鬼狩りの番~置き去りにされた娘は、半人半鬼に血を捧げる~

「……それって、お姉様が鬼に……?」
「ああ。当時から鬼に対抗する手段は存在していた。だが、それは討伐ではなく……主に抑え込むためのものだった」

朔夜の瞳が、小さく揺れる。
一瞬だけ、目の前の私ではなく、もっと遠い場所を見ているようだった。

「抑え込む……?」
「その技術を以って、姉上は今も鬼省庁の最下層、陽の光も届かぬ地下深くに捕らえられている」
「な、んで……そんな……」
「初めて人に対して言葉を発した鬼だからな」
「言葉を……」
「当時の状況を記した資料を確認したが、捕らえた時に抵抗もしなかったようだ」

鬼にも知性も倫理もあると朔夜は言っていた。
けれど、村が襲われた時も、あの凄惨な掃討戦の最中でも、聞こえてくるのは鬼たちの耳を潰すような咆哮や呻き声ばかりだった。
ましてや、人間だった頃の記憶を残したまま、誰かを案じるような言葉を発する鬼が存在するなんて。

私が息を呑む音さえ、静まり返った部屋に重く響いた。

「その後の研究によって、姉上の血を人間に適合させれば、人工的に『半人半鬼』を生み出せることが判明した」

血の気が引いていくのが分かった。
手のひらの温度が、すうっと失われていく。

そんな。
そんな残酷なことが、許されていいはずがない。
ということは、鬼狩りたちが振るうあの人知を超えた力も。
そして朔夜がその身に宿している、圧倒的なまでの強さも……。

「俺が最強と謳われ、他の隊長格を凌駕する力を持っているのは、姉上から得られた血の適合率が、他とは桁違いだからだ」
「それって……血を分けた実の姉弟、だから……ですか……?」
「恐らくな」

あの時、朔夜のお母様が放った言葉が、今になって重くのしかかる。

『一人でも悪夢だというのに!お前まで鬼になれば、わたくしは二人も鬼を生み出した母親になるのよ!!』

あのお母様の叫び。
地下に繋がれた娘も、その恩恵を受けて戦う息子も、直視しがたい悪夢そのものなのかもしれない。
だから、あんなにも朔夜が私から血を吸うことを嫌悪していたのか。
朔夜が人として戻れなくなることを、ただ恐れていたのか。
それとも、我が子が鬼に近づいていく事実そのものが、許せなかったのか。

どちらにせよ、そこにあったのは愛だけではない。
恐怖と、嫌悪と、名を汚されることへの怒りが、ぐちゃぐちゃに絡み合ったもの。

「姉上は……この世から鬼が絶滅するその日まで、新しい半人半鬼を生み出すために利用され続ける」

お母様だけじゃない。
そんなの、あまりに救いがない。
繋がれたままのお姉様も、鬼狩りとして戦い続ける朔夜も……悪夢どころの話ではない。

「だから、俺は鬼を斬る。姉上をこの終わりのない生き地獄から救い出すために」

それが……朔夜が鬼を狩り続ける理由。
お姉様を救うということは、この世からすべての鬼を消し去ること。
そして、彼が最後にその刃を向ける相手は、おそらくお姉様になる。

なんて、あまりにも重く、孤独な使命をこの人は背負わされているのだろう。

そんな凄絶な業を背負って刀を振るう人を、私は『美しい』なんて思ってしまった。
何も知らないまま。
彼の刃に積もった痛みも、血の由来も、最後に斬らなければならない相手も知らないまま。
ただ目に映った光景だけで、あまりに浅はかな感想を抱いてしまったのだ。

幼い日からずっと、たった一人でお姉様の救済だけを考え、半人半鬼になってまで修羅の道を選んできた。
彼が抱える闇は、私のような者が推し量れるほど浅いものではない。

それでも、目を逸らしたくはなかった。
この話を聞いてしまった以上、知らなかった頃には戻れない。

「……朔夜。私も、その日まで一緒にいます」
「一緒に……?」
「はい。だって、私と家族になってくれると言ってくれたじゃないですか」

この話を聞く前、私は何を考えていただろう。
永太と琴のこと。
朔夜に無事に帰ってきてほしいという願い。
そして、自分の寂しさを埋めることばかり。

けれど、違った。
朔夜もまた、ずっと何かを失ったまま生きていたのだ。

『俺がお前の家族になる』

あの言葉は、ただ私を慰めるための言葉じゃない。
鬼に家族を壊された朔夜自身が、家族を求めているから出た言葉。
失ったものを取り戻せないと知りながら、それでも誰かと生きることを諦めきれなかったから、私にそう言ってくれたのだ。

「二人で……私と一緒に、生きてくれませんか。貴方が刀を置く日まで、私が隣にいます」

朔夜の目が、わずかに見開かれる。
拒絶でも、困惑でもない。
ただ、そんな言葉を向けられると思っていなかった人の、静かな驚きだった。

「あ、もちろん……朔夜が嫌でなければ、その後もずっと」
「ずっと……」
「はい。ずっとです」

私が彼にできること。
それは、戦略を練ることでも、鬼を斬ることでもない。
朔夜の背負うすべてを、代わりに引き受けることもできない。

単純すぎて、けれど今の彼にとっては何よりも難しいことかもしれない。
それでも私は、彼と歩き続けることを選びたい。

朔夜が抱える、大きな傷も痛みも。
その背負った業も、まるごと全部、私が抱きしめられたらいいのに。

そんな祈りにも似た思いを込めて、震える手で朔夜の頬を包み込む。
彼は逃げなかった。
ただ、苦しそうに目を伏せた。

だから私は、そのまま静かに彼を抱きしめた。
強くではなく、縋るのでもなく。
ここにいます、と伝えるように。
あなたはもう、独りでその地獄を見つめなくていいのだと、言葉にできないまま伝えるように。