今日も憎き将棋部から笑い声が漏れてくる。その賑やかな声を耳にするだけで舌打ちをしたくなる。
「長倉君、どうかした?」
ひょいっと部長に顔を覗かれて驚いた。
「わっ」
僕が背をのけ反らせると、ポスンと人の身体に受け止められる。顔を見なくても分かる。古田だ。
「危ないですよ。優斗先輩」
すっかり慣れてしまった距離感に安堵して、コクリと頷きを返す。
「はい、はい、はい。部活中だからね! オレもいるからね! 二人の世界はオレが卒部してからね!」
部長が大げさに存在をアピールしてくる。
「分かっていますよ。それに何ですか、二人の世界って。それなら僕と部長も長い事二人だけの世界で生きて来たじゃないですか」
すごく真っ当な事を言ったのに部長が固まった。
「長倉君、君は空気を読めない男か? オレは知らんぞ。ま、頑張れ」
部長はそそくさと逃げていく。どうしたのだろう。
「優斗先輩、部長と二人の世界を楽しんでいたんですね……」
何故かブルブル震えている古田が少し怖い。
「え? 何? 誠、寒いのか?」
古田を心配したのに遠くから「ブハハッ」と部長の笑い声がした。訳が分からず部長と古田を交互に見つめた。
「いえ、良いんです。さすが優斗先輩です……」
明らかに項垂れている古田と、対照的に腹を抱えて笑っている部長。その態度の意味が分からない。
僕は独り首を傾げた。
「さ、カタンやろう! ごちゃごちゃ考えないで、部活楽しむぞ!」
部長が頬を赤くして持ち出してきたボードゲームを見れば気分が上がる。
「部長! 最高です。三人ならカタンですね! やっとできるんだぁ」
「そうだよ、長倉君。この日を何度夢見たか」
泣きまねをする部長の心がよく分かって、僕も感極まった。
世界的大ヒットゲーム『カタン』は陣取りゲームなのだが、人数が三人以上いないとできない。いつかやりたい、と期待を込めていた。
――そうだ。この時間を楽しもう!
そう心で呟いて古田の背を抱いた。可愛い後輩を盛り上げるつもりだった。
けれど。
古田は少し切ない笑みを浮かべた。無理に笑っているような表情が目に焼き付く。なぜそんな表情をするのだろう。僕の心がチクリと痛みを生んだ。
「やった! オレの勝ちだ!」
部長が歓喜の声を上げた。
カタンは陣取りをしながら、ポイント十点を先に取った人が勝利になるゲーム。古田は初めこそ独特のルールに苦しんでいたが、すぐに慣れた。途中から三人で本気になってゲームに熱中した。人数がいるとやっぱり楽しい!
「部長が一抜けかぁ」
それまでの集中が切れて伸びをしながら僕は笑った。
「これ楽しいですね。ぜひリベンジしたいです」
古田も満足そうに笑っている。その高校生らしい笑顔に僕は胸を撫でおろした。古田は時々陰りを帯びるから。男の僕でもドキリとする表情や眼差しを持っている。古田は不思議な男だ。
そこで『ん?』と疑問が浮かぶ。どうして僕がドキリとしているのだ。
考えてみれば最近の僕は古田の挙動がいちいち気になっている。なぜ僕はこんなに古田を意識しているのだろう。
「優斗先輩?」
古田が僕の顔を覗き込む。慌てて僕は気持ちを切り替え、明るく笑みを返した。
何か古田に言わなきゃ。ジワリと滲む汗は梅雨の暑さのせいだろうか。そう思った時。
「だっろ? 人数多いと最高だよな! 人類の発展とともにテーブルゲームは発展してきたんだ。この価値が分かってもらえるとは! 古田君は良い子だぁ」
部長の興奮した声が助け船のように僕たちの間に割り込む。僕の意識は一気に部長に向いた。
「ですね! 新入部員バンザイですよ。本当はもっと……」
入部者がいたかもしれない。声に出せずに言葉を飲みこむ。そうだ、これは全部将棋部のせいだ! 忘れていた怒りが腹の底に蘇る。僕の変なドキドキは全て将棋部のせいに思えてくる。
――よし! 部活の後は、誠と作戦会議だ!
