五月になり新入生が各部活に入部を決めた。
もちろん僕たちのボードゲーム部への入部者も締め切りとなった。
「どうしてだ……」
がっくりと肩を落とす部長の悲しい声。その気持ちはよく理解できる。悲しい悲鳴を上げたい気分だ。備品棚に向かう部長を目で追った。
「どうして、でしょうね」
声にすると小さなため息が漏れる。
「何がどうして、ですか?」
僕たちの声とは正反対の爽やかな低音が入ってくる。
「古田君。君だけだよ! もう、君が神様のように輝いて見える‼」
部長が感極まって古田に抱きつく。古田はやんわりと部長を引き剥がして大人な対応をする。
その様子を見て、どっちが先輩だよ、と乾いた笑いが生まれる。
「優斗先輩、さっきのは部長が勝手に抱きついて来ただけですから。見ていましたよね。勘違いしないでくださいね」
僕の隣に座って古田が眉を下げる。子犬のような表情が可愛い。だけど、古田は何を心配そうにしているのだろう。勘違いって何のことだ?
意味が分からず少し首を傾けた。
「うん。わかった」
意味が分からないままで適当に返事をすると古田は「良かった」と満面の笑みになる。キラキラと輝きが漏れてきそうでサングラスが欲しい。
「ああ、二人で楽しそうでいいなぁ。オレも混じりたいなぁ。けど、馬に蹴られるのは嫌だしなぁ。遠くから独り言こぼすくらいだ。孤独部長の誕生だぁ」
少し離れたところから部長が大きな独り言をこぼすから笑ってしまった。
「部長。僕らは三人だけなんです。仲良くしましょう。それに、馬に蹴られるとか、孤独部長とか。悩みでもあるんですか?」
「部長はきっと青春しているんですよ。厨二病じゃないですか?」
部長に話しかけたつもりなのに古田が横から答える。厨二病と言われると笑いが込み上げる。イケメン男子の古田の言葉とは思えない。それに部長の様子に納得してしまう自分がいる。
「古田君、君は肝が据わってるよ。ははは」
部長は苦笑いして僕たちの向かいの席に座った
「あ、聞こえました?」
悪びれもせずに古田が答える。
「本当に、末恐ろしい男だよ、君は」
部長と古田の意味深な言葉の意味が分からず首をかしげた。部長は自分を孤独部長と言ったが、これでは僕の方が孤独部員になりそうだ。
――何考えてんだ。僕も厨二病か。
自虐的に考えて少し笑った。すると古田が一緒になって笑いかけてくる。
――ま、一人でも入部してくれたし。良いとするか。
そんな風に思い直した日の帰り。
隣の将棋部から聞こえる声に僕の足が止まった。
「ラッキーだったよな。ボドゲ部見学者をゲットできて」
「おお。いやぁ、ボドゲには、ある意味感謝だって」
「わはは」
――は?
漏れてくる会話に頭が真っ白になった。
ボドゲ部とは僕らのボードゲーム部のこと。
――僕らの部活見学者を、ゲット?
聞こえてきた言葉を頭の中で繰り返すと、僕の心臓が怒りでドクドクと鳴り出した。楽しそうな笑い声が着火剤のように僕の心を燃やす。腹の底が熱い。怒りに僕の手が震える。
――こいつら! 何かしやがったな!
