風が冷たく、季節はもう冬になり始めている。
校庭のわきにある木々が寂しく姿を変えている。
「睦月ー、サーキットメニュー始まるよ」
大好きな人の声ですぐに振り返った。
先輩の水無瀬宏。陸上部のマネージャーをしている。
普段は一つ「せ」を省略して「みな先輩」と呼んでいる。
しかし心の中で俺は「宏くん」と呼んでいる。
俺は今、宏くんとお付き合いをしている。
陸上部の人には誰にも言っていない。
「はい、みな先輩タイム測ってくれますか?」
「今日はサーキットのタイムは川本ちゃんだよ。俺はこれから坂道ダッシュの計行ってくるから」
坂道ダッシュとは、校舎から少し離れた坂道で走るメニューのことだった。
車があまり通らない道なので他の部活もかなり利用している。
一緒に部活ができないなんて正直辛い。
寂しさを前面に出すと先輩は引いてしまうからできるだけ表情を変えずに喋る。
「分かりました、頑張ってください」
先輩はにこっと微笑んでから、すっと近づいて耳元で囁いた。
「今日の夜はお泊りだから頑張ろうね」
先輩は満面の笑みで俺を見つめてから、他の人のところに行ってしまう。
かっっっっっわいいぃぃぃーーーー……
その笑顔は反則だよ。
俺の考えていること全部お見通しかよ。
部活中に毎回先輩の言動と行動に一喜一憂しているなんて、他の人は誰も考えないだろうな。
「翔ー、えまって、めっちゃにやけてない?」
「にやけてない」
同級生の竹林がシャフトを運びながら来る。
珍獣を見つけたかのような眼差しを向けてくるから、ムカついて思わず竹林を睨む。
「いやいや今絶対にやけてた。うちのクールビジュアル担当の睦月翔がにやけていた。これ部活超えてちょうビッグニュースだろ」
「それは言いすぎだろ」
俺は普段静かで、人とは馬鹿みたいに盛り上がって笑ったりしない。
楽しくわけではないけど、はっきりいって表情が動かない。
不思議な話だけど、宏くんといるときはいつもよりちゃんと笑える。
たぶん、好きな人だから。
***
「おー、睦月。じゃあ行こうか」
先に先輩が校門の前で待っていてくれた。
先輩は身長が俺より小さくて、体も細いほうだ。
大きめの学ランに着られている、みたいで制服姿もかわいい。
「はい、みな先輩の家って学校から近いんでしたっけ」
「そそ、徒歩15分くらい。駅の方向とは真逆だからあんまり人もいないよ。安心して」
男子高校生が二人家に行くなんて不思議なことではない。
それでも俺は二人で歩くことを見られることが少し恥ずかしい。
先輩はどう思っているか分からないけど、俺のこの気持ちを大切にしてくれている。
先輩は優しいし可愛い、幸せすぎる。
今日は先輩の家族がプチ旅行をしているらしく、誰もいないからお泊りをする。
金曜の夜から土曜の昼くらいまで一緒に過ごすことになる。
日曜は部活があるから実質三日連続で先輩の顔を拝める。
「睦月は今日食べたいものとかある? 親からお金もらってるから、家に着くまでにお店結構あるから持ち帰って一緒に食べようよ」
「いいですね、俺は、先輩の食べたいものが食べたいです」
「まじ? じゃあ牛丼とかにしよっか。期間限定の明太マヨ丼食べたいんだよね」
明太マヨ丼、かわいい……
「俺もそれ食べます」
「お、いいね。じゃあ決まりだね」
先輩は嬉しそうにぴょこぴょこ跳ねながら歩き出す。
先輩のしぐさとか表情とか全部愛おしい。
絶対に手放したくない。
今すぐ抱きしめたい。
可愛すぎる。先輩の全部がかわいい。
これから明日の昼までずっと二人きりだなんて幸せすぎる。
***
先輩の小さな口で牛丼をほおばる姿が愛くるしい。
先輩っておいしそうに食べるからこっちはそれで満腹になるんだよな。
