ふっと身体から、心地よい重みと体温が離れた。
「……んっ」
朝の冷たい空気が、首筋の肌に触れる。
昨夜、彼の唇と牙が触れていた場所が、そこだけ熱を持ったまま小さく疼いた。
「——起きたか」
耳元で響いた静かな声に、重いまぶたを押し上げる。
いつの間に眠ってしまったのだろうか。
背中には、まだ確かな熱が残っている。
……ひょっとして私は、夜が明けるまでずっと、彼の腕に抱き締められていたのだろうか。
「え、あ……おは、ようございます」
昨晩の記憶が奔流のように脳裏を駆け巡り、一気に意識が覚醒する。
あんな風に、自分から誘うように首筋を差し出すなんて。
しかも、そのまま彼の腕の中で眠ってしまうなんて。
あまりの恥ずかしさに、私は着崩れた男物の寝間着を整えるのもそこそこに、膝を抱えて顔を埋めた。
「身体は大丈夫か?無理をさせたのなら、すまない……」
「いえ……そんな、全然……大丈夫です」
無理どころか、その逆だ。
吸血に伴うあの甘い痺れと、包み込まれるような安心感があまりに心地よくて、気が付いた時にはそのまま深い眠りに落ちていたなんて。
とてもではないが、正直に打ち明けることなどできそうにない。
「ならよかった。……もう少しだけ後片付けが残っているが、それが済んだら撤収だ」
彼の声色が、夜の焦燥に駆られたような響きとは一変して、穏やかに和らぐ。
彼が落ち着きを取り戻してくれたことに、ほっとする。
身支度を済ませて天幕の外へ出ると、辺りはすでに慌ただしい撤収の気配に満ちていた。
天幕は次々に解体され、重い荷箱が閉じられ、使い終えた水桶が次々と運ばれていく。
隊士たちは疲労の色を濃く滲ませながらも、誰一人として手を止めない。
朝の光は穏やかなはずなのに、その下に広がる光景だけは、昨夜の戦いをまだ引きずっていた。
鬼の亡骸は夜通し火に焚かれ、跡形もなく灰に帰された。
けれど、人の手で丁重に弔うべきものはそうではない。
村の外れでは、今もなお埋葬のための重苦しい土の音が響き、掘り返された土が積み上がっていた。
その光景を前に息を呑む。
「……掃討が終わっても、まだ終わっていないことがたくさんあるのですね」
「戦が終わった後には、必ずその後始末が残る。死者を送り、生者の場を清めるまではな」
朔夜はいつものように淡々と答える。
その声には、ただ一番隊隊長としての、冷静さだけが宿っていた。
昨夜、あれほど近くにいたのに、ほんの少しだけ寂しい。
強く抱き締められ、熱に溶かされるように血を吸われて。
あの腕の強さも、途切れがちな吐息も、今はまるで初めからなかったことのように。
もちろん、そんなことを口にできるはずもない。
私は自分の首筋に触れそうになった指を、慌てて握り込んだ。
「……顔色が悪いな。やはり、どこか具合でも悪いのか」
「えっ、いえ、大丈夫です。ちゃんと寝ましたから」
「寝た、か……」
朔夜の視線が、ほんの一瞬だけ、私の首筋へと落ちた。
そこには昨夜新しく上書きされた噛み痕が、今も微かな熱を持って、疼くように残っている。
彼が私の内側に触れた証が、皮膚の下で脈打っている気がした。
「……帰りの車の中では、無理をせず休め」
「はい。ありがとうございます」
そう返したものの、とても休める気はしない。
身体は確かに疲れている。
それでも、心だけが妙に冴えていた。
撤収作業は、驚くほど手際よく進んでいった。
隊ごとに荷が整然とまとめられ、負傷者は先に下山を開始し、番たちもそれぞれ指定された車列へと配置につく。
昨夜まで私のことを、剥き出しの敵意や値踏みするような目で見つめていた番候補たちも、今朝は妙に静まり返っていた。
視線がなくなったわけではない。
けれど、それ以上に死線を潜り抜けた疲労と、目の当たりにした戦場の重圧が、彼女たちから余裕を奪っているようだった。
誰もが、何かを胸の内に沈めたまま動いている。
昨日よりも少しだけ、この場所の重みが分かった気がした。