僕は将棋部の部室ドアを睨み付けて、そのまま怒鳴り込もうと意気込んだが。
「優斗先輩、ダメです。落ち着いてください」
深みのある声がして、僕の震える拳が包みこまれた。急なことに驚く。古田を見上げると、彼は悲しそうに首をフルフルと横に振った。
「わっ! 古田君?」
そのまま古田に手を引かれて下駄箱に向かう。いつもはニコニコしている古田の顔が真剣でその手を払うことが出来ない。少し強引な古田に意見することが出来ずにしばらく歩いた。
「優斗先輩、暴力は反対です」
やっと手が解放されて、振り返った古田はいつもの穏やかな笑顔。先ほどの行動の意味が分からない。
「暴力って。そうじゃない。将棋部にちょっと聞き取りしようと思っただけだ」
僕は握られていた手をさすりながら下を向いた。大きな手だった。手を繋がれていた。そう考えると照れが生じる。
「なら、なおさら作戦を立てましょう。正面から怒鳴り込んでトラブルになっても仕方ないですよ」
古田の言うことはもっともだ。
「だけど、お前も聞いただろ? あいつら、許せない」
部活見学者が多く来て期待に満ちた心を思い出すと悔しい。あの期待を裏切られたのが将棋部のせいならば憎らしくもなる。怒りが腹の中にぐるぐる回る。
「優斗先輩、もう良いじゃないですか。これから入部者が増えてくれるワケじゃないし。それに俺が入りましたし。ね?」
何故か困ったように笑う古田を見上げる。
「そりゃ古田君が入ってくれて嬉しいよ。けど、将棋部をこのまま許していいのか分からない」
「なら、俺が手伝います。優斗先輩と一緒に動きます。一緒に考えれば気持ちも整いますよ」
頼もしい声が心に響く。そういえば荷物を運んでいたときもそうだった。僕が困ると古田が手を差し伸べる。尖った心が少し穏やかになる。
「おし。古田君。こうなったら僕らは運命共同体だ。将棋部の悪事を暴いてやる!」
「あはは。悪事って。探偵みたいですね」
「そうだ。部長には言うなよ。ショックを受けるだろうし。僕らだけの秘密だ」
軽快に喋っていた古田は動きをピタッと止めた。どうしたのかと顔を見れば、頬を染めて少し頬が緩んでいる。
「俺たちだけの、秘密。すごい、いいですね。……最高だ」
嬉しそうな顔の意味が分からない。時々古田は未知の生物のようになる。おかげで僕の頬まで熱くなる。赤ら顔が伝染するなんて初めて知った。
――古田君は、カッコ可愛いんだよなぁ。
心の中に浮かぶ思いは自分の胸に留めた。
口にするには心臓の音がうるさ過ぎたから。
もちろん僕たちのボードゲーム部への入部者も締め切りとなった。
「どうしてだ……」
がっくりと肩を落とす部長の悲しい声。その気持ちはよく理解できる。悲しい悲鳴を上げたい気分だ。備品棚に向かう部長を目で追った。
「どうして、でしょうね」
声にすると小さなため息が漏れる。
「何がどうして、ですか?」
僕たちの声とは正反対の爽やかな低音が入ってくる。
「古田君。君だけだよ! もう、君が神様のように輝いて見える‼」
部長が感極まって古田に抱きつく。古田はやんわりと部長を引き剥がして大人な対応をする。
その様子を見て、どっちが先輩だよ、と乾いた笑いが生まれる。
「優斗先輩、さっきのは部長が勝手に抱きついて来ただけですから。見ていましたよね。勘違いしないでくださいね」
僕の隣に座って古田が眉を下げる。子犬のような表情が可愛い。だけど、古田は何を心配そうにしているのだろう。勘違いって何のことだ?
意味が分からず少し首を傾けた。
「うん。わかった」
意味が分からないままで適当に返事をすると古田は「良かった」と満面の笑みになる。キラキラと輝きが漏れてきそうでサングラスが欲しい。
「ああ、二人で楽しそうでいいなぁ。オレも混じりたいなぁ。けど、馬に蹴られるのは嫌だしなぁ。遠くから独り言こぼすくらいだ。孤独部長の誕生だぁ」
少し離れたところから部長が大きな独り言をこぼすから笑ってしまった。
「部長。僕らは三人だけなんです。仲良くしましょう。それに、馬に蹴られるとか、孤独部長とか。悩みでもあるんですか?」
「部長はきっと青春しているんですよ。厨二病じゃないですか?」
部長に話しかけたつもりなのに古田が横から答える。厨二病と言われると笑いが込み上げる。イケメン男子の古田の言葉とは思えない。それに部長の様子に納得してしまう自分がいる。
「古田君、君は肝が据わってるよ。ははは」
部長は苦笑いして僕たちの向かいの席に座った
「あ、聞こえました?」
悪びれもせずに古田が答える。
「本当に、末恐ろしい男だよ、君は」
部長と古田の意味深な言葉の意味が分からず首をかしげた。部長は自分を孤独部長と言ったが、これでは僕の方が孤独部員になりそうだ。
――何考えてんだ。僕も厨二病か。
自虐的に考えて少し笑った。すると古田が一緒になって笑いかけてくる。
――ま、一人でも入部してくれたし。良いとするか。
そんな風に思い直した日の帰り。
隣の将棋部から聞こえる声に僕の足が止まった。
「ラッキーだったよな。ボドゲ部見学者をゲットできて」
「おお。いやぁ、ボドゲには、ある意味感謝だって」
「わはは」
――は?