ふと先輩が顔を上げて目が合う。
「あ、睦月笑ってる」
「え、あ、笑ってました?」
「うん、俺のこと見てたでしょ。全然牛丼減ってない」
「みて、ました」
「照れて食べにくいじゃん、睦月も食べて」
照れた先輩がかわいい。
ずっと見てたいけど、先輩に食べろと言われたら食べるしかない。
止まっていた手を動かして、牛丼を一気に口の中に放り込む。
すると先輩が不意に笑いだす。
「睦月かわいいね。俺といるときも無表情が多いけど、たまーに微笑んでるの俺見るの好き」
「え、俺って先輩といるときも無表情ですか?」
焦って思わず椅子から立ち上がる。
先輩といるときにも無表情って、それって先輩嫌じゃないのか。
勝手に笑ってると思っていたけど、やっぱり俺は……
「いやいや、たしかに無表情と言えば無表情なんだけど、どこか微笑んでいるようにも見えるというか。他の人に見せる表情とは違って見えて俺が大好きだよ」
大好き……
今なら何でもできる気がする。
不意の大好きはさすがに耐えられない。
ゆっくり腰を下ろして邪念を消し去るために牛丼を食べ始める。
ほんの少しでも油断したら先輩を襲いそうになる。
今日は初めてのお泊りだから、実際にそういうこともあるのだろうか。
そうなったら俺は……
先輩を押し倒して普段見れない顔とか声を感じたい。
***
お風呂は先に俺が入り、次に先輩が入った。
貸してもらった先輩のパジャマはサイズはちょうどよくて、先輩の香りに全身を包まれている。
幸せだ。
「お待たせー」
先輩が風呂場から出てくる。
同じパジャマ!
しかも色違い!
しかし、サイズ感は先輩にはかなり大きく見える。
「先輩って、パジャマのサイズ盛りました?」
「え! いや、これから伸びてぴったりになる予定だから!」
焦ってぷりぷりする先輩もかわいらしい。
これから伸びる予定ってセリフも全部かわいい。
先輩はすっと俺の隣に座って頭を俺の肩に寄せてくる。
「このあとどうしようかー」
上目遣いでこちらを見てくる。
その表情を見て、どこか脳のリミッターが外れてしまった。
今なら大丈夫だろうか。
俺はすっと手を伸ばして、先輩を押し倒した。
ソファの上に四つん這いになり。先輩を見下ろした。
俺の体にすっぽり埋もれている先輩、目を見開いてまっすぐこっちを見つめている。
心臓の音が体中に鳴り響いて、じんわりと汗もかいてきた。
先輩と数十秒見つめたままでいた。
「いや、ですか?」
震えた声で問いかける。
先輩は少し間をおいてから、ゆっくりと体を起こしてしまう。
頭から血が引いていく。
完全に引かれただろうか。まだ付き合って三か月くらいだ。
早すぎた、嫌われただろうか。
「すみませーー」
「そうじゃなくて」
先輩が強い声で遮った。
次の瞬間、ドンっと体を押されて、後ろに倒れる。
え?
瞬きをすると先輩が俺の上にまたがっていて、上から見下ろされている。
状況の把握ができないのと初めての先輩の角度に驚いて、声が出せない。
いつもの天使のような笑みはなく、不敵に笑っている。
「睦月の焦った顔、初めてかも。可愛い。俺も今日はヤルつもりできたし。でも、俺がこっちね」
にこっと笑った先輩はいつもの面影はどこにもない。
すっと顔を近づけられて、初めて先輩の唇とキスをした。
最初は触れられるだけだったのに、二回目からは口をこじ開けられて、大人のキスをしてしまう。
気持ちいい、けど、苦しい。
息が続かなくて体が悲鳴を上げ始めたとき、ようやく先輩は唇から離れた。
「先輩……?」
「うん、かわいい。涙目じゃん。無表情な睦月を泣かせてみたかったんだよね。とりあえず、今晩は俺にゆだねてね」
先輩の吸い込まれるような視線から目を離せない。
こんな先輩知らない!
