苦肉の策で僕はわざと倒れ込んだ。
「いってぇ!」
廊下に響くように声を上げれば古田は足を止めて振り返る。
「優斗先輩⁉」
予想通り古田は青い顔で戻ってきた。
「転びましたか? どこが痛いですか?」
僕を抱き起こす彼の腕をしっかり掴む。
「捕まえたぞ。つか、足は全然平気じゃないか」
古田は足怪我でサッカーを諦めていると言っていた。それにしては良い走りだった。
「これくらいなら、もう平気です」
「そっか」
ニカっと笑いかければ、諦めたように古田が一呼吸する。
「優斗先輩は、怪我していませんか?」
「ごめん、転んだフリ。なぁ、何で逃げるんだよ」
古田の凛々しい眉が下がる。
「もう、避けられるのは、辛いんです。新入部員が入らなかった原因を聞きましたよね。俺が怒鳴ったせいです。けど、俺は、優斗先輩に、本当のことが言えなくて……。これを知られたら、嫌われるって、怖くて……」
苦しそうな古田を見ると胸がズキっとする。お前のせいじゃない。そんな思いが心を占める。
「嫌わない。それどころか、すっげ嬉しい」
古田が目を見開いて驚きを示した。
「え? 嬉しい?」
「ああ。誠が入部してくれて良かった。お前と、一緒に部活できて、幸せだ」
溢れる思いを口にした。けれど、あと一つ。言いたい言葉が胸につかえている。
――僕は、誠が好きだ。
その想いだけは口から出てくれない。
「優斗、先輩……。あ~、もう、マジで好きだぁ」
僕の言いたかった言葉が聞こえてドキッとする。驚きに身体がビクッと震えた。
どうしてバレてしまったのか。
そう考えて、『ん?』と気がつく。
これは、僕の気持ちじゃなくて、古田の気持ち? 一気に心が歓喜に沸く。
もしかして、昨日の夕方の記憶も夢じゃない?
「好き……?」
思わず聞き返した。
「……先輩、として、です」
そうだよなぁ。そんな都合が良いことはない。一気に気持ちが冷えていく。目に見えてガッカリしたと思う。
「ははは。だよ、な。先輩として、だな」
乾いた笑いを返せば、古田がクスッと笑いをこぼす。
「前と、逆ですね」
「え?」
「優斗先輩が俺のことを『後輩として好き』って」
「そんなこと、言ったか?」
「言いました。そのときの天国から地獄を味わっているので、優斗先輩の態度の意味が分かってしまいます。期待、してもいいのでしょうか?」
期待と言われると、急に心がキュンと鳴る。
――いい、よ。
その一言は口に出すのを止めた。
僕と同じ『好き』なら、もっと嬉しいことがある。僕なら、きっとこうして欲しいと思うから。
大きな古田の胸に収まるように身体を滑り込ませる。
「は? ええ? 先輩?」
驚いてのけぞる古田の襟元を掴んで、顔を近づけて――。
驚きを表すように息を吐く唇に触れた。
相変わらず体温が高い。
唇に触れて分かった。やはり昨日もこうして唇を合わせている。
あれは現実だ。
ゆっくりと唇を離して間近にある顔を見つめた。
「昨日、教室でキスした?」
顔を真っ赤にして古田はフイッと横を向いた。
「意地悪です」
古田は大胆なのか繊細なのか分からない。可愛い後輩だよ、と心で呟く。
「そうだな。これから僕に振り回される覚悟をしろよ」
ふはは、と笑って抱きつけば、逞しい腕が背に回った。古田の胸に閉じ込められる。
「望むところです。俺の、優斗先輩」
幸せそうな声が僕の身体に響く。
「じゃ、とりあえず、写真部に乗り込むか!」
「ええ⁉ 本気ですか?」
驚きに目を見開く古田に笑いを返した。
きっと部活がもっと楽しくなる。
二人で部室にゆっくり戻った。
互いの手が触れあう距離に頬が緩む。照れくさくて古田を見上げられない。
隣の存在を時々触れる手で感じて胸がキュンと音を立てる。
古田も僕を意識しているのが分かる。ほのかな緊張が伝わってきてくすぐったい。
――なんか、幸せ、かも。
そんなことを考える自分が恥ずかしい。
この時間を味わうように僕たちは緩慢に歩いた。
写真部の前を通ったとき。
「ああ! 嘘だろ⁉ 新入部員全員退部なんて!」
聞えて来た悲鳴に僕と古田は同時に足を止めた。
「撮り鉄ツアー企画とか、まだ早かったんですよ! せっかく隠し通してここまで来たのにぃ」
「どうするんですか! 部長のせいですよ」
「うるさい! 『撮り鉄』の何が悪いんだぁ」
怒鳴り合う声を聞いて、僕と古田は吹き出して笑った。
明日、部長に写真部のことを教えてあげよう。
「帰りましょうか」
「だな」
古田と手の甲を触れ合わせる。その一瞬の熱が愛おしくて嬉しくて、クスッと笑う。
スッキリした気持ちで前を向く。
目の前の廊下がキラキラ輝いて見える。今はこの日々を楽しみたい。
だって僕らは『楽しく交流』がモットーのボードゲーム部なのだから。
