私は結界の向こうへ視線を向けた。
くぐもった金属音の奥で、今も朔夜が戦っている。
あの人が強いことは分かっている。
それでも、強い人が必ず傷つかないわけではないのだと、今この場所が残酷なほど教えてくる。
胸元の濃紅の布を握る手に、さらに力が入った。
呼ばれたら走れ。
朔夜はそう言った。
どうか、呼ばれませんように。
けれど、もし呼ばれたなら。
私は今度こそ、迷わずあの人のもとへ走らなければならない。
唇を強く噛みしめたまま、朔夜のいるであろう村の中心の方角をじっと見つめる。
あの中で、今もあの人は戦っている。
深い傷を負っても、どれほど血を流しても、きっと誰にも弱音を吐かない。
その姿を想像するだけで、胸の奥が、焼けるように熱く疼いてしまう。
結界の向こう側では、なおも金属的な刃の音が響く。
けれど、先ほどまで絶え間なく運び出されていた負傷者の列は、ここしばらく途切れていた。
周囲に控えていた隊士たちの間にも、ほんのわずかに、安堵に似た空気が流れ始める。
「……今回は、予想より早く終わりそうだな」
「睦月隊長が自ら陣頭に立っているからな。あの人がいれば、掃討の速度が違う」
「このまま一気に押し切れれば——」
そんな希望に満ちた囁き声は、最後まで続くことはなかった。
ひゅ、と。
凍てつく空気を鋭く裂く、嫌な音が鼓膜を打った。
「伏せろ!!」
誰かの裂帛の怒声とほとんど同時に、私のすぐ隣で後方支援をしていた男性が、喉をかき抱くようにして崩れ落ちた。
指の隙間から、どろりとした赤黒い血が溢れ出し、地面を汚していく。
矢?
いいえ、違う。
形状は矢に似ている。
けれど、それは黒ずんだ骨を削り出したような、不気味な鈍い光沢を帯びていた。
羽根も、鏃も、私の知る矢とはまるで違う。
生き物の一部を、そのまま武器に変えたような、目にしただけで肌が粟立つ。
「結界の外だ!」
「鬼だ!結界の外にも鬼がいるぞ!!」
弾かれたように振り返る。
村を囲む結界の、さらに外側。
鬱蒼とした木々の濃い影の中に、無数の、ぎらぎらとした瞳が灯っていた。
飢えた獣そのものの、執拗で凶悪な光。
「な、んで……」
思わず、呆然とした声が漏れる。
鬼はすべて村の中に閉じ込めたはずではなかったのか。
逃げ場を失い、あとは狩られるのを待つだけではなかったのか。
なのに、どうして結界の外にまで、これほどの数が潜んでいるというのか——。
理解が追いつくより先に、あちこちで悲鳴が上がった。
「番を下げろ!最優先で後方に退避させろ!!」
「文箱を死守しろ!薬を奪われるな!」
「負傷者を中央へ寄せろ!結界から離せ!!」
さっきまで献身的に負傷者の手当てをしていた人々が、一斉にかき乱される。
番たちも、咄嗟に身を隠す者、目の前の負傷者を必死に庇う者、恐怖で動けずに立ちすくむ者で入り乱れ、戦場は一瞬にして混沌の渦に叩き落とされた。
彼らは、鬼であって、人を喰らう化け物と聞いていたのに。
まさか……結界に閉じ込められた同胞を救い出すために、逆襲を仕掛けてきたというのか。
鬼は仲間を増やすために人を襲うと聞いた。
彼らがもとは人間であったという事実が、鳥肌のようなおぞましい怖気とともに、はっきりと胸に落ちる。
人だったものが、人を喰らい、さらに同じものを増やしていく。
終わりの見えない地獄の連鎖が、今、目の前でこちらへ牙を剥いていた。
くぐもった金属音の奥で、今も朔夜が戦っている。
あの人が強いことは分かっている。
それでも、強い人が必ず傷つかないわけではないのだと、今この場所が残酷なほど教えてくる。
胸元の濃紅の布を握る手に、さらに力が入った。
呼ばれたら走れ。
朔夜はそう言った。
どうか、呼ばれませんように。
けれど、もし呼ばれたなら。
私は今度こそ、迷わずあの人のもとへ走らなければならない。
唇を強く噛みしめたまま、朔夜のいるであろう村の中心の方角をじっと見つめる。
あの中で、今もあの人は戦っている。
深い傷を負っても、どれほど血を流しても、きっと誰にも弱音を吐かない。
その姿を想像するだけで、胸の奥が、焼けるように熱く疼いてしまう。
結界の向こう側では、なおも金属的な刃の音が響く。
けれど、先ほどまで絶え間なく運び出されていた負傷者の列は、ここしばらく途切れていた。
周囲に控えていた隊士たちの間にも、ほんのわずかに、安堵に似た空気が流れ始める。
「……今回は、予想より早く終わりそうだな」
「睦月隊長が自ら陣頭に立っているからな。あの人がいれば、掃討の速度が違う」
「このまま一気に押し切れれば——」
そんな希望に満ちた囁き声は、最後まで続くことはなかった。
ひゅ、と。
凍てつく空気を鋭く裂く、嫌な音が鼓膜を打った。
「伏せろ!!」
誰かの裂帛の怒声とほとんど同時に、私のすぐ隣で後方支援をしていた男性が、喉をかき抱くようにして崩れ落ちた。
指の隙間から、どろりとした赤黒い血が溢れ出し、地面を汚していく。
矢?
いいえ、違う。
形状は矢に似ている。
けれど、それは黒ずんだ骨を削り出したような、不気味な鈍い光沢を帯びていた。
羽根も、鏃も、私の知る矢とはまるで違う。
生き物の一部を、そのまま武器に変えたような、目にしただけで肌が粟立つ。
「結界の外だ!」
「鬼だ!結界の外にも鬼がいるぞ!!」
弾かれたように振り返る。
村を囲む結界の、さらに外側。
鬱蒼とした木々の濃い影の中に、無数の、ぎらぎらとした瞳が灯っていた。
飢えた獣そのものの、執拗で凶悪な光。
「な、んで……」
思わず、呆然とした声が漏れる。
鬼はすべて村の中に閉じ込めたはずではなかったのか。
逃げ場を失い、あとは狩られるのを待つだけではなかったのか。
なのに、どうして結界の外にまで、これほどの数が潜んでいるというのか——。
理解が追いつくより先に、あちこちで悲鳴が上がった。
「番を下げろ!最優先で後方に退避させろ!!」
「文箱を死守しろ!薬を奪われるな!」
「負傷者を中央へ寄せろ!結界から離せ!!」
さっきまで献身的に負傷者の手当てをしていた人々が、一斉にかき乱される。
番たちも、咄嗟に身を隠す者、目の前の負傷者を必死に庇う者、恐怖で動けずに立ちすくむ者で入り乱れ、戦場は一瞬にして混沌の渦に叩き落とされた。
彼らは、鬼であって、人を喰らう化け物と聞いていたのに。
まさか……結界に閉じ込められた同胞を救い出すために、逆襲を仕掛けてきたというのか。
鬼は仲間を増やすために人を襲うと聞いた。
彼らがもとは人間であったという事実が、鳥肌のようなおぞましい怖気とともに、はっきりと胸に落ちる。
人だったものが、人を喰らい、さらに同じものを増やしていく。
終わりの見えない地獄の連鎖が、今、目の前でこちらへ牙を剥いていた。



