリいく中で、ゴンスが顔をしかめた。
ゴンスの手にした野菜はセロリか。
「ゴンス、こいつをつけてかじってみ」
俺はマヨネーズを追加で出してやった。
「……うまっ! タケオっち、これうまいっ!」
マヨネーズの暴力的な旨味の前に、ゴンスの好き嫌いなど一瞬で粉砕される。
少女は自分が「捨てるしかない」と思っていた野菜が、目の前で魔法のように消えていく光景を、ただ呆然と見つめていた。
「ああ~、美味かった」
俺は満足して立ち上がり、少女に業務用ドレッシングボトルを何本か手渡した。
「ご馳走さん、これは約束の品だ」
「えっ、こんなに!?」
「生野菜が美味しく食えるなら、廃棄も減るだろ」
「あ、ありがとうございます!」
少女は俺たちが見えなくなるまで、何度も頭を下げた。ボトルを大事そうに抱えて。
露店を離れたあと、ルリアがぽつりと言う。
「タケオさん。あの子、すっごく喜んでましたね」
「ああ、そうだな」
生野菜が美味しく食べられるならそれにこしたことはない、微力ながもこの町の自助能力にプラスになるだろう。などと言うのが騎士団員としての模範回答なのかもしれん。
だが、俺の本心はもっと単純だ。
「……まぁ、ぶっちゃけただの気まぐれだよ。もったいないってな」
こんなに美味いのに廃棄とはな……と思っただけだから。
うまいものがあるのに食わないって、もったいないじゃないか。
「……ふふ、タケオさんらしいです」
ルリアが優しく笑う。
こうして俺たちの買い付け任務は無事に終了し、今日の宿に向かうのだった。

