将棋部への復讐に燃える僕の奮闘は、後輩君に完全サポートされている、ハズだよな?

 放課後。独り教室に残って机に突っ伏している。
 部活に行きたくなくて、だけどすぐに帰ってしまう勇気がなくて。こんな風に時間を潰すようになって一週間が経過している。
 今日はどうしようかなぁ、とため息をついた。ふとスマホを見れば今日も部長からメッセージが届いている。
『長倉君、今日も部活休み? 体調大丈夫か?』
 それを一読し、カタンと音を立ててスマホをテーブルに置いた。すぐにスマホがブルルと振動し、新着通知が表示される。今度は古田だ。
『優斗先輩、一緒に帰りませんか? 話をさせてください』
 そのメッセージは開かずに、新着通知で内容だけ確認する。未読のままスマホ画面を閉じた。目を閉じて一つ深呼吸をしてから、部長のメッセージにだけ返信をする。
『部長、すみません。頭痛が酷いので、もうしばらく休みます』
 それだけを送ると『そっか。季節の変わり目だしな。大事にしろよ』と返信が来る。それと同時に古田からのメッセージが届く。
『優斗先輩、今どこですか?』
 これも新着通知画面で内容だけ確認する。
 先輩として嫌なことをしていると思う。既読をつけず、返信もしない。傍から見たら最低だ。
 だけど、どうしても無理なのだ。僕の中でドロドロした気持ちが渦巻き、古田のメッセージを見られない。
 本当は「大丈夫だから、ほっといてくれ」くらいは返信したいと思っている。だけどその一歩が踏み出せない。きっと古田を傷つけている。そう分かっていても出来ない自分に落ち込む。
 机に頭を乗せたまま窓の外に目を向けた。
 教室のある本校舎からは特別教室棟が丸見えだ。生物室では部長と古田が部活をしているだろう。
 僕がいないから部長はゲーム分析を始めているかもしれない。部長は実際に遊ぶだけではなくメリットデメリットの分析が得意だ。
 部室には多くの分析ノートがある。けれど、それはもう更新されないだろう。
 僕がこのまま部活を辞めれば部員は古田だけだ。もともと古田はボードゲームに興味はない。楽しむ部活という存在に興味が湧いただけだ。僕が部活を辞めればボードゲーム部は廃部になる。
 ――もう、どうでもいい。廃部になろうが、どうでも。
 机に頬をくっつけたまま横になった景色を眺めた。梅雨の曇り空。じめっとした空気。まるで僕そのものだ。
 目を閉じれば将棋部からの笑い声が蘇る。
 それに古田。なぜか将棋部を憎むように古田まで憎らしく思えている。可愛い後輩に裏切られたようで苦しい。
 きっと古田なりに僕への気遣いで真相を言わなかっただけだ。そう思う気持ちと、そんなのは優しさじゃない、と思う気持ちがせめぎ合う。
 ――すごい、疲れた。
 目を閉じたまま眠気に身を任せた。

 うとうと眠ったせいだろうか。夢を見た。
 高校に入学したとき、特技もなく習い事もしていなかったから部活動選択に困った。高校では全員どこかの部に所属する規則がある。中学は自由選択だったのに。
『誰でも所属出来て楽しめる。試合もないし資格もいらない』
 そんな部分に惹かれてボードゲーム部に決めた。入部のきっかけは適当だった。
 僕が入った当時は先輩が十二人いた。入部を大歓迎してくれて嬉しかった。先輩たちの笑顔が懐かしい。
「せんぱ、い……」
 口から寝言が漏れたように感じた。
『ボードゲームの良いところは人と接することだよな。相手の顔色、表情から心理を読むのが最高だ』
 ああ、これは島田部長の声だ。
『ネットゲームがどんなに流行しても、リアルのゲームが消えることはない。対面で笑い合うこと、感情を読み合うことは生きるのに役立つ事だと思うよ』
 これは僕が入部したときの部長の声。
『ええ? これ、凄い楽しい! もう一回!』
 週一回の遊び支援で訪問する児童クラブの子どもたちの声。子供にはマンカラやオセロが人気だ。
『また来て! 絶対に次は勝ちたいから!』
 キラキラした瞳がマンカラの石のように美しい。
『うん。来週な』
 笑顔を返す胸の温かさ。
 ――ああ、この部活に入って良かった。
 そんな思いがポコポコ生まれて。
 少しずつ楽しさが積み重なって、いつの間にかボードゲーム部は自分の居場所になって……。
 ――だけど、全部、全部、台無しだ。僕のせいで……。
 守りたかったのに。新入生をたくさん勧誘して、また賑やかなボードゲーム部にして。僕みたいに適当に入った人が輝きを見つける場になるかも、と期待したのに。
 キラキラした思い出の中から自分だけが落ちていく。手を伸ばすことができない。全部、僕のせいだから――。
「ごめん、なさ……」
 遠ざかる思い出に必死で謝った。涙が頬を伝う。
 その時。誰かが僕を撫でた。ハッと意識が浮上する。これは、誰?
 大きな手は労わるように優しく僕を愛でる。
 ゆっくり目を開ければ窓の外は薄暗い。
「優斗先輩」
 低い声が優しく耳に届く。
「誠……」
 緩慢に机から起き上がった。薄暗い中で古田が光を発しているかのように見える。これはもしかしたら夢の続きかもしれない。
「汗、かいてます」
 大きな手が僕の頬を拭う。熱を帯びた手だ。
 その手に頭を預けて目を閉じた。寝起きで甘えたがりになったのだろうか。懐かしい思い出のせいだろうか。情けないと思いながら、古田に寄りかかる。少しだけ、自分の心を支えてもらいたかった。弱った自分を、ちょっとだけ――。
 滲む涙が大きな手に伝う。古田がゆっくり動いたのが分かった。支えられた顔が少し上を向く。
 古田が近づく気配がした。
 そして――。
 唇から熱が伝わる。古田は唇まで熱いのだな、と呑気に考えた。熱い吐息が震えている。
「……好きです。優斗先輩が、狂おしいくらいに、好きです」
 消えそうな声が僕に注がれる。その一部始終が非現実的で。目を開けて良いのか分からず、しばらく身を任せた。

「優斗先輩、そろそろ帰らないとヤバいです」
 身体を揺すられて目を開けた。覚醒してすぐ、驚きに声を上げた。
「うお! こっわ!」
 教室は真っ暗だ。机の上に乗ったスマホのライトが懐中電灯のように周囲を照らしているだけ。
 僕を抱きかかえるようにしていた古田と顔を見合わせた。スマホで時間を確認すれば十九時。
「帰りましょう」
 古田は穏やかな笑顔を浮かべている。コクリと頷きを返し、静かに教室を後にした。
 薄暗い教室での出来事は夢だったのだろうか。記憶が定かではない。現実か自信がないけれど、古田に聞いて良いのか分からない。
 ――メッセージを無視したことを怒っているだろうか。
 そんな不安が過り古田に向き合えない。けれど疑問だけは僕の中に生まれていく。
 なぜ僕の傍に居たのだろう。いつから居たのだろう。夕方のは、現実?
 その全てを言葉にできずに飲みこんだ。
 古田は何も言わなかった。