鬼狩りの番~置き去りにされた娘は、半人半鬼に血を捧げる~

ズルい……。
本当に、これがズルいことなのだろうか。

私はあの夜、置き去りにされた。
永太も琴も、人混みに紛れて捨てられたようなものだった。
それでも鈴の口から出てくるのは、二人の無事を喜ぶ言葉ではなく、私を責める言葉ばかり。

「ズルいとか、ズルくないとか。そう言えてしまう時点で、私たちはもう家族には戻れない」

できるなら、いつまでも仲のよい家族でいたいと願っていた時期もあった。
母が亡くなり、継母が来て、鈴が生まれ……永太と琴が生まれた。
家事や世話をすべて押し付けられても、そこに確かな幸せがあると信じていた。
過酷な日々でも、家族だから耐えられるのだと思っていた。

けれどあの夜、私の信じていた『家族』は、音を立てて死んだのだ。

「……ごめんなさい。私をどれだけ恨んでくれても構わない」

私は逃げずに、まっすぐに鈴の目を見て告げた。
その瞳の奥にある怒りも、嫉妬も、理解できないわけではない。
けれど、もう受け止める義務はない。

「私は、永太と琴を守る。あなたたちの都合に、もう二人を巻き込ませない」

鈴が何かを言い返そうとした時、隣から低い声が落ちる。

「……聞いたか。俺の番がこう言っている。この屋敷において、番の意志は絶対だ」
「朔夜……」

朔夜の大きな手が、私の肩に置かれる。

「——部外者は、即刻出て行ってもらおうか」
「な、何でよ!話が違うじゃない!」
「お帰りだ。門の外まで丁重にお連れしろ」

朔夜の声に使用人たちが動き、鈴は両脇を抱え込まれ、引きずられていく間も、何かを叫び続けていた。
そんな鈴の姿を見ても、不思議なほど何も感じない。
悲しみも、憐憫も、怒りさえも。

鈴とは十六年という歳月を同じ屋根の下で過ごしたはずなのに。
その終わりは、こんなにも驚くほどあっけない。

「おねーちゃん……ことは?こととおにいちゃんは、おねえちゃんと、いっしょにいれるの?」

琴が、私の着物の裾をぎゅっと握りしめる。
その隣で、永太も唇を引き結んだまま、私の袖を掴む。
二人の小さな手が、まだ震えている。

「もちろん!永太も琴も、ずっとお姉ちゃんと一緒よ。もうどこにも行かない」

その場にしゃがみ込み、二人の目線に合わせて、精いっぱいの笑顔を作る。
大丈夫だと、もう誰にも置いていかれないのだと、二人に信じてほしかった。

「あ……ごめんなさい。私、勝手に決めてしまって。……もし迷惑なら、私と二人でどこか家を借りて……」

不安に駆られ、隣に立つ朔夜を見上げる。

「……迷惑なものか。お前の家族なら、俺の家族も同然だ。歓迎しよう」

彼はそう言って、二人の小さな体を一度に軽々と抱き上げてくれた。
驚いた永太と琴が、目を丸くする。
けれど朔夜の腕は安定していて、二人を落とすことなど決してないのだと、見ているだけで分かった。

「ありがとうございます。——そして、お帰りなさい、朔夜」
「……ああ。ただいま」

その一言を、ようやく言えた。
やっと長い一日が終わったのだと、胸の奥に溜まっていた熱いものが、また込み上げてきそうになる。

やがて、朔夜の腕の中で揺られていた二人が、うとうとと船を漕ぎ始めた。
朝からの移動による疲れと、ようやく手に入れた安らぎが、二人を深い眠りへと誘ったのだろう。

幸いにも無傷だった私の部屋の布団に二人を寝かせると、すぐに可愛らしい寝息が聞こえてきた。
以前は当たり前だったこの寝顔を、またこうして見守ることができるなんて。
琴の小さな手は、眠ってからも私の袖を離そうとしなかった。
永太も、何度かうなされるように眉を寄せ、そのたびに私が背中を撫でると、少しずつ呼吸を落ち着かせていく。

時が経つのも忘れて、私は二人の寝顔に見入ってしまう。

けれど、屋敷内であれだけの戦闘があったのだ。
事後処理や、傷ついた隊士たちのことが気にかかる。
二人を起こさないように部屋に残し、何か手伝いはないかと朔夜を探しても、どこにも彼の姿はない。

「あの、朔夜はどこへ……?」
「所用があると言い残し、お出かけになりましたが……」

所用?
屋敷に使用人の犠牲まで出ているこの状況で、彼が単なる用事で出かけるとは思えない。
嫌な予感が、冷たい汗となって背中を伝う。

「……私も、少し外へ出ます。車をお願いできますか?」

護衛の隊士と共に、私は急ぎ車に乗り込む。

朔夜は、普段は不愛想で言葉足らずな口調が目立つ人。
けれど、その本質は誰よりも情に厚く、身内に対する慈しみを持っている。
そんな彼が、時折、すべてを凍てつかせるような目をすることがある。
そのどれもが——番である私が害され、理不尽に踏みにじられた時。

西園寺さんが真っ白な顔で逃げていったこと。
屋敷の結界が破られたこと。
多くの使用人たちが犠牲になったこと。
そのすべてが、朔夜の中で一本の線に繋がっているのだとしたら。

「朔夜……お願い、早まらないで……!」

祈るような思いを胸に、車を鬼省庁へと向かってもらう。
普段なら十分もかからないその距離が、今は恐ろしいほど遠く感じられた。