ザザールが最前線に左遷(栄転?)されて1週間が経った。
朝食の粉末コーンスープに続き昼食の牛丼で団員たちの胃袋をがっちり掴んだ俺は、順風満帆なスローライフ勤務を満喫……できるはずだった。
「ふぅっ、ふぅ、はぁっ!」
俺の息切れ音が朝の澄んだ空気に白く溶けていく。おっさんが朝っぱらから何をやっているのかって?
素振りである。
手に馴染まない木剣を、ただひたすらにブンブンと振り下ろしているのだ。アホみたいに……。
今日は合同訓練の日。食堂課だろうが魔法支援課だろうが、問答無用で全員参加が義務付けられている。
まあ、騎士である以上、身体を鍛えるのは当然と言えば当然なんだが……。
「ふぃ〜……やっと、せんかい……終わった……」
ふはぁ~~腕が鉛のように重い。全身から汗が噴き出し、内勤専門のおっさんには過酷すぎるノルマだ。
周囲に目をやれば、ほとんどの者が俺と同じように地面に膝をつきぐったりと項垂れてぜぇぜぇと肩で息をしている始末だ。
「…………あと1000回追加」
その安堵の空気を切り裂くように、凛としてそれでいて絶望的に冷たい声が響いた。
声の主は訓練場の中央に立つ一人の女性騎士。朝日を浴びて眩しく輝く白銀のシルバードレスアーマーが、彼女の引き締まった抜群のプロポーションを際立たせている。
そう新たな指南役は、かつて俺が秘書としてこき使われていた氷剣姫ことシュトリアーナ特級騎士その人だった。
剣姫の無慈悲な声に、へたり込んでいた団員たちから「ええぇ……マジかよ」「腕がもげるって……」と悲鳴に近いどよめきが上がる。
シュトリアーナは俺たちを一瞥すると、ほんの少しだけ眉をひそめる。
「……貴様らのその腑抜けた顔で気が変わった。あと2000回だ」
静かに、だが有無を言わさぬ冷酷な声が訓練場に絶望の響きとなってこだました。
◇◇◇
午前の合同訓練が終わり、昼食の時間。
……なのだが、食堂の空気は完全に死んでいた。
みんな、ぐったり。
椅子に座っているというより、もはや寄りかかっているだけだ。
剣姫シュトリアーナ。
電撃赴任当初は有名人補正も相まって、そりゃもう人気大爆発だった。
だが現実は―――冷酷無慈悲な氷剣姫。
さっきまで美人だのスタイル抜群だの二つの膨らみがどうだのと騒いでいた連中の目は、ことごとく虚ろになっている。
午前中でみんなの幻想は、完全に粉砕されたようだ。
「きっつ~~あのねえさん、はんぱないっしょ……」
スリーナがテーブルに突っ伏したまま、か細く呟く。
「俺っちの筋肉が悲鳴を上げてるぜ……こんなの、村を出て以来はじめだ……」
ゴンスも肩を落とし、腕をぷるぷる震わせていた。
とはいえ、この二人。文句を言いながらも最後まであの鬼訓練についていってた。
やっぱり基礎スペックは高いんだよなぁ……。
「え~~ん、わたし、剣とか使えないのにぃ……」
ルリアは完全に涙目だ。
そういえば彼女は剣の代わりに杖を持たされ、ひたすら素振りさせられていた。
もはやなんの意味があるのか良く分からん。
俺だって木剣は重くてしんどい。
ていうか普段俺が腰に下げているのは竹光だぞ?