《完》
「いってぇ!」
廊下に響くように声を上げれば古田は足を止めて振り返る。
「優斗先輩⁉」
予想通り古田は青い顔で戻ってきた。
「転びましたか? どこが痛いですか?」
僕を抱き起こす彼の腕をしっかり掴む。
「捕まえたぞ。つか、足は全然平気じゃないか」
古田は足怪我でサッカーを諦めていると言っていた。それにしては良い走りだった。
「これくらいなら、もう平気です」
「そっか」
ニカっと笑いかければ、諦めたように古田が一呼吸する。
「優斗先輩は、怪我していませんか?」
「ごめん、転んだフリ。なぁ、何で逃げるんだよ」
古田の凛々しい眉が下がる。
「もう、避けられるのは、辛いんです。新入部員が入らなかった原因を聞きましたよね。俺が怒鳴ったせいです。けど、俺は、優斗先輩に、本当のことが言えなくて……。これを知られたら、嫌われるって、怖くて……」
苦しそうな古田を見ると胸がズキっとする。お前のせいじゃない。そんな思いが心を占める。
「嫌わない。それどころか、すっげ嬉しい」
古田が目を見開いて驚きを示した。
「え? 嬉しい?」
「ああ。誠が入部してくれて良かった。お前と、一緒に部活できて、幸せだ」
溢れる思いを口にした。けれど、あと一つ。言いたい言葉が胸につかえている。
――僕は、誠が好きだ。
その想いだけは口から出てくれない。
「優斗、先輩……。あ~、もう、マジで好きだぁ」
僕の言いたかった言葉が聞こえてドキッとする。驚きに身体がビクッと震えた。
どうしてバレてしまったのか。
そう考えて、『ん?』と気がつく。
これは、僕の気持ちじゃなくて、古田の気持ち? 一気に心が歓喜に沸く。
もしかして、昨日の夕方の記憶も夢じゃない?
「好き……?」
思わず聞き返した。
「……先輩、として、です」
そうだよなぁ。そんな都合が良いことはない。一気に気持ちが冷えていく。目に見えてガッカリしたと思う。
「ははは。だよ、な。先輩として、だな」
乾いた笑いを返せば、古田がクスッと笑いをこぼす。
「前と、逆ですね」
「え?」
「優斗先輩が俺のことを『後輩として好き』って」
「そんなこと、言ったか?」
「言いました。そのときの天国から地獄を味わっているので、優斗先輩の態度の意味が分かってしまいます。期待、してもいいのでしょうか?」
期待と言われると、急に心がキュンと鳴る。
――いい、よ。
その一言は口に出すのを止めた。
僕と同じ『好き』なら、もっと嬉しいことがある。僕なら、きっとこうして欲しいと思うから。
大きな古田の胸に収まるように身体を滑り込ませる。
「は? ええ? 先輩?」
驚いてのけぞる古田の襟元を掴んで、顔を近づけて――。
驚きを表すように息を吐く唇に触れた。
相変わらず体温が高い。
唇に触れて分かった。やはり昨日もこうして唇を合わせている。
あれは現実だ。
ゆっくりと唇を離して間近にある顔を見つめた。
「昨日、教室でキスした?」
顔を真っ赤にして古田はフイッと横を向いた。
「意地悪です」
古田は大胆なのか繊細なのか分からない。可愛い後輩だよ、と心で呟く。
「そうだな。これから僕に振り回される覚悟をしろよ」
ふはは、と笑って抱きつけば、逞しい腕が背に回った。古田の胸に閉じ込められる。
「望むところです。俺の、優斗先輩」
幸せそうな声が僕の身体に響く。
「じゃ、とりあえず、写真部に乗り込むか!」
「ええ⁉ 本気ですか?」
驚きに目を見開く古田に笑いを返した。
きっと部活がもっと楽しくなる。
二人で部室にゆっくり戻った。
互いの手が触れあう距離に頬が緩む。照れくさくて古田を見上げられない。
隣の存在を時々触れる手で感じて胸がキュンと音を立てる。
古田も僕を意識しているのが分かる。ほのかな緊張が伝わってきてくすぐったい。
――なんか、幸せ、かも。
そんなことを考える自分が恥ずかしい。
この時間を味わうように僕たちは緩慢に歩いた。
写真部の前を通ったとき。
「ああ! 嘘だろ⁉ 新入部員全員退部なんて!」
聞えて来た悲鳴に僕と古田は同時に足を止めた。
「撮り鉄ツアー企画とか、まだ早かったんですよ! せっかく隠し通してここまで来たのにぃ」
「どうするんですか! 部長のせいですよ」
「うるさい! 『撮り鉄』の何が悪いんだぁ」
怒鳴り合う声を聞いて、僕と古田は吹き出して笑った。
明日、部長に写真部のことを教えてあげよう。
「帰りましょうか」
「だな」
古田と手の甲を触れ合わせる。その一瞬の熱が愛おしくて嬉しくて、クスッと笑う。
スッキリした気持ちで前を向く。
目の前の廊下がキラキラ輝いて見える。今はこの日々を楽しみたい。
だって僕らは『楽しく交流』がモットーのボードゲーム部なのだから。
《完》