校庭のわきにある木々が寂しく姿を変えている。
「睦月ー、サーキットメニュー始まるよ」
大好きな人の声ですぐに振り返った。
先輩の水無瀬宏。陸上部のマネージャーをしている。
普段は一つ「せ」を省略して「みな先輩」と呼んでいる。
しかし心の中で俺は「宏くん」と呼んでいる。
俺は今、宏くんとお付き合いをしている。
陸上部の人には誰にも言っていない。
「はい、みな先輩タイム測ってくれますか?」
「今日はサーキットのタイムは川本ちゃんだよ。俺はこれから坂道ダッシュの計行ってくるから」
坂道ダッシュとは、校舎から少し離れた坂道で走るメニューのことだった。
車があまり通らない道なので他の部活もかなり利用している。
一緒に部活ができないなんて正直辛い。
寂しさを前面に出すと先輩は引いてしまうからできるだけ表情を変えずに喋る。
「分かりました、頑張ってください」
先輩はにこっと微笑んでから、すっと近づいて耳元で囁いた。
「今日の夜はお泊りだから頑張ろうね」
先輩は満面の笑みで俺を見つめてから、他の人のところに行ってしまう。
かっっっっっわいいぃぃぃーーーー……
その笑顔は反則だよ。
俺の考えていること全部お見通しかよ。
部活中に毎回先輩の言動と行動に一喜一憂しているなんて、他の人は誰も考えないだろうな。
「翔ー、えまって、めっちゃにやけてない?」
「にやけてない」
同級生の竹林がシャフトを運びながら来る。
珍獣を見つけたかのような眼差しを向けてくるから、ムカついて思わず竹林を睨む。
「いやいや今絶対にやけてた。うちのクールビジュアル担当の睦月翔がにやけていた。これ部活超えてちょうビッグニュースだろ」
「それは言いすぎだろ」
俺は普段静かで、人とは馬鹿みたいに盛り上がって笑ったりしない。
楽しくわけではないけど、はっきりいって表情が動かない。
不思議な話だけど、宏くんといるときはいつもよりちゃんと笑える。
たぶん、好きな人だから。
***
「おー、睦月。じゃあ行こうか」
先に先輩が校門の前で待っていてくれた。
先輩は身長が俺より小さくて、体も細いほうだ。
大きめの学ランに着られている、みたいで制服姿もかわいい。
「はい、みな先輩の家って学校から近いんでしたっけ」
「そそ、徒歩15分くらい。駅の方向とは真逆だからあんまり人もいないよ。安心して」
男子高校生が二人家に行くなんて不思議なことではない。
それでも俺は二人で歩くことを見られることが少し恥ずかしい。
先輩はどう思っているか分からないけど、俺のこの気持ちを大切にしてくれている。
先輩は優しいし可愛い、幸せすぎる。
今日は先輩の家族がプチ旅行をしているらしく、誰もいないからお泊りをする。
金曜の夜から土曜の昼くらいまで一緒に過ごすことになる。
日曜は部活があるから実質三日連続で先輩の顔を拝める。
「睦月は今日食べたいものとかある? 親からお金もらってるから、家に着くまでにお店結構あるから持ち帰って一緒に食べようよ」
「いいですね、俺は、先輩の食べたいものが食べたいです」
「まじ? じゃあ牛丼とかにしよっか。期間限定の明太マヨ丼食べたいんだよね」
明太マヨ丼、かわいい……
「俺もそれ食べます」
「お、いいね。じゃあ決まりだね」
先輩は嬉しそうにぴょこぴょこ跳ねながら歩き出す。
先輩のしぐさとか表情とか全部愛おしい。
絶対に手放したくない。
今すぐ抱きしめたい。
可愛すぎる。先輩の全部がかわいい。
これから明日の昼までずっと二人きりだなんて幸せすぎる。
***
先輩の小さな口で牛丼をほおばる姿が愛くるしい。
先輩っておいしそうに食べるからこっちはそれで満腹になるんだよな。
ふと先輩が顔を上げて目が合う。
