ここに連れてこられて、まだ数日。
私の発した不用意な一言が、これほどまでに彼女を激昂させるとは思わなかった。
この世界のことに疎い私には、この衣装が意味する『価値』が、まだ理解できていなかったのだ。
「やはり、あなたに睦月様は相応しくないわ。今すぐその番装束を脱ぎなさい!」
知らないことが多すぎて、言葉を間違えてしまったのかもしれない。
けれど、一度口にしてしまった言葉を、なかったことにはできない。
何より、ここで彼女たちに対して引くことも、どうしてもできなかった。
「……嫌です」
「なぜ!その服の意味も、価値すら知らない癖に!」
彼女がこの衣装に執着する、本当の理由はわからない。
私にとっては、ただの美しい衣服の一つでしかない。
けれど——この服が、私が『彼の番』であるという唯一の証明になるのだとしたら。
それは、決して他人に譲ってはいけない、重いもののように思えた。
初めて朔夜が私に着せてくれた服。
朔夜が、私を『番』だと告げた。
ならば、私が勝手に脱ぎ捨てていいものではない。
「私が……朔夜の番だからです。それ以外の理由は、ありません」
「まだ、そんな不遜なことを……っ!!」
「っ!」
勢いよく投げつけられた折れた扇子が、私の頬のすぐ横を掠めていった。
風圧に、髪がわずかに揺れる。
避けられた、と思った——そばから。
バシャッ、という鈍い音と共に、全身を刺すような冷たい衝撃が走った。
息が止まる。
胸元に視線を落とすと、鮮やかな濃紅色の生地に、墨を溶かしたような黒い液体が垂れ、じわじわと広がっていく。
冷たいのに、肌の奥だけが焼けるように熱い。
大切なものを踏みにじられたのだと悟り、視界の端がぼやけるように滲んだ。
「そちらの薄汚れた色の方が、あなたにはお似合いよ」
彼女が手にした器から、最後の一滴まで真っ黒な雫が落ちる。
何を掛けられたのか、理解が追いつかない。
困惑と屈辱を感じながら、私は外からの微かな気配を察して、振り返った。
同時に、扉が凄まじい勢いで開かれた。
「……待っていろと言っただろう」
「……朔夜」
「お前たち。……俺の番に、何をしている」
低く落とされた声に、部屋の空気が一瞬で凍りつく。
誰も、答えることができない。
蛇に睨まれた蛙のように、彼女たちは震え、立ち尽くす。
私だって、何も言えない。
もしここで私がなにか口にすれば、彼女たちが罰を受けるかもしれない。
それに、声を出した途端、堪えていたものが崩れてしまいそうで。
静まり返った室内で、朔夜の靴の音だけが響く。
一歩、また一歩。
彼は私の前で立ち止まり、黒く汚された番装束を見下ろした。
その瞳の奥で、冷たい怒りが静かに燃えている。
「来い」
短く、拒絶を許さない一言。
腕を強く掴まれ、そのまま部屋の外へと連れ出された。
掴む力は強いのに、擦りむいた掌には触れないようにしている。
そのことに気づいてしまい、胸の奥がぎゅっと痛んだ。
「あのっ……睦月様!私は……!」
「黙れ。口を噤んだ俺の番に感謝しろ。……次はないと思え」
その声は、重く、冷たく。
取り残された彼女たちと共に、いつまでも暗い部屋の隅に澱んでいた。
私の発した不用意な一言が、これほどまでに彼女を激昂させるとは思わなかった。
この世界のことに疎い私には、この衣装が意味する『価値』が、まだ理解できていなかったのだ。
「やはり、あなたに睦月様は相応しくないわ。今すぐその番装束を脱ぎなさい!」
知らないことが多すぎて、言葉を間違えてしまったのかもしれない。
けれど、一度口にしてしまった言葉を、なかったことにはできない。
何より、ここで彼女たちに対して引くことも、どうしてもできなかった。
「……嫌です」
「なぜ!その服の意味も、価値すら知らない癖に!」
彼女がこの衣装に執着する、本当の理由はわからない。
私にとっては、ただの美しい衣服の一つでしかない。
けれど——この服が、私が『彼の番』であるという唯一の証明になるのだとしたら。
それは、決して他人に譲ってはいけない、重いもののように思えた。
初めて朔夜が私に着せてくれた服。
朔夜が、私を『番』だと告げた。
ならば、私が勝手に脱ぎ捨てていいものではない。
「私が……朔夜の番だからです。それ以外の理由は、ありません」
「まだ、そんな不遜なことを……っ!!」
「っ!」
勢いよく投げつけられた折れた扇子が、私の頬のすぐ横を掠めていった。
風圧に、髪がわずかに揺れる。
避けられた、と思った——そばから。
バシャッ、という鈍い音と共に、全身を刺すような冷たい衝撃が走った。
息が止まる。
胸元に視線を落とすと、鮮やかな濃紅色の生地に、墨を溶かしたような黒い液体が垂れ、じわじわと広がっていく。
冷たいのに、肌の奥だけが焼けるように熱い。
大切なものを踏みにじられたのだと悟り、視界の端がぼやけるように滲んだ。
「そちらの薄汚れた色の方が、あなたにはお似合いよ」
彼女が手にした器から、最後の一滴まで真っ黒な雫が落ちる。
何を掛けられたのか、理解が追いつかない。
困惑と屈辱を感じながら、私は外からの微かな気配を察して、振り返った。
同時に、扉が凄まじい勢いで開かれた。
「……待っていろと言っただろう」
「……朔夜」
「お前たち。……俺の番に、何をしている」
低く落とされた声に、部屋の空気が一瞬で凍りつく。
誰も、答えることができない。
蛇に睨まれた蛙のように、彼女たちは震え、立ち尽くす。
私だって、何も言えない。
もしここで私がなにか口にすれば、彼女たちが罰を受けるかもしれない。
それに、声を出した途端、堪えていたものが崩れてしまいそうで。
静まり返った室内で、朔夜の靴の音だけが響く。
一歩、また一歩。
彼は私の前で立ち止まり、黒く汚された番装束を見下ろした。
その瞳の奥で、冷たい怒りが静かに燃えている。
「来い」
短く、拒絶を許さない一言。
腕を強く掴まれ、そのまま部屋の外へと連れ出された。
掴む力は強いのに、擦りむいた掌には触れないようにしている。
そのことに気づいてしまい、胸の奥がぎゅっと痛んだ。
「あのっ……睦月様!私は……!」
「黙れ。口を噤んだ俺の番に感謝しろ。……次はないと思え」
その声は、重く、冷たく。
取り残された彼女たちと共に、いつまでも暗い部屋の隅に澱んでいた。