木剣よりも軽いんだ。
「ずっと……ずっと、こんなのが続くんですかぁ……?」
泣きそうな顔で、いやもう泣いてるルリアが俺を見る。
……ふむ。
訓練は必要だが、やりすぎはいかん。
このままだと俺の理想のスローライフ勤務が音を立てて遠ざかっていく。
よし。
あまり気は進まんが―――いくか。
◇◇◇
本庁舎の二階。
一番奥から二番目の部屋、そこが剣姫シュトリアーナの私室らしい。
ちなみに一番奥は、例のムチムチ団長の部屋だ。
……そういえば最近顔出してないな。
まあそれは今度でいいや。団長と剣姫のダブル対応とか、悪夢でしかない。今日はやめとこう。
俺は深呼吸して、ノックもそこそこに中へ入った。
―――ブンッ
いきなり風を切る音。
室内なんだが? というツッコミは喉まで出たが、飲み込む。
剣姫シュトリアーナは部屋の中央で剣を振っていた。
狭い室内だというのに、寸分の狂いもない剣筋。無駄がなく、それでいて妙に美しい。
戦場で「氷剣姫」と恐れられるのも納得の動きだ。
「……なにか用か?」
振り終えた剣姫がこちらを睨む。
相変わらず視線が鋭い。冷気すら感じる。
「ああ、久々にな。ほら、これ」
俺は空間から、例のブツを召喚した。
包み紙に包まれた、あの丸くて分厚いやつ。
「……あふっ♡」
とたんに剣姫から変な声が漏れた。
俺がハンバーガーを召喚して、チラ見せしたからだ。
剣姫の表情が一瞬で崩れる。
氷が溶けたというより、崩壊したと言うべきか。
「た、タケオぉ~は、はやくぅ~~もう、がまんできないぃぃ!」
目がいっちゃってる。
完全にいつもの「二人きりモード」のシュトリアーナだ。
「一週間も来てくれないなんてぇ~~! いじわるぅうう!」
「はいはい」
俺は慣れた手つきでハンバーガーを渡す。
剣姫はそれを受け取るなり、むさぼるように食らいついた。
「んほぉっ……! はふ、はふ……はふん♡」
一瞬で包み紙がくしゃくしゃになる。
「……な、なあ」
口の端にソースをつけたまま、剣姫が上目遣いでこちらを見る。
「以前のように……私の秘書に戻らないか?」
「ことわる!」
即答だ。
もう二度と、あのブラック勤務には戻らん。
「ちっ……」
剣姫は舌打ちすると、急に表情を引き締めた。
「このことは他言無用だからな。バラしたら斬る」
「わかったよ……ところで」
俺は肩をすくめるながらも、言葉を紡ぐ。
「さすがにあの訓練、気負いすぎだろ。ここの団員のスペックをちゃんと考慮してやってくれ」
もちろん、俺自身も底辺スペックだってことをお忘れなく。
まあ鍛えるのは構わない。だが、やりすぎはいかん。
「ふん。三等騎士であろうと、王国騎士に変わりはない」
剣姫は腕を組み、胸を張る。
「私のやり方で、有無を言わせずビシバシ鍛える。それが―――」
そこまで言わせなかった。
俺は無言で、二個目のハンバーガーを差し出す。
「あふぅ~~ん♡」
ふたたび剣姫の目がトロンとした。
「どうだ? ちょっとは改める気になったか?」
「ふ、ふん……私は特級騎士だ。この程度で屈しはしない!」
「へぇ~?」
俺はにやりと笑い、新たな一品を召喚する。
「そんな強がっちゃっていいのかなぁ~~~?」
「……それは……いつものだろ……はっ!?」
剣姫が目を見開いた。
「……ま、ま、ま、ましゃかぁああ!?」
そう。
いつものハンバーガーに、黄色くてとろりとした何かが挟まっている。
「チーズバーガーだ」
「―――ふあぁあああ!」
剣姫は叫びながらかぶりついた。
「いつものにチーズが……とろりと……! まろやかさが……あふぅふぅ~~ん♡」
よし、完全に入ったな。
ガンガン攻めさせてもらうぞ、剣姫よ。
「そらそら~、今度はテリヤキバーガーだぞ~」
「ぁぁ~~~ん♡ も、もうそれ以上はダメぇぇええ♡♡♡」
その後もしばらく剣姫の部屋からは、とても剣の訓練とは思えない声が漏れ続けたのであった。
結果―――
翌日から訓練はまともになった。
たまにハンバーガー補給をすれば、当面は大人しくしているだろう。
まさか、また剣姫の部屋に通うことになるとは。
朝食の粉末コーンスープに続き昼食の牛丼で団員たちの胃袋をがっちり掴んだ俺は、順風満帆なスローライフ勤務を満喫……できるはずだった。
「ふぅっ、ふぅ、はぁっ!」
俺の息切れ音が朝の澄んだ空気に白く溶けていく。おっさんが朝っぱらから何をやっているのかって?