そう考えればやり場のないモヤモヤが一つにまとまっていく。
「長倉君、入部者は古田君がいてくれるから十分じゃないか。こうして『カタン』も楽しめるし。オレは卒部するから、長倉君を一人にしたくなかったんだ。古田君には心から感謝だよ」
部長が柔らかな笑顔になる。
「部長……」
そうか。古田が来てくれなかったら僕は独りきりだったのか。改めて部長の意気込みの意味を知り胸が熱くなる。
「部長、大丈夫です。優斗先輩は俺が守ります」
なぜか自信たっぷりに言い切る古田に僕はガクリと項垂れた。何だよ、僕を守るって。
「おい、誠。ふざけるなって。せっかくの部長の言葉が台無しだ」
ため息をついて古田を見れば「大真面目です!」と返される。
僕は理解できなくて頭を抱えた。そんな僕たちを見て部長はクスクス笑っている。
――ま、いっか。
統一感のない賑やかさだけれど部活の時間が明るい。部長と二人きりよりも空気が輝いている。
これは古田のおかげだろうか。そんな風に思うと僕の胸がドキっと動く。
部長と笑い合う古田を見つめて、やっぱりカッコイイと思った。
「長倉君、どうかした?」
ひょいっと部長に顔を覗かれて驚いた。
「わっ」
僕が背をのけ反らせると、ポスンと人の身体に受け止められる。顔を見なくても分かる。古田だ。
「危ないですよ。優斗先輩」
すっかり慣れてしまった距離感に安堵して、コクリと頷きを返す。
「はい、はい、はい。部活中だからね! オレもいるからね! 二人の世界はオレが卒部してからね!」
部長が大げさに存在をアピールしてくる。
「分かっていますよ。それに何ですか、二人の世界って。それなら僕と部長も長い事二人だけの世界で生きて来たじゃないですか」
すごく真っ当な事を言ったのに部長が固まった。
「長倉君、君は空気を読めない男か? オレは知らんぞ。ま、頑張れ」
部長はそそくさと逃げていく。どうしたのだろう。
「優斗先輩、部長と二人の世界を楽しんでいたんですね……」
何故かブルブル震えている古田が少し怖い。
「え? 何? 誠、寒いのか?」
古田を心配したのに遠くから「ブハハッ」と部長の笑い声がした。訳が分からず部長と古田を交互に見つめた。
「いえ、良いんです。さすが優斗先輩です……」
明らかに項垂れている古田と、対照的に腹を抱えて笑っている部長。その態度の意味が分からない。
僕は独り首を傾げた。
「さ、カタンやろう! ごちゃごちゃ考えないで、部活楽しむぞ!」
部長が頬を赤くして持ち出してきたボードゲームを見れば気分が上がる。
「部長! 最高です。三人ならカタンですね! やっとできるんだぁ」
「そうだよ、長倉君。この日を何度夢見たか」
泣きまねをする部長の心がよく分かって、僕も感極まった。
世界的大ヒットゲーム『カタン』は陣取りゲームなのだが、人数が三人以上いないとできない。いつかやりたい、と期待を込めていた。
――そうだ。この時間を楽しもう!
そう心で呟いて古田の背を抱いた。可愛い後輩を盛り上げるつもりだった。
けれど。
古田は少し切ない笑みを浮かべた。無理に笑っているような表情が目に焼き付く。なぜそんな表情をするのだろう。僕の心がチクリと痛みを生んだ。
「やった! オレの勝ちだ!」
部長が歓喜の声を上げた。
カタンは陣取りをしながら、ポイント十点を先に取った人が勝利になるゲーム。古田は初めこそ独特のルールに苦しんでいたが、すぐに慣れた。途中から三人で本気になってゲームに熱中した。人数がいるとやっぱり楽しい!
「部長が一抜けかぁ」
それまでの集中が切れて伸びをしながら僕は笑った。
「これ楽しいですね。ぜひリベンジしたいです」
古田も満足そうに笑っている。その高校生らしい笑顔に僕は胸を撫でおろした。古田は時々陰りを帯びるから。男の僕でもドキリとする表情や眼差しを持っている。古田は不思議な男だ。
そこで『ん?』と疑問が浮かぶ。どうして僕がドキリとしているのだ。
考えてみれば最近の僕は古田の挙動がいちいち気になっている。なぜ僕はこんなに古田を意識しているのだろう。
「優斗先輩?」
古田が僕の顔を覗き込む。慌てて僕は気持ちを切り替え、明るく笑みを返した。
何か古田に言わなきゃ。ジワリと滲む汗は梅雨の暑さのせいだろうか。そう思った時。
「だっろ? 人数多いと最高だよな! 人類の発展とともにテーブルゲームは発展してきたんだ。この価値が分かってもらえるとは! 古田君は良い子だぁ」
部長の興奮した声が助け船のように僕たちの間に割り込む。僕の意識は一気に部長に向いた。
「ですね! 新入部員バンザイですよ。本当はもっと……」
入部者がいたかもしれない。声に出せずに言葉を飲みこむ。そうだ、これは全部将棋部のせいだ! 忘れていた怒りが腹の底に蘇る。僕の変なドキドキは全て将棋部のせいに思えてくる。
――よし! 部活の後は、誠と作戦会議だ!
そう考えればやり場のないモヤモヤが一つにまとまっていく。
「長倉君、入部者は古田君がいてくれるから十分じゃないか。こうして『カタン』も楽しめるし。オレは卒部するから、長倉君を一人にしたくなかったんだ。古田君には心から感謝だよ」
部長が柔らかな笑顔になる。
「部長……」
そうか。古田が来てくれなかったら僕は独りきりだったのか。改めて部長の意気込みの意味を知り胸が熱くなる。
「部長、大丈夫です。優斗先輩は俺が守ります」
なぜか自信たっぷりに言い切る古田に僕はガクリと項垂れた。何だよ、僕を守るって。
「おい、誠。ふざけるなって。せっかくの部長の言葉が台無しだ」
ため息をついて古田を見れば「大真面目です!」と返される。
僕は理解できなくて頭を抱えた。そんな僕たちを見て部長はクスクス笑っている。
――ま、いっか。
統一感のない賑やかさだけれど部活の時間が明るい。部長と二人きりよりも空気が輝いている。
これは古田のおかげだろうか。そんな風に思うと僕の胸がドキっと動く。
部長と笑い合う古田を見つめて、やっぱりカッコイイと思った。



