鬼狩りの番~置き去りにされた娘は、半人半鬼に血を捧げる~

驚愕して声を上げた私の前に、朔夜が制するように腕を出した。
会うたびに彼女は彼に手を上げている。
その事実が、胸が張り裂けそうなほどに辛かった。

「ただでさえ、一人だけでも悪夢だというのに……!お前まで完全に鬼へと堕ちれば、わたくしは『二人も』鬼を生み出した母親になってしまうのよ!!」

先ほどまでの優雅さがどこかにいったように、彼女の顔は興奮で真っ赤に染まっていた。
呼吸は激しく乱れ、指先は小刻みに震えている。

一瞬にして露わになった、剥き出しの憎悪と恐怖。
そして、今彼女は何と言ったのか。

鬼を……二人も?

「これ以上、京極(きょうごく)の名を穢すような真似は、決して許しませんわ」

吐き捨てるように言うと、彼女は土間に置かれた草履を乱暴に履き、門へと向かった。

「……それから、本宅へは足を踏み入れぬこと。特に朔聡(さくと)さんには、決して近づかないように」

その名だけを冷たく残すと、彼女は一度もこちらと目を合わせることも、振り返ることもなく、門の向こう側へと消えていった。

門の外で車輪の音が遠ざかっていく。
その音が完全に消えても、玄関に残された冷たさは消えなかった。
朝の光は明るいのに、どこか息苦しい。
彼女が去ったはずの門の向こうを、朔夜はしばらく見つめていた。
その横顔は怒っているようにも、諦めているようにも見える。
私はその横で、ただ黙っていることしかできなかった。

張り詰めていた空気が、ようやくほどけると、緊張の糸が切れたのか、朔夜がドサッと玄関の式台に腰を下ろした。
私はたまらず彼のそばへ駆け寄る。

「大丈夫ですか?氷を持ってきます、それとも……」

目の前に膝をつき、彼の顔にそっと手を添える。
けれど、半人半鬼としての強靭な再生能力のおかげか。
すでに赤く腫れていたはずの頬も、爪でつけられた細かな傷も、跡形もなく消え去っていた。

なのに、痛みが消えたようには見えなかった。

「……お前には、いつも無様なところばかり見せてしまうな」

外に見える傷など、彼にとっては問題ですらないのだろう。
ただ、その瞳に宿る、深い絶望を押し殺したような苦しげな色が、私の胸を抉る。

どんな言葉をかければ、彼の孤独を埋めることができるのか。
今の私には、何も見つけられない。

それに——先ほど彼女が口にした「鬼を二人生み出した」という言葉。
そして、去り際に残された『朔聡』という名。
それが、あまりにも重く私の心に圧しかかっていた。

「……気になるか。母の放った、あの言葉が」

心の中を完璧に見透かされたようで、ハッとして肩を揺らした。

知らなければならないことなのだと、直感が告げている。
けれど、先ほどのお母様の豹変ぶりと朔夜の沈黙から、それが決して穏やかな話ではないことは容易に想像がついた。

「……まず、風呂を浴びて着替えを済ませよう。話はその後だ」
「わかり、ました」

それはきっと、朔夜にとっても、簡単に言葉にできる記憶ではないのだろう。

彼が心の準備を整えるまでの時間。
私もまた、自分が何を耳にすることになるのか、覚悟を決める必要があるのかもしれない。

私はそっと、彼の頬に添えていた手を下ろす。
けれど、その手のひらには、傷など残っていないはずの彼の痛みだけが、いつまでも熱のように残っていた。