素振りである。
手に馴染まない木剣を、ただひたすらにブンブンと振り下ろしているのだ。アホみたいに……。
今日は合同訓練の日。食堂課だろうが魔法支援課だろうが、問答無用で全員参加が義務付けられている。
まあ、騎士である以上、身体を鍛えるのは当然と言えば当然なんだが……。
「ふぃ〜……やっと、せんかい……終わった……」
ふはぁ~~腕が鉛のように重い。全身から汗が噴き出し、内勤専門のおっさんには過酷すぎるノルマだ。
周囲に目をやれば、ほとんどの者が俺と同じように地面に膝をつきぐったりと項垂れてぜぇぜぇと肩で息をしている始末だ。
「…………あと1000回追加」
その安堵の空気を切り裂くように、凛としてそれでいて絶望的に冷たい声が響いた。
声の主は訓練場の中央に立つ一人の女性騎士。朝日を浴びて眩しく輝く白銀のシルバードレスアーマーが、彼女の引き締まった抜群のプロポーションを際立たせている。
そう新たな指南役は、かつて俺が秘書としてこき使われていた氷剣姫ことシュトリアーナ特級騎士その人だった。
剣姫の無慈悲な声に、へたり込んでいた団員たちから「ええぇ……マジかよ」「腕がもげるって……」と悲鳴に近いどよめきが上がる。
シュトリアーナは俺たちを一瞥すると、ほんの少しだけ眉をひそめる。
「……貴様らのその腑抜けた顔で気が変わった。あと2000回だ」
静かに、だが有無を言わさぬ冷酷な声が訓練場に絶望の響きとなってこだました。
◇◇◇
午前の合同訓練が終わり、昼食の時間。
……なのだが、食堂の空気は完全に死んでいた。
みんな、ぐったり。
椅子に座っているというより、もはや寄りかかっているだけだ。
剣姫シュトリアーナ。
電撃赴任当初は有名人補正も相まって、そりゃもう人気大爆発だった。
だが現実は―――冷酷無慈悲な氷剣姫。
さっきまで美人だのスタイル抜群だの二つの膨らみがどうだのと騒いでいた連中の目は、ことごとく虚ろになっている。
午前中でみんなの幻想は、完全に粉砕されたようだ。
「きっつ~~あのねえさん、はんぱないっしょ……」
スリーナがテーブルに突っ伏したまま、か細く呟く。
「俺っちの筋肉が悲鳴を上げてるぜ……こんなの、村を出て以来はじめだ……」
ゴンスも肩を落とし、腕をぷるぷる震わせていた。
とはいえ、この二人。文句を言いながらも最後まであの鬼訓練についていってた。
やっぱり基礎スペックは高いんだよなぁ……。
「え~~ん、わたし、剣とか使えないのにぃ……」
ルリアは完全に涙目だ。
そういえば彼女は剣の代わりに杖を持たされ、ひたすら素振りさせられていた。
もはやなんの意味があるのか良く分からん。
俺だって木剣は重くてしんどい。
ていうか普段俺が腰に下げているのは竹光だぞ?
