翌日から部室の片付けと称して居残りをしている。もちろん古田と二人で。
「優斗先輩、こっちの奥にあるのも中身確認します?」
「そうだな。劣化してるのは部長に相談するよ。テーブルに出しとこうか」
「はい」
将棋部が部室に戻るのは僕たちより一時間ほど遅い。その時間で置きっぱなしのゲームの中身チェックをしている。ボードゲームは紙製が多く、中には部品が古くて使えなくなっているものもある。
作業をしながら古田を見れば、精悍な横顔に汗が垂れている。半袖に変わった制服がよく似合う。
「暑いよな。梅雨入りだし。いつの間にか六月だ」
「部室もエアコンつけて欲しいですね」
「運動部の部室には必要性が高いからつけられてるけど、文化部はつけてもらえないんだよな。ほら、僕らの活動室にはエアコンがあるから」
それでも暑いのは可哀そうで送風機を強にセットする。少しでも古田に風を送りたい。窓からもっと風が入れば良いのに。そう思って窓際に行くと、隣室から話し声が聞こえてきた。ここ数日の癖で聞き耳を立てる。
「先輩?」
僕の行動に気が付いて隣に古田が来る。僕は人差し指を口元に持っていき、『静かに』と示した。古田は少し微笑んでコクリと頷いた。
「ああ、新入部員多いのも疲れんなぁ」
「ほんとだよ。教えんのもダリい。自分の将棋打ちたいのにさぁ、最近イラつくんだよ」
男子生徒の会話が流れてくる。きっと向こうも窓際にいるのだろう。
「半分くらいはボドゲに行ってくれぇ」
「ブハハ! そりゃ無理だろ。長倉と島田だし」
「だよな! 新入生女子が長倉の外見目当てでボドゲ見学いったのに、ただのキモオタクだって帰ってくの見て、オレはガッツポーズしたぜ」
「長倉、もったいねぇよな。顔は良いのに、モテ要素ゼロ! ウケる!」
「あいつがもうちょい上手くやれば将棋部の苦労が少なかったのによぉ」
「ブッハ! それな!」
――え?
聞こえてくる言葉が僕の心に衝撃を与える。
カタカタ震える右手が大きな手に包み込まれた。古田が怖い顔をしている。そのまま片手で窓を閉めようとする古田を止めた。ちゃんと聞く必要があると思ったから。
「あいつらは適当に遊んでればいいお気楽部なんだから潰れりゃいいんだ。何よりオレはイケメンが嫌いなんだよ! だから長倉にはいつまでも残念メンズでいて欲しいなぁ。部員ゲットできない弱小部でいいんだよ、ボドゲは」
「出たよ、謎のイケメン攻撃。長倉、顔は良いもんな。中身はともかく。あ、でもボドゲ一人入ったよな」
「ああ、イケメン一年男子だ。けど、あれは冷やかしじゃね? どうせ幽霊部員だろ。ま、長倉が一人になって困ったら、将棋部に入れてやっても良いけどなぁ」
「うっわ、上から目線でたぁ」
彼らの笑いに怒りとショックが渦巻く。
「つか、そろそろ部活戻るか」
「だな」
ガタガタと去っていく足音。僕はその場から動くことができない。
「優斗先輩、座りましょう」
古田に背を押されて椅子に誘導された。されるがまま、トスンと椅子に座る。ふと足を見れば膝がガクついていた。
将棋部の奴らの言葉を脳内で再生する。
ボードゲーム部に見学に来た人たちは、僕の外見目当てだった。そして僕がオタクだと知って離れて行った。なんだ。見学者が入部しなかったのは僕のせいか。
――僕なりに、頑張ったのに。
見学者が多いと分かったときの期待。嬉しさで張り切った見学日。その全てが悲しみに変わっていく。
「先輩……」
古田が僕の頬に触れて気が付いた。僕の瞳から涙が溢れている。慌てて涙をグイっと手で拭った。古田を見れば悲しそうな表情。その顔を見て、何となく分かった。
「誠、お前、知ってたのか?」
古田は困った顔をして目線を下げた。それで全てを理解した。
――僕だけが知らなかった。
悔しくて苦しくて、やるせない気持ちが押し寄せる。
気が付いたら僕は部室を飛び出していた。追って来た古田に罵声を浴びせたと思う。あまりの興奮ではっきり覚えていないけれど。
その日は夕飯が喉を通らなかった。
将棋部が悪かったんじゃない。自分のせいだったのだ。
そう思うと、部長に申し訳なくて、それでも将棋部への憎しみは止まらなくて。全てを知っていたくせに僕に何も言ってくれなかった古田が許せなくて。
