家族。
その言葉が、これほど冷たく聞こえたことはなかった。
私は鈴とも、永太や琴とも、半分しか血が繋がっていない。
けれど鈴は、二人にとって正真正銘の姉であるはずなのに。
目の前にいる鈴が、血の通った人間に思えなかった。
あの凄惨な戦場にいた鬼たちでさえ、仲間のために包囲されている場に来たというのに。
人であるはずの鈴は、幼い弟妹を、平然と交渉の道具にしている。
……おかしいのは、私の方なのだろうか。
足元がすべて崩れ去るような感覚に襲われ、今までの価値観が音を立てて壊れていく。
永太と琴のことは、考えない日がないほど心配だ。
今すぐにでも居場所を知りたい。
たとえ鈴に頭を下げてでも、二人を取り戻せるなら——そう思う自分も、確かにいる。
けれど。
朔夜の隣を。
彼が私に与えてくれた居場所を。
今の私は、譲ることなんてできない。
ここはただの地位ではない。
あの夜、私が自分の意志で選んだ場所であり、朔夜が私を必要としてくれた証だ。
「鈴。……そんな方法で私と入れ替わったところで、あなたが望んでいるものは手に入らない」
「っ、何よ、分かったような口利いて!」
「分かるよ。だって鈴は、誰のことも、大切に思っていないから」
鈴の顔が屈辱でカッと赤くなり、吊り上がった目が私を刺す。
「分かったわよ!二人には、姉さんに捨てられたって、教えてあげるわ!!」
鈴はそう吐き捨てると、畳の上に散らばった着物を、無造作にかき集めて抱え込んだ。
まるで、それすら当然の取り分だと言わんばかりに。
「待って!鈴、待ちなさい!二人の居場所を教えてっ!」
「教えるわけないでしょ!せいぜい、その男の血袋が姉さんにはお似合いよ!」
「お願い、鈴……!」
伸ばした手は、鈴の袖を掴む前に空を切った。
彼女は着物を抱えたまま、荒々しく廊下へ踏み出していく。
私の胸の中では、永太と琴の名前だけが、千切れそうなほど何度も響いていた。
玄関先で、私と鈴が押し問答を続けていると、その横を朱色の番装束が駆け抜けていった。
すれ違いざまに目に入った西園寺さんの横顔。
それは青白いを通り越して、真っ白に強張っていた。
何かから逃げるような、取り返しのつかないことをしてしまった後のような顔。
「西園寺さん……!?」
私の呼びかけに振り返る余裕さえないのか、彼女の姿は吸い込まれるように門の向こうへと消えていく。
直後。
ドクンッ、と。
心臓を直接掴まれたような、空間そのものが歪むような衝撃が走った。
何かが弾け、割れたような音。
雲が一気に晴れ、目に見えない薄い膜が、屋敷全体から引き剥がされ、剝き出しになるような感覚。
以前、鬼省庁に足を踏み入れた時に感じたものよりも、もっと生々しく、肌を刺すような禍々しさが全身を撫でていった。
「……きゃあぁぁああ!!」
「えっ?」
「何よあれ、何なのよ、あれ!!!」
鈴の絶叫が響く。
彼女が指差す方を見上げて、私は凍りついた。
屋敷を取り囲む高い外壁の上に、無数の黒い人影が蠢いている。
朝の光を背にしているせいで、輪郭しか見えない。
けれど、頭上に伸びる歪な角だけは、嫌になるほどはっきりと見えた。
「嘘……。鬼、なの……?」
なぜ……
この屋敷には、結界が張られていて、鬼は入れないはずなのに。
「梓様!!お下がりください!結界が破られました!!」
使用人に声をかけられる。
朔夜はいない。
彼がいないこの場所で、もし今あの鬼たちに襲われたら——。
初めて集落で鬼に襲われた、あの夜の記憶が鮮明に蘇る。
赤く染まった空。血の匂い。
迫ってくる異形の影に膝ががくがくと震え始めた。
「あ……あ、そんなだめです……!逃げましょう、早くっ!」
一緒に逃げるよう叫ぼうと、目の前の壁を乗り越えてきた鬼を、使用人の一人が鮮やかな剣筋で斬り伏せた。
「大丈夫です!屋敷の者たちは、万が一に備え鬼狩りの訓練を受けております。梓様を死なせはしません!」
「でもっ、あんなにたくさん……!」
壁の向こうからは、さらに次々と、飢えた獣のような唸り声を上げながら鬼が入り込んでくる。
一体、二体ではない。
外壁の上に灯る目の数は、数え切れないほど。
