でも、眠れと言われて素直に寝付けるほど、私は図太くはできていない。
今日起きた凄惨な戦い。
荒らされた寝所から感じる、自分に向けられた悪意。
本当は心身ともに限界まで疲弊しているはずなのに、意識は冴えるばかりで、眠れる気が全くしない。
同じ布団の、端と端。
間に距離はあるはずなのに、少し動くだけで触れてしまえるほど。
隣にいる彼の熱も、衣擦れの音も、穏やかな息遣いさえも、すぐそこにある。
いや、穏やかとは言えないのかもしれない。
隣から聞こえる、朔夜の微かな吐息。
それは決して安らかな眠りによるものではなく、何かに耐え忍ぶような、そんな気配を孕んでいた。
あまりの距離の近さに、寝返りを打つことさえ躊躇ってしまう。
暗闇の中、すぐ背後に彼がいるという事実。
私の感覚はすべて背中の一点に集中していた。
きっと朔夜も、私がまだ起きていることに気づいているはず。
けれど、何を話しかければいいのか分からない。
ただ沈黙だけが、天幕の空気を重く支配していた。
「っ…………はぁっ」
やがて、溜息ともつかない、熱を帯びた吐息が朔夜の唇から漏れた。
やはり、無理をさせている。
激戦の直後で心身ともに疲弊しているはずなのに、私のせいで十分に休めていないのではないか。
そう思うと胸が痛み、今からでも別の天幕へお世話になるべきだと、起き上がろうとしたその時。
背後で衣擦れの音がして、背中に触れた彼の腕が、驚くほど熱いことに気づく。
ひょっとして、高熱があるのでは——。
「あの、朔夜……!っ、きゃっ!?」
振り返ろうとした刹那、有無を言わさぬ強い力で後ろから抱きすくめられた。
わけもわからないまま、逞しい腕が私の腹のあたりに回される。
あまりの力に、息が止まった。
それは逃がすまいとする拘束というより、何かに縋り付くような、切実な力を帯びていた。
肩口に、火傷しそうなほど熱い吐息が触れる。
背中から直に伝わってくる猛烈な体温。
自分の心臓の鼓動が、耳障りなほど大きく、早鐘を打ち鳴らした。
「……動くな。そのままにしておけ」
掠れた声はどこまでも低く、けれどひどく苦しげに響いた。
朔夜が、何かを必死に抑え込もうとしているのが痛いほど伝わってくる。
きっと、私がこのまま何もしなければ、彼は限界まで自分を削って我慢し続けてしまうだろう。
それが彼なりの優しさなのだとしても。
今の私には、それが一番見ていられない。
朔夜の体温に包まれるほど、昼間拒まれた時の胸の痛みまで思い出してしまう。
必要ない、と言われたし、勝手に気を揉むな、とも言われた。
それなのに今、彼は私を離さない。
矛盾しているはずなのに、責める気持ちは少しも湧かない。
ただ、この人も限界まで耐えているのだと、背中越しの熱が教えてくる。
「……悪い。やはり、我慢ができそうにない」
その告白を受け止めるように、私は彼が吸いやすい角度を探し、背中を押し当てるように身を預けた。
抱きすくめてくる腕に、そっと自分の体重を乗せる。
顎を上げ、乱れた髪を自ら掻き上げた。
まだあの夜の痕が残る、首筋の肌を晒す。
彼の喉が、私の肌に触れたまま小さく震える。
息を飲む音なのか、堪えている音なのか分からない。
けれど、そのかすかな震えが、昼間に鬼を一瞬で薙ぎ払った人と同じものとは思えないほど、ひどく人間らしく感じられた。
首筋をなぞる熱い吐息。
そこに混ざるように、彼の唇が私の肌を熱く、丁寧に追っていく。
「……加減が、できないかもしれない」
「っ……んっ。いい、ですよ……我慢しなくて」
答える代わりに、私は回された彼の手の甲にそっと触れた。
湿った舌の感触が首筋を這う。
ぞくりと背筋に電流が走り、甘い痺れが襲いかかった直後、鋭い歯が肌に触れる。
初めて吸血された夜と同じ。
あの時は恐怖と混乱で必死だったから、ろくに覚えてもいないけれど。
一瞬だけ、身体を芯から貫くような鮮烈な痛みが走った。
その後すぐに、傷口の周りが溶けるように熱くなる。
朔夜の柔らかな髪が私の頬を優しく撫で、耳元では、生々しい吸血の水音が響く。
「……ぁっ。……っ、は……」
身体の内側から、沸き立つような熱が込み上げてくる。
浅く乱れた呼吸が震えるたび、私の身体の奥底までが甘く、とろけるように痺れていく。
彼がようやく私を必要としてくれたのだという感覚が、胸の奥を満たしていく。
この熱が、彼の苦しみを少しでも和らげるなら。
この血が、彼を独りで立たせずに済むのなら。
お願い、離さないで。
このまま、私をずっと——。
混濁していく意識の中で、そんな縋るような願いだけが、私の頭を支配していった。
身体の前に回された彼の手に、自分の指を力強く重ねる。
彼が離れていかないように。
私が、彼を離さないように。
『離さないで』と言葉にはできないまま、指を絡める。
