鬼狩りの番~置き去りにされた娘は、半人半鬼に血を捧げる~

家族……。
まさか、鈴の口からそんな温かな言葉を聞く日が来るなんて。
思いもしなかった一言が、張り詰めていた心の糸を、静かに解いていくのを感じていた。
こんな夜に。こんな、息をするだけでも胸が痛むような時に。
それでも、その言葉だけは、ひどく優しく聞こえてしまった。

「鈴……ありがとう。すぐに戻るから!」

縋るような思いで、仏壇のある奥の間へ走る。
心臓の鼓動が耳元でうるさく打ち鳴らされ、何度も畳に足を取られそうになりながら、ようやく仏壇の前へと滑り込んだ。
膝をつく暇も惜しい。けれど、自然と手は仏壇へ伸びていた。

「あれ……?位牌が……」

いつも、そこにあるはずの黒檀(こくたん)の位牌が、忽然と消えている。
今朝だって、私は確かに水をお供えし、香を焚いて手を合わせたはずだ。
一体、どうして。

仏壇の引き出しを掻き乱し、傍らの箪笥を片端から開く。
けれど、指先に触れるのは冷たい木肌と、畳まれた布の感触ばかりで、母の位牌は見当たらない。

「なんで……っ!?ない、どこにもない……っ!」

永太や琴が悪戯をした?
いえ、それだけはあり得ない。
二人は私を真似するように、今朝も一緒に手を合わせてくれた。
意味は理解できずとも、それが私にとって何より大切なものだということくらい、幼いながらにもあの子たちは解ってくれている。

一刻も早く逃げなければならないのに、焦燥で指先が凍りついたように動かない。
息ばかりが荒くなって、喉の奥がひゅうひゅうと鳴る。
外では、誰かの叫び声がまた一つ増えた。

「お母さん、ごめんなさいっ……!」

半ば諦め、後ろ髪を引かれる思いで部屋を飛び出そうとした、その時。
庭先の掃き出し窓の向こうに、本来そこにないはずのものが視界に飛び込んできた。

まるで、不要な塵芥を捨て忘れたかのように。
泥と煤に塗れた位牌が、土の上に転がっていた。

「っ……お母さん……っ!」

無惨に汚された母の化身に駆け寄り、泥だらけのそれを抱きしめる。
冷たい。
けれど、腕の中に戻ってきた途端、胸の奥から熱いものが込み上げた。

こんな残酷な真似をするのは、この家に二人しかいない。
なんて、私は愚かだったのだろう。
あの、偽られた言葉に、一瞬でも希望を見てしまうなんて。

家族だと。
ほんの少しでも信じてしまった自分への情けなさに、視界が涙で歪んでいく。

「っ!まさかっ……!」

嫌な予感がして、位牌を抱えたまま、玄関へと引き返す。
敷居を越えると、冷えた夜風が頬を打つ。
そこには、ただ虚しく、風に煽られた扉が開け放たれているだけだった。

「永太!琴!!!」