「あ、睦月笑ってる」
「え、あ、笑ってました?」
「うん、俺のこと見てたでしょ。全然牛丼減ってない」
「みて、ました」
「照れて食べにくいじゃん、睦月も食べて」
照れた先輩がかわいい。
ずっと見てたいけど、先輩に食べろと言われたら食べるしかない。
止まっていた手を動かして、牛丼を一気に口の中に放り込む。
すると先輩が不意に笑いだす。
「睦月かわいいね。俺といるときも無表情が多いけど、たまーに微笑んでるの俺見るの好き」
「え、俺って先輩といるときも無表情ですか?」
焦って思わず椅子から立ち上がる。
先輩といるときにも無表情って、それって先輩嫌じゃないのか。
勝手に笑ってると思っていたけど、やっぱり俺は……
「いやいや、たしかに無表情と言えば無表情なんだけど、どこか微笑んでいるようにも見えるというか。他の人に見せる表情とは違って見えて俺が大好きだよ」
大好き……
今なら何でもできる気がする。
不意の大好きはさすがに耐えられない。
ゆっくり腰を下ろして邪念を消し去るために牛丼を食べ始める。
ほんの少しでも油断したら先輩を襲いそうになる。
今日は初めてのお泊りだから、実際にそういうこともあるのだろうか。
そうなったら俺は……
先輩を押し倒して普段見れない顔とか声を感じたい。
***
お風呂は先に俺が入り、次に先輩が入った。
貸してもらった先輩のパジャマはサイズはちょうどよくて、先輩の香りに全身を包まれている。
幸せだ。
「お待たせー」
先輩が風呂場から出てくる。
同じパジャマ!
しかも色違い!
しかし、サイズ感は先輩にはかなり大きく見える。
「先輩って、パジャマのサイズ盛りました?」
「え! いや、これから伸びてぴったりになる予定だから!」
焦ってぷりぷりする先輩もかわいらしい。
これから伸びる予定ってセリフも全部かわいい。
先輩はすっと俺の隣に座って頭を俺の肩に寄せてくる。
「このあとどうしようかー」
上目遣いでこちらを見てくる。
その表情を見て、どこか脳のリミッターが外れてしまった。
今なら大丈夫だろうか。
俺はすっと手を伸ばして、先輩を押し倒した。
ソファの上に四つん這いになり。先輩を見下ろした。
俺の体にすっぽり埋もれている先輩、目を見開いてまっすぐこっちを見つめている。
心臓の音が体中に鳴り響いて、じんわりと汗もかいてきた。
先輩と数十秒見つめたままでいた。
「いや、ですか?」
震えた声で問いかける。
先輩は少し間をおいてから、ゆっくりと体を起こしてしまう。
頭から血が引いていく。
完全に引かれただろうか。まだ付き合って三か月くらいだ。
早すぎた、嫌われただろうか。
「すみませーー」
「そうじゃなくて」
先輩が強い声で遮った。
次の瞬間、ドンっと体を押されて、後ろに倒れる。
え?
瞬きをすると先輩が俺の上にまたがっていて、上から見下ろされている。
状況の把握ができないのと初めての先輩の角度に驚いて、声が出せない。
いつもの天使のような笑みはなく、不敵に笑っている。
「睦月の焦った顔、初めてかも。可愛い。俺も今日はヤルつもりできたし。でも、俺がこっちね」
にこっと笑った先輩はいつもの面影はどこにもない。
すっと顔を近づけられて、初めて先輩の唇とキスをした。
最初は触れられるだけだったのに、二回目からは口をこじ開けられて、大人のキスをしてしまう。
気持ちいい、けど、苦しい。
息が続かなくて体が悲鳴を上げ始めたとき、ようやく先輩は唇から離れた。
「先輩……?」
「うん、かわいい。涙目じゃん。無表情な睦月を泣かせてみたかったんだよね。とりあえず、今晩は俺にゆだねてね」
先輩の吸い込まれるような視線から目を離せない。
こんな先輩知らない!