木剣よりも軽いんだ。
「ずっと……ずっと、こんなのが続くんですかぁ……?」
泣きそうな顔で、いやもう泣いてるルリアが俺を見る。
……ふむ。
訓練は必要だが、やりすぎはいかん。
このままだと俺の理想のスローライフ勤務が音を立てて遠ざかっていく。
よし。
あまり気は進まんが―――いくか。
◇◇◇
本庁舎の二階。
一番奥から二番目の部屋、そこが剣姫シュトリアーナの私室らしい。
ちなみに一番奥は、例のムチムチ団長の部屋だ。
……そういえば最近顔出してないな。
まあそれは今度でいいや。団長と剣姫のダブル対応とか、悪夢でしかない。今日はやめとこう。
俺は深呼吸して、ノックもそこそこに中へ入った。
―――ブンッ
いきなり風を切る音。
室内なんだが? というツッコミは喉まで出たが、飲み込む。
剣姫シュトリアーナは部屋の中央で剣を振っていた。
狭い室内だというのに、寸分の狂いもない剣筋。無駄がなく、それでいて妙に美しい。
戦場で「氷剣姫」と恐れられるのも納得の動きだ。
「……なにか用か?」
振り終えた剣姫がこちらを睨む。
相変わらず視線が鋭い。冷気すら感じる。
「ああ、久々にな。ほら、これ」
俺は空間から、例のブツを召喚した。
包み紙に包まれた、あの丸くて分厚いやつ。
「……あふっ♡」
とたんに剣姫から変な声が漏れた。
俺がハンバーガーを召喚して、チラ見せしたからだ。
剣姫の表情が一瞬で崩れる。
氷が溶けたというより、崩壊したと言うべきか。
「た、タケオぉ~は、はやくぅ~~もう、がまんできないぃぃ!」
目がいっちゃってる。
完全にいつもの「二人きりモード」のシュトリアーナだ。
「一週間も来てくれないなんてぇ~~! いじわるぅうう!」
「はいはい」
俺は慣れた手つきでハンバーガーを渡す。
剣姫はそれを受け取るなり、むさぼるように食らいついた。
「んほぉっ……! はふ、はふ……はふん♡」
一瞬で包み紙がくしゃくしゃになる。
「……な、なあ」
口の端にソースをつけたまま、剣姫が上目遣いでこちらを見る。
「以前のように……私の秘書に戻らないか?」
「ことわる!」
即答だ。
もう二度と、あのブラック勤務には戻らん。
「ちっ……」
剣姫は舌打ちすると、急に表情を引き締めた。
「このことは他言無用だからな。バラしたら斬る」
「わかったよ……ところで」
俺は肩をすくめるながらも、言葉を紡ぐ。
「さすがにあの訓練、気負いすぎだろ。ここの団員のスペックをちゃんと考慮してやってくれ」
もちろん、俺自身も底辺スペックだってことをお忘れなく。
まあ鍛えるのは構わない。だが、やりすぎはいかん。
「ふん。三等騎士であろうと、王国騎士に変わりはない」
剣姫は腕を組み、胸を張る。
「私のやり方で、有無を言わせずビシバシ鍛える。それが―――」
そこまで言わせなかった。
俺は無言で、二個目のハンバーガーを差し出す。
「あふぅ~~ん♡」
ふたたび剣姫の目がトロンとした。
「どうだ? ちょっとは改める気になったか?」
「ふ、ふん……私は特級騎士だ。この程度で屈しはしない!」
「へぇ~?」
俺はにやりと笑い、新たな一品を召喚する。
「そんな強がっちゃっていいのかなぁ~~~?」
「……それは……いつものだろ……はっ!?」
剣姫が目を見開いた。
「……ま、ま、ま、ましゃかぁああ!?」
そう。
いつものハンバーガーに、黄色くてとろりとした何かが挟まっている。
「チーズバーガーだ」
「―――ふあぁあああ!」
剣姫は叫びながらかぶりついた。
「いつものにチーズが……とろりと……! まろやかさが……あふぅふぅ~~ん♡」
よし、完全に入ったな。
ガンガン攻めさせてもらうぞ、剣姫よ。
「そらそら~、今度はテリヤキバーガーだぞ~」
「ぁぁ~~~ん♡ も、もうそれ以上はダメぇぇええ♡♡♡」
その後もしばらく剣姫の部屋からは、とても剣の訓練とは思えない声が漏れ続けたのであった。
結果―――
翌日から訓練はまともになった。
たまにハンバーガー補給をすれば、当面は大人しくしているだろう。
まさか、また剣姫の部屋に通うことになるとは。