その言葉が、これほど冷たく聞こえたことはなかった。
私は鈴とも、永太や琴とも、半分しか血が繋がっていない。
けれど鈴は、二人にとって正真正銘の姉であるはずなのに。
目の前にいる鈴が、血の通った人間に思えなかった。
あの凄惨な戦場にいた鬼たちでさえ、仲間のために包囲されている場に来たというのに。
人であるはずの鈴は、幼い弟妹を、平然と交渉の道具にしている。
……おかしいのは、私の方なのだろうか。
足元がすべて崩れ去るような感覚に襲われ、今までの価値観が音を立てて壊れていく。
永太と琴のことは、考えない日がないほど心配だ。
今すぐにでも居場所を知りたい。
たとえ鈴に頭を下げてでも、二人を取り戻せるなら——そう思う自分も、確かにいる。
けれど。
朔夜の隣を。
彼が私に与えてくれた居場所を。
今の私は、譲ることなんてできない。
ここはただの地位ではない。
あの夜、私が自分の意志で選んだ場所であり、朔夜が私を必要としてくれた証だ。
「鈴。……そんな方法で私と入れ替わったところで、あなたが望んでいるものは手に入らない」
「っ、何よ、分かったような口利いて!」
「分かるよ。だって鈴は、誰のことも、大切に思っていないから」
鈴の顔が屈辱でカッと赤くなり、吊り上がった目が私を刺す。
「分かったわよ!二人には、姉さんに捨てられたって、教えてあげるわ!!」
鈴はそう吐き捨てると、畳の上に散らばった着物を、無造作にかき集めて抱え込んだ。
まるで、それすら当然の取り分だと言わんばかりに。
「待って!鈴、待ちなさい!二人の居場所を教えてっ!」
「教えるわけないでしょ!せいぜい、その男の血袋が姉さんにはお似合いよ!」
「お願い、鈴……!」
伸ばした手は、鈴の袖を掴む前に空を切った。
彼女は着物を抱えたまま、荒々しく廊下へ踏み出していく。
私の胸の中では、永太と琴の名前だけが、千切れそうなほど何度も響いていた。
玄関先で、私と鈴が押し問答を続けていると、その横を朱色の番装束が駆け抜けていった。
すれ違いざまに目に入った西園寺さんの横顔。
それは青白いを通り越して、真っ白に強張っていた。
何かから逃げるような、取り返しのつかないことをしてしまった後のような顔。
「西園寺さん……!?」
私の呼びかけに振り返る余裕さえないのか、彼女の姿は吸い込まれるように門の向こうへと消えていく。
直後。
ドクンッ、と。
心臓を直接掴まれたような、空間そのものが歪むような衝撃が走った。
何かが弾け、割れたような音。
雲が一気に晴れ、目に見えない薄い膜が、屋敷全体から引き剥がされ、剝き出しになるような感覚。
以前、鬼省庁に足を踏み入れた時に感じたものよりも、もっと生々しく、肌を刺すような禍々しさが全身を撫でていった。
「……きゃあぁぁああ!!」
「えっ?」
「何よあれ、何なのよ、あれ!!!」
鈴の絶叫が響く。
彼女が指差す方を見上げて、私は凍りついた。
屋敷を取り囲む高い外壁の上に、無数の黒い人影が蠢いている。
朝の光を背にしているせいで、輪郭しか見えない。
けれど、頭上に伸びる歪な角だけは、嫌になるほどはっきりと見えた。
「嘘……。鬼、なの……?」
なぜ……
この屋敷には、結界が張られていて、鬼は入れないはずなのに。
「梓様!!お下がりください!結界が破られました!!」
使用人に声をかけられる。
朔夜はいない。
彼がいないこの場所で、もし今あの鬼たちに襲われたら——。
初めて集落で鬼に襲われた、あの夜の記憶が鮮明に蘇る。
赤く染まった空。血の匂い。
迫ってくる異形の影に膝ががくがくと震え始めた。
「あ……あ、そんなだめです……!逃げましょう、早くっ!」
一緒に逃げるよう叫ぼうと、目の前の壁を乗り越えてきた鬼を、使用人の一人が鮮やかな剣筋で斬り伏せた。
「大丈夫です!屋敷の者たちは、万が一に備え鬼狩りの訓練を受けております。梓様を死なせはしません!」
「でもっ、あんなにたくさん……!」
壁の向こうからは、さらに次々と、飢えた獣のような唸り声を上げながら鬼が入り込んでくる。
一体、二体ではない。
外壁の上に灯る目の数は、数え切れないほど。



