二人きりで、彼の部屋で……
そう意識した途端、帰還を喜ぶ気持ちとは別の熱が、じわりと頬に上ってくる。
少しだけ緊張を強めながら、私は彼の一歩後ろを歩いた。
あまりに広すぎるこの屋敷では、いまだに自分に与えられた部屋に向かうのですら迷ってしまう。
黙々と進む彼の後ろ姿を、私は食い入るように見つめた。
見たところ、服に目立つ汚れや斬られた跡はない。
外套の裾にも、血の染みらしきものは見当たらない。
どこか庇うような歩き方や、怪我を負っている素振りもなかった。
けれど、彼はもともと感情を、ましてや弱音を一切表に出すタイプではない気がする。
もし、無理をして怪我を隠していたら?
もし、傷は塞がっていても、鬼力だけが底を尽きかけていたら?
私は身体を左右に揺らすようにして、彼の両肩、両腕、そして脚の運びを見比べる。
歩幅。呼吸。肩の上下。
どこかに違和感がないか、まじまじと見つめてしまう。
「……さっきから、一体なんなんだ!」
「わっ、……あ」
突然振り返られ、声を上げて驚いてしまう。
「あ、いえ……その、怪我とかないか、気になってしまって……」
「……怪我などしていない」
「本当に大丈夫ですか?血が必要でしたら、いつでも、その……」
居ても立ってもいられず、以前彼に噛まれた左の鎖骨から肩にかけての肌を、少しだけさらけ出して見せた。
自分では、手当てのつもり。
本当に、ただそれだけだったのに。
「っ……!お、前、……恥じらいというものがないのか……っ」
「あ……。まだ、この前の痕が残っていますね」
噛み痕に指先が触れる。
そこにはもう痛みはない。
けれど、触れただけで、あの夜の熱い吐息と牙の感触が、ありありと蘇ってしまう。
朔夜の耳が赤くなるのを見て、私はようやく自分が何をしたのか理解し、慌てて着物を直す。
二人の間に、何とも言えない気まずい沈黙が流れる。
廊下のどこかで、控えていた使用人が小さく咳払いをした気がして、余計に顔が熱くなった。
「あ、あの……鬼省庁でいただいた資料に、目立った怪我がなくても、鬼力の消耗が激しければ血が必要になる場合がある、と……書いてあったから……」
しどろもどろになりながら、必死に釈明をする。
けれど、どう言い換えても、まるで自分から彼に吸血を強請っているような気がして、いたたまれず指先を弄った。
大きく、深呼吸のような重い吐息が、朔夜の唇から漏れる。
「……ふぅ。以前も言ったはずだ。基本的に、俺に吸血は必要ない」
「それでも……。心配で」
「必要になれば、こちらから言う」
「本当に、約束ですよ」
「……疑り深い番だな」
「心配くらいさせてください」
彼は吐き捨てるようにそう言うと、再び歩き出した。
けれど、その背中からは、何かを必死に堪えているような——熱を孕んだ重苦しい気配が、痛いほど伝わってくる。
拒まれたはずなのに。
不思議と、見放されたような感じはしない。
必要になれば言う。
その一言が、彼なりに私を頼ると約束してくれたようにも聞こえて、胸の奥がそっと疼いた。
そう意識した途端、帰還を喜ぶ気持ちとは別の熱が、じわりと頬に上ってくる。
少しだけ緊張を強めながら、私は彼の一歩後ろを歩いた。
あまりに広すぎるこの屋敷では、いまだに自分に与えられた部屋に向かうのですら迷ってしまう。
黙々と進む彼の後ろ姿を、私は食い入るように見つめた。
見たところ、服に目立つ汚れや斬られた跡はない。
外套の裾にも、血の染みらしきものは見当たらない。
どこか庇うような歩き方や、怪我を負っている素振りもなかった。
けれど、彼はもともと感情を、ましてや弱音を一切表に出すタイプではない気がする。
もし、無理をして怪我を隠していたら?
もし、傷は塞がっていても、鬼力だけが底を尽きかけていたら?
私は身体を左右に揺らすようにして、彼の両肩、両腕、そして脚の運びを見比べる。
歩幅。呼吸。肩の上下。
どこかに違和感がないか、まじまじと見つめてしまう。
「……さっきから、一体なんなんだ!」
「わっ、……あ」
突然振り返られ、声を上げて驚いてしまう。
「あ、いえ……その、怪我とかないか、気になってしまって……」
「……怪我などしていない」
「本当に大丈夫ですか?血が必要でしたら、いつでも、その……」
居ても立ってもいられず、以前彼に噛まれた左の鎖骨から肩にかけての肌を、少しだけさらけ出して見せた。
自分では、手当てのつもり。
本当に、ただそれだけだったのに。
「っ……!お、前、……恥じらいというものがないのか……っ」
「あ……。まだ、この前の痕が残っていますね」
噛み痕に指先が触れる。
そこにはもう痛みはない。
けれど、触れただけで、あの夜の熱い吐息と牙の感触が、ありありと蘇ってしまう。
朔夜の耳が赤くなるのを見て、私はようやく自分が何をしたのか理解し、慌てて着物を直す。
二人の間に、何とも言えない気まずい沈黙が流れる。
廊下のどこかで、控えていた使用人が小さく咳払いをした気がして、余計に顔が熱くなった。
「あ、あの……鬼省庁でいただいた資料に、目立った怪我がなくても、鬼力の消耗が激しければ血が必要になる場合がある、と……書いてあったから……」
しどろもどろになりながら、必死に釈明をする。
けれど、どう言い換えても、まるで自分から彼に吸血を強請っているような気がして、いたたまれず指先を弄った。
大きく、深呼吸のような重い吐息が、朔夜の唇から漏れる。
「……ふぅ。以前も言ったはずだ。基本的に、俺に吸血は必要ない」
「それでも……。心配で」
「必要になれば、こちらから言う」
「本当に、約束ですよ」
「……疑り深い番だな」
「心配くらいさせてください」
彼は吐き捨てるようにそう言うと、再び歩き出した。
けれど、その背中からは、何かを必死に堪えているような——熱を孕んだ重苦しい気配が、痛いほど伝わってくる。
拒まれたはずなのに。
不思議と、見放されたような感じはしない。
必要になれば言う。
その一言が、彼なりに私を頼ると約束してくれたようにも聞こえて、胸の奥がそっと疼いた。



