鬼狩りの番~置き去りにされた娘は、半人半鬼に血を捧げる~

カラン、と硬い音を立てて、彼の手から刀が零れ落ちる。

次の瞬間、私は鉄のように強靭な腕に抱き寄せられた。
壊れ物を抱くような、それでいて逃がさぬような強い力。
息が詰まるほどなのに、不思議と嫌ではなかった。
なおも彼は、内なる衝動に抗おうと、全身を強張らせて喘いでいる。

私は、彼の広い背に、そして汗に濡れた頭へと腕を回し、慈しむように深く抱きしめ返した。
どうか。
どうか、この人が戻ってこられますように。

首元に埋められた彼の顔が、微かに震えている。
獣のような唸りと、人の苦しげな息遣いが、すぐ耳の近くで混ざり合った。
やがてその震えが収まると、熱い吐息が私の首筋をなぞる。
びくりと、甘い痺れのような反応が全身を駆け抜けた。

「っ……」

直後。
首筋に、鋭く、熱い痛みが走った。

牙を立てられている。
けれど、不思議と怖くはなかった。
痛いはずなのに、胸の奥からこみ上げてくるのは、恐怖だけではない。
彼の苦しみの一端を、ようやく受け取れたのだという、祈りにも似た安堵だった。

身体を、精神を、そのすべてを彼に委ね、一つに溶けていくような感覚。
熱くて、苦しくて、けれど離れがたい。
痛みすら、抗いがたい甘美な蜜へと変わっていく。

「んっ……、ぁ……」

私の体内を巡る血が、彼の中にある何かと入れ替わるように。
この人の積み重ねてきた想いが、濁流となって私の中に流れ込んでくる。

言葉にならない悲しみ。
逃れられぬ宿命の辛さ。
それでも刀を握り、誰かを守り続けてきた孤独。
そのすべてを引き受け、分かち合うように。

どれほど、そうしていただろうか。
現実の時間にすれば、ほんの数秒のことだったのかもしれない。
けれど、私にはまるで永遠にも思えるほど、長く、深い抱擁だった。

辺りを包んでいた焦熱の風が、穏やかに凪いでいく。
重なり合う彼の鼓動が、そして荒い呼吸が、徐々に静けさを取り戻していくのが解った。
嵐の後に残る、かすかな温もり。
私はその音に耳を澄ませながら、必死に意識を繋ぎ止めていた。

「……っは……。これは……一体……」

私を拘束していた腕の力がふっと解かれる。
それと同時に、これまでに経験したことのない激しい倦怠感が襲い、私はぐったりとその場に崩れ落ちた。

「隊長!!」
「……俺は、鬼に呑まれかけたのか……?」
「このお嬢さんのおかげです!お嬢さんが、番を引き受けてくださったから!」

……上手くいったのだろうか。
私は彼の重荷を、少しでも軽くして差し上げられたのだろうか。

鉛のように体が重く、顔を上げることすら叶わない。
息をするのも精一杯で、座っていることさえ限界だった。
首筋に残る熱だけが、今起きたことは夢ではないのだと告げている。

「はぁっ……、はぁっ……っ……」

意識が遠のき、身体がぐらりと傾く。
ああ、地面が近づいてくる。
そう覚悟して目を閉じると、目の前の人に抱き留められた。

「おい、しっかりしろ!大丈夫か、おいっ!!」

焦燥に駆られたような、けれどどこか優しい声が聞こえる。
先ほどまでの荒れていた声とは違う。
ちゃんと、人の声だった。

何かを答えようとしたけれど、唇は微かに震えるばかりで言葉にならない。
ただ、彼が助かったのだという安堵に包まれながら。
そして、もう一度だけその腕の温もりを確かめながら。

私は、そっと重い瞼を下ろした。