漏れてくる会話に頭が真っ白になった。
ボドゲ部とは僕らのボードゲーム部のこと。
――僕らの部活見学者を、ゲット?
聞こえてきた言葉を頭の中で繰り返すと、僕の心臓が怒りでドクドクと鳴り出した。楽しそうな笑い声が着火剤のように僕の心を燃やす。腹の底が熱い。怒りに僕の手が震える。
――こいつら! 何かしやがったな!
僕は将棋部の部室ドアを睨み付けて、そのまま怒鳴り込もうと意気込んだが。
「優斗先輩、ダメです。落ち着いてください」
深みのある声がして、僕の震える拳が包みこまれた。急なことに驚く。古田を見上げると、彼は悲しそうに首をフルフルと横に振った。
「わっ! 古田君?」
そのまま古田に手を引かれて下駄箱に向かう。いつもはニコニコしている古田の顔が真剣でその手を払うことが出来ない。少し強引な古田に意見することが出来ずにしばらく歩いた。
「優斗先輩、暴力は反対です」
やっと手が解放されて、振り返った古田はいつもの穏やかな笑顔。先ほどの行動の意味が分からない。
「暴力って。そうじゃない。将棋部にちょっと聞き取りしようと思っただけだ」
僕は握られていた手をさすりながら下を向いた。大きな手だった。手を繋がれていた。そう考えると照れが生じる。
「なら、なおさら作戦を立てましょう。正面から怒鳴り込んでトラブルになっても仕方ないですよ」
古田の言うことはもっともだ。
「だけど、お前も聞いただろ? あいつら、許せない」
部活見学者が多く来て期待に満ちた心を思い出すと悔しい。あの期待を裏切られたのが将棋部のせいならば憎らしくもなる。怒りが腹の中にぐるぐる回る。
「優斗先輩、もう良いじゃないですか。これから入部者が増えてくれるワケじゃないし。それに俺が入りましたし。ね?」
何故か困ったように笑う古田を見上げる。
「そりゃ古田君が入ってくれて嬉しいよ。けど、将棋部をこのまま許していいのか分からない」
「なら、俺が手伝います。優斗先輩と一緒に動きます。一緒に考えれば気持ちも整いますよ」
頼もしい声が心に響く。そういえば荷物を運んでいたときもそうだった。僕が困ると古田が手を差し伸べる。尖った心が少し穏やかになる。
「おし。古田君。こうなったら僕らは運命共同体だ。将棋部の悪事を暴いてやる!」
「あはは。悪事って。探偵みたいですね」
「そうだ。部長には言うなよ。ショックを受けるだろうし。僕らだけの秘密だ」
軽快に喋っていた古田は動きをピタッと止めた。どうしたのかと顔を見れば、頬を染めて少し頬が緩んでいる。
「俺たちだけの、秘密。すごい、いいですね。……最高だ」
嬉しそうな顔の意味が分からない。時々古田は未知の生物のようになる。おかげで僕の頬まで熱くなる。赤ら顔が伝染するなんて初めて知った。
――古田君は、カッコ可愛いんだよなぁ。
心の中に浮かぶ思いは自分の胸に留めた。
口にするには心臓の音がうるさ過ぎたから。