「……んっ」
朝の冷たい空気が、首筋の肌に触れる。
昨夜、彼の唇と牙が触れていた場所が、そこだけ熱を持ったまま小さく疼いた。
「——起きたか」
耳元で響いた静かな声に、重いまぶたを押し上げる。
いつの間に眠ってしまったのだろうか。
背中には、まだ確かな熱が残っている。
……ひょっとして私は、夜が明けるまでずっと、彼の腕に抱き締められていたのだろうか。
「え、あ……おは、ようございます」
昨晩の記憶が奔流のように脳裏を駆け巡り、一気に意識が覚醒する。
あんな風に、自分から誘うように首筋を差し出すなんて。
しかも、そのまま彼の腕の中で眠ってしまうなんて。
あまりの恥ずかしさに、私は着崩れた男物の寝間着を整えるのもそこそこに、膝を抱えて顔を埋めた。
「身体は大丈夫か?無理をさせたのなら、すまない……」
「いえ……そんな、全然……大丈夫です」
無理どころか、その逆だ。
吸血に伴うあの甘い痺れと、包み込まれるような安心感があまりに心地よくて、気が付いた時にはそのまま深い眠りに落ちていたなんて。
とてもではないが、正直に打ち明けることなどできそうにない。
「ならよかった。……もう少しだけ後片付けが残っているが、それが済んだら撤収だ」
彼の声色が、夜の焦燥に駆られたような響きとは一変して、穏やかに和らぐ。
彼が落ち着きを取り戻してくれたことに、ほっとする。
身支度を済ませて天幕の外へ出ると、辺りはすでに慌ただしい撤収の気配に満ちていた。
天幕は次々に解体され、重い荷箱が閉じられ、使い終えた水桶が次々と運ばれていく。
隊士たちは疲労の色を濃く滲ませながらも、誰一人として手を止めない。
朝の光は穏やかなはずなのに、その下に広がる光景だけは、昨夜の戦いをまだ引きずっていた。
鬼の亡骸は夜通し火に焚かれ、跡形もなく灰に帰された。
けれど、人の手で丁重に弔うべきものはそうではない。
村の外れでは、今もなお埋葬のための重苦しい土の音が響き、掘り返された土が積み上がっていた。
その光景を前に息を呑む。
「……掃討が終わっても、まだ終わっていないことがたくさんあるのですね」
「戦が終わった後には、必ずその後始末が残る。死者を送り、生者の場を清めるまではな」
朔夜はいつものように淡々と答える。
その声には、ただ一番隊隊長としての、冷静さだけが宿っていた。
昨夜、あれほど近くにいたのに、ほんの少しだけ寂しい。
強く抱き締められ、熱に溶かされるように血を吸われて。
あの腕の強さも、途切れがちな吐息も、今はまるで初めからなかったことのように。
もちろん、そんなことを口にできるはずもない。
私は自分の首筋に触れそうになった指を、慌てて握り込んだ。
「……顔色が悪いな。やはり、どこか具合でも悪いのか」
「えっ、いえ、大丈夫です。ちゃんと寝ましたから」
「寝た、か……」
朔夜の視線が、ほんの一瞬だけ、私の首筋へと落ちた。
そこには昨夜新しく上書きされた噛み痕が、今も微かな熱を持って、疼くように残っている。
彼が私の内側に触れた証が、皮膚の下で脈打っている気がした。
「……帰りの車の中では、無理をせず休め」
「はい。ありがとうございます」
そう返したものの、とても休める気はしない。
身体は確かに疲れている。
それでも、心だけが妙に冴えていた。
撤収作業は、驚くほど手際よく進んでいった。
隊ごとに荷が整然とまとめられ、負傷者は先に下山を開始し、番たちもそれぞれ指定された車列へと配置につく。
昨夜まで私のことを、剥き出しの敵意や値踏みするような目で見つめていた番候補たちも、今朝は妙に静まり返っていた。
視線がなくなったわけではない。
けれど、それ以上に死線を潜り抜けた疲労と、目の当たりにした戦場の重圧が、彼女たちから余裕を奪っているようだった。
誰もが、何かを胸の内に沈めたまま動いている。
昨日よりも少しだけ、この場所の重みが分かった気がした。