私はただ必死に、朔夜の腕の中へと深く深く、身を寄せていた。
今日起きた凄惨な戦い。
荒らされた寝所から感じる、自分に向けられた悪意。
本当は心身ともに限界まで疲弊しているはずなのに、意識は冴えるばかりで、眠れる気が全くしない。
同じ布団の、端と端。
間に距離はあるはずなのに、少し動くだけで触れてしまえるほど。
隣にいる彼の熱も、衣擦れの音も、穏やかな息遣いさえも、すぐそこにある。
いや、穏やかとは言えないのかもしれない。
隣から聞こえる、朔夜の微かな吐息。
それは決して安らかな眠りによるものではなく、何かに耐え忍ぶような、そんな気配を孕んでいた。
あまりの距離の近さに、寝返りを打つことさえ躊躇ってしまう。
暗闇の中、すぐ背後に彼がいるという事実。
私の感覚はすべて背中の一点に集中していた。
きっと朔夜も、私がまだ起きていることに気づいているはず。
けれど、何を話しかければいいのか分からない。
ただ沈黙だけが、天幕の空気を重く支配していた。
「っ…………はぁっ」
やがて、溜息ともつかない、熱を帯びた吐息が朔夜の唇から漏れた。
やはり、無理をさせている。
激戦の直後で心身ともに疲弊しているはずなのに、私のせいで十分に休めていないのではないか。
そう思うと胸が痛み、今からでも別の天幕へお世話になるべきだと、起き上がろうとしたその時。
背後で衣擦れの音がして、背中に触れた彼の腕が、驚くほど熱いことに気づく。
ひょっとして、高熱があるのでは——。
「あの、朔夜……!っ、きゃっ!?」
振り返ろうとした刹那、有無を言わさぬ強い力で後ろから抱きすくめられた。
わけもわからないまま、逞しい腕が私の腹のあたりに回される。
あまりの力に、息が止まった。
それは逃がすまいとする拘束というより、何かに縋り付くような、切実な力を帯びていた。
肩口に、火傷しそうなほど熱い吐息が触れる。
背中から直に伝わってくる猛烈な体温。
自分の心臓の鼓動が、耳障りなほど大きく、早鐘を打ち鳴らした。
「……動くな。そのままにしておけ」
掠れた声はどこまでも低く、けれどひどく苦しげに響いた。
朔夜が、何かを必死に抑え込もうとしているのが痛いほど伝わってくる。
きっと、私がこのまま何もしなければ、彼は限界まで自分を削って我慢し続けてしまうだろう。
それが彼なりの優しさなのだとしても。
今の私には、それが一番見ていられない。
朔夜の体温に包まれるほど、昼間拒まれた時の胸の痛みまで思い出してしまう。
必要ない、と言われたし、勝手に気を揉むな、とも言われた。
それなのに今、彼は私を離さない。
矛盾しているはずなのに、責める気持ちは少しも湧かない。
ただ、この人も限界まで耐えているのだと、背中越しの熱が教えてくる。
「……悪い。やはり、我慢ができそうにない」
その告白を受け止めるように、私は彼が吸いやすい角度を探し、背中を押し当てるように身を預けた。
抱きすくめてくる腕に、そっと自分の体重を乗せる。
顎を上げ、乱れた髪を自ら掻き上げた。
まだあの夜の痕が残る、首筋の肌を晒す。
彼の喉が、私の肌に触れたまま小さく震える。
息を飲む音なのか、堪えている音なのか分からない。
けれど、そのかすかな震えが、昼間に鬼を一瞬で薙ぎ払った人と同じものとは思えないほど、ひどく人間らしく感じられた。
首筋をなぞる熱い吐息。
そこに混ざるように、彼の唇が私の肌を熱く、丁寧に追っていく。
「……加減が、できないかもしれない」
「っ……んっ。いい、ですよ……我慢しなくて」
答える代わりに、私は回された彼の手の甲にそっと触れた。
湿った舌の感触が首筋を這う。
ぞくりと背筋に電流が走り、甘い痺れが襲いかかった直後、鋭い歯が肌に触れる。
初めて吸血された夜と同じ。
あの時は恐怖と混乱で必死だったから、ろくに覚えてもいないけれど。
一瞬だけ、身体を芯から貫くような鮮烈な痛みが走った。
その後すぐに、傷口の周りが溶けるように熱くなる。
朔夜の柔らかな髪が私の頬を優しく撫で、耳元では、生々しい吸血の水音が響く。
「……ぁっ。……っ、は……」
身体の内側から、沸き立つような熱が込み上げてくる。
浅く乱れた呼吸が震えるたび、私の身体の奥底までが甘く、とろけるように痺れていく。
彼がようやく私を必要としてくれたのだという感覚が、胸の奥を満たしていく。
この熱が、彼の苦しみを少しでも和らげるなら。
この血が、彼を独りで立たせずに済むのなら。
お願い、離さないで。
このまま、私をずっと——。
混濁していく意識の中で、そんな縋るような願いだけが、私の頭を支配していった。
身体の前に回された彼の手に、自分の指を力強く重ねる。
彼が離れていかないように。
私が、彼を離さないように。
『離さないで』と言葉にはできないまま、指を絡める。
私はただ必死に、朔夜の腕の中へと深く深く、身を寄せていた。