波の様な苦しみにのまれて涙が止まらなかった。
「優斗先輩、こっちの奥にあるのも中身確認します?」
「そうだな。劣化してるのは部長に相談するよ。テーブルに出しとこうか」
「はい」
将棋部が部室に戻るのは僕たちより一時間ほど遅い。その時間で置きっぱなしのゲームの中身チェックをしている。ボードゲームは紙製が多く、中には部品が古くて使えなくなっているものもある。
作業をしながら古田を見れば、精悍な横顔に汗が垂れている。半袖に変わった制服がよく似合う。
「暑いよな。梅雨入りだし。いつの間にか六月だ」
「部室もエアコンつけて欲しいですね」
「運動部の部室には必要性が高いからつけられてるけど、文化部はつけてもらえないんだよな。ほら、僕らの活動室にはエアコンがあるから」
それでも暑いのは可哀そうで送風機を強にセットする。少しでも古田に風を送りたい。窓からもっと風が入れば良いのに。そう思って窓際に行くと、隣室から話し声が聞こえてきた。ここ数日の癖で聞き耳を立てる。
「先輩?」
僕の行動に気が付いて隣に古田が来る。僕は人差し指を口元に持っていき、『静かに』と示した。古田は少し微笑んでコクリと頷いた。
「ああ、新入部員多いのも疲れんなぁ」
「ほんとだよ。教えんのもダリい。自分の将棋打ちたいのにさぁ、最近イラつくんだよ」
男子生徒の会話が流れてくる。きっと向こうも窓際にいるのだろう。
「半分くらいはボドゲに行ってくれぇ」
「ブハハ! そりゃ無理だろ。長倉と島田だし」
「だよな! 新入生女子が長倉の外見目当てでボドゲ見学いったのに、ただのキモオタクだって帰ってくの見て、オレはガッツポーズしたぜ」
「長倉、もったいねぇよな。顔は良いのに、モテ要素ゼロ! ウケる!」
「あいつがもうちょい上手くやれば将棋部の苦労が少なかったのによぉ」
「ブッハ! それな!」
――え?
聞こえてくる言葉が僕の心に衝撃を与える。
カタカタ震える右手が大きな手に包み込まれた。古田が怖い顔をしている。そのまま片手で窓を閉めようとする古田を止めた。ちゃんと聞く必要があると思ったから。
「あいつらは適当に遊んでればいいお気楽部なんだから潰れりゃいいんだ。何よりオレはイケメンが嫌いなんだよ! だから長倉にはいつまでも残念メンズでいて欲しいなぁ。部員ゲットできない弱小部でいいんだよ、ボドゲは」
「出たよ、謎のイケメン攻撃。長倉、顔は良いもんな。中身はともかく。あ、でもボドゲ一人入ったよな」
「ああ、イケメン一年男子だ。けど、あれは冷やかしじゃね? どうせ幽霊部員だろ。ま、長倉が一人になって困ったら、将棋部に入れてやっても良いけどなぁ」
「うっわ、上から目線でたぁ」
彼らの笑いに怒りとショックが渦巻く。
「つか、そろそろ部活戻るか」
「だな」
ガタガタと去っていく足音。僕はその場から動くことができない。
「優斗先輩、座りましょう」
古田に背を押されて椅子に誘導された。されるがまま、トスンと椅子に座る。ふと足を見れば膝がガクついていた。
将棋部の奴らの言葉を脳内で再生する。
ボードゲーム部に見学に来た人たちは、僕の外見目当てだった。そして僕がオタクだと知って離れて行った。なんだ。見学者が入部しなかったのは僕のせいか。
――僕なりに、頑張ったのに。
見学者が多いと分かったときの期待。嬉しさで張り切った見学日。その全てが悲しみに変わっていく。
「先輩……」
古田が僕の頬に触れて気が付いた。僕の瞳から涙が溢れている。慌てて涙をグイっと手で拭った。古田を見れば悲しそうな表情。その顔を見て、何となく分かった。
「誠、お前、知ってたのか?」
古田は困った顔をして目線を下げた。それで全てを理解した。
――僕だけが知らなかった。
悔しくて苦しくて、やるせない気持ちが押し寄せる。
気が付いたら僕は部室を飛び出していた。追って来た古田に罵声を浴びせたと思う。あまりの興奮ではっきり覚えていないけれど。
その日は夕飯が喉を通らなかった。
将棋部が悪かったんじゃない。自分のせいだったのだ。
そう思うと、部長に申し訳なくて、それでも将棋部への憎しみは止まらなくて。全てを知っていたくせに僕に何も言ってくれなかった古田が許せなくて。
波の様な苦しみにのまれて涙が止まらなかった。



